如月さん、拾いましたっ!

霜月@サブタイ改稿中

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54話(3)#これは自制出来ません?!繰り返される寸止めにもう大丈夫じゃない?!

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 入学式の日以来、挽回するチャンスは巡ってこなかった。
 リリアナも私も、自治会の仕事に振り回されていた。

 そうこうしている間に、学院中によくない噂が広まっていってしまった。
 そんな噂などあっという間に払拭できると思っていたのに、現実は思い通りにはいかない。

 昼休み、ざわざわとした声に何事かと足を向けると、囁きの中にリリアナの名とメイシアの名が聞こえた。
 偶然か故意か、リリアナがメイシアに接触したらしい。
 だがリリアナが協力者であるという話は私からするのが筋だ。
 慌てて駆け付けると、メイシアの叫びがこだましていた。

「お茶なんて、楽しく一緒に飲めるわけがないじゃない! リリアナ様なんて巨乳だし、おひさまみたいだし、笑うとかわいいし、リリアナ様のばかーー! 神様のばかーー! 天使に矮小な人間が勝てるか!」

 最強かと思った。
 罵り方を知らないのだろう。
 思ったままに口をついて出ただけなのだろう。
 相手を貶めるどころか、褒めてしかいない。

「くっくっくっく……!」

 あまりのかわいさに笑いが堪え切れなかった。
 だめだ、好きすぎる。
 私のメイシアがかわいすぎる。

 だが私は周りが見えていなかったのだ。

「ユ……! ユージーン! 今の、聞いて……?!」

 メイシアの目が驚愕に見開かれていた。
 唇がわなわなと震えている。

 笑っている場合ではない。
 しまったと思い、私はメイシアに声をかけようと一歩踏み出した。
 しかしそれよりも早く、俯いたメイシアがぽつりと呟いた。

「リリアナ様とユージーンはお似合いだわ。ばかなのは私よ」

 そう言ってメイシアは、脱兎のごとく駆け出した。

「メイシア、待っ……」

 追いかけようとして、思わず足が止まった。
 走り去る間際、メイシアの目元に光るものが見えた気がしたからだ。

「ユージーン、ごめん。めっちゃ拗れてた」

 リリアナの顔にも、やってしまった、と書いてあった。

「手懐ける自信があったのに。あれは思った以上に外野の声にダメージを受けてるわね。もっと慎重になればよかったわ」

「いや、リリアナのせいではない」

「一つだけ弁解させて。メイシアと今ここで会ったのは偶然。素通りしたらますます周囲に対立関係だと思われるし、場所を変えて話そうと思ってたんだけど……。もうメイシアの中では私は敵なんでしょうね」

 いや。そうではない。
 きっとメイシアは、リリアナをライバルだとか敵だとか思ってさえいない。
 私とリリアナがお似合いだと思ったのなら、身を引こうと考えるだろう。

 私にはそれが一番恐ろしかった。
 全身から血の気が引いていくのを感じていた。

 今走り去ったのは、逃げたのではない。
 私を、リリアナに譲ったのだと思った。

 私の中には怒りが沸いていた。
 早くメイシアと学院生活を過ごしたいなどと呑気に構え、入学式から失敗し、自治会の仕事にかまけてフォローすることもできず、ここまでメイシアを誤解させ、追い詰めてしまった自分自身に。

「やはりメイシア様はお二人のお邪魔にしかならないわね」

 くすくすとした笑い声が、どこからか聞こえた。

「今そこでこの場を囲んでいる者たちに言っておく」

 自らへの怒りで、声には怒気が滲んでいた。
 その声に怯えたのか、凄まじいほどの怒りを隠しもしない青ざめたこの顔に驚いたのか。
 近くで「ひっ」と息を呑む音が聞こえた。

「何度も言っていることではあるが、私は真実メイシアを愛している。これ以上あらぬ噂を騙り、メイシアを貶める者は放ってはおかない。心しておいてほしい」

 ざわつく周囲はぴたりと言葉を止め、私はメイシアを追いかけて全速力で走り出した。

「今度こそ失敗しないようにねー」

 リリアナがひらひらと手を振るのが目の端に見えた。

 そういうのをフラグというのだと、後々聞いた。

     ◇

「あの状況で歩み寄ってくるとか、純粋か! 天使か! 負の感情はないのかああ!!」

 追いかける先でそんな声が聞こえてきても、もう笑いでくずおれたりはしない。
 ただただ、彼女と自分との間にある距離を必死で詰めた。
 すぐにメイシアは私が背後に迫っていることに気が付いた。
 ものすごい悲鳴を上げられたが、もう怯むことはない。

「私の婚約者はメイシアだ。周りが何て言おうと、それは変わらない。変える気なんてない。それはメイシアもわかっているだろう?」

 その言葉に、わずかにメイシアの速度が緩んだ。
 わかってくれたのかと思った。
 しかし。

「ユージーン! 私は、あなたが大事なの。だから」

 だからリリアナに譲る、と言うのか。

 直接それを言われてしまったら、平静を保てる自信はなかった。

 私はメイシアの腕を捕まえようと、速度を上げた。
 なのに。
 いきなりメイシアは足を止めたのだ。

 初めてのことだった。
 追いかけていたメイシアが、止まるなんてことは。

 予想だにしない行動に、私の体は即座に対応することができなかった。
 まずい、と思ったときには驚愕に見開かれたメイシアの黒い瞳が面前にあった。
 
「うわああぁああぁぁ」
「キャーーーーアアァァぐえっ」

 情けない悲鳴を上げながらも、必死でメイシアをその腕に抱え込んだ。
 私の体でつぶしてしまうわけにはいかない。

 衝撃で、目の前に火花が散った。
 口の中は血の味がしていて。
 私の口とメイシアの小さなそれが、ぶつかってしまったのだとわかった。
 感触なんてまるでわからなかった。
 一瞬の事だったし、強く打ち付けるようにぶつかったのだから。
 それを惜しいと思う間もなく、私は慌ててメイシアを助け起こした。

「ごめん、メイシア! 止まり切れなかっ……」

 謝罪の言葉は最後まで告げることができなかった。

 メイシアの潤んだ黒い瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちたから。


 泣かせた。


 その事実が、胸をズキリと刺した。

 走り去る前にも目尻に涙が見えた気がした。
 でもこの涙の意味は違う。
 これは、私への拒絶の涙だ。

「メイシア……。こんなことになって、本当にごめん」

 やっとそれだけを告げて、私はくるりと来た道を戻った。

     ◇

 呆然自失のままふらふらと歩いて行くと、どうなったか気になったらしいリリアナが待っていた。
 責任の一端を感じていたのだろう。
 リリアナが悪いわけではないのに。

「大丈夫? ……って顔じゃないわね。唇の端から血が出てるし、制服はよれて汚れてるし。何故婚約者の誤解を解くために追いかけたら、思い切り拳でぶつかりあったみたいな有様で帰ってくることになるのよ?」

 話が違くない? と言われれば返す言葉もない。

「やってしまった……。メイシアを泣かせた。そりゃそうだ、私だって何故こんなことになったのかと神に問いたい」

「何があったの? ほら、話くらいは聞いてあげるから言ってごらんなさい」

 心配げな顔をしているが、どこか面白げにも見えるのは今はどうでもいい。

「何故かメイシアが途中で足を止めた。それで止まり切れなくてぶつかった。そのときに、その、あれだ」

 あ~。とリリアナが察したように頷いた。
 そして「そんなことって現実にあるのね」と呟いた。
 同感だ。
 おそらく、無理に足を止めようとして私がつまずくようにメイシアの元へ突っ込み、身長差の分ずれたのだろう。
 そんなご都合主義はもっと違うときに出してほしい。

 思わず項垂れた。

「は……初めてのキスだったのに」

 無理矢理唇を奪うような形になってしまった。
 しかもそれをあんな呆然と泣かれてしまっては、立ち直れない。

「こんな……こんなはずじゃなかったのに」

「そりゃあショックよね。せっかくここまで頑張ってきたのに。でもまさか、こんなはずじゃなかったって、初めてのキスに何かロマンチックなことでも思い描いてたわけ? それはさすがに引くわ。用意周到なロマンなんて、まったくロマンじゃないのよ」

 ばっさりと切り捨てられて、少々慌てた。

「いや、そうじゃない、ただこれから毎日学院で会えるようになれば仲も深まるだろうし、そうしたらやっといろんな初めてが迎えられるだろうし、その度にまた新しいメイシアを見るのを楽しみに」

 熱弁の途中でリリアナの冷めた声が割り入った。

「本当にあなたが私の婚約者じゃなくてよかったって、心から思うわ」

 このナマモノを見るように私を見下ろす目を見れば、メイシアの誤解も解けるだろうに。

「メイシアもこんなユージーンを知ったら引くでしょうね。お墓まで大事に隠し持って行ったほうがいいわよ」

 舐めてもらっては困る。
 私はこの自分でも呆れるような自分ともう十年近くも付き合っているのだ。
 そんなことは既に想定内だ。

「メイシアが引いたところで私が諦めなければいいだけの話だ。既に覚悟はできている」

 うわあ……、と声なくリリアナが引いていくのがわかった。

「まあ、骨は拾ってあげるわ」

「明日の朝、学院が始まる前にメイシアに会いに行く。そこですべて話す」

 今夜は王家の招待を受けている。次期当主として、どうしても行かなければならない。
 だが学校ではまた邪魔が入るかもしれない。
 だから朝しかないのだ。

「乙女に朝会いに行くなんて、迷惑以外のなにものでもないわよ。朝はいろいろと支度があるんだから」

「いや。メイシアは早起きだ。起きて、全ての準備を整えてから読書をしている」

 その顔には「何で知ってるの?」と書いてあったが、リリアナは口にはしなかった。
 たぶん答えを聞きたくないのだろう。
 素晴らしい危機回避能力だ。

「まあ、頑張って。ちゃんと学校に連れてきたら、私からも誤解だってことは話すから」

「大丈夫だ。今度こそ、誤解はすべて解く」

 そう大見得を切ったはずだった。

 それが何故、朝イチで婚約破棄を告げられることになったのだろうと、十回は頭の中でぐるぐると考えこんだ。
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