208 / 306
44話(5)#究極の事後処理選択?!俺が掻き出すか、俺に見せて?!
しおりを挟む俺には、入学当初からずっと好きだった女の子がいる。
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である


怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる