112 / 306
25話(8)
しおりを挟むバタン
「………………」
玄関の扉が閉まると、なんとも言えない寂しさが押し寄せた。笑顔の絶えない、あたたかった居心地の良い『家族』という空間がいきなり閉ざされたように感じる。
「睦月さん。私と卯月さんが居ますよ」
如月は何かを悟ったように、俺と卯月を2人まとめて抱きしめた。
「うん、そうだね。分かってるけど、家族っていいなぁって思っちゃった」
失言だったと思った時には既に遅くて。
「……大丈夫、睦月さんはまだ家族を持てると思います」
如月は寂しそうに笑い、
一度、目を閉じ、深呼吸して、抱きしめていた手を離した。
「一旦、別れましょう。私はここに残ります」
「何言って……」
「もう一度、睦月さんは自分のこと見つめ直すべきです」
「え? 何? なんで? 急に? 意味わからない。やだ」
如月のシャツを両手で掴む。離したくないし、離れたくない。絶対に一緒に帰る。
「だって、私じゃ家族、作れないじゃないですか。家族って良いなって思えたなら、考え時だと思いますよ」
全てを諦めたような視線が突き刺さる。何をそんなに諦めているの? この一瞬で、俺とのことを全てを諦めきれるの? 唇を噛み締め、涙を堪える。
「やだ。別れない。なんで? 一緒にこれからのこと考えていこうって俺、言ったよね? 同意、してくれたよね?」
如月のシャツを握る手に力が入る。
「うん……でもこれでいいのかなって。今思いました。今に始まったことでもないですが……。『家族』が欲しいって思った時にはもう遅かった、みたいにはなって欲しくないなと」
如月はそっとシャツを握る睦月の手を外した。
「俺はそれも全て織り込み済みで如月と付き合っている!!」
「でもそれが如月にとって負担で、重荷にしかならないなら、俺は……如月と別れてもいい」
言いたくない言葉を口にした瞬間、溜まっていた涙が溢れ出た。涙が頬を伝う。快感で流れる涙とは全く違う。とても胸が苦しい。
「なんで……そうなるんですか……」
卯月が突然手を挙げた。
「はい、喋っていいですか」
「え?」
「え?」
引き裂けそうな胸が、卯月の声で、少しだけ穏やかになる。
「お互いがお互いのために動こうとしてるけど、誰かのための人生じゃなくて。結局は『自分自身ががどうしたいか』だと思いまーす」
「…………」
「…………」
なんだか旭にも同じようなことを言われた気がする。
「自分が決めた道の先に今よりもっと楽しいことがあるって思えるか、どうかじゃない。まぁ離れてみて見えることもあるんじゃね。知らんけど」
涙を手の甲で拭い、手を挙げた。
「はい、喋って良いですか」
「どうぞ」
「どうぞ」
「俺は如月とずっと一緒に居たい。別れた先に今よりもっと楽しいことがあるなんて思えない。如月がいない人生なんて考えられない! 鬱になって病む未来しか想像できない」
「メンヘラじゃん」卯月は引いた。
「メンヘラ違うし。ちょっと寂しがり屋で如月が大好きなだけだし」
如月は手を挙げた。
「はい、喋ってもいいですか」
「どうぞ」
「どうぞ」
「私は……私の気持ちは睦月さんとずっと一緒に居たいです。『自分自身がどうしたいか』で話してしまうと、私は睦月さんを箱の中に閉じ込めて、私だけのものにしたいくらい愛してます。睦月さんに誰かと家族なんて作って欲しくないです。今流しているその涙すら全て愛おしい」
「やばい、病んでる」卯月は引いた。
「普段フツーに振る舞ってるけど、皐さんと付き合ってた時点で病み属性なの薄々気づいてたし驚きはない……」
「人をヤンデレみたいに言わないでもらえます?」如月はムッとした。
(どっちかというとヤンデレの類だろ)
「お兄ちゃんも如月も一緒に居たいって思ってるなら、別れる必要なくね?」卯月は2人を交互に見た。
「それはそうですけど……」
「だから~~家族を持たなければいけない、なんてないし、家族の形も人それぞれでしょ。それに俺には家族はこうあるべきみたいな理想もないし」
「それに家族だって、他人。同じ家に住んでるのに、みんな違う人生歩んでる別の人間だしぃ~~」
「なんですかそれ~~」
「家族へのこだわりはないよって話。だから一緒に帰ろう?」
如月に手を差し出すと、手が重なった。
「今日ごはん如月のおごりね」
「ぇえ~~なんでですかぁ~~」
呼んであったタクシーにみんなで乗り込んだ。行き先を伝え、一息つく。
「ヤンデレが精神的に不安定になってただ暴れただけだった件について」卯月がボソッと呟く。
「違いますって」如月は卯月をペシっと叩いた。
「はぁ~~あ、びっくりした。もうやめて? 心臓に悪いから」如月を見つめる。
「睦月さんがメンヘラだなんて知りませんでした」
「ヤンデレに言われたくないし」如月の肩にもたれかかる。
「なんか如月のせいで急激に疲れた」卯月は如月の肩にもたれかかった。
「もう~~2人してもたれかからないでくださいよ」
卯月は目を閉じて、言った。
「如月だいすき」
「如月だいすき」卯月に便乗して、続けて繋げる。
それから、もう一言付け加えた。
「だからどこにも行かないで」
静かに瞼を落とす。ラジオが流れる静かな車内で、一言、声が聞こえた。
「ありがとう、どこにも行かないよ」
如月は、卯月と睦月の背中に腕を回して、軽く引き寄せた。
「運転手さん、すみません。駅から行き先を変えます。少し遠くなりますがーー」
タクシー行き先は佐野家。長い帰省。誰かに気を使う必要がない、久しぶりの自分たちの時間。3人で肩を寄せ合いながら、少しだけ、眠りについた。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー佐野家 到着
「よく寝たぁ~~っ!」
久しぶりの我が家。特に異常なし。オーケーオーケー。部屋の中に入り、お湯はりボタンを押して、リビングへ寝転がる。ごろごろ。
「睦月さぁ~~ん、荷物片付けて~~」如月がスーツケースを2つ持ってきた。
「もう疲れたもん、明日でいいでしょ。如月こっちきて」両腕を広げて、待ち構える。
「睦月さんが抱きしめてくれるんですか?」如月はごろんと睦月の正前に寝転がった。
「ちがーう、如月が俺を抱きしめて~~」もぞもぞと両腕を如月の脇腹に沿って入れ、抱きつく。
はぁ。一緒に帰って来れて良かった。ここにぬくもりがあるという安心感。腕から感じる如月の体温にホッとする。
「自分から抱きついてるし」背中に腕が回り、ギュッと締め付けられた。
「もう二度と俺の前で別れるって言わないで。約束して」顔を上げ、見つめる。
「もう二度と言わない。睦月さんのこと考えるとやっぱり不安になりますけど……私が睦月さんのためだと思っても、それが睦月さんにとっては、ためにならないみたいですし……」
「私が睦月さんとこうなりたい、とか、睦月さんとこうしたいって思ったことの方が睦月さんを幸せに出来そうですから」
如月は睦月の頭にキスをした。
「頭じゃなくて、ここにしてほしーなー」アヒル口でアピールをする。
「なんですか、そのおくちは~~」顔が如月の両手で挟まれ、引き寄せられる。
ちぅ~~
「帰ってきて早々ちゅーしてるし」卯月がそばに立ち、見下ろしてくる。
「さっさと寝ろ」手でしっしっと追い払う。
「こんなところでえっちなことしないでよ」
「……………」
「……………」
「黙るなし!!! 私、先お風呂入る!!」卯月はバタバタと脱衣所へ向かった。
したい。えっちしたい。我慢はしているが、やっぱりこう、密着するとむらむらする。如月が同意出来るような正当な理由がない。
あ。喧嘩したし仲直り的な!!! 仲直りのえっちしよ的な!!! コミュニケーション大切!!! これで行こう!!!
「……如月ちょっとだけ……その……えっと…仲直りのえっち的な……」如月の様子を窺う。
「え。しないです。疲れましたし」子供をあやすように、背中がぽんぽんと叩かれる。
「ぇえ~~っ?! そんな!! 今しないとレスになっちゃう!!」如月を強く抱きしめる。
「大丈夫大丈夫~~いっぱいえっちしたんで、なくてもしばらくは大丈夫です~~」如月は身体を起こした。
「俺は大丈夫じゃない!!!」どこかへ行こうとする如月のシャツを掴む。
「今日はやだぁ~~気分じゃないぃ~~あ、でも、見るだけでいいなら見ますよ…はぁ」如月は頬を赤らめた。
「……それ、愛でとかいうやつでしょ」目が白く濁る。
「そうだけど? んふ」目を細め、ニヤニヤしてそうな口元を手で押さえ、隠している。
一瞬でも見せてもいいかな? なんて許せてしまいそうになるその表情はずるい!
「そんな顔しても見せないから!!」体を起こす。
「はいはい。睦月さん、お布団でごろごろしよ~~」如月は睦月の手を引っ張った。
こ、これは!! お布団でゴロゴロのお誘い=一緒にいちゃいちゃ=えっちのお誘い!!! 如月ってば!!! そんなこと言いつつやっぱり俺とシた「違います」
「勝手に心情へ入って来ないで」如月を睨む。
「いや、入ってくるも何も、思ってること全て顔に書いてありますって」手を繋ぎ、和室へ向かう。
「お風呂あがった!!! 次どうぞ!!!」少し湯気の出ている卯月が、脱衣所を指差した。
「私入ろうかなぁ~~」如月は繋いでいた手を離し、脱衣所へ向かい、歩き始めた。
音を立てないように、こっそり如月の後ろをついて行く。
「なんでついてくるんですか!!!」バレた。
「き、如月と一緒に入ろうかなって……」もじもじ。なんだか恥ずかしい。でもでも。ん~~っ。
「あぁあぁあぁぁああ!!! 如月大好きぃいぃぃいい!!!」
睦月は如月の背中に抱きついた。
「~~~~っ!! だぁあぁあぁああっ!!! 何?!?! 一緒に入らないって!!!」如月は急に抱きつかれ頬を赤らめた。後ろから抱きつく睦月を引きずりながら、脱衣所へ向かう。ずりずり。
「……だって…だって一緒にいたいんだもん!!」むぎゅ。離されないようにしっかり抱きつく。いつも一緒にいるのに、それでも一緒に居たいとか、俺はもう重症!!! ぎゅうぅう。
「あぁぁあぁぁああ~~~~っ!!!! もぉ~~っ!!! 一緒に入ればいいんでしょ!! 入ればぁ!!!! ほら、入るなら、さっさと入りましょう!!!!」
如月は頭をぐしゃぐしゃっと掻き、抱きついている睦月の腕に自分の腕を重ね、そのまま脱衣所に向かって歩き出した。
「やったぁ~~ありがと~~如月ぃ」
「大の大人が汽車ぽっぽしてる。けんかしたかと思ったけど、またらぶらぶに戻ってるし。人騒がせな」
卯月は2人が一列になって脱衣所へ向かう様子を眺め、優しく微笑んだ。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる