89 / 306
22話 家事スキル持ちだからって全て押し付けていいわけじゃない!
しおりを挟む
ーー卯月は夏休みに入り、睦月はお盆休みに突入した。如月は結局、睦月の束縛を振り切ることが出来ず、千早に会えず、モヤモヤしながら、過ごしていた。
ーー8月お盆休み初日。
3人は都心から離れ、電車に乗り、生まれ故郷へと向かっていた。
「まさか、同郷とは……」如月は行き先の同じ電車に乗りながら呟く。
「それはこっちの台詞……」外の景色を見ながら考える。
思いもしなかった、まさな同じ地方出身なんて。どこで育ったとか、どこに住んでいたとか、話したことはなかったし、如月に訊いたこともなかった。ほんと俺たちダメだな。
まぁ、そのおかげで、卯月も一緒に帰ることが出来て、良かった。生まれ故郷は都会でも田舎でもない。田んぼもあれば、大型ショッピングセンターもある。都会すぎず、田舎過ぎず、ちょうど良い過ごしやすい場所だ。
目的の駅に到着し、スーツケースを持ち上げながら、電車を降りた。
「ふわぁ、ついたぁ」欠伸をしながら、卯月がエスカレーターに向かって歩き始めた。
「1人でばーちゃんちとか大丈夫? 初日は一緒に過ごそうか?」
何年も帰っていなかっただけ、1人で行かせるのは少し心配。エスカレーターへ順番に乗っていく。
「全然平気。なるようにしかならないし~~私はお兄ちゃんの方が心配だけど?」卯月が振り返り、心配そうに見つめてくる。
「え? なんで?」
「如月の実家行くんでしょ? 人生の山場じゃね?」山場?!
いや、そんな山場では……。でも絶対に如月の家族に俺の存在を恋人として、認めてもらわければならない!! これは俺の目標!!!
「そんな気負わなくてもいいですって。煩いだけの家ですから」後ろから如月の顎が肩に乗った。ドキドキする。
自動階段が上まで来ると、如月は肩から顎を離した。近くにあった、如月のぬくもりがなくなって、少し淋しい。
スマホを自動改札機にかざし、改札口を通り抜ける。もたもたしてる人が一名。「何やってんの?」と、如月にゲートの向こうから声をかけた。
「ざ…残高不足で……チャージしてます」何やってんだか。
「あ、出来ました!! 今行きます」如月と合流した。
こんな駅だったかな? と思うくらい、整備され、綺麗になっている。昔はもっと汚かったような気がしたけど。日々、世の中は進化していると、実感。
「卯月さんも私たちも、駅に迎えが来ますよね。ロータリーへ行きましょう」
スーツケースを引きながら、歩き出す。階段を降りると、円形になったロータリーに着いた。車はあまり、停まっていない。一台の古い軽自動車の陰から、懐かしい人が現れた。
「よくきたね」祖母だ。歳いったなぁ。
「おばぁちゃん!! いつぶり? 最後に会ったのは私が小学生の時だね!! 大きくなったでしょ!!」卯月は嬉しそうに駆け寄った。
「べっぴんさんになったね」祖母は優しい目で、卯月の頭を撫でた。
「そうかな? お兄ちゃんもいるよ!」話を振られ、にっこり微笑みかける。
「睦月もよくきたね。2人ともお母さんによく似てる」
卯月も、俺も、ぱっちりとした目にくっきり二重瞼は、母親譲りだ。改めて、似てると言われると少し照れくさい。
「この人はだあれ?」祖母は如月を見つめた。
「えーーあ……睦月さんの友達です」え? 如月の言葉に思わず固まる。
はぁ?! 友達だぁ?!?! ひどくね?!?! 何しれっと嘘ついてるの?! お互い家族に挨拶するって話だったのに、ここに来て友達?! ないわぁ!!! 腹が立つ。
「俺の恋人!!!」苛立ちで声が大きくなってしまう。
絶対に受け入れてもらえる、そう思っていた。なのに、返ってきた反応は、自分が考えていたものと全く違うものだった。
「……気持ち悪いからやめなさい」冷たい目だ。
「あはは、やだなぁ。睦月さんの冗談ですって。友達ですよ、友達。家が近かったので、途中までご一緒しただけですから」
こういう時の如月は滞りなく喋る。笑っているのに、目は笑っていない。こうなると思って、恋人だと言わなかったの?
「孫とは何も関係ないの?」如月は自分の自身の腕をギュッと掴み、答えた。
「ないですよー。ただの友達です」
「そう。同性の恋人がいるのかと思ってびっくりしちゃった。あんまりそういうのはね」祖母の目つきが少し穏やかになった気がする。
「あは……きっと…素敵な女性と結婚しますよ……」如月は目を伏せた。
如月から不安と緊張がひしひし伝わってくる。そんな哀しい顔で俺が他の誰かと結婚するなんて言わないでよ。結婚なんてしないよ。今すぐにでも如月を抱きしめたい。胸が苦しい。
「じゃ、私はここで。睦月さん、卯月さん、またね」ぽんっと頭を撫でられた。
「いや、え、一緒に行くよ」
この場を離れようとする如月に手を伸ばす。如月はニコッと軽く笑い「いいから」と伸ばした手を掴み、押し返した。
「何がいいの……?」ロータリーの先へ進んでいく如月を見つめる。
「お兄ちゃん、行こう。今は多分その方が如月とお兄ちゃんの為だよ」卯月に背中を押され、車へ乗り込んだ。
それはそうだけど……。如月が嫌な想いしながら、俺の立場を守ってくれたようなもんだし。このまま別れたら、誰が如月のフォローするの? 明日は会えるよね?
夏季休暇は無限にある訳じゃない。1日も無駄には出来ないし、したくない。心に不安を抱えたまま、窓から流れゆく景色を見つめた。
*
「姉さん、ごめん。待った?」車のドアを開け、スーツケースを乗せる。
「睦月ちゃんは?」運転席から小春が訊く。
「あ~~ちょっと色々あって? 来れるか分かんないよね」荷物を乗せ終わり、助手席へ座った。
「へー。みんな楽しみにしてたのに。残念」
つまらなさそうな顔をする姉の姿を見ると、睦月さんはうちでは歓迎されているのかもしれない。
「睦月さんではないけど、家に連れてきたい人が……」スマホをポケットから取り出し、メール画面を開く。
「友達?」
「千早」
「あぁ~~ね。千早ちゃんの実家寄ればいいの?」小春の質問に軽く頷き、スマホへ目を落とす。
【僕も今実家だよ。会う?】
【うん。うちくる?】
【久しぶりにいくー】既読
今から迎えにいきますっと。送信。運転してるのは姉だけど。やっと千早に会える。家族も居るし、浮気にはならないでしょ。
はぁ~~あ。何が素敵な女性と結婚しますよ、だよ。自分で言って、吐き気がする。結婚なんかして欲しくない。願わくばずっと一緒にいて欲しい。でもそれは考えちゃいけない。考えられる可能性の全てを視野に入れないと。
色々思考を巡らせてるうちに、車はある場所で停止した。あれ? 道案内なんてしたっけ? ただ今、千早の実家前。
「場所覚えてたの?」小春に訊く。
「何回送り迎えさせられたと思ってるの(※如月と小春は7歳差)」
千早は初めて出来た、同性の恋人だ。理解者でもあり、高校生活を共にした思い入れのある人でもある。
「如月くん、小春お姉さん、こんにちわ」千早はこちらを見るなり、軽く頭を下げた。
「千早ちゃんはあの睦月と違って相変わらず、礼儀正しいね」苦笑いしか出ない。
「あはは。37ですよ、僕。常識はありますよ。よろしくお願いします」千早はもう一度頭を下げ、車へ乗った。
車は無言で進んでいく。30分も掛からず、実家へ着いた。助手席から降り、スーツケースを下ろす。千早と目が合い、声をかける。
「ごめんね? 突然」
「暇してたからいいよー」千早は軽く笑って、車を降りた。
ふふ。なんだか懐かしい。スーツケースを引きながら、千早と家の中へ入る。実家のなんとも言えない匂いが鼻にまとわりつく。こんな匂いだったかな。佐野家に居すぎて忘れてしまった。
「弥生ちゃんだ~~」四女の琴葉は笑顔を浮かべ、玄関で出迎えた。
「ただいま」軽くハグをする。
「千早くん久しぶりだね」
「うん、久しぶり。琴葉ちゃん」
軽く挨拶を済ませ、リビングへ進む。リビングには、母がお茶を淹れて待っていた。少し老けたなぁ。
「おかえり」母は優しく笑った。
「ただいま」
小説家になることを反対され、勝手に家を出て行き、帰って来ないような親不孝者なのに、温かく出迎えてくれて、有り難く思う。
「自分の部屋に荷物置いてきたら?」
「そうだね」千早と一緒に、自分の部屋へ荷物を置きに向かう。
ドアを開け、中へ入る。何も変わっていない私の部屋。いつも執筆していた机に触れる。埃は積もっていない。ちゃんと手入れされている。本棚もあの時のままだ。
「懐かしいね」千早は部屋に入り、本棚から一冊本を取り出した。
「これ、よく読んだ」本をペラペラとめくり、懐かしんでいる。
「うん、読んだ」千早の隣に立ち、本棚を見つめ、ある本を取り出し、千早へ渡す。
「はいこれ。千早が好きなやつ」官能小説。
「違うって~~何回も読んだけどね」クスクスと笑い合う。
本を元あったところへ戻し、一緒に床へ座ってお互いのことを話し合う。今の仕事、読んでいる本、よく行くブックカフェ、最近出かけた場所、他愛のない会話。
「千早は今恋人いるの?」特に意味もない質問。
「いないよ。中々同性っていないし。如月くん以降、女性とも付き合ってみたりしたけど無理だった」色々あるよね。
「そっかぁ……」返す言葉が見つからない。
「君は今はどっちの性別と付き合ってるの?」
「男性だよ」千早は少し驚いたような表情をした。
「へー。皐さんとゴールインするかと思った」検討はしたけどね。
「あの人はもう結婚間近だよ。私は生涯、独身貴族かなぁ」あはは、と笑う。
睦月さんとは結婚できないし。不意に思い出す。自分が睦月に言った『素敵な女性と結婚しますよ』という言葉。気持ちが下がり、ため息が出る。はぁ。
「なんでため息つくの」千早は如月の頬に触れた。
「恋人の家族に『私は彼と友達で彼は女性と結婚するよ』って笑顔で伝えた。情けないね」はぁ。もう一度ため息をつく。
「それ、一生理解得られないし、認めてもらえないやつ」千早は指の背でなだめるように如月の頬を撫でた。
「もう良いんだけどね……どうせ結婚出来る訳じゃないし……なんか少し、思い上がっていたかな。理解してもらえるって。多様性が広がっていても、みんながみんな、受け入れてくれる訳じゃないのにね」
認めてもらえなかったことが辛い。加えて、睦月の家族へ自分は睦月とそういう関係ではないと言い切ったことも辛い。どこか期待していたのかもしれない。それを裏切られたようで心が抉られている。
慰めを求めるように、千早の肩にもたれかかる。
「辛かったね。認めてもらうことが全てじゃないよ。2人が幸せなら、僕はそれで良いと思うけどね」千早はそっと、如月の肩を抱き寄せた。
「うん……」
これ以上はお互い何も言わず、黙って寄り添いあい、このまましばらく過ごした。
ーー8月お盆休み初日。
3人は都心から離れ、電車に乗り、生まれ故郷へと向かっていた。
「まさか、同郷とは……」如月は行き先の同じ電車に乗りながら呟く。
「それはこっちの台詞……」外の景色を見ながら考える。
思いもしなかった、まさな同じ地方出身なんて。どこで育ったとか、どこに住んでいたとか、話したことはなかったし、如月に訊いたこともなかった。ほんと俺たちダメだな。
まぁ、そのおかげで、卯月も一緒に帰ることが出来て、良かった。生まれ故郷は都会でも田舎でもない。田んぼもあれば、大型ショッピングセンターもある。都会すぎず、田舎過ぎず、ちょうど良い過ごしやすい場所だ。
目的の駅に到着し、スーツケースを持ち上げながら、電車を降りた。
「ふわぁ、ついたぁ」欠伸をしながら、卯月がエスカレーターに向かって歩き始めた。
「1人でばーちゃんちとか大丈夫? 初日は一緒に過ごそうか?」
何年も帰っていなかっただけ、1人で行かせるのは少し心配。エスカレーターへ順番に乗っていく。
「全然平気。なるようにしかならないし~~私はお兄ちゃんの方が心配だけど?」卯月が振り返り、心配そうに見つめてくる。
「え? なんで?」
「如月の実家行くんでしょ? 人生の山場じゃね?」山場?!
いや、そんな山場では……。でも絶対に如月の家族に俺の存在を恋人として、認めてもらわければならない!! これは俺の目標!!!
「そんな気負わなくてもいいですって。煩いだけの家ですから」後ろから如月の顎が肩に乗った。ドキドキする。
自動階段が上まで来ると、如月は肩から顎を離した。近くにあった、如月のぬくもりがなくなって、少し淋しい。
スマホを自動改札機にかざし、改札口を通り抜ける。もたもたしてる人が一名。「何やってんの?」と、如月にゲートの向こうから声をかけた。
「ざ…残高不足で……チャージしてます」何やってんだか。
「あ、出来ました!! 今行きます」如月と合流した。
こんな駅だったかな? と思うくらい、整備され、綺麗になっている。昔はもっと汚かったような気がしたけど。日々、世の中は進化していると、実感。
「卯月さんも私たちも、駅に迎えが来ますよね。ロータリーへ行きましょう」
スーツケースを引きながら、歩き出す。階段を降りると、円形になったロータリーに着いた。車はあまり、停まっていない。一台の古い軽自動車の陰から、懐かしい人が現れた。
「よくきたね」祖母だ。歳いったなぁ。
「おばぁちゃん!! いつぶり? 最後に会ったのは私が小学生の時だね!! 大きくなったでしょ!!」卯月は嬉しそうに駆け寄った。
「べっぴんさんになったね」祖母は優しい目で、卯月の頭を撫でた。
「そうかな? お兄ちゃんもいるよ!」話を振られ、にっこり微笑みかける。
「睦月もよくきたね。2人ともお母さんによく似てる」
卯月も、俺も、ぱっちりとした目にくっきり二重瞼は、母親譲りだ。改めて、似てると言われると少し照れくさい。
「この人はだあれ?」祖母は如月を見つめた。
「えーーあ……睦月さんの友達です」え? 如月の言葉に思わず固まる。
はぁ?! 友達だぁ?!?! ひどくね?!?! 何しれっと嘘ついてるの?! お互い家族に挨拶するって話だったのに、ここに来て友達?! ないわぁ!!! 腹が立つ。
「俺の恋人!!!」苛立ちで声が大きくなってしまう。
絶対に受け入れてもらえる、そう思っていた。なのに、返ってきた反応は、自分が考えていたものと全く違うものだった。
「……気持ち悪いからやめなさい」冷たい目だ。
「あはは、やだなぁ。睦月さんの冗談ですって。友達ですよ、友達。家が近かったので、途中までご一緒しただけですから」
こういう時の如月は滞りなく喋る。笑っているのに、目は笑っていない。こうなると思って、恋人だと言わなかったの?
「孫とは何も関係ないの?」如月は自分の自身の腕をギュッと掴み、答えた。
「ないですよー。ただの友達です」
「そう。同性の恋人がいるのかと思ってびっくりしちゃった。あんまりそういうのはね」祖母の目つきが少し穏やかになった気がする。
「あは……きっと…素敵な女性と結婚しますよ……」如月は目を伏せた。
如月から不安と緊張がひしひし伝わってくる。そんな哀しい顔で俺が他の誰かと結婚するなんて言わないでよ。結婚なんてしないよ。今すぐにでも如月を抱きしめたい。胸が苦しい。
「じゃ、私はここで。睦月さん、卯月さん、またね」ぽんっと頭を撫でられた。
「いや、え、一緒に行くよ」
この場を離れようとする如月に手を伸ばす。如月はニコッと軽く笑い「いいから」と伸ばした手を掴み、押し返した。
「何がいいの……?」ロータリーの先へ進んでいく如月を見つめる。
「お兄ちゃん、行こう。今は多分その方が如月とお兄ちゃんの為だよ」卯月に背中を押され、車へ乗り込んだ。
それはそうだけど……。如月が嫌な想いしながら、俺の立場を守ってくれたようなもんだし。このまま別れたら、誰が如月のフォローするの? 明日は会えるよね?
夏季休暇は無限にある訳じゃない。1日も無駄には出来ないし、したくない。心に不安を抱えたまま、窓から流れゆく景色を見つめた。
*
「姉さん、ごめん。待った?」車のドアを開け、スーツケースを乗せる。
「睦月ちゃんは?」運転席から小春が訊く。
「あ~~ちょっと色々あって? 来れるか分かんないよね」荷物を乗せ終わり、助手席へ座った。
「へー。みんな楽しみにしてたのに。残念」
つまらなさそうな顔をする姉の姿を見ると、睦月さんはうちでは歓迎されているのかもしれない。
「睦月さんではないけど、家に連れてきたい人が……」スマホをポケットから取り出し、メール画面を開く。
「友達?」
「千早」
「あぁ~~ね。千早ちゃんの実家寄ればいいの?」小春の質問に軽く頷き、スマホへ目を落とす。
【僕も今実家だよ。会う?】
【うん。うちくる?】
【久しぶりにいくー】既読
今から迎えにいきますっと。送信。運転してるのは姉だけど。やっと千早に会える。家族も居るし、浮気にはならないでしょ。
はぁ~~あ。何が素敵な女性と結婚しますよ、だよ。自分で言って、吐き気がする。結婚なんかして欲しくない。願わくばずっと一緒にいて欲しい。でもそれは考えちゃいけない。考えられる可能性の全てを視野に入れないと。
色々思考を巡らせてるうちに、車はある場所で停止した。あれ? 道案内なんてしたっけ? ただ今、千早の実家前。
「場所覚えてたの?」小春に訊く。
「何回送り迎えさせられたと思ってるの(※如月と小春は7歳差)」
千早は初めて出来た、同性の恋人だ。理解者でもあり、高校生活を共にした思い入れのある人でもある。
「如月くん、小春お姉さん、こんにちわ」千早はこちらを見るなり、軽く頭を下げた。
「千早ちゃんはあの睦月と違って相変わらず、礼儀正しいね」苦笑いしか出ない。
「あはは。37ですよ、僕。常識はありますよ。よろしくお願いします」千早はもう一度頭を下げ、車へ乗った。
車は無言で進んでいく。30分も掛からず、実家へ着いた。助手席から降り、スーツケースを下ろす。千早と目が合い、声をかける。
「ごめんね? 突然」
「暇してたからいいよー」千早は軽く笑って、車を降りた。
ふふ。なんだか懐かしい。スーツケースを引きながら、千早と家の中へ入る。実家のなんとも言えない匂いが鼻にまとわりつく。こんな匂いだったかな。佐野家に居すぎて忘れてしまった。
「弥生ちゃんだ~~」四女の琴葉は笑顔を浮かべ、玄関で出迎えた。
「ただいま」軽くハグをする。
「千早くん久しぶりだね」
「うん、久しぶり。琴葉ちゃん」
軽く挨拶を済ませ、リビングへ進む。リビングには、母がお茶を淹れて待っていた。少し老けたなぁ。
「おかえり」母は優しく笑った。
「ただいま」
小説家になることを反対され、勝手に家を出て行き、帰って来ないような親不孝者なのに、温かく出迎えてくれて、有り難く思う。
「自分の部屋に荷物置いてきたら?」
「そうだね」千早と一緒に、自分の部屋へ荷物を置きに向かう。
ドアを開け、中へ入る。何も変わっていない私の部屋。いつも執筆していた机に触れる。埃は積もっていない。ちゃんと手入れされている。本棚もあの時のままだ。
「懐かしいね」千早は部屋に入り、本棚から一冊本を取り出した。
「これ、よく読んだ」本をペラペラとめくり、懐かしんでいる。
「うん、読んだ」千早の隣に立ち、本棚を見つめ、ある本を取り出し、千早へ渡す。
「はいこれ。千早が好きなやつ」官能小説。
「違うって~~何回も読んだけどね」クスクスと笑い合う。
本を元あったところへ戻し、一緒に床へ座ってお互いのことを話し合う。今の仕事、読んでいる本、よく行くブックカフェ、最近出かけた場所、他愛のない会話。
「千早は今恋人いるの?」特に意味もない質問。
「いないよ。中々同性っていないし。如月くん以降、女性とも付き合ってみたりしたけど無理だった」色々あるよね。
「そっかぁ……」返す言葉が見つからない。
「君は今はどっちの性別と付き合ってるの?」
「男性だよ」千早は少し驚いたような表情をした。
「へー。皐さんとゴールインするかと思った」検討はしたけどね。
「あの人はもう結婚間近だよ。私は生涯、独身貴族かなぁ」あはは、と笑う。
睦月さんとは結婚できないし。不意に思い出す。自分が睦月に言った『素敵な女性と結婚しますよ』という言葉。気持ちが下がり、ため息が出る。はぁ。
「なんでため息つくの」千早は如月の頬に触れた。
「恋人の家族に『私は彼と友達で彼は女性と結婚するよ』って笑顔で伝えた。情けないね」はぁ。もう一度ため息をつく。
「それ、一生理解得られないし、認めてもらえないやつ」千早は指の背でなだめるように如月の頬を撫でた。
「もう良いんだけどね……どうせ結婚出来る訳じゃないし……なんか少し、思い上がっていたかな。理解してもらえるって。多様性が広がっていても、みんながみんな、受け入れてくれる訳じゃないのにね」
認めてもらえなかったことが辛い。加えて、睦月の家族へ自分は睦月とそういう関係ではないと言い切ったことも辛い。どこか期待していたのかもしれない。それを裏切られたようで心が抉られている。
慰めを求めるように、千早の肩にもたれかかる。
「辛かったね。認めてもらうことが全てじゃないよ。2人が幸せなら、僕はそれで良いと思うけどね」千早はそっと、如月の肩を抱き寄せた。
「うん……」
これ以上はお互い何も言わず、黙って寄り添いあい、このまましばらく過ごした。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる