如月さん、拾いましたっ!

霜月@サブタイ改稿中

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11話(2)

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 ーー慰安旅行、当日。


「じゃあ、俺行ってくるから」

 スーツケースを引きながら玄関に向かう。一泊二日会えないと思うだけで、もう胸が苦しい。

「お兄ちゃん、いってらっさい」気のない声が聞こえた。
「いってらしゃ~い」卯月と如月が座りながら、リビングで手を振る姿が見える。玄関まで見送りに来いよ。むかつく!

「なんでそんなに愛のない見送りなの? 寂しいとか思わないの?」スーツケースを玄関に置き、如月のところへ近寄る。
「え?」何その、どうでもいいような顔。
「あぁ。寂しい寂しい、死にそう」メリハリなく如月は言う。
「棒読み! 全く思ってない! ひどい!」如月の頭を両手で軽く叩く。

「思ってますって~~早く行かないと電車に乗り遅れますよ」如月は叩いている手を掴み、立ち上がった。睦月の手を引き、玄関へ向かう。

「……俺はこんなに寂しいのに」
「はいはい。いってらっしゃい」面倒くさそうな顔で頬にキスするな。うぅ。好き。
「そんなんで許したと思うなよ! ばーーか! いってきます!」
「もぉ~~朝からなんなんですかぁ」煩わしそうな如月の声を後にし、スーツケースを引き玄関を出る。神谷と待ち合わせている駅へ向かった。

「じゃ、私たちも行きましょうか」卯月に声を掛ける。
「いっぱい楽しもうね~~!」2人は出かける準備を始めた。


 *


 近くとはいえ、旅行なんて久しぶり。大黒柱は兄しかいないので、中々お金も貯まらず、どこかへ旅行に行く機会もなかった。だから近場とはいえ、とても楽しみだ。
 
 2人分の荷物の入ったスーツケースは思ったりより重い。これを持って駅まで歩くのは結構辛い。キャスターで引きずりながら、スーツケースを玄関まで運ぶ。

「タクシー呼びましょうか」如月が訊く。
「そうしよ」如月は携帯で電話をかけ始めた。

 15分くらいでタクシーは来た。玄関を出て、軋む階段を降り、タクシーに乗り込む。如月がスーツケースを持ち、重そうに階段から降りてきた。

「重っ……」タクシーにスーツケースを積み込み、如月も乗る。行き先を伝えると、タクシーは出発した。

「卯月さん、宿の近くで花菖蒲はなしょうぶ祭りがあるらしいのですが、行きませんか?」
「花菖蒲?」花のイメージができない。
「三重県の県花です。美しいですよ」如月は優しく微笑んだ。


 駅から電車で1時間。いやぁ、近隣すぎる。旅行なんて距離ではないな、と改めて感じる。宿まではバスで30分。外の景色を眺めたり、ネットサーフィンをしているうちにあっという間に着いた。

「少し早いので、荷物預かってもらいましょう」フロントで名前を伝える。荷物を預け、外へ出た。
「お兄ちゃんもここ泊まるんだよね? こんな堂々してバレない?」辺りを見回す。まだ宿泊者らしき人はいない。
「チェックインって大体15時ですし、大丈夫でしょ。まだお昼ですよ」

 外には『花菖蒲まつり』と書かれた看板が置いてあり、矢印を辿りながら歩き始めた。
 地面から湿度を感じ、少し蒸し暑い。進めば、進むほど看板を目印に歩く人は増えていく。

「人、増えてきましたね。手繋ぎます?」
「うん。繋ぐ」差し出された手に、自分の手を乗せ、軽く握る。お兄ちゃんが見たら発狂しそうだ。

 しばらく歩くと公園に着いた。園内は、色とりどりの花菖蒲が公園全体を彩っていた。
 紫や白色の花菖蒲はとても華やかで、綺麗だ。優美な花びらは風情がある。葉っぱは細長く、皆、縦に凛と咲き誇っている。

 花菖蒲の間にある、通路を渡り、周りを見回すと、辺り一面に広がる花菖蒲はなんとも絶景だ。

「よくみると、こっちとこっちは違うね?」しゃがみ込み、咲いている花菖蒲を指差す。如月は少し前屈みになり、口を開いた。

「それは杜若かきつばたです。花菖蒲は花びらの真ん中に黄色い筋があります。なので、こっちですね」如月は続ける。
「網目模様が入ってるこれが、文目あやめ。花菖蒲をアヤメっていう人いるけど、違う花ですよ」

「まぁ、どれもよく似てますけどね」花菖蒲を眺めながら目を細めた。
「如月、詳しいね」感心する。
「花は好きですよ。綺麗だから」立ち上がり、再び一緒に見て回る。見たことあるような人が目に留まった。

「ねぇ、あの人……」私は花菖蒲に紛れる女性を視線で指す。目が合った気がする。
「え? あーー睦月さんの元カノですね」如月は怠そうな顔をする。

「まぁ、別に直接的な関わりはないですし、私は大丈夫で……なんかこっち来てます?」
「来てるね、隠れる?」反射的に少し後ろへ下がる。
「どこにですか……」

「花菖蒲の中とか?」周りは花菖蒲しかない。
「いやいやいや~~縁側の下に隠れるみたいに言わないでくださいよ。 水張ってますし」如月は隠れるように腰を落とす。
「花に紛れるしかないじゃん!」如月の手を引っ張りながら、腰を低くして少しずつ移動をする。
「不審者過ぎでしょ……」歩いてくる蒼の方が早く、あっという間に見つかってしまった。

「卯月ちゃんに、如月さん。奇遇ですねぇ?」甘ったるい声が耳につく。
「…………(なんでいるんですか?)」
「…………(観光じゃないの? 知らんけど)」蒼に聞こえないようにこそこそ話をする。

「睦月くんと同じ指輪してる~~」蒼は如月をじっと見つめる。
「…………(蒼さんに会った時、指輪していなかった気が)」
「…………(どういうこと? お兄ちゃん、浮気してるの?)」
「え……」如月の表情が固まる。

「如月さんって、睦月くんが居るのにふしだらなんですねぇ」嘲笑うように話す。
「何故そう思うのですか?」如月の冷たい目に少し怖くなる。
「ぇえ? だって、今、女の子と手繋いでるじゃないですかぁ~~」手を離そうとしたが、如月が離してくれない。

「家族ですから。異性として手を繋いでいる訳ではありません」
「言い訳ですかぁ? まぁ、睦月くんもすぐ受け入れちゃうところありますよねぇ」蒼はせせら笑った。
「満足ですか? 早くこの場から去れ」一触即発の空気がピリピリして痛い。

「睦月くんも所詮は男。如月さんにないモノを私は持ってるから私は睦月くんを落とせるよ」蒼は目尻を下げて笑う。不気味だ。
「勝手にしろ。 選ぶのは睦月さんだから、私に選択権はない」如月は腰を伸ばし、立ち上がる。蒼に背を向け、歩き始めた。

「行こう」如月に手を引かれ、歩く。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんは如月のこと溺愛してるよ?」握られた手を強く握る。少し振り返り、蒼を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。

「どうでしょうね。少なくとも、睦月さんのセクシュアルマイノリティは同性愛じゃない思っているので、どこかでつまずくかもしれませんね」

 如月の笑う顔がどこか切ない。この先に未来がないと言ってるみたいで、胸が締め付けられた。


 キッチンカーで軽く軽食を取り、宿へ戻る。ちょうど良い時間になった。バレないようにこそこそと、チェックインを済ませ、予約した部屋へ入る。

「わあ部屋に露天風呂付いてる!!!!」さっきまでの暗い気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
「すごい! ベッドふわふわ! 大きい!」白いふかふかのベッドに飛び込みゴロゴロする。んーーっおふとん柔らかい。

「カップルお泊まりお肉づくしプランです」如月は外の景色と露天風呂を見つめる。
「お肉食べたぁ~~い」考えただけで幸せ。兄の密偵とかどうでもいい!

「お風呂一緒に入りますか? あ……ふしだら……」心に傷を負ったようだ。
「入ろうよ~~私にとっては家族であり、同性の友達みたいなものだよ? 衣食住も毎日共にしてるし、今更恥ずかしいも何もない~~それに一度入ってるしね!」如月を自分なりに励ます。
「ご飯食べる前に入りましょうか」私達は客室で少し寛いでから、お風呂へ入る準備を始めた。

 露天風呂から見える景色はお世辞にもあまり良いとはいえないものだったが、太陽が沈む、綺麗な夕日に癒された。

「抱きしめていいですか?」後ろから如月の顎が肩に乗る。
「なんで今更訊くのさぁ~~」如月の両手を持ちお腹へ回す。とはいえ、この密接感は慣れない。ドキドキする。
「なんとなく。はぁ、落ち着く。この純粋無垢な感じに癒されます」如月の頬が首の後ろにぴたっとくっついた。

「お兄ちゃんには見せられないな~~」
「絶対秘密ですよ。バレたら何をされるか……」

 少しずつ落ちていく夕日を露天風呂に浸かり、一緒に眺めながら、くだらない話で笑い合った。


 *


 宿は2人1組で割り振られている。同室者はもちろん神谷。チェックインを済ませ、客室に荷物を運んだ。

「和室かぁ~~あんまりいつもと変わらないな」窓際まで行き、景色を見つめる。
「露天風呂でも行く?」神谷が訊く。
「そうだね、ご飯まで時間あるし」お互い、スーツケースを開け、お風呂の準備をする。

「何入ってるの? それ」神谷は睦月のスーツケースに入っている保存袋を見る。
「え? 如月の枕カバーだよ。神谷こそ何を手に持ってるの?」神谷の手にある黒い何かを見る。
「え? ボイスレコーダーだよ。皐さんの罵り声が入ってる」


「……佐野お前って結構変態だよね」神谷の目が濁る。
「……神谷お前にだけは言われたくはない」情のない目で神谷を見る。


 類は友を呼ぶとでもいうのか。無言で、準備をし、2人で露天風呂へ向かった。
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