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10話 欲は見た目で判断出来ない!

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 ーーオフィス外構 昼休み


「すっかり顔色も良くなっちゃって~~わかりやすいやつめ」神谷は睦月の背中を叩いた。

 如月が帰ってきてから、不安がなくなり、夜はぐっすり眠れるし、食欲も出れば、物事に取り組む意欲は湧く。元の自分を取り戻していた。

「色々不満はあるけどね」外のベンチは暑い。2番目のワイシャツのボタンを開け、熱を解放する。
「お前の不満は惚気にしかならないから聞かなって、うわーー」急に神谷の目が濁る。
「え? 何?」

「なんのアピールですか、それ~~リア充爆発しろ」胸ぐらを掴まれ、激しく揺すられる。
「ちょ、やめろって!! あ」首筋に付けられたアザが脳裏に浮かび、青ざめる。なんだか、恥ずかしくなり、神谷の手を振り払い、急いでボタンを閉めた。

「み、見ないで!」
「お盛んなことで~~でもいいもんねぇ、週末卯月ちゃんとデートするから」神谷の口元が緩む。
「え? 妹に手出すのやめてくれない?」
「大丈夫だって~~、友達もくるらしいし」3人ならまだいいか。

「友達ってどんな子?」神谷は興味津々だ。
「星奈ちゃんかな? 割と積極的な子」
「ふ~~ん、いいね。慰安旅行、来るよね?」
「行く予定」

 昼ごはんを食べ終わり弁当箱を片付ける。立ち上がって腕のストレッチをして体をほぐす。
 如月は来るつもりないみたいだし、会社の慰安旅行なんて、別に行かなくてもいいのだが。

「なんか色んなことがあって言い忘れたけど、総務にすごく可愛い子が入ったんだって。慰安旅行でお近づきになりたいなぁ~~」
「へーー」どうでもいい。
「ま、お前には関係ない話だな!」

 神谷に掴まれ、よれてしまったワイシャツの襟を整える。週末、卯月は神谷とデートか。ということは如月と2人か。

 これは良い。こちらもデートが出来る。『欲しがりすぎ』なんてひどいことを言われたから、如月を絶対に満足させよう。
 心の中に野望と欲望が芽生える。



 ーー週末 デート当日


 *


「やっと出番きた!」

 私は黄色いワンピースを着てウキウキしていた。買ってもらってから一度も着るタイミングがなかったからだ。

「よく似合ってます」如月が手招きをして、私を呼ぶ。当たり前のようにあぐらの上に座る。兄に少し睨まれた。妹に妬かれても。

「めっちゃねじねじ」ねじったサイドの髪を手に持たされる。
「簡単なハーフアップですよ」如月は両サイドのねじった髪をひとつに束ね、くるりと中へ入れ込んだ。
「可愛いヘアアクセでも付けておいで」
「ありがとう!!」服と髪が可愛いとテンションが上がる。

 鏡の前で、花のモチーフの付いたヘアゴムで更に縛る。完成だ。
 可愛いが全身に装備され、デートで戦う準備が整う。

 待ち合わせ場所は最寄り駅。そろそろ行かなくては遅刻してしまう。
 鞄を手に取り、急いで玄関へ向かう。

「お兄ちゃん、如月、行ってきま~~す!」慌ただしく玄関を出て、最寄り駅へ歩き始めた。

「…………俺たちもデートしない?」
「えっ?」如月は突然の誘いに目を丸くした。
「まだ、付き合って一度もデートしてないんですけどぉ」
「…………そうですね?」如月は睦月の目から感じる圧力を不審に思いながら、出かける準備をした。



 最寄り駅に着くと、神谷は既に待っていた。『友達』の姿はまだない。スマホを確認すると遅くなる内容の書かれたメールがきていた。

「『友達』が少し遅れるって」なんだか男の人と2人はドキドキする。
「なるほど。僕の自己紹介でもしよっか?」

 チャラそうに見えて、私が不安に思うことはいつも察してくれる人だ。そんなところに少し惹かれる。

「うん、お願いします」
神谷湊かみやみなと。23歳。佐野とはひとつしか変わらないよ。ま、僕は転職組じゃなくて新卒だけどね。よろしくねぇ~~」優しく微笑む顔に釣られて、私も笑顔になる。

「『友達』どんな子?」
「え?」

 思わず目線を逸らす。自分でも本当に『友達』かはわからない。
 仲は良いとは思っている。自分だけかもしれないが。

「え?」神谷は訊き返すと同時に、現れた人物を見て、表情が固まる。
「待たせたね。急に、桜坂先生に呼び出されてしまってね。原稿を見ていた。遅れて、悪いね」和かな笑みで皐は卯月に声をかけた。

「え? 嘘でしょ……なんできたの?」神谷は思いがけない人物の登場にかなり驚いている。
「分からないのか? 呼ばれたから、来た。ただ、それだけだ」

「何当たり前のことを……腹立つな! 大体、友達か? 違うだろ! 兄貴の恋人の元カノ呼ぶか? 普通!」怒っている。無理もない。自分でも人選は間違っていると思う。

「へぇ。卯月は私のこと、友達だと思ってくれているのか。嬉しいね」皐は目を細め、卯月を見る。
「と、友達だもん!! ほら行こう!!」対立する2人の手を引き、歩き始めた。


「お腹が空いたよ、卯月」いたずらっ子のような含みある顔をして皐は言う。
「ドーナツのお店があって、そこに行きたいの」目的地に向かって、足を進める。
「このメンツでドーナツ食べるの~~?」神谷は嫌そうだ。

 3人でしばらく歩いていると、長い行列が見えてきた。並んででも食べたいと言われる絶品ドーナツ。
 美味しいものは待たされるものだ。絶対に食べたい。私たちは最後尾に並んだ。

「最低でも、1時間は待つだろうなぁ。私は本を読むとしよう。2人は好きに話すといい」皐は先頭を眺め、立ったまま、両手で本を読み始めた。
「マイペースな人だな、おい」皐の耳に神谷の声はもう届かない。

「まぁ、なんとなく如月が皐さんこの人とずっと一緒にいた理由はわかる気がするけどね」本に集中している皐を見つめる。

 如月も手が空けば、いつも本を読んでいる。出かける時は小説を一冊、必ず鞄に入れる。
 如月と皐2人はいつも一緒に本を読んで過ごしていたと想像できる。

 そんな様子を思い浮かべると、落ち着いた大人の恋愛に思え、落ち着きのない兄と如月が何故くっついているのかさっぱり理解ができない。
 恋とはよく分からない。

「そうか? 全然分からん……」
「人の尻ばかり追いかけているような、ストーカー男には、分からないだろうなぁ」本を読みながら、皐は呟く。
「ひど~~もっとなんか言い方あるでしょ~~否定はしないけど」
「皐さんはメンズに当たり強いから」
「男は弥生しか愛していないのだよ。今はね」
「…………」まだ執着していたのか。私と神谷は恐るべき愛に思わず黙り、行列に並び続けた。


 2時間かけ、やっと店内に入ることが出来た。思ったより、時間がかかり、お腹がぺこぺこだ。

 店内はコンクリート調で、木材チックなテーブルの上には、色んな種類のドーナツがたくさん並べられていた。
 トレイとトングを持ち、食べたいドーナツを選ぶ。たくさんあって迷ってしまう。

「皐さん、どれにするの?」
「私か? やはり、まずはプレーンだろう。ドーナツへの本気度を、確かめねばならない」
「なるほど~~」私はプレーンドーナツをトングで取る。

「影響されるな。好きなものを食べるべき」神谷はお腹が空いているのか、惣菜ドーナツが中心だ。
「そんなドーナツを取っているようでは、まだまだ青いな」皐はピスタチオ、カスタードなどトレイへ取っていく。
「青くないって、先進的だろ~~?」私たちは食べたいドーナツをトレイに乗せ、会計へ進む。

「皐さん、そんなにドーナツ買うの?」
「あぁ、そうだよ」

 2人分くらいあるドーナツを見て訊く。ドーナツは3個だけ、テイクアウト用に梱包される。皐はテイクアウトのドーナツを受け取ると、卯月へ渡した。

「これは弥生へのお土産だ。弥生に渡してくれ。卯月も一緒に食べるといい。あいつの分はないがな」

 ドーナツは3個テイクアウトだった。兄の分もきちんとある。捻くれているが、優しい人だ。
 私たちは会計を済ませ、イートインスペースへ向かった。


 *


 一言目はやだ。二言目はうるさい。三言目は皐。最近の如月の態度だ。別れてから、皐、皐と口にするようになった。
 気持ちがないのは分かっているが、モヤモヤする。

 そんな態度を脱却すべく、充実したデート(というか、いちゃいちゃしたい)をして、今日は絶対満足させてみる。

「如月、どこか行きたいところある?」
「ありますけど、私の行きたいところへ行っても睦月さんは楽しくないと思いますよ」どこだそれは。
「それでもいいよ。どこ?」
「ブックカフェ」

 うわーーつまんなさそう。
 思わず顔が歪む。卯月にはインドアと馬騰されたが、スポーツ観戦やアウトドアは結構好きだ。
 本を読む習慣がない自分にブックカフェが楽しめるとは思えない。

「ほらね、嫌なんでしょ。こういうところは皐と行くに限ります」はい、出た! 皐!
「行く。ブックカフェ行く!!」
「いや、無理しなくても……別に皐と行「行く!!! 今日ブックカフェ行く!!!!」

 正直、本など読める気がしないが、皐への対抗心と嫉妬心から、如月が行きたがっているブックカフェに行くことにした。
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