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9話(3)素直に自分の気持ちを言えず受け入れを拒否。言葉足らずですれ違う2人ーー。
しおりを挟む「お兄ちゃん頑張れーー!!」
周りの声援に負けず、大きな声で兄を応援する。
跳ね上がる泥水の田んぼの中を兄は駆け抜けていく。小学生や高校生に紛れ、兄は誰よりもぶっちぎりで先頭を走っている。本気の走りだ。
そう、誰がどう見ても一位!!!
「しゃっあ!! 米ゲット!!」
「お兄ちゃん、めっちゃ早かった!」
米を大事そうに抱えている。兄の服は跳ねた泥しぶきで、まだら模様になっていた。やっぱり身内が勝つと嬉しい。
「すごかったです」
「それだけ?」
軽く拍手をする如月に、兄が迫っている。何する気?!
「え? おめでとうございます?」
「おめでとうのちゅーして」
「もう~~っ」
「こんなところでイチャつかないで?!」
キスしようとする2人の間に割り込み、強引に引き離す。こんなところでイチャつかれたら、学校生活に支障が出る!!!
「ーー次は中学生の部です~~1組から順番に行いますーー」
「私、行ってくるね!」
「米獲ってこい!! そうしたら2キロになる!」
「任せて!!」
片目閉じ、兄へウィンクを送った。
私も兄も運動神経はいい方だ。田んぼの前で、自分の番を待つ。中学生女子の部が呼ばれ、私は再び泥の中へ足を踏み入れた。
「卯月ちゃん、頑張ろうね!」
「私、絶対米獲るから」
隣に並ぶ星奈と拳をぶつけ合う。絶対米獲る!!! 軽く腕を回し、準備を整えた。頑張ろ!!!
「よーーい、ドン!」
踏み出した足が沈み切る前に、反対の足を踏み出し、前へ、前へ、進む。腿を高く上げ、手を振り、泥の中を走り抜ける。
絶対に誰にも負けない!!!
「いやったぁ~~! いちば~~ん!!」
頑張って手に入れた1番は嬉しい。
我ながら、陸上部にでも入れば良かったくらいの運動神経だ。貰った戦利品が嬉しくて、赤ちゃんのように抱く。
「卯月ちゃん早すぎ~~」
星奈に後ろから肩をポンと叩かれた。
「米獲ってこい言われたから本気だした」
星奈と少し話してから、兄の元へ駆け寄り、米を見せる。どうだ!!!
「愛のプレゼントですぅ~~」
「流石、俺の妹。愛してる~~」
兄は米と一緒に私を抱きしめ、頭を撫でた。褒められるとやっぱり嬉しい。頑張った甲斐があった。
「如月も米獲ってきて!!!」
「絶対無理……」
如月は泥んこレースに参加したはいいが、転びかけたり、危なっかしく、見ていられなかった。そして後ろから数えた方が早いくらいの遅さ。本人的には頑張ったらしいけど。
身体は全身泥だらけ。爪の隙間まで、しっかり泥が詰まっている。早朝からの集合ということもあり、疲れからか、眠気と倦怠感が襲ってくる。
「ーー各自シャワーで足を流して帰宅となります~~お疲れ様でしたーー」
「帰ったら寝よう……ふわぁ」
「頭からシャワー浴びたい」
「無料で米2キロげっと~~」
バテバテの私と如月と違って兄は幸せそうだ。車に乗り、家へ向かう。
家に着くと更なる疲労感に襲われた。早々に着替えを済ませ、和室で横になる。自然に瞼が落ちた。
*
「やっと泥から解放された……」
シャワーを浴び、清潔になった身体へ安堵する。濡れた髪からは雫が落ちた。肩は水滴で濡れていく。
卯月さんは疲れて眠りについたか。朝が早かったため、うつらうつらしてくる。
(睦月さんがシャワー終わる前に寝よう)
眠い。髪の毛を乾かしたい。執筆をしたい。寝たい。和室、卯月さんが寝ていてたな。使えないな。あぁ、ドライヤー。喉が渇いた。
色んな思考が頭に巡り、ぼやんとする。
このまま寝てしまおうか。
リビングの机に伏せ、少し顔をあげる。思考は徐々に停止し、うたた寝しそうになる。隣に人の気配を感じ、ハッと横を向く。
睦月さんだ。
「いつからそこに?」
「さっきから居たよ」
睦月が頬杖をつき、私を見る。
「そう……」
田植えは泥にまみれたが、初めての経験で、新鮮さがあり、想像よりも楽しいものだった。今は祭りの後の寂しさのようなものを感じる。
「髪の毛濡れてるよ」
睦月が私の髪に触れ、そのまま指を差し込み頬に触れた。
頬に触れる手にドキっとする。ぼうっとしている今の自分では、流されて相手のペースに飲まれてしまいそう。
「ぁ……乾かします」
頬に触れる睦月の手の上から自分の手を重ねる。そのまま手を掴み、離せばいいのだが、出来ない。少しばかり開いた目で睦月を見つめる。
「誘ってるの?」
「誘ってないです。田植え、楽しかったなって……ん」
頬を引き寄せられ、優しく唇が触れ合う。近づく顔と口唇から伝わる体温に鼓動が早くなる。あぁ、流される前に思考を取り戻さなければ。
「俺がどれだけ如月のことが好きか分かってる?」
「多分……」
今まで妹を愛し、大切に育て、私が来てからも、面倒を見てくれたとても愛情深い人。恋人になり愛が重くなっているのは間違いない。
「分かってないと思うなぁ」
距離を置こうと睦月の手を掴み、頬から離そうとするが、逆に私の手が掴まれた。
「あれ、何? 警戒した?」
伏せていた体を反り、距離を取る。手は離してくれない。少しずつ我に帰る。
「分かっているので、離してください……」
「分かってない」
掴まれた手を勢いよく引っ張られ、睦月のあぐらの上に抱き寄せられた。
「ちょっと……」
あぐらの上でお姫様抱っこをされる。飲まれるな、冷静になれ。頭の中の考えとは裏腹に鼓動は一層早まり、冷静さを失っていく。
「顔赤くなってる、可愛いよ。如月」
米を狙っていた時と同じ目をしている。早く逃げなくては。
そもそもなんで私は毎回逃げようとしているのだろうか。恋人ならば、愛を受け止めるべきだ。しかし今まで見せていない自分の一面を曝け出すのは、恥ずかしい。逃げたい。
「待って、タイム! ~~っ んっ」
私の言葉など無視し、後ろから頭を押され、唇が重なる。唇で唇をこじ開けられ、舌が差し込まれた。ゆっくりと舌が包み込まれる。
「っん…ん……ふ……っんん…っはぁ……」
「可愛いよ。好き。好き。大好きだよ。如月」
「っぁ 待っ やめっ ~~っ んーー」
首元から首筋へゆっくりキスをされる。何度も何度もされるうちに、体の中は熱が渦巻く。次第に手はTシャツの下を這う。
あぁ、どうしよう。まず、ねこはあんまり……。でもこのまま受け入れるしかないのだろうか? Tシャツの下を這う手が胸まで到達した時、私は完全に逃げ遅れたのだと思った。
寝ているとはいえ、和室には卯月さんもいる。ダメだ。絶対ダメ。ダメダメダメ。頭の中で警報を鳴らす。
「~~っこれ以上はっ!!」
耳も頬も熱い。身体中、至る所が熱くて、どうにか、なりそうだ。必死に堪え、両手で睦月を突き飛ばした。
「俺のことは受け入れてくれないの?」
「いや、そういうわけでは……」
急に睦月が不機嫌な顔になり、焦る。実質、拒否をしたのと同じ。気を悪くさせたに違いない。
「じゃあ何?」
私の行動を快く思っていないことがよく分かる。
「……えっと」
素直に本当のことを言えばいい。和室に卯月さんが寝ているからやめよう、と。自分の行動を後ろめたく思い、言葉が詰まる。
「理由があるなら言って」
「あ……ごめん……」
睦月さんは何も悪くない。自分の気持ちも、言いたいことも言えない私が悪い。私はその場に居ることに耐えきれなくなり、玄関へ向かい、外へ出た。
最悪だ。
本当に最悪だ。自分の行動の全てが最悪だ。歩きながら自己嫌悪に陥る。傷つけたくないと宣言しながら、間違いなく睦月さんを傷つけた。なんて最低なんだろう。
少し後ろを振り返る。別に期待しているわけではない。誰かが追ってくる姿は見えない。それはそうだ。私の行動に追う価値などない。
睦月さんは自分のセクシュアルマイノリティに悩みながらも、私と真剣に向き合っているというのに、私はそんな睦月さんから逃げだしたのだ。
いつもなら誰かに話しかけられても、フランクに接することが出来るが、今は鬱陶しく感じる。何も持たずに出て来た自分は、どこかへ行くことも出来ない。
乱れたTシャツと濡れた髪で、あてもなく歩き続ける。帰りたいと思える家は、佐野家しかないというのに。
今は帰れない。
追いかけてきてくれればいいのに、と考える私はなんて都合が良い人間なんだろう。
睦月のことを考えれば考えるほど、胸が苦しい。
最低なことをしておきながら、バカみたいに睦月さんが好きだ。
別れたくはない。
こんな私をまだ、好きでいてくれるだろうか。
家に戻るべきか。足を止める。
まだ帰る勇気の出ない私はその場にしゃがみ込んだ。
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