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6話 中途半端な優しさは自己満足でしかない!
しおりを挟む中途半端な優しさは最悪だ。良かれと思って、したつもりでも、それは時に辛いものを与えてしまう。結局俺は、次の日、蒼と会うことになった。
一通りの家事を終わらせ、出かける準備をする。
「デート?」
リビングで勉強している卯月が心配そうに訊く。その隣で如月が黙々と執筆している。
「まぁ、不本意ながら」
黒いTシャツに着替えつつ答える。
「卯月さん、テラス席のあるカフェが最近オープンしたんですよ~~」
「そうなの~~?」
「行こうかなって。インスピレーション湧きそうですし。卯月さんも一緒にどうですか?」
なにそれ!!! 俺も行きたい!!! こんな約束がなければ一緒に行けたのに。2人の会話を訊きながら、全ての支度を終わらせる。
「少し風があるから何か羽織っていけよ」
オーバーサイズのカーディガンを羽織り、玄関へ向かう。今日は少し風がある。テラスで勉強は日差しはあっても冷えるかもしれない。
「はぁい。デート楽しんできてね」
「飯は食えよ! 作ってないけど!」
卯月と如月が玄関まで見送りに来てくれた。如月が少しつまらなさそうな顔をしている。
「行ってきます!」
2人に軽く手を振り、玄関を出る。待ち合わせ場所の公園を目指した。
公園に着くと、蒼は入り口に立っていた。間に合うように出たつもりだけど、待たせてしまったかな?
「ごめん、待った?」
「今きたところだよ。私、行きたいところがあるの」
オフショルダーのワンピースが胸を強調している。カーディガンの裾を掴まれ「いこ?」と誘われ、引っ張られるまま歩き出した。
駅方面に向かっているらしい。ゴールデンウィークだけあり、進むにつれ、人が増えていく。蒼は俺の腕にくっついた。
柔らかい胸が当たる。意外と何も感じない。むしろ、やめて欲しいとすら思う。人も多いし、このまま歩くことにした。
「睦月くん、高校生の時から同じピアスしてる」
「結構気に入ってるからね」
ピアスが劣化しては同じものを買い換えるぐらい、気に入っている。まぁ、特に何か思い入れがある訳じゃないけど。
「左耳は違うピアスだね?」
「あ~~、片方あげちゃった」
如月に。奪われたに等しい。あの時のことを思い返すと、自然に目尻が下がり、笑みが溢れてしまう。
「そんな顔するんだね。誰にあげたの?」
「友達だけど?」
「ふーん」
俺の『友達』という発言に蒼は眉を顰めた。なんか、蒼が少し不機嫌になった気がする。
蒼に連れられるまま、たどり着いた先は、テラス席のある最近オープンしたカフェだった。
(朝、如月が言ってたところかな、ヤダな~~)
まず、この組まれた腕をどうにかしたい。腕を組む姿も、一緒に居る姿も見られたくない。何故だか、やましい気持ちになる。
「あのさ」
「なに? いい雰囲気のところだねぇ~~」
蒼が腕を組みながら寄りかかってくる。嬉しそうな蒼の顔をみると、俺はこの状況で『やめて』と言えなくなってしまう。
「そうだね、何か注文しよっか」
メニューには、パンケーキやパスタ、五穀米のカレーなどがあり、パンケーキのドリンクセットを2つ頼むことにした。
「パンケーキが出来るまで40分ほどお時間かかりますがよろしいでしょうか?」
「はぁい、よろしくお願いしまぁす」
40分?!?! なっが!!!! それまで2人で待つって考えると少し鬱になる。
なるべく如月たちとは会いたくない。テラス席から離れたところに座れば大丈夫かな。奥の2人掛けのソファ席を指差し、「あそこは?」と提案してみる。
蒼は納得してくれず、テラス席の一番隅に座った。
(結局テラス席……)
「睦月くんは今、彼女いるの?」
「彼女はいないよ」
「私も居ないよ。私、ずっと睦月くんに会いたかった」
何故そこまで? 自分は特に明確な理由もなく、振ったひどい男だ。会いたい理由が分からない。
「なんで?」
「なんでって……分からないの?! まだ好きだからに決まってるじゃん! 私にとって、睦月くんは初恋だったんだよ?!」
突然立ち上がり、ヒステリックに話す蒼に対し、少しうんざりする。
蒼が何か色々言っているが、全て左から右へ聞き流す。昔、付き合っていた時もこんな感じで、ひたすら話を聞いていたなぁ、と思い出す。
隣のテラス席で「修羅場ですね」と聴き覚えがある声が耳に入り、目線を蒼から隣の席へ移した。
(フツー近くに座るかぁ?)
卯月と如月が隣のテラス席に座っている。卯月がニヤっとしながら「ガンバ」と小さくガッツポーズをみせた。
「ねぇ、聞いてるの?」
「あーーごめん、なんだっけ」
「だから、今日会ってくれて、腕も組んだりしてくれたってことは少なからず、私へまだ気持ちがあるんでしょ!?」
「へ?」
何を言っているの? ありませんけど。
色々選択を誤った気がする。全て自分の行動が引き起こしたことだ。何をやっているのだろう。
隣のテラス席で卯月の声が聞こえた。
「中々激しい彼女ですなぁ」
「まぁ、星奈さんの姉って感じですかね」
如月はテーブルに頬杖をつき、俺たちの方を見た。こんな姿、見られたくもない。
色々最悪だ。
だが、ひとつだけ分かったことがある。この、目の前にいる女性のことは好きではない。それだけは自分の中でハッキリした。
蒼をこのままにしておく訳にもいかない。なだめるように声をかけた。
「久しぶりに会ったばっかりだよ? パンケーキも来るし、一旦落ち着こう? な?」
「そうやって、いつも誤魔化す……」
蒼が席につき、ストローを指先で掴み、ジュースを飲んだ。なんとか乗り越えた。
「お待たせしましたーー」
良いタイミングでパンケーキが来た。目の前に皿が並べられていく。これで少しは落ち着くだろう。
精神的疲労を感じつつも、パンケーキにフォークを刺し、頬張る。甘く、口の中でとろけるパンケーキは、参っている気分を少しだけ和らげてくれた。
「如月は男性が好きなの?」
卯月の声が聞こえる。気になってしまい、耳を傾ける。
「こんなところで聞きます?」
「違うの?」
如月は開いていたノートパソコンを閉じ、卯月を見た。
「違いますね~~」
蒼に気遣いつつも耳を澄ませる。
「女性が好きなの? あ、どっちも好きなの?」
「違いますね~~そもそもその質問自体がズレています」
話が気になるのか、蒼も耳を澄ませ、目線を隣に向ける。「星奈の友達だっけ」と小さくぼやいた。
「どゆこと?」
「私はパンセクシュアルです。好きになるのに、相手のセクシュアリティは関係ないってことです」
初めて知る、如月のこと。こんな形で聞きたくもなかった。性に開放的とはそういう意味だったのだろうか。蒼が話を聞きながら「なんか性に奔放そう」と呟いた。
「誤ったイメージを持たれて、傷つくこともありますけどね」
如月は蒼を遠目で少し睨んだ。
「なんか難しいぃい~~バイとは違うんだ?!」
卯月は頭を抱えた。俺も正直、聞いていて、違いが分からない。
「バイセクシュアルは好きになる条件に相手の性別が関係してきますけど、私は誰かを好きになることに性別は関係ないってことです」
「なるほど~~」
如月は続ける。
「まぁ、この際言っておきますよ、近くに睦月さんもいることですし。自分のセクシュアリティは環境の変化で変わることもありますよ。それでも、自分のセクシュアリティを決めるのは自分自身でしかないってことです」
明らかに俺への言葉……。
「如月。話してくれてありがとう。でもなんでパンセクシュアルになったの?」
「えぇ~~? だって、誰かを好きになって、愛することに性別は関係ないですもん~~」
笑顔で話す如月を見て、俺は自分自身の性的指向の変化を認めきれないのだなと思った。
「私はそういうの無理かも」
蒼がパンケーキに添えられた苺をフォークで刺し、ぽろっと漏らした。
「なんで? 好きになったら関係ないじゃん?」
「なんていうか、過去に男と付き合ってた人とか無理。気持ち悪い」
そういうもの?
でもこれが一般的な感覚なのかもしれない。だからみんな、隠すのだろう。偏見による生きづらさを感じる。
本当は分かっている。答えは出ている。世間や、周りのことを考え、自分の性的指向の変化を認めることが出来ず、結論が出せずにいただけだ。
ちゃんと、蒼に伝えなくては。
「蒼、ごめん。俺は多分、好きな人がいる」
あえて相手の性別は伝えない。
「じゃあ、なんで会ったりしたの?! 優しくしないでよ!」
情緒の不安定さに思わず、最初に出された水を一気に飲み干す。頑張れ、俺!!!
「ほんと、ごめん。今は蒼に対して好きっていう感情がない。自分の気持ちを確かめるために利用した。ごめんなさい」
席を立ち、頭を下げ、謝る。吹き抜ける風が肌寒く感じた。
「なにそれ……」
蒼は俯き、それ以上は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
「今日はありがとう、傷つけてごめん、帰る」
伝票を持ち、静かにテーブルを離れ、卯月のいるテラス席へ近づき、声をかけた。
「勉強進んでる?」
「しーーーー」
卯月は口元に人差し指を当て、目線で如月を指した。如月を見ると、開いたノートパソコンの上で顔を伏せ、気持ちよさそうに寝ている。
「もぉ~~っ!! こんなとこで寝たら風邪引くってば!」
無防備な寝顔が愛おしく感じる。着ていたカーディガンを脱ぎ、如月の肩にかける。どさくさに紛れ、如月の頭に優しく口付けをした。
「卯月、俺決めたよ」
何を意味するのか、伝わったらしく「良かったね」と、卯月は答えた。家へ帰ることを卯月に伝え、会計へ向かう。
これでいいんだ。思わせぶりな優しさで相手を傷つけてしまったことに反省する。その代わり、自分の気持ちにキリがついた。胸にずっとつっかえていたものは完全に取れた。
自分はまだ、如月ほど、カミングアウト出来る訳ではない。
心の中で一時的なものでは? と疑う自分もいる。それでも自分自身を認めることが大切なのかもしれない。
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