如月さん、拾いましたっ!

霜月

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3話(3)

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 PM6:00。
 如月が炊飯器を開け、釜を洗い始めた。計量カップで米を測り、四合分洗う。炊飯釜に洗った米を入れ、4の目盛まで水を注ぐ。炊飯のボタンを押した。

「そろそろカレールーを入れた方がいいのかな?」私は如月に聞く。
「そうですね、入れましょう」如月はカレーの箱を開け、ルーを取り出し、鍋の中へ入れた。

 ルーを全て入れたはずなのに、水っぽく、シャビシャビしている。煮込み時間が足りないのだろうか。

「なんかシャビシャビだね」
「そうですね」水を大量に入れた張本人のくせに他人事だ。
「とろみつける方法は、ないのかな」如月は「うーん」と考え、台所の隅を人差し指で静かに叩く。

「スープなどにとろみをつける場合、水溶き片栗粉を入れたりしますよね。カレーにも同じように入れたら、とろみがつくのではないでしょうか?」
「なるほど。既にこんなに水分があるのに、更に水を入れても大丈夫なの?」
「この水分量なら、混ぜながら入れれば、水で溶かなくてもとろみがつくかもですね」如月は「知らんけど」と小さい声で付け足す。


 ※片栗粉は水で溶いてから入れましょう。水溶き片栗粉は入れても味は薄くなりません。


 私は買い置きの上白糖が入っていたカゴに、片栗粉が入っていたのを思い出し、取り出した。如月が急に慌てる。

「少しずつ入れましょう」
「わかってるって~~」お玉で混ぜながら、片栗粉を少しずつ入れる。

 如月は片栗粉を入れるところを確認すると、風呂を洗いに浴室へ行ってしまった。
 片栗粉はみるみるうちに、粘りを帯び、固まっていく。

「如月~~とろみつかないんだけど!」
「えぇ?」欠伸をしながら、台所へ戻り、カレーを覗く。
「なんかスライムみたいですね。片栗粉って全部入れたんですか?」
「入れたけど……」如月は「マジか」と、頭を抱え、任せたことを後悔した。


 PM7:00。
 軽快な音楽と共にご飯が炊き上がった。30分以内には、兄が帰ってくるはずだ。見た目とは裏腹に匂いだけは美味しそうだ。

「水分は減りましたね」私たちはずっとカレーを観察している。
「片栗粉を入れたことで具材が増えたって感じ」
「……どうするのですか、これ」如月が私に聞く。
「もう、どうにもできないよ、これでいくしかない」最早、罰ゲームにも感じる。


 PM7:20。
 玄関の方でガチャっと音がする。

「ただいま、外までカレーの良い匂いしたよ」少し嬉しそうな兄がリビングに現れた。
「たまには作ろうかなって」
「丁度、今日カレーにしようかなって思ってたんだ」

 兄はジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛けた。部屋着に着替えるため、脱衣所へいく。
 如月はその間にカレー皿へ炊き立てのご飯とカレーを盛った。



 今日はとても嬉しい。卯月がご飯を作ってくれたことは今まで、一度もなかったからだ。
 家庭訪問以降、卯月と如月が急に仲良くなり、兄としては少しヤキモチを妬いていた。
 ご飯を作り、待っていてくれるなら、二人が仲良くなるのも悪くないかもしれない。

 ワイシャツを洗濯機に入れ、長袖のTシャツとハーフパンツに着替えた。
 俺はこんなにゆるいスタイルなのに、如月はオーバーサイズのTシャツ、イージーテーパードパンツを着ていて、オシャレでムカつく。
 俺もテーパードパンツ買おうかな。
 卯月の部屋着はパーカーにハーフパンツだ。

 リビングへ行くと、カレーは一皿だけ並べられていた。絶対におかしい。

「これは俺の分? 如月は食べないのか?」
「私は睦月さんが食べ終わったら、自分でよそって食べます」如月は目を合わせようとしない。
「卯月は食べないのか? 腹減ってるだろ?」
「お兄ちゃんが食べるところをみてから、後で食べるよ」卯月の方を見ると、サッと目を逸らされた。

 このカレー何かある。
 カレーには、具材に紛れ、ブヨブヨとした変なものが混じっている。まぁ、このくらいなら食べれるだろう。
 少し訝しみながらも右手で、スプーンを持ち、カレーを口元に運んだ。

(これは不味いーー)

 あまりの不味さに左手で口元を覆う。
 卯月と如月は淀んだ目で、こちらを見ている。「うわぁ食ったよ」とでも言いたげだ。

 甘い、甘すぎる。カレーは甘口派の俺でもこれは流石に甘すぎる。チョコレートよりも甘い。まるで砂糖を水で溶かし食べているかのようだ。
 そして口に入れた瞬間、カレールーと一緒に片栗粉のような粉っぽさが広がり、口内をまとわりつく。
 グニグニとした気持ち悪い食感が居た堪れない。噛みきれない、飲み込めない、クソまずい。
 香りだけは良い。これはカレーのおかげというところか。これで匂いが臭かったら、吐いていたに違いない。
 何故具材が全て千切りなのか、分かりかねる。
 評論:佐野睦月

 言いたいことは山ほどあったが、二人の手を見ると傷だらけで、絆創膏がいっぱい貼ってあり、苦労して作ったことが垣間見える。
 バカだな、そう思いながら微笑んで言う。

「美味しいよ」そして満面の笑みでもう一言告げる。
「だが、もう二度と作るな」
「…………」二人は落ち込んだ。

 一口しか食べてないが、これ以上食べれないと思い、スプーンを置く。
 卯月が「あのね」と話し始めた。

「カレーは失敗しちゃったけど、迷惑かけちゃったり、いつも頑張ってるお兄ちゃんのために作ったの……」
「うん」睦月は相槌を打つ。卯月は続ける。
「えっと、これは少し早い母の日いや……ブラザーズデイです」卯月は如月と顔を見合わせ、「せーの」と言った。

「「いつもありがとう」」

 机の下から小さな花束を取り出し、笑顔で渡された。『お母さんいつもありがとう』と書かれたメッセージカードが花束に添えられていた。

「……母ちゃんじゃねーっての」胸と一緒に顔が熱くなる。

 (あぁ、もう。なんだよ……)

 カレーの不味さなんて、どうでも良くなった。『ありがとう』ってなんでこんなに嬉しいものなのだろう。
 ただ、そこに二人が笑って居てくれるだけで、幸せに思う。卯月が「お兄ちゃん大好き」と笑い、後ろから抱きついてくる。

「私も睦月さん大好きですよ」如月はそう言うと卯月の後ろから更に抱きしめた。

「アレアレ~~? 睦月さんは言わないんですかぁ~~?」如月がニヤニヤしながら茶化してくる。二人してニヤニヤしている。

「……大好きだ、バカ!!」耳まで赤いのが自分でも分かる。
「ツンデレだ~~」
「ツンデレだ~~」
「もーー、暑いし、重いわ!!」二人は離れようとしない。この瞬間でさえ、幸せに思う。

「ところで睦月さん、私、お腹が空きました」如月は言う。
「カレーがあるだろ」
「あれはこの世の食べ物ではありません」
「そう思うなら俺に食わせるな」ペシっと如月の頭を叩く。
「私、お兄ちゃんのカレーが食べたい」
「もう、仕方ないなぁ」睦月は台所へ向かった。


 さっきまで幸せでいっぱいだったが気持ちは一変し、怒りが込み上がってくる。台所は切った野菜が散乱し、コンロは片栗粉で白くなっている。床は何かをこぼしたのか、ザラザラする。流しに置かれた洗い物は山のようだ。

(何これ?? え?? 俺、今から片付けて作るの????)

 自然に両目から涙が出た。
 家にずっと居るんだから如月がやっ「はいはい、手伝いますって!!!!」
 地獄のようなキッチンを如月と片付けることになった。

 キッチンカウンターに先ほど貰った小さな花束をコップに入れて飾る。この花束を見るだけで、口元が緩む。気分が上がって、家事が進みそうだ。
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