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嵐の前の静けさ
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病院の、談話室の窓の一面に、黄金色の夕焼け空が映っていた。
「でさあ、俺が三階から落ちて来た所を、アメリアがこう何かすげー技を使って助けてくれたってわけ」
そう言って金田はテーブルの上のコロッケに手を伸ばす。
「あいつは本当にすげー。人類を超越している。だってあいつ平気な顔して学校の壁を走って行くんだぜ? 完全に重力を無視している。さすがはパルクール世界女王だ。次はドイツで世界選手権が開催されるって話だけど、ありゃ絶対に優勝する。それこそ手すりに細工でもしない限り誰もあいつを止められない」
車イスに座った里子が静かに笑みを浮かべている。
「それにしても、よくここまで来たよな。この間の実行委員会なんてさ、すげー参加人数だったんだぜ? 空席はドイツに遠征中のアメリアといつもの九条だけ。あー思い出すよなー一回目の実行委員会。久遠や雛形たちがポツンポツンと席に座っているだけで、教室はガラッガラでさあ、ショックで八木なんか石像みたいに固まっていた。それが今じゃワーワーうるさくって教室を静かにさせるのにもひと苦労。ホントよくここまでやって来たよな」
横向きにイスに腰掛け、もぐもぐとコロッケを頬張る金田。
「最初は、高木のギターだったな。あいつが愛用しているギターが突然行方不明になって、そうそうそう、密室の楽屋でギターが消えたってやつだ。みんな必死になってギターを探してさ、雛形がうっかりこぼしたクラッシュアイスを見て、それがヒントになって 楽屋で消えたのはギターじゃなく氷だと久遠のやつが気付いた。でも、あの時俺がギターが水になったって言わなかったら、誰もこのトリックに気が付かなかっただろうなー。
あ、そう言えばその頃 俺と里子は初めて会ったんだっけ。八木の後をつけて病院まで行ったら、なんと八木と同姓同名の里子が病室にいて、しかも同じ倉木アイスのファンクラブ会員で、ホントすげー偶然だった。運命の出会いだった。
それから、そうだ次は相羽だ、相羽のり子。こいつはとにかくド変態な女だった。なんたって昼休みに一人でコスプレして楽しんでいるんだからな。その上ハルキってゲームのキャラクターに夢中になっていて、もうマタタビを与えた猫みたいにハルキにメロメロなの。そのハルキってやつはコンピューターウィルスに感染していて、相羽にシャンデリア・ナイトに参加するなってそそのかしている始末。そのウィルスを駆除しようとあいつからタブレットを奪ったが最後、まさか相羽が『忍者八門』をマスターしているなんて知らなくてさ、追って来る間中 クナイは飛んで来るは、手裏剣は飛んで来るは、鎖ガマは飛んで来るは。あの時はもう死ぬかと思った。それでもなんとか久遠の弟にタブレットを届け、ウィルスの駆除に成功して一件落着」
この病院に人の気配はなかった。足早に歩く看護師の姿さえ見当たらなかった。
「次は雛形とのはちゃめちゃデート。あれは高校最後の夏の思い出となったな。あいつが俺と八木が付き合っているって勝手に勘違いして、やっとの思いでその誤解をといたと思ったら、今度は自分とデートしなければイベントに参加しないって脅迫めいた事をぬかしやがって、ホント面倒かけんなよーって感じだった。それでもあいつとデートしたビーチの近くではなんと倉木アイスがフェスに参加していて、最後にはみんなで会場へ行って 歌って踊っての大盛り上がり。今となってはいい思い出だな」
身じろぎもせずに里子は黙って相手の話を聞いている。
「その次は誰だったっけー? おーそうそう、青山マリンだ。一年の後半からずっと登校拒否を続けていて、最初名前を聞いただけじゃピンと来なかったけど、兎にも角にもそいつの部屋まで押しかけて行って、イベントに参加してくれって頼み込んだら、今さらなに言ってんだって怒るのなんのって。んで俺が毎朝あいつを迎えに行くはめになったんだけどさ、カンカンに怒ったマリンはそう簡単には家から出て来ねーの。で、台風の日に迎えに行ったら、さすがにビックリしたあいつは玄関のドアを開けてくれて、最後には俺の中学の時の話を聞いてくれた。それからあいつは学校へ行く決心がついたんだけど、何よ何よ いざフタを開けてみれば あいつはいの一番にいじめたやつの所へ乗り込んで行って、机を蹴ってわめき散らすのなんのって。挙句の果てには『文句があるなら金田に言え』なんて言うから、それからしばらく俺が学校を歩いているだけで背中に色んな物が飛んで来たって。ホント委員長って、損な役回りだよな。
それから……そう、俺たちは倉木アイスのコンサートへ行ったんだったな。デビュー三周年記念コンサートで、しかもクラブ会員の中でも先行抽選で当たった人しか参加できない超プレミアムなやつで、俺的にはすっげー楽しめたんだけど、里子にはちょっとキツかったかな。コンサートの後で急に発作が起きて、倉木さんが走って来て一一九番してくれたから良かったものの、ありゃ本当にヤバかった。倉木さんは、里子が重い病気を患っているという事を知っていた。もしかしたら倉木さんって、ずっと前から里子の事を知っていたんじゃないかな」
里子は人形のように同じ笑顔をくり返していた。
「なあ里子、なんでさっきから黙ってんだよ。そんなふうに笑ってないで、なんとか言ってくれよ。俺さ、これが夢だって分かっているんだ。もうかれこれ何十回も同じ夢を見ている。里子と会えなくなって、もう三か月も経つ。そりゃさ、里子の親がさ、俺たちのした事に腹を立てて二人を会えなくしちゃった気持ちも分からないでもないけどさ。
………なあ里子、お前、今も元気か?」
その時暗い部屋の中で金田は目を覚ます。
「夢………か」
起き上がって壁の方を見ると、そこには倉木アイスのポスターが隙間なく貼ってあった。そのまぶしい笑顔を見つめながら、金田は弱弱しい声で、
「倉木さん、俺、間違っていたのかな。考え無しに里子をコンサートに誘ったりして」
『わあ、うれしい。覚えていてくれたんだ』
『ったりめーだ。倉木アイスファンクラブ一番と二番だ。俺たちは運命の絆で結ばれている。
あ、そうだ! いつかさ、二人で倉木アイスのコンサートへ行こうぜ!』
金田は青白く浮かぶカーテンの方へ顔を向けて、
「何年かして、無事に里子が退院する事ができれば、きっと俺たちはまた会う事ができる。そうしたら、いっぱい話してやるんだ、俺たちC組の奇跡のストーリーを」
同じ夜、同じ暗い部屋の中、苦痛にあえぐような激しい息づかいが聞こえる。
「はあ、はあ、はあ」
ガチンと重そうな金属音が響き、ベンチプレスから体を起こす九条、そのままウォーターボトルに口をつけ、大きく上下する喉仏から 鍛え上げた腹筋へ向かって 大粒の汗が流れる。
その時ベッドに投げてあった携帯電話に着信が。
「?」
首に掛けたタオルで顔を拭きながら、九条は携帯電話を拾い上げる。
「晃……」
そのまま九条は電話に出る。
「どうした、こんな夜中に」
『やっぱり起きていたか』
九条は近くのベッドに腰を下して、
「たとえ寝ていたとしても、電話が鳴れば起きるだろ 普通」
電話の向こうから豪快な笑い声が聞こえて来た。
『どーせお前の事だ、眠れないからってトレーニングでもしているんじゃないかと思ってよ』
九条はタオルを使ってわしゃわしゃと髪を乾かす。
「用がないなら切るぞ」
『おー待て待て、用もないのにこんな時間に電話するかって。話は他でもない、お前がアメリカへ行って説得して来たあのハーフ女の件だ。あいつもダメだったみたいだな』
携帯電話を持ち替えて、ポリポリと九条は頭を掻く。
「俺も注意してはいたんだが、何せ人の言う事を聞かないじゃじゃ馬女でな、目を離した隙にまんまとやつらのペースに乗せられた。せっかくフライト代まで出してもらったのに、計画は失敗に終わった」
『金の事はいい、そんな事は気にするな。俺の方こそ、わざわざお前に動いてもらってこのザマだ。すまなかった。スパイダーマンみたいに屋上から屋上へと飛んで回れる女なら、絶対にやつらには捕まえられないという自信はあったんだが』
電話の向こうでキンッというジッポーを使う音が聞こえた。
九条は頭にタオルを被せ、見えない横顔で、
「俺は、アメリアを捕まえる事ができた。
あいつらは、アメリアを変える事ができた。
勝敗は、そこにあった」
晃が腹を抱えて笑う。
『カッコつけるじゃねーか、カッカッカッ。
まーとにかくよ、あれだけイベントに反対しているやつらがいたのに、結局最後はお前一人になっちまった。たった一年で、このザマだ。C組に委員長と副委員長が任命されてからというもの、こっちの妨害工作がことごとく失敗に終わった。あの金田ってやつぁー何者だ?』
器用に体を動かしながら 九条がTシャツを着て行く。
「さあな。考え無しで、体当たりで物事を解決しようとするバカな野郎だ」
『あの副委員長の八木って転校生も、いくら調べても素性が分からねえし、あの二人は俺の計算に入ってなかった。マジで誤算だった』
「…………………」
『でも、もう時間切れだ。卒業式まであと一ヶ月。これからどれだけ頑張ってみた所で、修、お前を説得する事はできない。あのイベントを死ぬほど恨んでいる九条という牙城は、絶対に崩す事ができない。あの金田ってやつが逆立ちしたって、お前の心は微動だにしない』
「…………………」
真っ暗な部屋の中、九条の鋭い眼光だけが浮かんでいる。
『おい、聞いているのか』
「ああ、聞いてるよ」
手元のリモコンを拾い上げ、壁掛けテレビの電源をつける九条、その明かりで部屋の片側だけ白く浮かび上がる。
〝これはすごい、すごいですよー、世界女王の帰還です! これぞ新木アメリアの真骨頂です!〟
パルクール世界選手権、『女子スピード』決勝が 深夜の番組で放送されていた。
〝相手選手はメキシコの英雄、ロサ・オチョアです!
えーと、なんと言う事でしょう、あのロサがまったくついて行けません、元世界女王、ぶっちぎりで速いです〟
障害物など物ともせず、壁や鉄棒など疾風のごとく駆け抜けて行くアメリア。
〝いやー、すごいですよ 本当に。前回は不幸なアクシデントに見舞われて、しばらくは休養していたと聞きますが、これは完全な復活劇です。いや、復活以上、彼女はもう誰も手が届かない域に達しています。あー出た、これです、これが事前情報にあった新技、リボルチオーネ・ウォールランです〟
九条の瞳にアクロバットなアメリアの動きが映る。
〝いまゴールです、優勝です、新木アメリア世界女王に返り咲きです!〟
次つぎに仲間たちから抱きつかれるアメリアの笑顔に、九条は口元をゆるませる。
『おい、なんとか言えよ』
九条はそこらへリモコンを投げ、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
「晃、お前は何をそんなにビビッているんだ?」
『ビビッてなんかいねーよ。逆にあいつらに同情しているんだ。すべての努力は無駄になると、その努力が水の泡になると。
それに、もしお前がダメだったとしても、俺たちには最後の手段がある』
九条は窓の前まで移動して、巨大な石油コンビナートが発する光を見下ろす。
「晃、その事についてなんだが、もう一度考えを改めてくれないか? この件は俺一人で十分。俺一人で方をつける。お前らの出る幕はない」
晃の声のトーンが一段下がる。
『なんだよ、なに急にカッコつけてんだよ。これは俺たちの問題だろ?』
多くの煙突から発するフレアスタックが、美しく幻想的に風にゆらめいている。
「晃、なあ聞いてくれ。お前らがこれからやろうとしている事は、人の道から外れている。俺のそれとは違う。れっきとした犯罪行為だ。間違いなくお前らの中から逮捕者が出る。それは晃、お前かもしれない」
『修よ、お前の方こそビビッてんじゃねーか? これはガキの遊びじゃねえんだ、復讐なんだよ。リボルチオーネ高校に対する俺たちの答えがこれだ。キレイ事じゃねえ。最後の最後で俺ぁド派手にやらしてもらう』
「やめろ。俺がいればイベントは絶対に開催されない。シャンデリア・ナイトは俺の代で終焉を迎える。だから、バカな真似はよせ」
『フン、ご忠告ありがとよ、親友』
そこでブツッと電話は切れ、クソッと九条は携帯電話をベッドへ投げる。
「でさあ、俺が三階から落ちて来た所を、アメリアがこう何かすげー技を使って助けてくれたってわけ」
そう言って金田はテーブルの上のコロッケに手を伸ばす。
「あいつは本当にすげー。人類を超越している。だってあいつ平気な顔して学校の壁を走って行くんだぜ? 完全に重力を無視している。さすがはパルクール世界女王だ。次はドイツで世界選手権が開催されるって話だけど、ありゃ絶対に優勝する。それこそ手すりに細工でもしない限り誰もあいつを止められない」
車イスに座った里子が静かに笑みを浮かべている。
「それにしても、よくここまで来たよな。この間の実行委員会なんてさ、すげー参加人数だったんだぜ? 空席はドイツに遠征中のアメリアといつもの九条だけ。あー思い出すよなー一回目の実行委員会。久遠や雛形たちがポツンポツンと席に座っているだけで、教室はガラッガラでさあ、ショックで八木なんか石像みたいに固まっていた。それが今じゃワーワーうるさくって教室を静かにさせるのにもひと苦労。ホントよくここまでやって来たよな」
横向きにイスに腰掛け、もぐもぐとコロッケを頬張る金田。
「最初は、高木のギターだったな。あいつが愛用しているギターが突然行方不明になって、そうそうそう、密室の楽屋でギターが消えたってやつだ。みんな必死になってギターを探してさ、雛形がうっかりこぼしたクラッシュアイスを見て、それがヒントになって 楽屋で消えたのはギターじゃなく氷だと久遠のやつが気付いた。でも、あの時俺がギターが水になったって言わなかったら、誰もこのトリックに気が付かなかっただろうなー。
あ、そう言えばその頃 俺と里子は初めて会ったんだっけ。八木の後をつけて病院まで行ったら、なんと八木と同姓同名の里子が病室にいて、しかも同じ倉木アイスのファンクラブ会員で、ホントすげー偶然だった。運命の出会いだった。
それから、そうだ次は相羽だ、相羽のり子。こいつはとにかくド変態な女だった。なんたって昼休みに一人でコスプレして楽しんでいるんだからな。その上ハルキってゲームのキャラクターに夢中になっていて、もうマタタビを与えた猫みたいにハルキにメロメロなの。そのハルキってやつはコンピューターウィルスに感染していて、相羽にシャンデリア・ナイトに参加するなってそそのかしている始末。そのウィルスを駆除しようとあいつからタブレットを奪ったが最後、まさか相羽が『忍者八門』をマスターしているなんて知らなくてさ、追って来る間中 クナイは飛んで来るは、手裏剣は飛んで来るは、鎖ガマは飛んで来るは。あの時はもう死ぬかと思った。それでもなんとか久遠の弟にタブレットを届け、ウィルスの駆除に成功して一件落着」
この病院に人の気配はなかった。足早に歩く看護師の姿さえ見当たらなかった。
「次は雛形とのはちゃめちゃデート。あれは高校最後の夏の思い出となったな。あいつが俺と八木が付き合っているって勝手に勘違いして、やっとの思いでその誤解をといたと思ったら、今度は自分とデートしなければイベントに参加しないって脅迫めいた事をぬかしやがって、ホント面倒かけんなよーって感じだった。それでもあいつとデートしたビーチの近くではなんと倉木アイスがフェスに参加していて、最後にはみんなで会場へ行って 歌って踊っての大盛り上がり。今となってはいい思い出だな」
身じろぎもせずに里子は黙って相手の話を聞いている。
「その次は誰だったっけー? おーそうそう、青山マリンだ。一年の後半からずっと登校拒否を続けていて、最初名前を聞いただけじゃピンと来なかったけど、兎にも角にもそいつの部屋まで押しかけて行って、イベントに参加してくれって頼み込んだら、今さらなに言ってんだって怒るのなんのって。んで俺が毎朝あいつを迎えに行くはめになったんだけどさ、カンカンに怒ったマリンはそう簡単には家から出て来ねーの。で、台風の日に迎えに行ったら、さすがにビックリしたあいつは玄関のドアを開けてくれて、最後には俺の中学の時の話を聞いてくれた。それからあいつは学校へ行く決心がついたんだけど、何よ何よ いざフタを開けてみれば あいつはいの一番にいじめたやつの所へ乗り込んで行って、机を蹴ってわめき散らすのなんのって。挙句の果てには『文句があるなら金田に言え』なんて言うから、それからしばらく俺が学校を歩いているだけで背中に色んな物が飛んで来たって。ホント委員長って、損な役回りだよな。
それから……そう、俺たちは倉木アイスのコンサートへ行ったんだったな。デビュー三周年記念コンサートで、しかもクラブ会員の中でも先行抽選で当たった人しか参加できない超プレミアムなやつで、俺的にはすっげー楽しめたんだけど、里子にはちょっとキツかったかな。コンサートの後で急に発作が起きて、倉木さんが走って来て一一九番してくれたから良かったものの、ありゃ本当にヤバかった。倉木さんは、里子が重い病気を患っているという事を知っていた。もしかしたら倉木さんって、ずっと前から里子の事を知っていたんじゃないかな」
里子は人形のように同じ笑顔をくり返していた。
「なあ里子、なんでさっきから黙ってんだよ。そんなふうに笑ってないで、なんとか言ってくれよ。俺さ、これが夢だって分かっているんだ。もうかれこれ何十回も同じ夢を見ている。里子と会えなくなって、もう三か月も経つ。そりゃさ、里子の親がさ、俺たちのした事に腹を立てて二人を会えなくしちゃった気持ちも分からないでもないけどさ。
………なあ里子、お前、今も元気か?」
その時暗い部屋の中で金田は目を覚ます。
「夢………か」
起き上がって壁の方を見ると、そこには倉木アイスのポスターが隙間なく貼ってあった。そのまぶしい笑顔を見つめながら、金田は弱弱しい声で、
「倉木さん、俺、間違っていたのかな。考え無しに里子をコンサートに誘ったりして」
『わあ、うれしい。覚えていてくれたんだ』
『ったりめーだ。倉木アイスファンクラブ一番と二番だ。俺たちは運命の絆で結ばれている。
あ、そうだ! いつかさ、二人で倉木アイスのコンサートへ行こうぜ!』
金田は青白く浮かぶカーテンの方へ顔を向けて、
「何年かして、無事に里子が退院する事ができれば、きっと俺たちはまた会う事ができる。そうしたら、いっぱい話してやるんだ、俺たちC組の奇跡のストーリーを」
同じ夜、同じ暗い部屋の中、苦痛にあえぐような激しい息づかいが聞こえる。
「はあ、はあ、はあ」
ガチンと重そうな金属音が響き、ベンチプレスから体を起こす九条、そのままウォーターボトルに口をつけ、大きく上下する喉仏から 鍛え上げた腹筋へ向かって 大粒の汗が流れる。
その時ベッドに投げてあった携帯電話に着信が。
「?」
首に掛けたタオルで顔を拭きながら、九条は携帯電話を拾い上げる。
「晃……」
そのまま九条は電話に出る。
「どうした、こんな夜中に」
『やっぱり起きていたか』
九条は近くのベッドに腰を下して、
「たとえ寝ていたとしても、電話が鳴れば起きるだろ 普通」
電話の向こうから豪快な笑い声が聞こえて来た。
『どーせお前の事だ、眠れないからってトレーニングでもしているんじゃないかと思ってよ』
九条はタオルを使ってわしゃわしゃと髪を乾かす。
「用がないなら切るぞ」
『おー待て待て、用もないのにこんな時間に電話するかって。話は他でもない、お前がアメリカへ行って説得して来たあのハーフ女の件だ。あいつもダメだったみたいだな』
携帯電話を持ち替えて、ポリポリと九条は頭を掻く。
「俺も注意してはいたんだが、何せ人の言う事を聞かないじゃじゃ馬女でな、目を離した隙にまんまとやつらのペースに乗せられた。せっかくフライト代まで出してもらったのに、計画は失敗に終わった」
『金の事はいい、そんな事は気にするな。俺の方こそ、わざわざお前に動いてもらってこのザマだ。すまなかった。スパイダーマンみたいに屋上から屋上へと飛んで回れる女なら、絶対にやつらには捕まえられないという自信はあったんだが』
電話の向こうでキンッというジッポーを使う音が聞こえた。
九条は頭にタオルを被せ、見えない横顔で、
「俺は、アメリアを捕まえる事ができた。
あいつらは、アメリアを変える事ができた。
勝敗は、そこにあった」
晃が腹を抱えて笑う。
『カッコつけるじゃねーか、カッカッカッ。
まーとにかくよ、あれだけイベントに反対しているやつらがいたのに、結局最後はお前一人になっちまった。たった一年で、このザマだ。C組に委員長と副委員長が任命されてからというもの、こっちの妨害工作がことごとく失敗に終わった。あの金田ってやつぁー何者だ?』
器用に体を動かしながら 九条がTシャツを着て行く。
「さあな。考え無しで、体当たりで物事を解決しようとするバカな野郎だ」
『あの副委員長の八木って転校生も、いくら調べても素性が分からねえし、あの二人は俺の計算に入ってなかった。マジで誤算だった』
「…………………」
『でも、もう時間切れだ。卒業式まであと一ヶ月。これからどれだけ頑張ってみた所で、修、お前を説得する事はできない。あのイベントを死ぬほど恨んでいる九条という牙城は、絶対に崩す事ができない。あの金田ってやつが逆立ちしたって、お前の心は微動だにしない』
「…………………」
真っ暗な部屋の中、九条の鋭い眼光だけが浮かんでいる。
『おい、聞いているのか』
「ああ、聞いてるよ」
手元のリモコンを拾い上げ、壁掛けテレビの電源をつける九条、その明かりで部屋の片側だけ白く浮かび上がる。
〝これはすごい、すごいですよー、世界女王の帰還です! これぞ新木アメリアの真骨頂です!〟
パルクール世界選手権、『女子スピード』決勝が 深夜の番組で放送されていた。
〝相手選手はメキシコの英雄、ロサ・オチョアです!
えーと、なんと言う事でしょう、あのロサがまったくついて行けません、元世界女王、ぶっちぎりで速いです〟
障害物など物ともせず、壁や鉄棒など疾風のごとく駆け抜けて行くアメリア。
〝いやー、すごいですよ 本当に。前回は不幸なアクシデントに見舞われて、しばらくは休養していたと聞きますが、これは完全な復活劇です。いや、復活以上、彼女はもう誰も手が届かない域に達しています。あー出た、これです、これが事前情報にあった新技、リボルチオーネ・ウォールランです〟
九条の瞳にアクロバットなアメリアの動きが映る。
〝いまゴールです、優勝です、新木アメリア世界女王に返り咲きです!〟
次つぎに仲間たちから抱きつかれるアメリアの笑顔に、九条は口元をゆるませる。
『おい、なんとか言えよ』
九条はそこらへリモコンを投げ、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
「晃、お前は何をそんなにビビッているんだ?」
『ビビッてなんかいねーよ。逆にあいつらに同情しているんだ。すべての努力は無駄になると、その努力が水の泡になると。
それに、もしお前がダメだったとしても、俺たちには最後の手段がある』
九条は窓の前まで移動して、巨大な石油コンビナートが発する光を見下ろす。
「晃、その事についてなんだが、もう一度考えを改めてくれないか? この件は俺一人で十分。俺一人で方をつける。お前らの出る幕はない」
晃の声のトーンが一段下がる。
『なんだよ、なに急にカッコつけてんだよ。これは俺たちの問題だろ?』
多くの煙突から発するフレアスタックが、美しく幻想的に風にゆらめいている。
「晃、なあ聞いてくれ。お前らがこれからやろうとしている事は、人の道から外れている。俺のそれとは違う。れっきとした犯罪行為だ。間違いなくお前らの中から逮捕者が出る。それは晃、お前かもしれない」
『修よ、お前の方こそビビッてんじゃねーか? これはガキの遊びじゃねえんだ、復讐なんだよ。リボルチオーネ高校に対する俺たちの答えがこれだ。キレイ事じゃねえ。最後の最後で俺ぁド派手にやらしてもらう』
「やめろ。俺がいればイベントは絶対に開催されない。シャンデリア・ナイトは俺の代で終焉を迎える。だから、バカな真似はよせ」
『フン、ご忠告ありがとよ、親友』
そこでブツッと電話は切れ、クソッと九条は携帯電話をベッドへ投げる。
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