アイドルと七人の子羊たち

くぼう無学

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孤独のアメリア②

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「待て! アメリア!」
 よけきれず人にぶつかりながら 金田が廊下を走って行く。
「待テト言ワレテ待ツ馬鹿ハ居ナイ」
 右へ左へ次つぎと学生たちをかわし、どんどん相手との距離を突き放すアメリア。
「クソッ、なんて速さだ、おいそこのお前、そいつを取り押さえろ!」
「え? 俺?」とドラキュラ伯爵の格好をした学生が自分の顔を指差す。
「そうだ、そこのお前だ! そいつを、その自慢のマントで捕まえろ!」
 そう言われて両手でマントを広げ、アメリアの突進を迎え撃つ学生、そこを彼女はフルツイストを使ってやすやすと突破する。
「なんだあの動き! ついこの間まで怪我をしていたんじゃないのか⁉」
 廊下の角を曲がって、その先の突き当りを見て、アメリアは足を止めて腰に手を当てる。
 そこへ息を切らせた金田と、いつものメンバーが遅れてやって来る。
「はあ、はあ、はあ、あたし、もうダメ」
 雛形が八木の肩にもたれ掛かり、両目をつむって苦しがる中、ケロッとした表情の八木がアメリアの次の出方を窺う。
「とうとう追い詰めたぞ、ここは旧校舎から使える物を集めて出来た袋小路だ。ハハハ、いっぽん道を間違えたな」
 アメリアは体操マットや人体模型など山積みになった荷物を前にして、余裕で口角を上げて見せる。
「コレデ、私ヲ追イ詰メタツモリカ?」
「つもりも何も、じっさい追い詰められているだろう! さすがにこれだけの人数で飛びかかられたらお前だって、て、あ、あれ?」
 アメリアは近くの窓を開けて、ぴょんと猫のように窓枠へ飛び移る。
「お、おい、何やってんだ」
「新木さん、ここは三階!」
 あわてて八木が手を前に伸ばすと、アメリアは窓から体を出して、キャットの姿勢で外壁につかまる。
「私ニ行ケナイ所ハ無イ」
 そう言って両足をそろえて飛ぶ プレシジョンジャンプを使い、ぴょんぴょんと渡り廊下まで移動して行く。
 金田が窓から体を突き出して、何度も右腕をふり上げて、
「汚ねーぞアメリア! また逃げる気かー!」
「それが鬼ごっこだろ」と久遠が真顔でひと言。
 楕円のドームの屋根まで移動し、かわいいお尻をぺんぺんして見せるアメリア。
「ココマデオイデ」
「くっそー! 行ってやる!」と血迷った金田が窓枠に足を掛ける。
「ダメだって! 金田君はあんなふうには飛べないんだから」
「簡単に相手の挑発に乗るなって」
 間一髪、八木と雛形が金田の背中に抱き着いて、やっとの思いで彼を中へ引き戻す。
 またぴょんぴょんと、校舎の上を思いのまま移動して行くアメリア、それを眺めて久遠が手すりに頬杖を突く。
「正攻法であいつを捕まえるのは不可能に近い。金田、ココを使え、ココを」とツンツンと頭を指差す。
「頭突きか」
「ち が う! 作戦を立てるってコト!」と雛形が金田の肩を小突いていると、海老原がスナック菓子を食べながら遅れてやって来る。
「ねえみんな、こんなのはどうかな、相羽のタブレットを奪ってそれを新木に渡す」
 怒り狂った相羽が鉄の爪を振り上げてアメリアを追い掛けて行く姿がみんなの頭に浮かぶ。
「おもしろいアイデアだけど」と雛形は笑いをこらえて、
「相羽さんって、破壊力はすごいんだけど、あたしでも逃げきれるくらいだから、足はそんなに速くないかな。さすがに世界女王には追い付けない」
 八木がピンと人差し指を立てて、一つ一つみんなの顔を見て行って、
「ねえ。こんなの、どうかな」


 次の日の放課後、鼻歌を歌いながらアメリアが廊下を歩いていると、突然近くの掃除用具入れロッカーが開く。
「スキあり!」
 中から出て来た金田が相手に抱き着こうとするも、アメリアはそれをうなぎのようなしなやかさで金田の腕の中から抜け出す。
「ソンナ幼稚ナ手ニ引ッ掛カルカ」
「まだまだー! 一網打尽網!」と言って金田がロッカーから網を取り出すと、それを天井へ向かって放り投げる。
 広がりながら覆いかぶさって来る網、それをしっかりと見極めて、コークスクリューの回転する足で全ての網を絡め取って見せるアメリア。
「な、な、俺の網がぜんぶ」と金田は空になった自分の手を見る。
「ドウシタ、次ノオモチャハ何ダ」
 丸めた網の上に足を置いて、アメリアはそれをサッカーボールのように蹴る。
「こうなったら、最後の手段!」
 意味深な発言と共に金田が大きく背中を見せると、アメリアは次の小細工に備えて身構える。
「奥義、爆裂疾風脚!」
 またいつものように騒がしく二人が廊下を駆け抜けて行く。
「ネタ切レカ、降参シロ、無駄ナ事ハスルナ」
「無駄じゃない! 俺たちは絶対にお前を捕まえる!」
 廊下の突き当りを右に曲がり、近くの美術室へ逃げ込もうとするアメリア、その直前でぴしゃりと勝手に引き戸が閉まる。
「!」
 とっさのパームフリップで方向転換し、アメリアは次に目についた教室に入ろうとする。
「次っ!」
 またも教室の戸が勝手に閉まり、アメリアはウォールランを使って天井の配管にぶら下がる。
「何ヲシタ」
「へへ、俺一人ではお前には敵わない。だが俺たちC組なら、絶対にお前を捕まえられる」
「仲間」とアメリアは視線を左右に飛ばす。
「まあ、ドジな仲間だけどな」
 そっと美術室の戸が開いて、雛形が顔だけのぞかせて、
「ドジって、ないんじゃない? せっかく協力してやってんのに!」
 金田がビシッと雛形を指差す。
「閉めるタイミングが早い! 昨日あれだけ練習しただろ!」
「あれ? 早かった?」
 八木も教室の戸から顔を出して、
「まあ、ちょっとだけ」
 フロントフリップで配管から配管へと移動して、近くの窓枠に降り立つアメリア。
「オ前達ガ束ニナッテ掛カッテ来テモ、私ハ捕マエラレナイ」
「捕まえられるさ、いつかはな、俺にはたくさんの仲間がいる」
 その言葉を聞いた途端、アメリアは急に気を悪くして、
「仲間ナンテ、クソクラエダ」
 そう言い残して窓から外へ飛び出すと、下の階から悲鳴が聞こえて来る。
「クッソ、またしてもあいつを取り逃がした」
 悔しそうに金田が窓に手を置くと、向かい合った校舎の屋上にぽつんと人影が見えた。
「ん? あれは……、九条……か?」
「え? どれどれ」と窓辺に人が集まると、人影はこちらの視線に気づいたか、フェンスから離れてどこかへ歩いて行った。


『お前がやったのか、お前が、あの手すりを』
 アメリアの声が怒りにふるえた。
 金髪パーマのイライジャが、靴ひもを結び終えて立ち上がる。
『手すり? 何の話だ』
『とぼけるな。お前は大会前にパーク内をうろついていた。あの手すりにも触れていた』
『あれは、競技前にコースを確認していたんだ。そんなのみんなやっている事だろう』
 アメリアが相手の胸を突き飛ばして、
『それだけじゃない、お前あの後『ジャンク・リー』の連中と会っていただろう』
 それを聞いた途端、イライジャの顔色が変わる。
『お前 あいつらから何を受け取っていた、言ってみろ!』
『そ、それは』
 アメリアの目の奥に怒りの炎が燃えていた。
『お前は、ライバルチームから金を受け取っていただろう! 違うか!』
 あわてて両手を上げるイライジャ、
『違う、違う! あれは、そういう金じゃない』
 カーッと頭に血がのぼって、アメリアはイライジャの顔面を殴る。
『うっ!』
『お前は仲間を敵に売ったんだ!』
 異変に気づいたチームメイトがあちこちから走って来る。
『どうしたイライジャ、何があった』
 アメリアがイライジャの胸倉をつかんで、
『こいつが、ジャンク・リーから金をもらって、パークの手すりに細工した。おかげで私はケガをした』
『なんだと? 本当か、イライジャ』
『違う、違うんだ。あれは、そんな金じゃない』
『じゃあどんな金だ! 言ってみろ!』
『…………………』
 モジモジしながら、アンナが二人の間に割って入る。
『そんなに怒らないで、アメリア。違うの、あれはイライジャが悪いんじゃない』
 キッと怖い顔を見せて、仲裁に入ったアンナの胸を押し返して、
『黙れ! もうお前たちは私の仲間じゃない!』
 こぶしを震わせて、スタスタとアメリアは練習場から立ち去る。
「あらー、こんな所にいたのー。またそんな高い所に登って、落ちたらケガをするわよー?」
 ひと気のない体育館を後ろ手に組んで歩いて来る天海、バスケットゴールを見上げていつものアマケースマイルを見せる。
「校長」
 きれいなムーンサルトを見せながらアメリアが床に降り立つ。
「わーお、世界レベルの技を間近で見ると、やっぱ迫力が違うわねー。ケガはもう大分いいみたいね。
 どう? 久しぶりの日本は」
 そのまま小さくうずくまって、アメリアは床の木目を指でなぞって、
「ツマラナイ」
「まあ、そうね、あっちの生活と比べれば、刺激は少ないか。
 でもまあ、こんなつまらない日本でも、きっと何か得るものがあるわ」
 アメリアが相手の顔を見上げる。
「ドウイウ意味?」
 天海は白い息を吐きながらステージの方へ歩き出す。
「あなたのコーチで、あなたの父親代わりのクリス・ライアンと、さっき電話で話したわ」
 小さな舌打ちが聞こえた。
「あっちで色々あって、大変だったようね。世界女王でいるというのも、楽じゃないって事かしら? ま、ここ最近大会に出ずっぱりだったから、しばらくの間 休養も兼ねて、少し日本で羽を休めたら? そして、もう一度大切な事を思い出せたら」
「校長」
 呼ばれて天海がふり返ると、アメリアも腕を組んで好戦的な態度を見せる。
「アナタモグルネ」
「今だ!」と金田の掛け声と共に、近くに置いてあった段ボール箱から金田が飛び出して来た。
「え」
 その風圧で天海の髪が逆さに舞い上がる。
「今度ハ、サーカスノ真似ゴトカ」
 ワイヤーアクションを駆使して低空飛行して来る金田、それをバク転でかわして行くアメリア。
「ハハハハ、ついに俺は空を飛べるようになった! 覚悟しろアメリア!」
「馬鹿メ、ソノワイヤーデオ前ヲグルグル巻キニシテヤル」
 そう言って所せましと体育館を飛び回る二人、その様子を見た天海が少し安心したような溜め息をつく。
「クリス、あなたの娘は、あなたが思うよりずっと元気そうよ」
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