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プライベートビーチ
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小さくてかわいいビーチに向かって、ルンルンと雛形は両手を広げる。
「わー、すごーい、プライベートビーチに来たみたーい」
青い水平線に向かって、潮風に揺れる髪は もうサラサラに乾いていた。
「何もねえ島だな、ったく、もう一周しちまった」
棒状の流木を肩に乗せ、木の間から顔を出す金田。
「どうだった? 何かおもしろそうな所、あった?」
「何もない。小さな森があって、ちょっとした水たまりがあって、その先はもう岩礁海岸。こんなつまらない島、誰も来ないわけだ」
雛形がその場に体育座りをする。
「でも、周囲は海に囲まれて、陸があんなに遠くて、すっごい静か。豪華客船が沈没して 無人島に漂着したら、こんな感じなのかなあ」
よっこいせと金田が雛形の隣に座る。
「確かにな。海水浴客もいないし、あのうるせー奴らもいないし、しばらくはここでひと休みするか」
雛形が金田の横顔を指差して、
「帰ったらおごりだよ? あたしが勝ったんだからね」
「分かってるって。お前のバタフライがあんなに速いとは思わなかった」
ときおり野外フェスの音が風に乗って聞こえて来る。
雛形が人差し指で砂に絵を描きながら、
「ねえ金田、あんた本当に好きな人いないの?」
「またその話かぁ」
金田は頭を掻いて、そこで手が砂まみれなのに気づく。
「実は一人くらいいるんでしょう、気になっている人」
ひざの上にあごを乗せて、雛形がちらりと金田の顔を見る。
「いるよ」
大きく髪を振って横を向いて、
「誰!」
ふっふっふと目を閉じて笑って、
「倉木アイス!」と金田はサムズアップして見せる。
「もう! このくだり前にもやった! そうじゃなくて、現実世界の話! 金田の周りに気になる子とかいないわけ?」
「リボチでか?」
「学校以外でもいい、なんでもいい、ちょっといいなーって、思う子や、いい感じになっている子。さすがに一人くらいはいるでしょう?」
そこで金田のまゆ毛がぐっと寄る。入院着姿の里子の笑顔がふと頭に浮かんだからだ。
「いい感じ? うーん」
雛形がお尻一つ分金田に近づいて、
「いるの?」
金田は何度も何度も頭を傾ける。
「違うよな、そんなんじゃない」
「ちょっと何よそれー、誰だれ?」
足元にあった貝殻を海へ投げながら、金田、
「いやー、すげー趣味が合うやつがいてさ。最近ちょくちょく会っているなーって、思って」
両ひざを抱えて雛形が小さくなる。
「確認、それって、女子?」
「まあ」
雛形が金田の肩を大きく揺する。
「ヤダーちょっと、いるんじゃない、いい人」
「違うって、そんなんじゃないって。ずっと趣味の話をしているし、好きだの嫌いだのって、そんな話にはならないし」
二人の足元に波が押し寄せる。
「ふーん、金田って、やっぱモテるんだー」
「そんな事ねーよ。声がうるさいって、俺の事を毛嫌いしている女子だって結構多いし」
雛形が両足を上げ、ヤドカリに道を譲りながら、
「その子ってさあ、その趣味が合うって子さあ、きっと金田の事が好きだよ」
「はあ⁉」
勢いよく立ち上がる金田。
「バ、バカ言ってんじゃねーよ! なんでそんなことお前に分かるんだよ!」
びっくりしたヤドカリが反対方向へと逃げて行く。
「分かるって、同じ女だから。
まだ付き合ってないみたいだけど、その子は金田と会うのをすごく楽しみにしている」
思ってもみない事を言われて、金田は激しい動揺を見せる。
「お前は何でもかんでも恋愛に結び付ける。少女漫画の読み過ぎだ!」
興奮したゴリラみたいに金田は海へ向かって流木を投げる。
「なに怒ってんだよ。あんたが鈍感なだけじゃない。
ふーん、それで、その趣味が合う子って、名前はなんて言うの?」
海の向こうをキッとにらんでから、金田はどさんと砂の上にあぐらをかく。
「八木、里子」
今度は雛形が勢いよく立ち上がって、
「はあ⁉」
「残念だったね。また次のフェスに参加してね」
高校生たちが涙を飲んでステージから降りて行く。
「それでは気を取り直して、次の参加者を呼びたいと思います、エントリーナンバー四十二番、おーっと、これはすべてが謎に包まれた参加者です。その名も『美少女仮面、Y・N・Y』さん、どうぞ!」
遠くで東ポン太の顔が上がる。
最新ヒット曲『質感まっしぐら』が会場に流れ出すと、仮面舞踏会の仮面をつけた女性がステージに現れ、楽曲に合わせてアイドルダンスを踊り出す。
会場からは「誰? 誰?」とざわつく声が。
キャッチーで覚えやすい振り付けをあざやかに踊って見せる美少女仮面、最後は天に祈りを捧げるポーズを決めて締めくくり、司会者が飛んで来て大きな拍手を送る。
「いやー、見事なダンスでした。ちょっと謎が多くて、どこから聞いていいのやら。
とりあえず点数から見ていきましょう。それでは『美少女仮面Y・N・Y』さんの採点をお願いします」
倉木アイスが五点の札を上げる。
仮面から目玉が飛び出しそうになる美少女仮面。
「残念でしたね、不合格でしたー、いやー、見た目はミステリアスでとっても良かったんですけどねー。それにしても、この方は一体誰だったんでしょうか」
司会者が美少女仮面に近づくと、彼女はくるりと背中を見せて、
「おっほほほほ! じつはあたし、こういうものです」
仮面を取って素顔を見せたのは、赤や黄色といった、蛍光色のアイラインが印象的な、バラエティーアイドルの『ゆんゆ』だった。
「おー! これは驚きましたー、なんと『美少女仮面、Y・N・Y』の正体はゆんゆさんでした! 本日はサプライズでフェスに参加して頂きましたー!」
耳の所でしばった髪をゆさゆさと揺すって、ステージの前の方へと走って行くゆんゆ。
「みんなー元気ぃー! あなたと一緒に旅をしたい、忘れられない愛のアドベンチャー、ゆんゆだよー!」
テレビでおなじみのバラエティーアイドルが登場したとあって、さすがに観客席から大きな歓声が上がる。
「今日はいっぱい歌って踊って、楽しもーねー!」
そう言って所せましとステージを走り回るゆんゆ。
客席の向こうで東ポン太と田淵が何やら耳打ちをしている。
「いやー、とんでもないサプライズ演出でしたねー。ゆんゆさんはとても歌がお上手ですけど、ダンスの方もお好きなんですねー」
司会者からマイクを向けられると、ゆんゆはちらりと審査員席の方を見て、
「えー、ダンスはとっても好きなんですけどー、一生懸命に踊ったんですけどねー、なんか、不合格になっちゃったみたい」
「惜しかったですねー、もう少しゆんゆさんのダンスを見てみたかったんですが、次のダンサーたちの準備が整っていますので、とりあえずゲストの方はあちらの席へ」
ゆんゆは客席に背を向けると急に怖い顔をして倉木をにらむ。
「ちっ、五点て、今日の出演者の中で一番低い点数じゃない。おぼえていろー倉木のヤロー」
倉木は「はあ」と上の空のため息をつく。
それから数チームのダンスが披露されると、巨大なスピーカーから大きなBGMが流れ出し、それに合わせて地下アイドルがステージの上へあがって来る。そして一部のファンに向けて 覚えたてのアイドルダンスを披露する。司会者もタバコ休憩に入り、客席でもトイレに立つ人の姿が目立ち始める。倉木の所に黒いTシャツを着たスタッフが走って来て、そのまま彼女を楽屋へと案内する。
せわしなくスタッフが行き交う バックパネルの裏を倉木が歩いていると、腰に手を当てたゆんゆが行く手に立ちふさがる。
「あーら、お久しぶりじゃない。休養宣言中の倉木アイスさん」
嫌味たっぷりに薄目をあけて、斜め上から相手を見下ろす。
「?」
「最低な得点をつけた高校生がまさか人気アイドルだと分かって、さぞかし心中おだやかではなかったでしょう?」
倉木は歩いて行って、そのままゆんゆの横を通り過ぎる。
「待てーい! 無視すんな、無視!」
スタッフが振り返りながら歩いて行く。
「あー」といって倉木はポンと手を叩く。
「ゆんゆさん、そうそう、あなたはゆんゆさん」
ゆんゆは落胆して崩れ落ちそうになりながら、
「このど派手な見た目で分からんかったんかい! 相変わらず鈍い女」
倉木はボーと相手の顔を眺めていたが、急に何かひらめいた顔をして、そのまま相手に近づいて行く。
「そうだ! ゆんゆさん、ちょっとあなたにお願いがあるんだけど。いいかな?」
意外そうに目をぱちくりさせて、迫って来る相手の顔を見詰めるゆんゆ。
「このお願いは、あなたみたいなトップアイドルにしか頼めないのよねー」
「ト、トップアイドル?」
浜辺で目隠しをされた相羽が 木の棒をふり上げて歩いて来る。
「右だ、右。少し行き過ぎた、今度は左、左だ」
スイカを指差しながら久遠が横から声を掛ける。
「ここでしゅか?」
「もっと前だよ、もっと前」
かき氷を食べながら海老原も相羽にスイカの位置を教える。
「ここでしゅね」
相羽がスイカの前に立つ。
「そこだ、行け、思いっきりやれ」
「思いっきりでしゅね、分かったでしゅ」
相羽の木の棒が雷のように光って、
「奥義、死蝶乱舞!」
すさまじい斬撃により、砂の上のスイカが赤いしぶきへと変わる。
目隠しを取って、「やったー、当たったでしゅよ」と相羽が飛んで喜ぶ。
「当たった、というレベルじゃ……なんでスイカ割りごときに忍の術を使うかねー」
「これじゃスイカジュースを砂にぶちまけたのと変わらないよ。あーあ、冷えたスイカ、楽しみにしていたのになあ」
そこへ息を切らせた八木がやって来る。
「ごめーん、遅くなっちゃったー」
三人とも後ろを振り返って、露出度の少ない八木の水着をながめる。
「なんだ、八木か。遅かったじゃないか、道にでも迷っていたのか?」
久遠がしゃがんでスイカの破片をつまみ上げる。
「間違って反対方面の電車に乗っちゃった、てへ」
こつんと八木は自分の頭を叩いて、
「あれ? 金田くんは?」と辺りを見回す。
海老原が沖の方にポツンと見える小島を指差して、
「あそこだよ。あそこまで二人は泳いで行った」
「えーっ! あんな遠い所までー⁉」
信じられないといった表情で、八木は眼鏡のフレームをつかむ。
「無人島って話でしゅよ。今ごろ二人はあの島でいいムードになっているでしゅね。最高のデートスポットでしゅよ」
八木が次つぎとみんなの顔を見て行って、
「なんで、どうしてみんなもついて行かなかったの! まだ未成年の若い男女が、あんな悲鳴も届かない離れた無人島に、しかも二人っきりだなんて、何かあったらどうするの⁉」
「何かって?」
久遠が瞬きをくり返す。
「金田くんも金田くんだわ、水着の女子とデートだからって、調子に乗ってあんな所にまで行って、もう!」
乗り遅れた電車を見送るように、八木はいつまでも無人島と対峙していた。
相羽が不思議そうな顔をして、久遠と海老原の顔を見る。
「八木さんも二人のデートに参加したかったでしゅか?」
その頃 野外フェスのステージでは、
「それではただ今のダンスグループ『おちゅー・どちゅー』の採点をお願いしまーす」
アロハシャツを着た男性司会者が 会場を盛り上げようとマイクをふり上げる。
審査員席でゆんゆがそーっと九点の札を上げる。
「おーっと、これはすごーい、六連続で九点が出ました! 合格でーす。さあみなさん、ステージ中央の方へ集まって下さい」
ステージを飛び上がって喜ぶ高校生たち。
「ここでちょっとゆんゆさんから感想を頂きましょう! ゆんゆさん、彼らのダンスの感想をお願いします」
屈んで走って来るスタッフ、そのマイクを震える手で受け取って、ゆんゆ、
「あ、あのー、えーと、みなさん、お疲れさまー。えーと、今のダンスは、なんて言うのかな、とってもイイ感じー、なんちゃって。見ているこっちも踊りたくなっちゃった。てへ、とにかくおめでとー」
司会者がステージ裾を見ながら拍手すると、会場からもまばらな拍手が。
「なかなか独特な感想でしたね。はい。それでは次、お待たせしました、海外でも人気がある技巧派ブレイクダンス集団、『ドラゴン・コロッセオ』です。みなさんは彼らが繰り出す技の名前をいくつ知っているでしょうかね。もちろん審査員のゆんゆさんはすべての技の名前を知っていると思います。みなさんもダンスを学ぶといった視点からもご覧ください、どうぞ!」
三人の男子高校生がステージへ飛び出して来て、いきなりエアートラックスという 空中で体を駒のように回す大技を披露して会場を沸かせる。
大きな歓声の中、ゆんゆは一人顔を伏せにぎり拳をつくり、
「お、の、れー倉木アイス、ダンス経験のないあたしにダンスの審査員をやらせるとは、どこまであたしに恥をかかせれば気がすむんじゃい! 今度会ったらどつき回したる!」
「わー、すごーい、プライベートビーチに来たみたーい」
青い水平線に向かって、潮風に揺れる髪は もうサラサラに乾いていた。
「何もねえ島だな、ったく、もう一周しちまった」
棒状の流木を肩に乗せ、木の間から顔を出す金田。
「どうだった? 何かおもしろそうな所、あった?」
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雛形がその場に体育座りをする。
「でも、周囲は海に囲まれて、陸があんなに遠くて、すっごい静か。豪華客船が沈没して 無人島に漂着したら、こんな感じなのかなあ」
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「確かにな。海水浴客もいないし、あのうるせー奴らもいないし、しばらくはここでひと休みするか」
雛形が金田の横顔を指差して、
「帰ったらおごりだよ? あたしが勝ったんだからね」
「分かってるって。お前のバタフライがあんなに速いとは思わなかった」
ときおり野外フェスの音が風に乗って聞こえて来る。
雛形が人差し指で砂に絵を描きながら、
「ねえ金田、あんた本当に好きな人いないの?」
「またその話かぁ」
金田は頭を掻いて、そこで手が砂まみれなのに気づく。
「実は一人くらいいるんでしょう、気になっている人」
ひざの上にあごを乗せて、雛形がちらりと金田の顔を見る。
「いるよ」
大きく髪を振って横を向いて、
「誰!」
ふっふっふと目を閉じて笑って、
「倉木アイス!」と金田はサムズアップして見せる。
「もう! このくだり前にもやった! そうじゃなくて、現実世界の話! 金田の周りに気になる子とかいないわけ?」
「リボチでか?」
「学校以外でもいい、なんでもいい、ちょっといいなーって、思う子や、いい感じになっている子。さすがに一人くらいはいるでしょう?」
そこで金田のまゆ毛がぐっと寄る。入院着姿の里子の笑顔がふと頭に浮かんだからだ。
「いい感じ? うーん」
雛形がお尻一つ分金田に近づいて、
「いるの?」
金田は何度も何度も頭を傾ける。
「違うよな、そんなんじゃない」
「ちょっと何よそれー、誰だれ?」
足元にあった貝殻を海へ投げながら、金田、
「いやー、すげー趣味が合うやつがいてさ。最近ちょくちょく会っているなーって、思って」
両ひざを抱えて雛形が小さくなる。
「確認、それって、女子?」
「まあ」
雛形が金田の肩を大きく揺する。
「ヤダーちょっと、いるんじゃない、いい人」
「違うって、そんなんじゃないって。ずっと趣味の話をしているし、好きだの嫌いだのって、そんな話にはならないし」
二人の足元に波が押し寄せる。
「ふーん、金田って、やっぱモテるんだー」
「そんな事ねーよ。声がうるさいって、俺の事を毛嫌いしている女子だって結構多いし」
雛形が両足を上げ、ヤドカリに道を譲りながら、
「その子ってさあ、その趣味が合うって子さあ、きっと金田の事が好きだよ」
「はあ⁉」
勢いよく立ち上がる金田。
「バ、バカ言ってんじゃねーよ! なんでそんなことお前に分かるんだよ!」
びっくりしたヤドカリが反対方向へと逃げて行く。
「分かるって、同じ女だから。
まだ付き合ってないみたいだけど、その子は金田と会うのをすごく楽しみにしている」
思ってもみない事を言われて、金田は激しい動揺を見せる。
「お前は何でもかんでも恋愛に結び付ける。少女漫画の読み過ぎだ!」
興奮したゴリラみたいに金田は海へ向かって流木を投げる。
「なに怒ってんだよ。あんたが鈍感なだけじゃない。
ふーん、それで、その趣味が合う子って、名前はなんて言うの?」
海の向こうをキッとにらんでから、金田はどさんと砂の上にあぐらをかく。
「八木、里子」
今度は雛形が勢いよく立ち上がって、
「はあ⁉」
「残念だったね。また次のフェスに参加してね」
高校生たちが涙を飲んでステージから降りて行く。
「それでは気を取り直して、次の参加者を呼びたいと思います、エントリーナンバー四十二番、おーっと、これはすべてが謎に包まれた参加者です。その名も『美少女仮面、Y・N・Y』さん、どうぞ!」
遠くで東ポン太の顔が上がる。
最新ヒット曲『質感まっしぐら』が会場に流れ出すと、仮面舞踏会の仮面をつけた女性がステージに現れ、楽曲に合わせてアイドルダンスを踊り出す。
会場からは「誰? 誰?」とざわつく声が。
キャッチーで覚えやすい振り付けをあざやかに踊って見せる美少女仮面、最後は天に祈りを捧げるポーズを決めて締めくくり、司会者が飛んで来て大きな拍手を送る。
「いやー、見事なダンスでした。ちょっと謎が多くて、どこから聞いていいのやら。
とりあえず点数から見ていきましょう。それでは『美少女仮面Y・N・Y』さんの採点をお願いします」
倉木アイスが五点の札を上げる。
仮面から目玉が飛び出しそうになる美少女仮面。
「残念でしたね、不合格でしたー、いやー、見た目はミステリアスでとっても良かったんですけどねー。それにしても、この方は一体誰だったんでしょうか」
司会者が美少女仮面に近づくと、彼女はくるりと背中を見せて、
「おっほほほほ! じつはあたし、こういうものです」
仮面を取って素顔を見せたのは、赤や黄色といった、蛍光色のアイラインが印象的な、バラエティーアイドルの『ゆんゆ』だった。
「おー! これは驚きましたー、なんと『美少女仮面、Y・N・Y』の正体はゆんゆさんでした! 本日はサプライズでフェスに参加して頂きましたー!」
耳の所でしばった髪をゆさゆさと揺すって、ステージの前の方へと走って行くゆんゆ。
「みんなー元気ぃー! あなたと一緒に旅をしたい、忘れられない愛のアドベンチャー、ゆんゆだよー!」
テレビでおなじみのバラエティーアイドルが登場したとあって、さすがに観客席から大きな歓声が上がる。
「今日はいっぱい歌って踊って、楽しもーねー!」
そう言って所せましとステージを走り回るゆんゆ。
客席の向こうで東ポン太と田淵が何やら耳打ちをしている。
「いやー、とんでもないサプライズ演出でしたねー。ゆんゆさんはとても歌がお上手ですけど、ダンスの方もお好きなんですねー」
司会者からマイクを向けられると、ゆんゆはちらりと審査員席の方を見て、
「えー、ダンスはとっても好きなんですけどー、一生懸命に踊ったんですけどねー、なんか、不合格になっちゃったみたい」
「惜しかったですねー、もう少しゆんゆさんのダンスを見てみたかったんですが、次のダンサーたちの準備が整っていますので、とりあえずゲストの方はあちらの席へ」
ゆんゆは客席に背を向けると急に怖い顔をして倉木をにらむ。
「ちっ、五点て、今日の出演者の中で一番低い点数じゃない。おぼえていろー倉木のヤロー」
倉木は「はあ」と上の空のため息をつく。
それから数チームのダンスが披露されると、巨大なスピーカーから大きなBGMが流れ出し、それに合わせて地下アイドルがステージの上へあがって来る。そして一部のファンに向けて 覚えたてのアイドルダンスを披露する。司会者もタバコ休憩に入り、客席でもトイレに立つ人の姿が目立ち始める。倉木の所に黒いTシャツを着たスタッフが走って来て、そのまま彼女を楽屋へと案内する。
せわしなくスタッフが行き交う バックパネルの裏を倉木が歩いていると、腰に手を当てたゆんゆが行く手に立ちふさがる。
「あーら、お久しぶりじゃない。休養宣言中の倉木アイスさん」
嫌味たっぷりに薄目をあけて、斜め上から相手を見下ろす。
「?」
「最低な得点をつけた高校生がまさか人気アイドルだと分かって、さぞかし心中おだやかではなかったでしょう?」
倉木は歩いて行って、そのままゆんゆの横を通り過ぎる。
「待てーい! 無視すんな、無視!」
スタッフが振り返りながら歩いて行く。
「あー」といって倉木はポンと手を叩く。
「ゆんゆさん、そうそう、あなたはゆんゆさん」
ゆんゆは落胆して崩れ落ちそうになりながら、
「このど派手な見た目で分からんかったんかい! 相変わらず鈍い女」
倉木はボーと相手の顔を眺めていたが、急に何かひらめいた顔をして、そのまま相手に近づいて行く。
「そうだ! ゆんゆさん、ちょっとあなたにお願いがあるんだけど。いいかな?」
意外そうに目をぱちくりさせて、迫って来る相手の顔を見詰めるゆんゆ。
「このお願いは、あなたみたいなトップアイドルにしか頼めないのよねー」
「ト、トップアイドル?」
浜辺で目隠しをされた相羽が 木の棒をふり上げて歩いて来る。
「右だ、右。少し行き過ぎた、今度は左、左だ」
スイカを指差しながら久遠が横から声を掛ける。
「ここでしゅか?」
「もっと前だよ、もっと前」
かき氷を食べながら海老原も相羽にスイカの位置を教える。
「ここでしゅね」
相羽がスイカの前に立つ。
「そこだ、行け、思いっきりやれ」
「思いっきりでしゅね、分かったでしゅ」
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「何かって?」
久遠が瞬きをくり返す。
「金田くんも金田くんだわ、水着の女子とデートだからって、調子に乗ってあんな所にまで行って、もう!」
乗り遅れた電車を見送るように、八木はいつまでも無人島と対峙していた。
相羽が不思議そうな顔をして、久遠と海老原の顔を見る。
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「おーっと、これはすごーい、六連続で九点が出ました! 合格でーす。さあみなさん、ステージ中央の方へ集まって下さい」
ステージを飛び上がって喜ぶ高校生たち。
「ここでちょっとゆんゆさんから感想を頂きましょう! ゆんゆさん、彼らのダンスの感想をお願いします」
屈んで走って来るスタッフ、そのマイクを震える手で受け取って、ゆんゆ、
「あ、あのー、えーと、みなさん、お疲れさまー。えーと、今のダンスは、なんて言うのかな、とってもイイ感じー、なんちゃって。見ているこっちも踊りたくなっちゃった。てへ、とにかくおめでとー」
司会者がステージ裾を見ながら拍手すると、会場からもまばらな拍手が。
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三人の男子高校生がステージへ飛び出して来て、いきなりエアートラックスという 空中で体を駒のように回す大技を披露して会場を沸かせる。
大きな歓声の中、ゆんゆは一人顔を伏せにぎり拳をつくり、
「お、の、れー倉木アイス、ダンス経験のないあたしにダンスの審査員をやらせるとは、どこまであたしに恥をかかせれば気がすむんじゃい! 今度会ったらどつき回したる!」
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