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金田くん、まじめにデートして!

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「見せびらかしに来たんだ」
 今にも泣き出しそうな雛形、ギューッとベッドの上でクッションを抱きしめる。
「あたしのこと、笑いに来たんでしょう」
 金田に八木、それに久遠と、三人はベッドの前でお互いの顔を見る。
 金田が後ろ頭を掻いて、
「笑うって、なんの事だよ」
「とぼけないで」
 抱いていたクッションを金田へ投げつける。
「ってぇ」と金田は顔からクッションを取って、
「さっきから何わけの分からない事を言っているんだ。とぼけるってなんの事だ」
 雛形はちらりと八木の顔を見てから、
「知っているんだ、あたし。委員長と副委員長がこっそり裏で付き合っていること」
 八木が髪の毛を逆立てて、
「えーっ! なんで、誰がそんなこと!」
「これを見たら、誰でもそう思うでしょ」と雛形は一枚の写真を投げて寄越す。
 二人は慌ててその写真を見て、
「ウソ、なにこれ」
 写真には金田と八木が夜景をバックに肩を寄せている姿が写っていた。
「その写真、今朝あたしの家のポストに入っていたんだ」
 久遠もその写真を上から見下ろして、
「なんだ、お前らやっぱりデキていたのか?」
「やっぱりとはなんだ やっぱりとは!」と金田が久遠の胸ぐらをつかんで、
「便乗してお前まで変な事を言い出すな!」
 久遠は批判的な目をして金田を見下ろす。
「だって、どう考えても怪しかっただろ。今日だって誰もいない旧校舎で二人きりでいたし」
「ち、が、う。あれは だな、今日の実行委員会の事前打ち合わせをしていただけで」
「実行委員会の打ち合わせなら、何もあんな廃墟みたいな所でやらなくてもいいだろう」
 八木はなおも真剣に写真を見詰めながら、
「金田くん、私たち、ハメられてない? あそこにいたのは私たちだけのはず。それをこんな、高感度カメラまで使って、しかもバッチリ正面から撮られている」
 金田は久遠を突き飛ばしてもう一度写真を見る。
「確かにこの写真、そう簡単に撮れるもんじゃない。俺たち見張られていたって事か?」
 八木はゆっくりとあごに手を当てて、
「こんな手の込んだやり方、ちょっとしたイタズラのレベルを超えている。だって計画的過ぎるもの。高木くんのギターが盗まれた時も薄うす感じてはいたけど、ひょっとしてC組のシャンデリア・ナイトって、組織的な妨害を受けていない?」
 雛形がばふんと布団を叩いて、
「ちょっとぉ、イチャつくならほかでやってくんない? ここはあたしの部屋なんだからー」
 そこで金田はこの写真が撮られた経緯を説明する。
「なにー? 八木さんが寝ちゃっただけー?」
「そうなんだ。シャンデリア・ナイトが見学できなかった俺たちは、どうにも収まりがつかなくて、あの後学校の屋上からシャンデリア城を眺めていたんだ。ほら、その写真に写っている双眼鏡を使って。そしたら八木のやつ、寝不足が続いていてこくりこくりと寝ちゃってさ、起きたらもうフィナーレでやんの」
「めんぼくなーい」と八木が自分の頭をぽかりと叩く。そして八木は金田の顔を両手で指差して、
「それにね 雛形さん。知っての通り金田くんは倉木アイスの大ファンなの。頭の中はいつもアイドルの事でいっぱい。だから一般女性に浮気している暇なんてないの。ねー金田くん」
 ハッとして、それに乗っかる金田、
「お、おう! 俺は倉木アイスひとすじの男。そこいらにいる女なんて興味ねーし」
 雛形はあごに人差し指を当てて、注意深く二人の事を観察しながら、
「まあ 確かに、言われてみれば金田って 寝ても覚めても倉木アイスの事ばかり考えているか。それを八木さんみたいな普通の女の子に手を出すはずはない。
 ふーん、トップアイドルが恋敵じゃ、どっちみち勝ち目はないか。
 んー、あたしもねー、この写真の差出人が分からなかったから、信用できるのかなーって思っていたんだ」
 金田はぺしっと自分のひざを叩いて、
「分かってくれたか。それじゃ 次の実行委員会からまたちゃんと参加してくれるな?」
 雛形はパジャマの膝を抱えて、んーと言って斜め上を見る。
「どーしよっかなー。出てもいいんだけど、なんか引っ込みがつかないというか、モヤモヤするというか。
 あ、そーだ!」と雛形は手を打ち鳴らして、
「ねえ金田、あたしと一回デートしてよ」
 金田と八木が同時に倒れる。
 よろよろと金田は起き上がって、
「なんでそうなる!」
「だって、今の話だと金田はいまフリーなんでしょう? だったら別にいいじゃない。誰にも遠慮する事はないし、デートなんていくらしたって構わないわけだし。
 あたしの片思いもバレちゃった事だしさ、もうこーなったら何でもありって事で、一日だけでいいからあたしとデートしてよ。ダメ?」
 可愛く笑って人差し指を立てる雛形。
「だ、ダメじゃないか? デートってのはだな、好き合っている男女が、その相手と一緒に」
 言いながらやけにドギマギする金田、それをドンと横へ突き飛ばして八木、
「金田くんと一日デートしたら、雛形さんはまた実行委員会に参加してくれるのね?」
 雛形は男の子のように大きなあぐらをかいて、
「それはデートが終わってからお答えしまーす。金田のエスコート次第ってトコかな」
 久遠がガラスのテーブルに向かってぺらりと雑誌をめくる。
「うーん、夏のデートスポットと言えばやっぱ海だな。ここにあるパシフィック・ビーチ海水浴場なんて良さそうだ。何やら野外フェスもあるみたいだし」
「お前どっからそんな雑誌!」
 雛形は飛んで行ってその雑誌をひったくり、
「決まりー! デートは海に決定ーっ! 次の日曜日、パシフィック・ビーチで待ち合わせという事で、いい?」
 金田は深く腕を組んで、大きく頭を傾げる。
「これも、委員長の務めなのか?」
「金田くん、ガンバ!」
 両こぶしをにぎって、委員長を応援する八木、そのままだんだん変な顔になって、
『あれ? パシフィック・ビーチって、どこかで聞いた事があるような』



 青い空、青い海原、仰げば輝く真夏の太陽。サンオイルを塗って大胆に寝そべる大人の女性や、ボディーボードを掲げてにぎやかに走って行く水着ギャルたち、それらに思わず「おー」と歓声を上げる金田たち。
 フリルの水着を着た雛形が 砂の上で地団太を踏んで、
「なんであんたたちまで来てんのよ!」
 金田の周りには久遠、海老原、相羽の三人の姿が。
「俺たちの事は気にしないで、お前らはお前らで楽しんでくれ」
 そう言って久遠は浮き輪にシュノーケルを上げて見せる。
「そうでしゅよ、あたしたちはたまたまここに居合わせたという事で」
 サメの口から顔を出す相羽、その凶悪なサメのコスプレにドン引きする久遠、
「相羽、海水浴でサメの格好はダメだろう」
「海と言えばサメだって、ハルキ様が言うでしゅよ」
「意味をはき違えている」
 金田がサメの背びれを手で触れながら、
「なあ久遠、相羽のタブレット、もう一回弟に見てもらった方がいいんじゃねーか? ハルキのヤツ、またおかしくなって来ているような」
 雛形が近くのビーチボールを遠くへ蹴っ飛ばして、
「もー、これじゃいつもの昼休みと変わらないじゃない! 今日はあたしたちのデートの日なの! 久遠、あっちへ行って、あっちへ」
 雛形に背中を押されて、「分かった分かった」とみんな浜茶屋の方へと歩いて行く。
「これでよし」と砂のついた手を叩いて、
「やっと二人きりになれた。金田、あっちの海へ泳ぎに行こ?」
 笑顔でふり返る雛形、しかしその場に人の姿はなく、見ると金田は近くの売店で焼きもろこしを注文している。
「こーらー! マジメにやらないと実行委員会に参加しないぞー⁉」
「わーった、わーったから、その般若のような怖い顔はやめろ!」
 そーれ とビーチボールを打ち合ったり、浮き輪を使ってプカプカ波間を漂ったり、思い思いに海水浴を楽しむ人たちに混ざって、金田と雛形はストイックに波間を泳いで行く。
「へー 意外、金田って結構泳げるんだー」
 海から顔を出して器用に波を越えて行く雛形。
「子供の頃から近所のスイミングスクールに通っていたからな。お前だって、何気に俺に着いて来てるじゃねーか」
 雛形は青空を見上げて泳ぎながら、
「あたしは中学のとき水泳部だもん」
「ほう、得意種目は?」
「バタフライ」
 ざばっと海面から腕を出して前髪をかき上げる金田。
「見た目によらないな。お前は背泳ぎって感じだけど」
「どんな見た目だよ」
 二人ともどんどん浜辺から離れて行く。
「ねえ金田ぁ、この先に無人島があるの知ってる?」
「知らねー」
 足に絡まった海藻を取って遠くへ投げる金田。
「ちょっとその無人島まで競争しない? あっちの方角なんだけど。上級者しか泳いでたどり着けないんだって」
 雛形のショートヘアの髪からぽたぽたと海水が落ちる。
「ほう、おもしろい、行ってみるか」
「勝った方が昼食をおごるという事で」
「オーケー!」
 ばしゃばしゃと水音を立てて、二人の熾烈な競泳が始まる。
 一方その頃、近くの浜茶屋では、
「最近の浜茶屋も高くなったなー、シャワー使うにも小銭が要る」
 畳の上に座ってソフトクリームを舐める久遠。
「本当だね、席料なんて前あった? これじゃー財布イタ過ぎだよ」と海老原がズズズとラーメンを啜る。
「とか何とか言って最高に浜茶屋を満喫しているじゃないか。まだ一回も泳いでもないのによくそんなラーメンなんて食べられるな」
「朝飯だよ、朝飯」と割り箸でナルトをつかんで上げる。
「お前が言うとそれが普通に聞こえるんだよなー。
 ん? おいあれ、金田たちじゃないか?」
 海水浴客から少し離れた所を指差す久遠。
「本当だー、二人ともあんな沖の方まで」
「あいつらあの小島を目指して泳いでいるようだが、なんか泳ぐスピードが異様に速くないか?」
 海老原がラーメンの汁を一気に飲み干し、チンといって割り箸を丼ぶりに置く。
「雛形ってさ、中学のとき水泳部だったんだよね。だから金田とのデートを海水浴にしたんじゃないかな。いい所見せられるし」
 相羽がほかの客からコスプレ姿を見られながら、
「今日は副委員長、お休みでしゅか?」
「来るって言っていたんだけどなー、どうしたんだろう、道にでも迷ったか?」
 腕を上げてダイバーズウォッチを確認する久遠。
 それとちょうど同じ頃、少し離れた野外フェス会場では、
「それではただ今のダンスグループ『ミラクル・ドールズ』の採点をお願いします」
 アロハシャツを着た男性司会者が 会場を盛り上げようとマイクをふり上げる。
 倉木アイスは審査員席で九点の札を上げた。
「おーっと、これはすごーい、あの倉木アイスさんから本日初の九点が出ました! 合格でーす。さあみなさん、ステージ中央の方へ集まって下さい」
 ステージを飛び上がって喜ぶ高校生たち。
「ここでちょっと、倉木さんから一言感想を頂きましょうか、倉木さん、感想をお願いします」
 屈んで走って来るスタッフ、そのマイクを受け取って笑顔を見せる倉木。
「えーと、みなさん、お疲れさまでした。今のダンスを見ていて、『自分たちはコレを見せてやるんだ』というリーズンがとても伝わって来ました。ステップやアイソレがしっかりできていて、とてもポイントが高かったと思います。おめでとー」
 司会者が拍手すると、会場も拍手に包まれる。その観客の向こうにあるミキシング・コンソールでは、相変わらずド派手な衣装を身にまとった東ポン太と、二度見するほど大きなサングラスを掛けた田淵マネージャーが足を組んで座っていた。
「ありがとうございました。ね、倉木アイスさんに褒められてよかったね。それでは次のグループを呼びたいと思います、エントリーナンバー二十八番、地元の商業高校からの参加です、『どすとFスキー』。どうぞ!」
 大音量の出囃子が浜辺に響き渡る。
 倉木はアイドルスマイルに大きな汗を見せて、
「ちょっとー、これ、いつまで続くのよー」
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