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ナイショだよ
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「あの火柱 すごかったなー、ファイアー演出って言うらしいんだけど、火炎が天井まで届きそうだった」
「あれはCG映像でしゅよ」
「ウソー⁉」
「イベントでの火器取り扱いには日本煙火協会の特別な手帳が必要だ」
興奮冷めやらぬ久遠たちが大はしゃぎで教室から出て行く。
話題について行けない金田と八木は、昼休みになってもまだ机に向かっていた。
「?」
八木が机の上に弁当を置いた所で、不思議そうに隣を見る。
「金田くん、お昼 行かないの?」
「うーん? ああ、行く行く」
二人は並んで廊下を歩く。金田がちらりと八木を見て、その視線に気づいた八木が顔を上げると、さっと逃げるように金田は前を向く。
「?」
しばらくは無言で歩く二人、たまらず八木が口を開く。
「なんか、昨日はごめんね。最近私ぜんぜん寝てなくて、知らないうちに寝落ちしちゃったみたい。起きた時にはもうシャンデリア・ナイトもフィナーレだったもんね」
金田はうわの空で廊下を歩く。
「もしかしてその事で金田くん、ちょっと怒ってる? 副委員長の立場で、シャンデリア・ナイト中に居眠りしちゃって」
金田はうわの空で廊下を歩く。
「ン~」と頬を膨らませて、そのまま走って金田の前に立つ八木、
「金田くん! 私の話 聞いてるの⁉」
ゆっくりと八木を見下ろして、ぼんやりと金田は口を開く。
「あー、ごめん、ぜんぜん聞いてなかった」
八木の眉が八の字になる。
「もー、どうしちゃったの?金田くん、昨日からずっとそんな感じじゃない。魂が抜けきったような、心ここにあらずのような」
金田はぽりぽりと頬を指で掻いて、それから八木の肩に手を置いて、
「あの、さあ 八木」
「? なに」
大きく息を吸って、金田はハッキリとした口調で、
「お前、倉木アイスだろ」
「!」
これ以上ないくらい八木の目が大きくなる。
しばらく二人は廊下で向かい合い、通り過ぎる学生たちから振り返って見られる。
「そうなんだろ? 俺、見ちゃったんだよ。昨夜の展望台でさ、八木の眼鏡が落ちて、それを掛け直そうとした時、その素顔が倉木ア」
いきなり相手に掌底を食らわすように、八木は急いで金田の口をふさぐ。そして廊下にいる学生の視線を確認する。
「ふぐふぐ」
「しーっ!」と人差し指を口の前に立てて、その手で金田の腕をつかむと、八木は強引に金田を連れて廊下から走り去って行った。
放置された旧校舎の屋上は、手つかずのまま荒廃を極め、雑草さえ生えそろっていた。赤錆の浮いたフェンスには、蔦が絡まり、そのまま枯れて カサカサと風に吹かれていた。
「いきなり何するんだよ」
肩で息をする金田。
「金田くん、急に変な事を言わないで」と八木は腰に手を当てて、
「中途半端な事を言って、周りの人に聞かれたらどうするの。きのう金田くんが見たのは見まちがいなんだから」
「見まちがい?」
「そう。私じつはね、中学の頃から 眼鏡を取ると倉木アイスに似てるってよく言われたの」
両手で眼鏡を支えるようにして、八木はくすりと笑って見せる。
「はあ?」
「あーあ、とうとう見られちゃったなー。金田くんって倉木アイスの大ファンだって言っていたから、私が倉木アイスに似ているって知ったらなんか意識されちゃうんじゃないかなーと思って、なるべく眼鏡は取らないようにしておいたんだけどなー」
八木はあごに指を置いて、ツンと口を尖らせる。
「見まちがいなんかじゃねーよ。今まで俺がどれだけ倉木アイスの顔を拝んで来たと思ってんだ。ファンクラブ会員ナンバー0001だぞ!」
「な、なに威張ってんの」と八木は少々引き気味になりながら、
「ねえ金田くん、冷静になって考えてみてよ。こんな所に倉木アイスがいるわけがないじゃない。倉木アイスと言えば、休養宣言を出しているとは言え、連日テレビで見ない日はないくらい、女優業やモデルの仕事で大いそがし、きっと今も番組の収録中よ。やだなー金田くんったら、冗談キツイ」
「顔だけじゃない!」と金田は制服の下から写真集を取り出して、
「今日俺 確かめようと思って持って来たんだ。ほら!」とページを開いて倉木アイスの水着姿を指差して、
「ここの首すじと、右耳の少し下に、小さなほくろがある。八木、お前にも同じ所にほくろがある。これは顔が似ているとか言うレベルの話じゃない。百パーセント、いま俺の目の前にいるのは倉木アイスだ!」
急いで首筋を手で隠す八木、
「もう、どっから写真集を出しているの!」
金田はオホンとせき払いを見せて、急に居住まいを正して、
「本当に、倉木さんなんですか? いつからこんな、別人に変装して、俺たちのクラスに混ざっていたんですか? もしかして、何かの番組の収録とか?」
八木は深いため息をついて、ガッカリとした後ろ姿を見せる。
「あーあ、とうとうバレちゃった。なにやってんだろー私、変装中に寝ちゃうなんて」
金田は震える指を必死に押さえながら、
「そうか、今にして思えば 転校初日に見せたあの並々ならぬ運動神経は ダンスの天才倉木アイスだったからなんだ」
八木は人差し指を口の前に立てて、星が飛ぶようなウインクを見せて、
「ねえ金田くん、この事はナイショにしてくれない?」
「ナイショ?」
「そう。この事は二人だけの秘密にして欲しいの。
私ね、いつかはクラスの誰かにバレるんじゃないかと覚悟はしていたんだけど、まさかこんなに早く、しかも一番バレてはいけない委員長にバレてしまうなんて、思ってもみなかった。こうなってしまったからには、この事は金田くんの胸の中だけにしまっておいてほしいの。そうしてまた今まで通り、私たちは委員長と副委員長という立場で、C組のみんなを一つにまとめて 年内にはシャンデリア・ナイトを開催させたいの」
金田は視線を下にさげ、後ろ頭を掻いて、
「それはなかなか難しい相談っスよ。だって、相手が憧れの倉木アイスと分かっていながら、それを今まで通り八木として接するのは、だいぶ無理があるし、倉木さんに対して失礼があるかと」
顔を赤らめて、モジモジとする金田。
八木は人差し指を立てて、それを左右に振って、
「ダメダメ。今までの通りにしなくちゃ、すぐにクラスのみんなにバレちゃう。特にあの久遠って子は要注意。さすがはマジシャン志望だけあって 洞察力が鋭いもの。金田くんは私の事を八木里子として、副委員長として、今まで通りの感じをみんなの前で演じるの。できる?」
金田はかたく目をつむって、歯を食いしばるように、
「それが、倉木さんの願いとあれば、いち倉木アイスの大ファンとして、その願いを聞かないわけには行かないです。なんとか、俺なんとかやってみます」
そこで八木は金田の手を両手で握って、それを上下にふって、
「ありがとう金田くん、お願いね」
金田は後ろ頭を掻いて、ニタニタしていたが、急に何かを思い出したように、
「あ、でもなんで、なんで倉木さんはこんな落ちこぼれのC組のために、変装までして、そこまでしてまで俺たちの事を助けてくれるんですか?」
八木は背中を見せて、ゆっくりと歩いて見せながら、
「それは言えないわ、ヒミツなの。いつかは分かる時が来ると思うけど、それまではヒミツ。
でもまあ ここまで協力してくれた金田くんだから、ちょこっとだけ教えてあげる。
私ね、大好きな母校がいま危機的状況に陥っていると聞いて、いちOBとして私は後輩のためにひと肌脱ぐ決心をしたの。校長先生からは、C組の『迷える七人の子羊たち』を救ってくれって、頼まれているの」
「七人の、子羊たち? なんスかそれ」
金田が顔を前へ出す。
「私たちのシャンデリア・ナイトをはばむ者たち。
一人目の子羊は、高木健介。親譲りの天才ギタリストでありながら、父の形見のギターが盗まれて、そのショックからステージに上がれなくなっている。
二人目の子羊は、相羽のり子。ハルキという架空のキャラクターにのめり込んで、そのアプリの言いなりになって、シャンデリア・ナイトへの参加を拒んでいる。
三人目の子羊は、さて、お次は誰かな?」
振り返って、八木は丸眼鏡に指を添える。
「校長先生は、C組の問題児がもう誰だか分かっていたってこと? あ、そしたら俺も、無理やり委員長に任命されて全力で抵抗していた俺も、迷える子羊の一人ってこと?」
金田は自分の顔を指差す。
「ううん、校長先生はね、金田くんの事をそんなふうには言っていなかった。金田くんはもう、迷ってなんかいないって。もうとっくに、自分の力で迷いを乗り越えたって」
金田の目が大きくなる。
『うぉー! てめーら、ぜったいに許さねーからなー! もう関係ねー! もう俺は悩まねー! あいつにしたことお前らに後悔させてやるー!』
金田は急に大人しくなって、すっかり脱帽した様子で、
「校長先生って、やっぱすげーや。なんで知っているんだろう、俺の中学時代の話。そこまで俺たち学生の事を知っているなんて、正直驚いた」
八木はくるりとふりかえって、後ろ手に組んで、
「ね、金田くん。今まで通り この調子で、委員長と副委員長で助け合って、『七人の子羊たち』をシャンデリア・ナイトへと導こう?」
と その時、久遠がいきなり屋上に現れる。
「お前ら、こんな所でなにやっている。あっちでみんなとメシ食わないのか?」
八木はいつもの八木の顔に戻って、
「ほら金田くん、お昼終わっちゃうよ? 行こ?」
「お、おう」と金田は戸惑いながらもいつものように八木の後を追う。
二人の背中を見送って、久遠はそのままあごに指を当てる。
「あいつら、こんな所で何やっていたんだ?」
「第五回、シャンデリア・ナイト実行委員会を始める!」
金田は放課後の教室を見渡して、うんうんと満足気にうなずく。
「やっぱり後輩に先を越されると人が集まるな」
いつものメンバーに加えて、さらに七人のクラスメートが増えていた。
八木が黒板の前で笑顔を見せる。
「でも、まだまだ足りねえ。半分も行ってねー。よーし、久遠、次はどいつだ!」
鼻息を荒げて金田が教卓に手を突くと、優雅に足を組んだ久遠が本のページをめくりながら、
「それよりも金田、この教室を見て何か異変に気が付かないか?」
「異変? なんだそれ」
金田はもう一度教室の中を見渡す。が、これと言って何かに気が付いた様子はなかった。
久遠はパタリと本を閉じ、あきれた様子で足を組み替える。
「副委員長は、もう気が付いているようだがな」
八木がそっと後ろから、
「雛形さんがいない」
「え、あ、本当だー、あいつ実行委員会にだけは毎回顔を出していたのに、今日に限ってどうしたんだ?」
菓子パンの袋を開けて、そのパンにかぶり付く海老原、モグモグと口元を動かしながら、
「雛形なら授業が終わってさっさと帰ったよ。実行委員会があるって呼び止めたんだけど、なんか様子が変だった」
「なんだよ、それ」
「なんか、あったでしゅね」
赤ずきんの格好をした相羽がじーっとりんごを見詰めている。
「ったく、せっかくシャンデリア・ナイトを見学して、今日は活発な意見が交わされると思ったのに。誰か雛形が帰った理由、知らないか?」
思い思いに席に座るみんな、その顔を金田が一つ一つ見るも、誰の口も開かない。
「うーん。ま、いっか。別に雛形がいなくても実行委員会には支障はないし、話を進めようか」
八木がチョークを手に黒板から振り返る。
「本当にいいの? 仲間の様子が変なんだよ?」
金田は判断に困って頭を抱える。
「だーって、何が何だかさっぱり分からないんだから、どうしようもない」
久遠が眼鏡のレンズを拭きながら、
「ま、知っていて黙っているというのも、何だから、ここだけの話という事で、こっそり教えてやるよ」
窓の外の空が、青からオレンジへときれいなグラデーションを見せる中、一機の飛行機が轟音を立てて飛んで行く。
「失恋⁉」
ポンと金田は本で叩かれる。
「大声を出すな、バカ」
金田は前髪を掻き上げて、ありえないとばかりに顔を横に振って、
「おいおいー、失恋くらいで実行委員会を欠席するなよー、頼むぜー」
ドンと八木が床を踏み鳴らす。
「金田くん、そんな言い方しちゃダメ。雛形さんにとってはとても大事な問題なの!」
それでも金田は雛形を軽く見るような発言をくり返す。
「でもあいつの失恋なんてどうせ大した事ないんだろ? どこぞのイケメンに一目惚れして、実はそいつには彼女がいましたーってパターンだって どうせ。俺たちにはどうする事もできないんだから、ま、あいつが自然に立ち直るのを待つとして、実行委員会はこのまま進めようぜ。心配して損した」
後ろで早川がくるくるとドラムスティックを回しながら、
「久遠、雛形をふったやつって、誰だ? お前知ってんだろ?」
みんな久遠の背中に注目する。
「ふん、知っているというか。俺はお前らも当然知っていると思っていたがな」
ヒソヒソと隣同士で話し合う声が聞こえる。
井岡が週刊誌から顔を上げて、
「知らんから聞いとんのや、久遠、雛形をふったやつはどいつや」
久遠はゆっくりと後ろを振り返って、
「ほう、この場で言っていいのか?」
久遠のじれったい態度に明らかにイラつく金田、
「おい久遠、モッタイぶってねーで早く言えよ。雛形をふったヤツってどこのどいつだ。まさか俺の知っているヤツじゃねーだろーなー」
久遠は眼鏡を掛け直して、大きく肩をすくめて見せる。
「毎日あいつのこと見ていれば分かるだろう、この鈍感野郎。雛形が好きだった相手はお前だ 金田。あいつが第一回実行委員会から参加していた理由は、お前が委員長をやっていたからだ」
それを聞いて教室に悲鳴が上がる。
「はぁー⁉」
「あれはCG映像でしゅよ」
「ウソー⁉」
「イベントでの火器取り扱いには日本煙火協会の特別な手帳が必要だ」
興奮冷めやらぬ久遠たちが大はしゃぎで教室から出て行く。
話題について行けない金田と八木は、昼休みになってもまだ机に向かっていた。
「?」
八木が机の上に弁当を置いた所で、不思議そうに隣を見る。
「金田くん、お昼 行かないの?」
「うーん? ああ、行く行く」
二人は並んで廊下を歩く。金田がちらりと八木を見て、その視線に気づいた八木が顔を上げると、さっと逃げるように金田は前を向く。
「?」
しばらくは無言で歩く二人、たまらず八木が口を開く。
「なんか、昨日はごめんね。最近私ぜんぜん寝てなくて、知らないうちに寝落ちしちゃったみたい。起きた時にはもうシャンデリア・ナイトもフィナーレだったもんね」
金田はうわの空で廊下を歩く。
「もしかしてその事で金田くん、ちょっと怒ってる? 副委員長の立場で、シャンデリア・ナイト中に居眠りしちゃって」
金田はうわの空で廊下を歩く。
「ン~」と頬を膨らませて、そのまま走って金田の前に立つ八木、
「金田くん! 私の話 聞いてるの⁉」
ゆっくりと八木を見下ろして、ぼんやりと金田は口を開く。
「あー、ごめん、ぜんぜん聞いてなかった」
八木の眉が八の字になる。
「もー、どうしちゃったの?金田くん、昨日からずっとそんな感じじゃない。魂が抜けきったような、心ここにあらずのような」
金田はぽりぽりと頬を指で掻いて、それから八木の肩に手を置いて、
「あの、さあ 八木」
「? なに」
大きく息を吸って、金田はハッキリとした口調で、
「お前、倉木アイスだろ」
「!」
これ以上ないくらい八木の目が大きくなる。
しばらく二人は廊下で向かい合い、通り過ぎる学生たちから振り返って見られる。
「そうなんだろ? 俺、見ちゃったんだよ。昨夜の展望台でさ、八木の眼鏡が落ちて、それを掛け直そうとした時、その素顔が倉木ア」
いきなり相手に掌底を食らわすように、八木は急いで金田の口をふさぐ。そして廊下にいる学生の視線を確認する。
「ふぐふぐ」
「しーっ!」と人差し指を口の前に立てて、その手で金田の腕をつかむと、八木は強引に金田を連れて廊下から走り去って行った。
放置された旧校舎の屋上は、手つかずのまま荒廃を極め、雑草さえ生えそろっていた。赤錆の浮いたフェンスには、蔦が絡まり、そのまま枯れて カサカサと風に吹かれていた。
「いきなり何するんだよ」
肩で息をする金田。
「金田くん、急に変な事を言わないで」と八木は腰に手を当てて、
「中途半端な事を言って、周りの人に聞かれたらどうするの。きのう金田くんが見たのは見まちがいなんだから」
「見まちがい?」
「そう。私じつはね、中学の頃から 眼鏡を取ると倉木アイスに似てるってよく言われたの」
両手で眼鏡を支えるようにして、八木はくすりと笑って見せる。
「はあ?」
「あーあ、とうとう見られちゃったなー。金田くんって倉木アイスの大ファンだって言っていたから、私が倉木アイスに似ているって知ったらなんか意識されちゃうんじゃないかなーと思って、なるべく眼鏡は取らないようにしておいたんだけどなー」
八木はあごに指を置いて、ツンと口を尖らせる。
「見まちがいなんかじゃねーよ。今まで俺がどれだけ倉木アイスの顔を拝んで来たと思ってんだ。ファンクラブ会員ナンバー0001だぞ!」
「な、なに威張ってんの」と八木は少々引き気味になりながら、
「ねえ金田くん、冷静になって考えてみてよ。こんな所に倉木アイスがいるわけがないじゃない。倉木アイスと言えば、休養宣言を出しているとは言え、連日テレビで見ない日はないくらい、女優業やモデルの仕事で大いそがし、きっと今も番組の収録中よ。やだなー金田くんったら、冗談キツイ」
「顔だけじゃない!」と金田は制服の下から写真集を取り出して、
「今日俺 確かめようと思って持って来たんだ。ほら!」とページを開いて倉木アイスの水着姿を指差して、
「ここの首すじと、右耳の少し下に、小さなほくろがある。八木、お前にも同じ所にほくろがある。これは顔が似ているとか言うレベルの話じゃない。百パーセント、いま俺の目の前にいるのは倉木アイスだ!」
急いで首筋を手で隠す八木、
「もう、どっから写真集を出しているの!」
金田はオホンとせき払いを見せて、急に居住まいを正して、
「本当に、倉木さんなんですか? いつからこんな、別人に変装して、俺たちのクラスに混ざっていたんですか? もしかして、何かの番組の収録とか?」
八木は深いため息をついて、ガッカリとした後ろ姿を見せる。
「あーあ、とうとうバレちゃった。なにやってんだろー私、変装中に寝ちゃうなんて」
金田は震える指を必死に押さえながら、
「そうか、今にして思えば 転校初日に見せたあの並々ならぬ運動神経は ダンスの天才倉木アイスだったからなんだ」
八木は人差し指を口の前に立てて、星が飛ぶようなウインクを見せて、
「ねえ金田くん、この事はナイショにしてくれない?」
「ナイショ?」
「そう。この事は二人だけの秘密にして欲しいの。
私ね、いつかはクラスの誰かにバレるんじゃないかと覚悟はしていたんだけど、まさかこんなに早く、しかも一番バレてはいけない委員長にバレてしまうなんて、思ってもみなかった。こうなってしまったからには、この事は金田くんの胸の中だけにしまっておいてほしいの。そうしてまた今まで通り、私たちは委員長と副委員長という立場で、C組のみんなを一つにまとめて 年内にはシャンデリア・ナイトを開催させたいの」
金田は視線を下にさげ、後ろ頭を掻いて、
「それはなかなか難しい相談っスよ。だって、相手が憧れの倉木アイスと分かっていながら、それを今まで通り八木として接するのは、だいぶ無理があるし、倉木さんに対して失礼があるかと」
顔を赤らめて、モジモジとする金田。
八木は人差し指を立てて、それを左右に振って、
「ダメダメ。今までの通りにしなくちゃ、すぐにクラスのみんなにバレちゃう。特にあの久遠って子は要注意。さすがはマジシャン志望だけあって 洞察力が鋭いもの。金田くんは私の事を八木里子として、副委員長として、今まで通りの感じをみんなの前で演じるの。できる?」
金田はかたく目をつむって、歯を食いしばるように、
「それが、倉木さんの願いとあれば、いち倉木アイスの大ファンとして、その願いを聞かないわけには行かないです。なんとか、俺なんとかやってみます」
そこで八木は金田の手を両手で握って、それを上下にふって、
「ありがとう金田くん、お願いね」
金田は後ろ頭を掻いて、ニタニタしていたが、急に何かを思い出したように、
「あ、でもなんで、なんで倉木さんはこんな落ちこぼれのC組のために、変装までして、そこまでしてまで俺たちの事を助けてくれるんですか?」
八木は背中を見せて、ゆっくりと歩いて見せながら、
「それは言えないわ、ヒミツなの。いつかは分かる時が来ると思うけど、それまではヒミツ。
でもまあ ここまで協力してくれた金田くんだから、ちょこっとだけ教えてあげる。
私ね、大好きな母校がいま危機的状況に陥っていると聞いて、いちOBとして私は後輩のためにひと肌脱ぐ決心をしたの。校長先生からは、C組の『迷える七人の子羊たち』を救ってくれって、頼まれているの」
「七人の、子羊たち? なんスかそれ」
金田が顔を前へ出す。
「私たちのシャンデリア・ナイトをはばむ者たち。
一人目の子羊は、高木健介。親譲りの天才ギタリストでありながら、父の形見のギターが盗まれて、そのショックからステージに上がれなくなっている。
二人目の子羊は、相羽のり子。ハルキという架空のキャラクターにのめり込んで、そのアプリの言いなりになって、シャンデリア・ナイトへの参加を拒んでいる。
三人目の子羊は、さて、お次は誰かな?」
振り返って、八木は丸眼鏡に指を添える。
「校長先生は、C組の問題児がもう誰だか分かっていたってこと? あ、そしたら俺も、無理やり委員長に任命されて全力で抵抗していた俺も、迷える子羊の一人ってこと?」
金田は自分の顔を指差す。
「ううん、校長先生はね、金田くんの事をそんなふうには言っていなかった。金田くんはもう、迷ってなんかいないって。もうとっくに、自分の力で迷いを乗り越えたって」
金田の目が大きくなる。
『うぉー! てめーら、ぜったいに許さねーからなー! もう関係ねー! もう俺は悩まねー! あいつにしたことお前らに後悔させてやるー!』
金田は急に大人しくなって、すっかり脱帽した様子で、
「校長先生って、やっぱすげーや。なんで知っているんだろう、俺の中学時代の話。そこまで俺たち学生の事を知っているなんて、正直驚いた」
八木はくるりとふりかえって、後ろ手に組んで、
「ね、金田くん。今まで通り この調子で、委員長と副委員長で助け合って、『七人の子羊たち』をシャンデリア・ナイトへと導こう?」
と その時、久遠がいきなり屋上に現れる。
「お前ら、こんな所でなにやっている。あっちでみんなとメシ食わないのか?」
八木はいつもの八木の顔に戻って、
「ほら金田くん、お昼終わっちゃうよ? 行こ?」
「お、おう」と金田は戸惑いながらもいつものように八木の後を追う。
二人の背中を見送って、久遠はそのままあごに指を当てる。
「あいつら、こんな所で何やっていたんだ?」
「第五回、シャンデリア・ナイト実行委員会を始める!」
金田は放課後の教室を見渡して、うんうんと満足気にうなずく。
「やっぱり後輩に先を越されると人が集まるな」
いつものメンバーに加えて、さらに七人のクラスメートが増えていた。
八木が黒板の前で笑顔を見せる。
「でも、まだまだ足りねえ。半分も行ってねー。よーし、久遠、次はどいつだ!」
鼻息を荒げて金田が教卓に手を突くと、優雅に足を組んだ久遠が本のページをめくりながら、
「それよりも金田、この教室を見て何か異変に気が付かないか?」
「異変? なんだそれ」
金田はもう一度教室の中を見渡す。が、これと言って何かに気が付いた様子はなかった。
久遠はパタリと本を閉じ、あきれた様子で足を組み替える。
「副委員長は、もう気が付いているようだがな」
八木がそっと後ろから、
「雛形さんがいない」
「え、あ、本当だー、あいつ実行委員会にだけは毎回顔を出していたのに、今日に限ってどうしたんだ?」
菓子パンの袋を開けて、そのパンにかぶり付く海老原、モグモグと口元を動かしながら、
「雛形なら授業が終わってさっさと帰ったよ。実行委員会があるって呼び止めたんだけど、なんか様子が変だった」
「なんだよ、それ」
「なんか、あったでしゅね」
赤ずきんの格好をした相羽がじーっとりんごを見詰めている。
「ったく、せっかくシャンデリア・ナイトを見学して、今日は活発な意見が交わされると思ったのに。誰か雛形が帰った理由、知らないか?」
思い思いに席に座るみんな、その顔を金田が一つ一つ見るも、誰の口も開かない。
「うーん。ま、いっか。別に雛形がいなくても実行委員会には支障はないし、話を進めようか」
八木がチョークを手に黒板から振り返る。
「本当にいいの? 仲間の様子が変なんだよ?」
金田は判断に困って頭を抱える。
「だーって、何が何だかさっぱり分からないんだから、どうしようもない」
久遠が眼鏡のレンズを拭きながら、
「ま、知っていて黙っているというのも、何だから、ここだけの話という事で、こっそり教えてやるよ」
窓の外の空が、青からオレンジへときれいなグラデーションを見せる中、一機の飛行機が轟音を立てて飛んで行く。
「失恋⁉」
ポンと金田は本で叩かれる。
「大声を出すな、バカ」
金田は前髪を掻き上げて、ありえないとばかりに顔を横に振って、
「おいおいー、失恋くらいで実行委員会を欠席するなよー、頼むぜー」
ドンと八木が床を踏み鳴らす。
「金田くん、そんな言い方しちゃダメ。雛形さんにとってはとても大事な問題なの!」
それでも金田は雛形を軽く見るような発言をくり返す。
「でもあいつの失恋なんてどうせ大した事ないんだろ? どこぞのイケメンに一目惚れして、実はそいつには彼女がいましたーってパターンだって どうせ。俺たちにはどうする事もできないんだから、ま、あいつが自然に立ち直るのを待つとして、実行委員会はこのまま進めようぜ。心配して損した」
後ろで早川がくるくるとドラムスティックを回しながら、
「久遠、雛形をふったやつって、誰だ? お前知ってんだろ?」
みんな久遠の背中に注目する。
「ふん、知っているというか。俺はお前らも当然知っていると思っていたがな」
ヒソヒソと隣同士で話し合う声が聞こえる。
井岡が週刊誌から顔を上げて、
「知らんから聞いとんのや、久遠、雛形をふったやつはどいつや」
久遠はゆっくりと後ろを振り返って、
「ほう、この場で言っていいのか?」
久遠のじれったい態度に明らかにイラつく金田、
「おい久遠、モッタイぶってねーで早く言えよ。雛形をふったヤツってどこのどいつだ。まさか俺の知っているヤツじゃねーだろーなー」
久遠は眼鏡を掛け直して、大きく肩をすくめて見せる。
「毎日あいつのこと見ていれば分かるだろう、この鈍感野郎。雛形が好きだった相手はお前だ 金田。あいつが第一回実行委員会から参加していた理由は、お前が委員長をやっていたからだ」
それを聞いて教室に悲鳴が上がる。
「はぁー⁉」
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二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
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