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寝ている場合か副委員長!

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「なーんだ、それで そんなに落ち込んでいたんだー」
 コロッケをティッシュに包み、「あん」と言ってそれを食べる里子、かわいいえくぼを見せて、
「金田くんの絶望した姿を見てあたし、最初なにが起こったのかと思った」
 どんよりと重たい空気の中、金田は抜け殻のようになってイスに座っていた。
「なーんだとはなんだ。委員長と副委員長のツートップが、たった二本しか入ってないハズレくじを引いたんだぞ? 普通あり得ねーだろそんなの」
 金田のやるせない悲しみは、数日たった今も癒えることが無かった。
「俺はなあ 里子、俺はなんとかしてあのやる気のない連中を集めて、年内にはシャンデリア・ナイトが開催できるよう、孤軍奮闘して来たんだ。
 それなのに、それなのにぃ! なんでC組の一番の功労者がシャンデリア・ナイトに出席できないんだよー!」
 ほのぼのした病院の談話室に、金田の悲痛な叫びが響き渡る。
「まあ、まあ。愚痴ならあたしが聞いてあげるから、そんなに興奮しないで。抽選だったんでしょう? だったら勝ち負けの勝負じゃない。後悔も何もない。仕方ないって事でいいんじゃない?」
 金田はハッキリと握りこぶしを作って、
「いや、仕方ないでは済まされない。これはぜってー何者かによって仕組まれている。C組のシャンデリア・ナイトを阻止しようとしている、不届き者の存在を俺は感じる」
 ふうと里子は息を抜いて、小さな子供を相手にするように、
「考え過ぎ、考え過ぎ。校長先生が用意した抽選箱だったんだから、誰も手出しができないって。ねえ、ひがんだってもうしょうがないから、忘れよ?」
「ふん」といって金田はコロッケをヤケ食いする。
 里子はペーパーナプキンで口を拭いて、「あ」と何か思い出したように、
「そーだ。ねえ金田くん、最近倉木さんすごいテレビに出てない? 昨日だって『そこまで鑑定できますか⁉』に特別ゲストで出演していたし、『美ューティー・ジャッジメント』で優勝した子の背後からサプライズ登場していたし、もうそろそろ休養宣言が明けるんじゃないかって、ネットで話題になっていた」
 金田はコロッケのついた顔を上げて、
「そうそう、日の丸化粧品のCMにも出てたし、アニメ映画の舞台挨拶にも出てた。出てないのはドラマくらいかな。なんか休養宣言前と変わらなくなって来た。くっそー、クラスメートの説得でいそがしくて、最近倉木アイスの出演番組が録画できてねー」
 そう言って頭を抱える金田、すると里子が四角いハードディスクを金田の前に置く。
「これ、全部動画入っているから、観て」
 目玉が飛び出そうになって、そのハードディスクを手に取る金田、
「えっ! マジで! 全部⁉」
「へへへ、あたしには時間に余裕があるのだ」
 金田はテーブルに手をついて、深く頭をさげて見せて、
「へへー、神様仏様、ありがたく頂戴いたします」
 そこで少し会話が途切れ、窓の外へ顔を向ける里子、あかね色に染まった夕日の街に、ゆっくりと電車の明かりが動いている。
「ねえ、金田くん」
「ん?」
 里子は何度も何度も言葉を選んで、
「もしも、もしもだよ? あの憧れの倉木アイスが、金田くんの身近な所にいたとしたら、どうする?」
「ええ?」
 カバンにハードディスクを入れながら、金田は不思議そうに顔を上げる。
「例えばだよ? 例えば。今はさ、倉木アイスといえば超売れっ子アイドルで、あたしたちには手が届かない存在だけど、ひょんな事から、倉木さんがとっても身近な存在になったら」
 ぱちぱちとまばたきをくり返して、金田が相手の目の奥を見る。
「なに言ってんだ? 里子。そんなの あり得ないだろ? どこをどう間違えば、俺と倉木アイスが身近な存在になるって言うんだ?」
 里子は白い歯を見せて、
「だから、例え話だって」
「なーんだ、もしもシリーズか。おう、倉木アイスが身近にいたら、そしたら俺、毎日デレデレして何も手につかなくなっちゃうな。だって、倉木アイスがすぐそこにいるんだろう? そんな夢みたいな話はない」
 ガハハと豪快に笑って、金田は足を組む。
「じゃあ、じゃあ、倉木さんがとても身近な存在になって、だけど金田くんには厳しい態度を取って来たら、どうする? いちいち何かにつけて注意して来る」
 金田はあごに指を置いて、斜め上を見ながら、
「うん? そんな倉木アイス、まったく想像がつかない。いつも笑顔を絶やさず、誰にでも優しい」
「それは倉木さんがアイドルという仕事をやっているから! なんて言うんだろう、もっと金田くんにはしっかりしてもらわないと困るって、そんな感じで毎日金田くんのダメな所を指摘して来たら」
『ちょっと金田くん! あんな大口を叩いて本当に大丈夫なの⁉ 約束は、ちゃんと守れるの⁉』
『タブレットが正常な状態に戻ったら、ちゃんと彼女に謝るんだよ? あんな人を騙すようなやり方、委員長として良くないわ』
 このとき金田の頭にあれこれ注意して来る八木の姿が浮かんだ。
「八木みたいに?」
「え?」
「あー、なんでもない。もうやめようぜ、こんな実りの無い話。今の俺は早く帰ってこの動画を観る事しか頭にない」と金田は自分のカバンに頬ずりして見せる。
 次に里子は口を開け、話の続きを言おうとして、けれども無邪気な金田の様子を見て そっと口を閉ざした。いまの金田の頭には笑顔の倉木が浮かんでいて、里子の頭には怒る倉木の顔が浮かんでいた。
 里子はそのままテーブルに頬杖を突いて、
「金田くんって、幸せな人よね」
 ぴくりと金田の耳が反応する。
「世界で一番不幸な男を捕まえて、なんて事を言んだ里子。くっそー思い出しちまったじゃねーか。もうあさってに迫っている。あさって、あいつらきっとめかし込んで、ルンルンで学校に来るに違いない!」



 深い森の奥から、ロンシャン礼拝堂のような一風変わった屋根が見える。その建物の中では 今、三〇〇灯もある巨大なシャンデリアがきらめき始めていた。
 本日十九時ジャスト、二年B組のシャンデリア・ナイトが開催されるとあり、リボルチオーネ高校は異様な熱気に包まれていた。学校の駐車場が満車になっているのは勿論のこと、臨時駐車場まで車であふれ、誘導員たちがあちこちを走り回っている。
 シャンデリア城へと続く森の入口、普段は何もないひっそりとした森の入口だが、今宵はあちこちの枝からランプが吊り下げられ、その明かりの下にはレッドカーペットが敷かれていた。
 そのカーペットの上に立った久遠が、ビシッとスーツを決めて、ソフトツーブロックにした頭を上げる。
「おー、金田と八木さんじゃないか」
 金田と八木は普段の制服を着ていた。
「なんでお前ら来たんだ?」
「来ちゃいけねーのかよ! せっかくだから、少し様子を見に来たんだよ!」
 右手を上げて怒る金田、そのすぐ横を艶やかに着飾った来賓や、テレビで観た事がある芸能人らがガヤガヤと通り過ぎる。
 レディース・ダブルを着た雛形が、遅れてやって来る相羽に目を大きくして、
「うわー、相羽さん なにその格好」
 神社にいる巫女の格好をした相羽が、遅れてみんなの輪に加わる。
「ハルキ様がこれでいいって言うでしゅよ」
 恥ずかしそうにシャンシャンと神楽鈴を鳴らす。
 久遠があごに手をやって、
「なんか、正装という点では巫女装束も悪くない」
 雛形が目の前にある海老原のお腹をポンと叩く。
「あんたは腹が目立ちすぎ、メタボのおっさんか!」
 海老原はポマードを付けた頭に手をやって、
「採寸をしていた店員が、慌てて店長を呼んでいた。実はこれ、海外からの取り寄せだって」
「うそー、ワールドサイズ?」
 久遠が腕を上げて高そうな腕時計を見る。
「よーし、それじゃ そろそろ行くか。席は二階で自由席だから、早めにいい席を押さえよう」
「やったー、あたしステージ正面がいい!」と雛形がショルダーバッグを振り回す。
 早川がホストのような格好でズボンのポケットに手を入れて、
「すまんな委員長、副委員長。お前らとはここでお別れだ」
「変な言い方するな!」と金田が地団太をふんで、
「いいかお前ら、俺たちC組のシャンデリア・ナイトを成功させるために、勉強のために、これから生で本番を見学するんだぞ? 遊びじゃねーんだからな、いいな」
 右手を上げて、早川はもう背中を見せていた。
 八木が笑顔に汗をかいて、
「あの感じだと、シャンデリア・ナイトを最高に楽しむって感じね」
 金田は腕を組んで、うんうんと深く頷いて、
「まあいい。これでいい。あいつら今から最高の舞台を目の当たりにして、俺たちも早くこうなりたいってモチベーションを上げてくれれば、次の実行委員会から活発に発言してくれるはずだ」
 真面目な事を言う金田の横面を、八木がツンツンと指でつつく。
「無理しているでしょう」
「ったり前だー! 俺だってこの目でシャンデリア・ナイトが見て―!」
 両手を振り上げてガーと叫ぶ金田。
「あーそうだ 金田くん」と八木はパンと手を打ち鳴らして、
「私ね、いい所を知っているんだー。ずっと秘密にして来たけど、とってもいい所があるの。これからちょっとそこへ行ってみない?」
「いい所?」



 懐中電灯の明かりを頼りに、学校の屋上に顔を出す八木と金田、そこでは普段見る事が出来ないきれいな夜景が広がっていた。
「ほら、あそこ」
 大きな球体が学校へめり込んだような、ドーム状の影を指差す八木。
「天文台?」
「そう。私ね、この学校をいろいろ探索していて、シャンデリア城が一番よく見える場所を発見したの」
 夜景の明かりに顔を照らしながら、八木は屋上の奥へと進んで行く。
「この天文台へ上がる途中に、ちょっとした展望台があって、そこからのシャンデリア城の眺めが一番なの。驚かないでね、なんと窓からシャンデリアが見える」
 八木は振り返って、人差し指を立てる。
「え、マジで⁉ リボチの秘宝がいつでも見えるってこと⁉」
 二人は天文台の階段を上って行って、手すりに手を置いて「わ」と手を引く。ペンキが剥げて浮き上がり、触るとザラザラと錆の嫌な感触があった。
「さすがにここは来た事ないなあ、天文台があるのは知っていたけど」
 屋上よりも十メートルも高い位置に展望台があって、その中央に真っ暗な天文台が見えていた。
 金田がその展望台の手すりから大きく身を乗り出して、
「ホントだー、ここからシャンデリア城が丸見えだー」
「はい、双眼鏡」と笑顔の八木。
「用意イイねえ、サンキュー。どれどれー」と金田が双眼鏡を覗くと、
「おー! スゲー! 本当だよく見える! シャンデリアの一部がこんなにハッキリと!」
 隣で八木が頬杖をついて、
「ね、いい所でしょう?」
 二人はそのまま腰を落とし、手すりの間から足をぶら下げて、仲良く双眼鏡を渡し合った。
 金田は食い入るようにシャンデリア城の様子を観察して、
「さっき一回会場が暗くなったから、いよいよ二年B組のシャンデリア・ナイトが始まった所だな。ほうほう、シャンデリアの明かりはまだ本領を発揮していない。ここからどこまで明るくなるかなー?」
 興奮する金田の隣で、思わず八木があくびをかむ。両手で口を覆い、眼鏡をずらして涙をぬぐう。
『ったく、田淵さんったら本当に血も涙もない鬼マネージャーだわ』
 最近の倉木は多忙を極めた。
『こっちは休養宣言まで出して学校へ通っているというのに、それを全部無視だもんねー。下校した途端、マンションの入口にロケバスが停まっていて、そこから夜中まで仕事で連れ回されるんだもん、昨日なんて帰ったら朝の五時だったんだからー』
 そのうち金田だけが双眼鏡を独占するようになった。
「多分あれ、CG映像を使っているんだ。最先端技術かー、いいな あれ。プロジェクションマッピングとか使っているんだろうなー。絶対に会場が盛り上がること間違いなし。おっと、俺たちにも相羽というプロのCGクリエーターがいるんだ。負けてないぜー? あ、やべー一人で夢中になっちゃった。おい八木、次はお前の番………」
 隣を見ると、こくりこくりと八木が船をこいでいた。
「おいおい。シャンデリア・ナイトが開催されているというのに、寝ている場合か副委員長ぉ」
 八木はスースーと寝息を立てて、頭がだんだん金田の肩に乗って行く。
「寝ちゃったよ。ったく しょうがねーな、しばらく寝かしといてやるか」
 んん と寝言を言って、八木がさらにうつむくと、その顔から眼鏡がずり落ちた。そしてあれよあれよとスカートの上を眼鏡が滑り落ちる。
「おわっと、レンズが割れる」
 急いで眼鏡をキャッチして、金田はふうと額の汗を拭う。
「ぜんっぜん起きねー、ぐっすりだ」
 眼鏡を掛け直してあげようと、下から八木の顔をのぞき込んで、そこで金田の動きが止まる。
「あれ? ちょっと待って。この顔、どーっかで見たような」
 人がいないのを確認してから、八木の前髪をそっと上げてみる。
「えっ!」
『もしもあの憧れの倉木アイスが、金田くんの身近な所にいたとしたら、どうする?』
 金田は急いで八木から手を放す。
「えっ! なに! なにこれっ!」
『今はね、あたしたちにとって手の届かない存在だけど、ひょんな事から、倉木さんがとっても身近な存在になったら』
 超人気アイドル倉木アイスは、無防備な寝顔を見せながら、そっと金田に身を寄せていた。
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