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逃走中

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 大きく腕を振って、猛ダッシュで廊下を走って来る金田。
「お前ら、そこをどけー! 死にたくなかったら、どけー!」
 昼休みの教室から、おしゃべりをしながら女子たちが顔を出す。
「なにあれ」
 いま笑っていた顔を上げて、こちらへ走って来るくノ一姿の相羽を見て、
「何あの格好」
「俳優コースの子じゃない?」
 彼女らの目と鼻の先を、風のように二人は駆け抜けて行く。
「待つでしゅよ 金田! これでも食らえでしゅ」
 ぶんぶんとくさりを振り回し、金田の背中めがけ鎖鎌を放つ相羽。
「あぶねー!」
 間一髪、廊下の突き当りを右へと逃れる金田、その直後、緑色の掲示板に大きな鎌が突き刺さる。
「きゃー」と女子たちの悲鳴が上がる。
「意外とすばしっこいでしゅね、またもや仕留め損なったでしゅよ」
 掲示板の所まで来て、刺さった鎌を両手で引き抜き、再び相羽は金田を追う。
「なに今の、壁にカマが刺さったよ?」
「あの子が振り回していたのって、おもちゃじゃなかったの?」
 騒ぎを聞きつけた学生たちで廊下が一時騒然となる。
 タブレットを片手に階段を上る金田、その途中で雛形とすれ違い、
「雛形」
「あれ? 金田じゃない。相羽さんの所へ行ったんじゃなかったの?」
 息を切らせた金田がタブレットを上げて、
「ほら、あいつからコレを奪って来た」
「わー、やったじゃない! 早くそれを久遠の弟に」
 階段の下から、はあはあと息を乱して相羽が現れる。
「下におりる踊り場に内履きを投げるとは、なかなかやるでしゅね金田、騙されて一階まで行ったでしゅよ」
 相羽のくノ一姿に驚いた雛形が、ドンと背中を壁に打ち付ける。
「へへ、ここまでおーいで」
「今度こそ殺しましゅ」
 赤い目を光らせて、シャキーンと猫の爪のような武器、手甲鉤を装備して、階段を駆け上る相羽、その刃が金田の顔に迫った瞬間、
「雛形、パス」
「え?」
 宙を舞うタブレット、ゆっくりと回転しながら、きれいに雛形の手の中へ収まる。
「そいつを持って逃げろ! 早くしろ、こいつに殺されるぞ!」
「え? ちょっと、え?」
 怒りに満ちた顔がゆっくりと振り返る。
「それを、渡すのでしゅ、さもなくば、こうでしゅ」と言って、手甲鉤を振り下ろし、階段の手すりを三つに斬り落とす。
「ぎゃー、何それ、手すりが大根みたいに切れた!」
「何やっている、早く逃げろ! こいつにつかまったら命の保証はない!」
 雛形は万歳をして全力で階段を下りて行く。
「バカ―、なんでこんなヤバいモン人に渡すんだよー!」
「待つでしゅ! ハルキ様を返すのでしゅ!」
 忍び走りを見せて、相羽も階段を駆け下りて行く。


 ひと気のない旧校舎、机やイスが散乱した美術室、カーテンから漏れた明かりにゆっくりと埃が動いている。
「冗談じゃない、ヤバいってあの子、ただの変態コスプレマニアじゃない」
 石膏の胸像が置かれたテーブルに、大きな白い布が被せられ、その下で雛形がぶるぶると震えている。
「さすがにここまでは追って来ないか」
 時が止まったような静かな教室、壁に掛かった時計の針が止まっている。
「そろそろ出ても大丈夫かな?」
 ガラガラガラと、教室の戸が開く。
『ウソ、なんで』
 とっさに雛形は口を覆う。
「どこでしゅか~、どこでしゅか~」
 白い布と床の隙間に、くノ一のわらじが見える。
「…………………」
 わらじは美術室を一周して、「そこ!」といって鉄の爪で清掃用具箱を破壊する。
「!」
 壊れた鉄くずからネズミが走って行く。
「違ったでしゅか」
『ヤバいって!』と雛形の顔にツーと額に汗が流れる。
 相羽は刃物と刃物をすり合わせる不快な金属音を立てながら、そのまま教室を後にしようとした時、雛形のスカートの上にあったタブレットが突然しゃべり出す。
『その声は、のり子だね、どこにいるの?』
「そこ!」
 手甲鉤の斬撃によって、石膏像と木のテーブルが粉々に破壊される。
「ぎゃーっ!」
 命からがら窓際まで走って逃げる雛形、その勢いでふわっと広がるようにカーテンが開く。
「とうとう追い詰めたでしゅよ。死にたくなかったら、今すぐハルキ様を渡すでしゅ」
 赤い目を吊り上げて、相羽はじりじりと雛形に詰め寄る。
 その時窓の外から金田の声が。
「雛形! おーい!」
 あわてて窓の下を見ると、金田の姿が小さく見えた。
「パース、パース!」
 両手を振って、ピョンピョンとジャンプする金田。
「もう、こんなヤバいもの、人に預けるんじゃない!」
 涙目になって、雛形が三階の高さからタブレットを投げる。
「わー、なにするでしゅか! ハルキ様―!」
 急いで相羽も窓から顔を出すと、タブレットをキャッチした金田が一目散に逃げて行く。
「おーのーれー金田、またやられたでしゅよ」
 ちっと舌打ちをして、相羽も全速力で美術室から出て行く。
 残された雛形が、へなへなと床に崩れ落ちて、
「もう、こんなのホラー映画だってー」


 閉め切った暗い部屋の中、四角いパソコンのモニターだけが白く光っている。そこへ突然バンといって、ドアが開く。
「おい久遠、言われた通り相羽のタブレット持って来たぞ」
 久遠が両手を広げて金田を迎える。
「おお金田、でかした! 八木さんから聞いたぞ、お前 相羽を出し抜いてこいつを奪ったんだってな」
 先回りした八木が座布団に座って紅茶を飲んでいた。
 金田は額の汗を拭いながら、
「あのやろーただ者じゃねーな。雛形をおとりに使ってやっと巻いて来たぜ」
 久遠は「あ」と思い出した顔をして、
「相羽の父は武術の達人で、あいつは小さい頃から『忍者八門』という忍者になるための八種類の必修科目をマスターしているって話だ。気をつけろ」
「言うの遅せーわ!」
 久遠の弟がパソコンの前から移動して来て、
「これが兄貴の言っていたやつだね」と金田の手からタブレットを取って、ササッとOSを起動させる。
「お、さっそくウィルスを駆除してくれるのか」
 中学生の弟は丸い眼鏡にそっと手を添えて、
「なんだコレ、ずいぶん古い型のタブレットだね。OSのバージョンも古すぎて、メーカーのサポート対象外だよ。セキュリティーがあまあま。よくこんなの使っていたね。
 とりあえず出来る所までバージョンアップさせてから、何種類かソフトを試してみるよ」
 机の上にタブレットを置いて、パソコンとタブレットを同時に操作し始める。
「なんだか、兄貴より頼りになるな」
「どういう意味だよ」
 八木がティーカップを手に真剣な顔を上げて、
「金田くん、相羽さんのタブレットが正常な状態に戻ったら、ちゃんと彼女に謝るんだよ? あんな人を騙すようなやり方、委員長として良くないわ」
「分かってるよー。謝ればいいんだろ? 謝れば。土下座でもなんでもやってやるよ。
 でもさ、こうでもしなかったら、いまこの場にタブレットはないんだぜ? 背に腹は代えられないってやつだ」
 久遠の弟のカタカタとキーボードを打つ音が響く。
「うん、大丈夫だね。初歩的なウィルスでよかった。ウィルスだけを隔離して駆除できそうだよ」
「ホントか! 良かったぁ」と金田と八木は顔を合わせて、
「これで相羽さんも無事にシャンデリア・ナイトに参加できそうね」
 その時家のどこかからドタドタと物音が聞こえて来た。
「ん? なんだこの音? こっちの方からだぞ」
 久遠がドアの方を振り返る。
 金田がハッとした顔を見せて、あわててドアノブを指差す。
「久遠、ドアに鍵を掛けろ! あいつだ、相羽が来た!」
「なんだと⁉ わ、分かった!」
 とっさに久遠が部屋のドアに鍵を掛けると、ドンドンドンとすぐにそのドアが叩かれる。
「そこにいるでしゅね金田! いますぐドアを開けるでしゅ」
 ガチャガチャとドアノブが捻られる。
 金田がオーマイガッと頭を抱えて、
「なんでここが分かったんだー⁉ 完全にあいつを巻いたはずなのに。忍者八門の中に相手の居場所が分かる技があるのか?」
 久遠が弟の肩に手を置いて、
「おいユタカ、ウィルスの駆除はまだか」
「もうちょっと、じきに終わるよ。それにしても誰だよ、僕の部屋のドアをあんなに叩くのは」
「くノ一だ」と金田が大真面目な顔を見せる。
「はあ? なに言ってんの、そんなの現代の日本にいるわけがないじゃん」
「いるんだよ、とんでもない忍術の使い手が。あれは間違いなく本物のくノ一だ」
「くノ一だったらもっと静かに登場しないか?」と久遠がずり落ちたメガネを指で押し上げる。
 ドアはさらに叩かれ、「開けるでしゅよ、さもないと」と鎌の刃が木製のドアを貫通して来る。
「こらー、人んちのドア破壊するんじゃねー」
 金田はドアから離れて、左右を見て、カーテンを開けて外を見る。
「三階! もう逃げ場がない!」
「ねえ、ユタカ君、もっと早くできない?」
 おろおろと立ち上がって、八木が机の所まで来る。
「おかしいなあ、九十九%ウィルスを駆除できているのに、残り一%で作業が止まっている。ん? あれ? パスワードの要求が来ている」
「パスワード⁉」とみんな一斉にモニターを覗き込む。
 金田がじれったい様子で頭を掻いて、
「そんなの、ソフトでもなんでも使って、こじ開けちまえ」
「ダメだよ、パスワードはウィルスじゃないから、ウィルス駆除ソフトじゃ解除できないんだ。パスワードを解除する別のソフトが必要、今からじゃたぶん一時間はかかる」
「えーっ!」
 キズだらけになったドアの穴から、相羽の赤い目が現れる。
「見つけたでしゅよ金田、やはりそこにいるでしゅね」
 今度はトゲトゲのついた鉄球でドアを破壊し始める。
「ガー、久遠、なんとかしろ! ドアがもたない!」
「あれ? 待って」とユタカがモニターを指差す。
「何かメッセージが表示されている。えーと『世界で一番クズな男の名を言え』だって」
 その時八木の目が大きくなって、そっとみんなから離れる。
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