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揺れる心
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「だからさあ、なーんで教えてくれなかったんだよ、高木ぃ! 倉木アイスが出るって知っていたら、俺 自慢の一眼レフカメラを持って行ったのにー!」
昼休みの学校の屋上に、金田のイラついた声が響く。
「知るかよ! 俺らだって ライブの途中でいきなり聞かされたんだ! 知っていたら あんな譜面を観ながらなんて ダサい演奏はしなかった」
高木はパックの牛乳を飲みながら、不機嫌そうに顔をそむける。
小さいおにぎりを手に、雛形が興味津々に、
「ねえ、どんなだった? どんなだった? スーパーアイドルと共演した感想は?」
割り箸でカップラーメンの麺をかき混ぜながら、早川、
「やっぱスゲーは ありゃ。最近よく見る顔がカワイイだけのアイドルじゃない。近くで見ていてつくづく思った。あの曲って、ずっと激しいダンスを踊っているんだ。とにかく動きっぱなし。それなのに、息も切らさずあの声量を出せるって、やっぱ大物だって 倉木アイスは」
少しだけ、金田の機嫌が直って、
「だろ? 倉木アイスは、史上最高のアイドルなんだよ。ふん、今ならお前ら、倉木アイスのファンクラブに入れてやってもいいぜ」
「なんで上から目線なんだよ!」と座った状態から金田の足を蹴る雛形。
井岡が焼きそばパンの袋を開けながら、
「あ、せや、八木さんって、ちょうど見れなかったんやて? 倉木アイス」
ハアとため息を落として、八木は手作り弁当へ視線を落とす。
「そうなのよね。その時たまたまトイレに行っていて、帰りに道に迷ってしまって」
「バッカだなー、なんであんな遠いトイレなんか行ったんだよ。すぐ近くにトイレあったのに」
金田にそう肩を叩かれて、八木はその胸中で、
『ホントにそう。会場のトイレに行っていれば、田淵さんに会わなくて済んだのに』
久遠がサンドイッチを食べ終わって、ぱんぱんと手を払って、
「それにしても、不思議な話だな。ライブが終わってから、倉木アイスは忽然と姿を消したんだって?」
「ホンマやで、直筆サインでも貰おう思うたら、もうどこにもおらへん。誰に聞いても知らんしか返って来ぉへんし、絶対に誰か誰かが見てるはずやのになぁ。ホンマ不思議やったわ」
海老原がいつものさめたトーンで、
「人気アイドルって、何かと忙しそうだからね。テレビで観た事あるけど、ある大物アーティストは、ライブが終わったらそのまま車に乗り込んで帰宅していた」
それを聞いて嬉しそうに金田はハンバーガーにかぶり付く。
「じゃあ 俺たちの方が 客席からたくさん倉木アイスを見れたって事だな。俺なんて二回も目が合ったし」
雛形がまた金田の足を蹴る。
「バッカじゃないの? 倉木アイスがあんたなんかを見るわけがないじゃん。たまたまそっちへ顔が向いただけ」
「んだとー? 目が合ったのは間違いない。俺はなあ、倉木アイスのファンクラブに一番に入ったんだ。握手会でも、ちゃんと会話もしているし」
「世間知らずの坊ちゃんね、何千、何万人と握手しているから、人気アイドルは一人一人のファンの顔なんて覚えてないって話よ」
金田と雛形が顔を近づけて いがみ合う。
八木がハンカチで汗を拭いて、
「まあ とにかく、高木くんのギターが見つかって、本当に良かったわ。ねえ、高木くん、井岡くん、早川くん、これで、シャンデリア・ナイトに参加してくれるでしょう?」
三人は箸を止めて、お互いの顔を見て、照れたように、
「ま、まあ、そうだな。親父の形見のギターを見つけてもらって、出ないというのも、なんだから、参加するよ」
走って行って、金田が高木の肩に腕を回す。
「ホントか! よーし、よーし、これでC組のシャンデリア・ナイト開催まで、一歩近づいた!」
その腕を嫌がって、高木が体をそらしながら、
「ところで俺のギターを盗んだのって、どこのどいつだったんだ?」
ふっふっふと金田は不敵な笑みを浮かべて、
「知りたいか、高木。お前のギターを盗んだ犯人は」
「ダメ―!」とみんな両手を伸ばして金田の口をふさぐ。
そんな屋上の喧騒が遠く聞こえる、旧校舎の窓の一つに、九条修二郎の姿が。
ズボンのポケットに手を入れて、窓辺から離れる九条、いかにも不機嫌そうに髪をかき上げ、ガラガラと引き戸をひいて廊下へ出る。
「あら、九条くんじゃない。こんな時間に旧校舎をうろついて、何をしているのかしら?」
じろりと校長の顔を見て、「別に」と九条はそのまま相手に背を向ける。
校長は尚も壁に寄り掛かって、ゆっくりと腕を組んで、
「金田くんたち、高木くんのギターを見つけたそうね」
一瞬だけ立ち止まって、またゆっくりと歩き出す。
「そうみたいっスね」
埃が漂う木造の廊下に、短い沈黙が流れる。
「ギターを盗んだのは、聖教高校二年生の加藤安成。担任の先生によると、彼は裕福な家庭に育っていて、お金に不自由はなく、他人の物を盗むタイプではなかったそうよ」
「…………………」
壁から離れて、カツカツとヒールの音を立てて歩き出す校長。
「もしかしたら、誰かが彼を脅迫して、高木くんのギターを盗むよう指示したんじゃないかしら?」
いつもの癖で、オールバックの髪を掻き上げて、ちっと九条は舌打ちする。
「校長先生。俺、そんなヤツ知らないっスよ。たかがギターが盗まれたくらいで、他校の学生を根掘り葉掘り調べるなんて、校長先生って、よっぽど暇なんスね」
校長は目を大きくして、
「たかがって、こら、ちょっと九条くん、まだ話が」
九条は近くの窓を開けてそこから外へ飛び降りる。
「く、九条くん! ここは三階!」
急いで校長が窓から顔を出すと、そこには使われていない焼却炉が見えるだけだった。
「ん もう、また逃げられた。こんな美人な校長から逃げ回るって、どうなのかしら!」
「え? ウソ、本当?」
驚いた里子の声が、病院の談話室に響く。
「信じられねえだろ? でも、本当なんだ。じゃじゃーん、携帯電話で写真を撮った」
大きな窓から夕陽が差し込み、二人の横顔を朱色に染める。
「見せて 見せて」
里子が金田の隣に移動する。
「わ、本当だ。よく撮れてる」
テーブルの上には、『とんとん拍子』の袋が口を開けていた。
「俺、二回も倉木アイスと目が合ったんだぜ。手を振ったら、こっちを見てくれた」
里子は携帯電話を色々に操作しながら、
「本当に? いいなあ、あたしもライブ観たかったな」
そこで金田はピンク色の入院着を見て、
「あ、わりぃ、里子は入院中だもんな。なんか、見せびらかすような事してごめん」
大きく前髪を振って、
「ううん、ぜんぜん、おみやげ話を聞いているだけであたし十分楽しいから」
金田はカバンに手を入れて、「あとコレな」と写真集『倉木☆アイスみるく』を取り出す。
「わあ、うれしい。覚えていてくれたんだ」
「ったりめーだ。倉木アイスファンクラブ一番と二番だ。俺たちは運命の絆で結ばれている。
あ、そうだ! いつかさ、二人で倉木アイスのコンサートへ行こうぜ!」
金田は立ち上がって、右手をふり上げる。
「え?」
「連れて行ってやるよ、俺! 里子は そうだな、車イスに座っているだけでいい。俺がコンサートホールまで押して行ってやるよ。な、そうしよ」
里子は少しうつむいて、笑いそうで 笑わない、微妙な表情を見せて、
「うん、考えておく」
すると近くの廊下を年配の看護師が通り掛かって、
「あ、八木さん、ここにいたんだ。回診 始まっているよ」
腕時計を見て、あわてて金田は立ち上がる。
「あー、また話に夢中になっちゃった。じゃあな、里子、次はサイン入りデビューシングルを持って来てやる。また来るからな」
看護師が見ている前で 右手を上げて走って行く金田。
「いいねえ、若いって」
そんな言葉を残して、看護師は同僚を見つけて走って行く。
ビニール袋と写真集を手にして、ゆっくりと廊下へ顔を出す里子、そのすぐ近くの壁に変装をした倉木の姿が。
「里子ちゃん」
ギクッとして、体をこわばらせる里子、呼ばれた相手を見る事が出来ない。
「こっそり金田くんと会っているなんて、一体なにを考えているの。私たちの事がバレたらどうするつもりなの」
倉木の口調は強かった。
「ごめんなさい。ホントにごめんなさい」と里子は小さく頭を下げて、
「あたし、金田くんが会いに来てくれる事が本当にうれしくて、つい」
深いため息をついて、首を横へ振る倉木。
「まあ 彼に後をつけられて、こうなってしまったのは、私の責任でもあるから、あまり強くは言えないけど。でも、ハッキリ言っておくわ。こういうのは良くない。金田くんがここへ来るのは リスクが高すぎる」
写真集を持つ手が細かく震える。
「分かっています。分かっています。倉木さんに無理なお願いをして、その願いを叶えてもらっているのに、自らその願いを壊すような危険な行動をとって」
追い詰められて、目を見ひらく里子、それでもなお、
「でも、金田くんとの事は、目をつむってもらえませんか? あたし何とかうまくやります。彼には絶対に秘密がバレないようにします。だから」
はあ と再び倉木はため息をついて、
「そこまで言われたら、これ以上 私は何も言えないけど。でも、先輩から一言 忠告させてもらうわ。恋は、冷静な判断力を奪う」
里子は額に冷や汗を見せて、顔面蒼白の表情で、またゆっくりと歩き出す。
「ご忠告、ありがとうございます」
写真の現像を行うような、真っ暗な暗室、そこへタブレット端末の四角いディスプレイの明かりが 不気味に天井を照らす。
「ハ、ハルキ様、お望みの衣装を買ってきましゅた。どうでしゅか」
四角いタブレットの画面に、長髪のイケメンが映し出される。
『のり子、もっとよく見せておくれ』
「キャー、ハルキ様、そんなにのり子の姿が見たいでしゅか?」
少女は歓声を上げて、タブレットの前で婦警さんの衣装を披露する。
『のり子、思った通りだ。とても似合っているよ』
「う、うれしいでしゅ、もっと、もっと、言ってくだしゃい」
『ダメだよ、これ以上は言えない』
「な、なんででしゅかー! もっと、もっと」
両手を胸に当てて、少女はお尻をフリフリする。
『どうしてか。それは君が、シャンデリア・ナイトに出るというのだから、僕はもう、これ以上』
「な、なにを言っているでしゅか。大丈夫でしゅよ、私は、ハルキ様が大っ嫌いなシャンデリア・ナイトなんて、絶対に出ましぇん」
タブレットから、不気味な低い声が流れる。
『本当かい? では、もう一回 言うよ、今夜の君は、とてもよく似合っている』
「キャー、うれしい、もう、死んでもいい」
暗い部屋の中で、少女は天にも昇る思いで飛び回る。
『のり子、君は絶対に、シャンデリア・ナイトになんかに、参加してはいけないよ。約束だからね』
タブレット画面の中で、イケメンは不気味な表情へと変わって行く。
昼休みの学校の屋上に、金田のイラついた声が響く。
「知るかよ! 俺らだって ライブの途中でいきなり聞かされたんだ! 知っていたら あんな譜面を観ながらなんて ダサい演奏はしなかった」
高木はパックの牛乳を飲みながら、不機嫌そうに顔をそむける。
小さいおにぎりを手に、雛形が興味津々に、
「ねえ、どんなだった? どんなだった? スーパーアイドルと共演した感想は?」
割り箸でカップラーメンの麺をかき混ぜながら、早川、
「やっぱスゲーは ありゃ。最近よく見る顔がカワイイだけのアイドルじゃない。近くで見ていてつくづく思った。あの曲って、ずっと激しいダンスを踊っているんだ。とにかく動きっぱなし。それなのに、息も切らさずあの声量を出せるって、やっぱ大物だって 倉木アイスは」
少しだけ、金田の機嫌が直って、
「だろ? 倉木アイスは、史上最高のアイドルなんだよ。ふん、今ならお前ら、倉木アイスのファンクラブに入れてやってもいいぜ」
「なんで上から目線なんだよ!」と座った状態から金田の足を蹴る雛形。
井岡が焼きそばパンの袋を開けながら、
「あ、せや、八木さんって、ちょうど見れなかったんやて? 倉木アイス」
ハアとため息を落として、八木は手作り弁当へ視線を落とす。
「そうなのよね。その時たまたまトイレに行っていて、帰りに道に迷ってしまって」
「バッカだなー、なんであんな遠いトイレなんか行ったんだよ。すぐ近くにトイレあったのに」
金田にそう肩を叩かれて、八木はその胸中で、
『ホントにそう。会場のトイレに行っていれば、田淵さんに会わなくて済んだのに』
久遠がサンドイッチを食べ終わって、ぱんぱんと手を払って、
「それにしても、不思議な話だな。ライブが終わってから、倉木アイスは忽然と姿を消したんだって?」
「ホンマやで、直筆サインでも貰おう思うたら、もうどこにもおらへん。誰に聞いても知らんしか返って来ぉへんし、絶対に誰か誰かが見てるはずやのになぁ。ホンマ不思議やったわ」
海老原がいつものさめたトーンで、
「人気アイドルって、何かと忙しそうだからね。テレビで観た事あるけど、ある大物アーティストは、ライブが終わったらそのまま車に乗り込んで帰宅していた」
それを聞いて嬉しそうに金田はハンバーガーにかぶり付く。
「じゃあ 俺たちの方が 客席からたくさん倉木アイスを見れたって事だな。俺なんて二回も目が合ったし」
雛形がまた金田の足を蹴る。
「バッカじゃないの? 倉木アイスがあんたなんかを見るわけがないじゃん。たまたまそっちへ顔が向いただけ」
「んだとー? 目が合ったのは間違いない。俺はなあ、倉木アイスのファンクラブに一番に入ったんだ。握手会でも、ちゃんと会話もしているし」
「世間知らずの坊ちゃんね、何千、何万人と握手しているから、人気アイドルは一人一人のファンの顔なんて覚えてないって話よ」
金田と雛形が顔を近づけて いがみ合う。
八木がハンカチで汗を拭いて、
「まあ とにかく、高木くんのギターが見つかって、本当に良かったわ。ねえ、高木くん、井岡くん、早川くん、これで、シャンデリア・ナイトに参加してくれるでしょう?」
三人は箸を止めて、お互いの顔を見て、照れたように、
「ま、まあ、そうだな。親父の形見のギターを見つけてもらって、出ないというのも、なんだから、参加するよ」
走って行って、金田が高木の肩に腕を回す。
「ホントか! よーし、よーし、これでC組のシャンデリア・ナイト開催まで、一歩近づいた!」
その腕を嫌がって、高木が体をそらしながら、
「ところで俺のギターを盗んだのって、どこのどいつだったんだ?」
ふっふっふと金田は不敵な笑みを浮かべて、
「知りたいか、高木。お前のギターを盗んだ犯人は」
「ダメ―!」とみんな両手を伸ばして金田の口をふさぐ。
そんな屋上の喧騒が遠く聞こえる、旧校舎の窓の一つに、九条修二郎の姿が。
ズボンのポケットに手を入れて、窓辺から離れる九条、いかにも不機嫌そうに髪をかき上げ、ガラガラと引き戸をひいて廊下へ出る。
「あら、九条くんじゃない。こんな時間に旧校舎をうろついて、何をしているのかしら?」
じろりと校長の顔を見て、「別に」と九条はそのまま相手に背を向ける。
校長は尚も壁に寄り掛かって、ゆっくりと腕を組んで、
「金田くんたち、高木くんのギターを見つけたそうね」
一瞬だけ立ち止まって、またゆっくりと歩き出す。
「そうみたいっスね」
埃が漂う木造の廊下に、短い沈黙が流れる。
「ギターを盗んだのは、聖教高校二年生の加藤安成。担任の先生によると、彼は裕福な家庭に育っていて、お金に不自由はなく、他人の物を盗むタイプではなかったそうよ」
「…………………」
壁から離れて、カツカツとヒールの音を立てて歩き出す校長。
「もしかしたら、誰かが彼を脅迫して、高木くんのギターを盗むよう指示したんじゃないかしら?」
いつもの癖で、オールバックの髪を掻き上げて、ちっと九条は舌打ちする。
「校長先生。俺、そんなヤツ知らないっスよ。たかがギターが盗まれたくらいで、他校の学生を根掘り葉掘り調べるなんて、校長先生って、よっぽど暇なんスね」
校長は目を大きくして、
「たかがって、こら、ちょっと九条くん、まだ話が」
九条は近くの窓を開けてそこから外へ飛び降りる。
「く、九条くん! ここは三階!」
急いで校長が窓から顔を出すと、そこには使われていない焼却炉が見えるだけだった。
「ん もう、また逃げられた。こんな美人な校長から逃げ回るって、どうなのかしら!」
「え? ウソ、本当?」
驚いた里子の声が、病院の談話室に響く。
「信じられねえだろ? でも、本当なんだ。じゃじゃーん、携帯電話で写真を撮った」
大きな窓から夕陽が差し込み、二人の横顔を朱色に染める。
「見せて 見せて」
里子が金田の隣に移動する。
「わ、本当だ。よく撮れてる」
テーブルの上には、『とんとん拍子』の袋が口を開けていた。
「俺、二回も倉木アイスと目が合ったんだぜ。手を振ったら、こっちを見てくれた」
里子は携帯電話を色々に操作しながら、
「本当に? いいなあ、あたしもライブ観たかったな」
そこで金田はピンク色の入院着を見て、
「あ、わりぃ、里子は入院中だもんな。なんか、見せびらかすような事してごめん」
大きく前髪を振って、
「ううん、ぜんぜん、おみやげ話を聞いているだけであたし十分楽しいから」
金田はカバンに手を入れて、「あとコレな」と写真集『倉木☆アイスみるく』を取り出す。
「わあ、うれしい。覚えていてくれたんだ」
「ったりめーだ。倉木アイスファンクラブ一番と二番だ。俺たちは運命の絆で結ばれている。
あ、そうだ! いつかさ、二人で倉木アイスのコンサートへ行こうぜ!」
金田は立ち上がって、右手をふり上げる。
「え?」
「連れて行ってやるよ、俺! 里子は そうだな、車イスに座っているだけでいい。俺がコンサートホールまで押して行ってやるよ。な、そうしよ」
里子は少しうつむいて、笑いそうで 笑わない、微妙な表情を見せて、
「うん、考えておく」
すると近くの廊下を年配の看護師が通り掛かって、
「あ、八木さん、ここにいたんだ。回診 始まっているよ」
腕時計を見て、あわてて金田は立ち上がる。
「あー、また話に夢中になっちゃった。じゃあな、里子、次はサイン入りデビューシングルを持って来てやる。また来るからな」
看護師が見ている前で 右手を上げて走って行く金田。
「いいねえ、若いって」
そんな言葉を残して、看護師は同僚を見つけて走って行く。
ビニール袋と写真集を手にして、ゆっくりと廊下へ顔を出す里子、そのすぐ近くの壁に変装をした倉木の姿が。
「里子ちゃん」
ギクッとして、体をこわばらせる里子、呼ばれた相手を見る事が出来ない。
「こっそり金田くんと会っているなんて、一体なにを考えているの。私たちの事がバレたらどうするつもりなの」
倉木の口調は強かった。
「ごめんなさい。ホントにごめんなさい」と里子は小さく頭を下げて、
「あたし、金田くんが会いに来てくれる事が本当にうれしくて、つい」
深いため息をついて、首を横へ振る倉木。
「まあ 彼に後をつけられて、こうなってしまったのは、私の責任でもあるから、あまり強くは言えないけど。でも、ハッキリ言っておくわ。こういうのは良くない。金田くんがここへ来るのは リスクが高すぎる」
写真集を持つ手が細かく震える。
「分かっています。分かっています。倉木さんに無理なお願いをして、その願いを叶えてもらっているのに、自らその願いを壊すような危険な行動をとって」
追い詰められて、目を見ひらく里子、それでもなお、
「でも、金田くんとの事は、目をつむってもらえませんか? あたし何とかうまくやります。彼には絶対に秘密がバレないようにします。だから」
はあ と再び倉木はため息をついて、
「そこまで言われたら、これ以上 私は何も言えないけど。でも、先輩から一言 忠告させてもらうわ。恋は、冷静な判断力を奪う」
里子は額に冷や汗を見せて、顔面蒼白の表情で、またゆっくりと歩き出す。
「ご忠告、ありがとうございます」
写真の現像を行うような、真っ暗な暗室、そこへタブレット端末の四角いディスプレイの明かりが 不気味に天井を照らす。
「ハ、ハルキ様、お望みの衣装を買ってきましゅた。どうでしゅか」
四角いタブレットの画面に、長髪のイケメンが映し出される。
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「キャー、ハルキ様、そんなにのり子の姿が見たいでしゅか?」
少女は歓声を上げて、タブレットの前で婦警さんの衣装を披露する。
『のり子、思った通りだ。とても似合っているよ』
「う、うれしいでしゅ、もっと、もっと、言ってくだしゃい」
『ダメだよ、これ以上は言えない』
「な、なんででしゅかー! もっと、もっと」
両手を胸に当てて、少女はお尻をフリフリする。
『どうしてか。それは君が、シャンデリア・ナイトに出るというのだから、僕はもう、これ以上』
「な、なにを言っているでしゅか。大丈夫でしゅよ、私は、ハルキ様が大っ嫌いなシャンデリア・ナイトなんて、絶対に出ましぇん」
タブレットから、不気味な低い声が流れる。
『本当かい? では、もう一回 言うよ、今夜の君は、とてもよく似合っている』
「キャー、うれしい、もう、死んでもいい」
暗い部屋の中で、少女は天にも昇る思いで飛び回る。
『のり子、君は絶対に、シャンデリア・ナイトになんかに、参加してはいけないよ。約束だからね』
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