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最っ低限の仕事
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青い空、白いビーチ、海風に揺れる赤いハイビスカス。
真夏の日差しを受け、倉木アイスは、五〇〇ミリリットルのペットボトルを一気に飲み干して、
「瞬間冷却、夏はやっぱり、マイ・リトル・サイダーだね」
砂のついた顔で、とびきりの笑顔。からの、五秒間の沈黙。
「はいカット」
「オッケーでーす」
撮影スタッフが走って来て、倉木をうちわであおぐ。
「はい、お疲れ様ー」
スタジオ内に作られた浜辺のセット、その外から、CMプロデューサー別所浩二がゆっくり歩いて来る。
「さすがだねー倉木ちゃん、今の演技 完璧だったよ。一発オーケーって、なかなかないんだけどね」
「いえいえ、そんな」
フェイスタオルから顔を上げて、謙遜して見せる倉木。
「休養宣言出しているから、もうてっきり具合が悪いんじゃないかと思っていたんだけど、なんともないみたいだね」
清潔感ある口髭に、大きな二重まぶたを見せる別所、数々のモデルと浮き名を流した彼は、ここでも倉木の肩に手を置く。
「すいません、うちの倉木がご心配お掛けしまして」と間に割って入るのは、倉木のマネージャー、田淵ありさ。老獪そうな笑顔を作って彼に近づく。
「今回みたいなCMの撮影は、倉木 大歓迎でございまーす。休養宣言といっても、仕事をセーブするという意味でして、ドラマやツアーなど、ハードな仕事だけお休み頂いてまーす」
四十過ぎの、強烈なウインクから顔を反らして、別所、
「そ、そうでしたか。それじゃ、みんなが心配するほどではなかったようですね」
「そーなんですよー。この子、なんでも大げさで」
ムッとして、マネージャーの横面を見る倉木。
別所はカラッとしたドライな笑顔を見せて、
「でしたら、倉木さんには、マイ・リトル・サイダーの顔になってもらいましょうかね。僕の勘では、このCMは当たりますよ。明日にも芸能ニュースになって、巷を騒がせる事でしょう。なんたって、倉木ちゃんの休養宣言後 一発目の仕事ですからね」とそこで片目をつむって、
「この際、ほかのCMには出演しないで下さいよ? なんたって倉木ちゃんは 今、謎が多くて、話題性があって、とてもレア度が高いですからね」
スタッフの間で笑いが起こる。
「承知いたしましたー。それでしたら、別所さんの次のお仕事にもお供させて頂きます。ほーら倉木、あんたもなんとかいいなさい」
無理やりの笑顔を作って、倉木、
「よ、よろしくお願いします」
都内某所の撮影スタジオ、その廊下を歩いて行くと、『倉木アイス様』と書かれた楽屋のドアが目に付く。
「ん もう、なんでもっと愛想よくできないわけ? あたしがどれだけ苦労して仕事とって来ていると思っているの?」
丸めた台本でぺしぺしテーブルを叩く田淵、
「自分勝手に休養宣言出して、明日から私は女子高生です、じゃないよ まったく。これからも今夜みたいに、最っ低限の仕事はしてもらうからね」
鏡の前に座って、渡された色紙にサインを書きながら、倉木、
「体調不良とか、変なこと言ったの、誰? 私はただ、一年間お休みを頂きますって言っただけなのに。それなのに、訳も分からずみんなから心配されて、変に気を使われて。これって風評被害よ」
「んだと?」と田淵が倉木の背中に立つ。
「売れっ子が何の理由もなく休養宣言出せないっちゅーの。仕事をお断りするんだから、体の一つや二つ、壊したって事にしなければ、世の中通らないって」
倉木はマジックペンのキャップを閉めて、
「一つや二つって。人の体をなんだと思っているの」
どっかりとソファに腰掛けて、大きく足を組んで、田淵、ペラペラと手帳をめくりながら、
「えーと、この調子で今月は、アウトドア雑誌『野宿天国』の表紙の撮影、日の丸化粧品のCM、それからアニメ映画『ガリバー船長とたくみの日記』のえり子役の声優、と。こんな所かな。取材、インタビューはすべて断ったから、ありがたく思え」
小さなため息が聞こえる。
「これが休養宣言を出している人の仕事かしら」
廊下からスタッフたちの談笑が聞こえて来る。
田淵は禁煙パイポをくわえて、遠い目をして、
「ねえ 倉木。あんた、本当にどうしちゃったんだよ。突然 母校に転校するだなんて 突拍子もない事を言い出して。こっちは何バカな事を言ってんだって、相手にしていなかったら、本当に母校に転校しちゃうし。普通じゃないよ そんなの。あんたどれだけ周りに迷惑をかけたと思っているの。事務所や、クライアントだけじゃない。一時は芸能界全体が揺らいだ。億の金が動いたってうちの社長が言っていた。
ねえ どうして? 理由くらい聞かせてよ。どうして倉木アイスは別人に成りすましてまで母校に潜入しなければならなかったの?」
倉木は鏡の中の自分と向き合う。
「誰の差し金? 天海景子?」
「その話は」と倉木、ぎゅっと唇をかんで、
「その話は、もう少し待って。後でちゃんとマネージャーにも話すから」
田淵はドンと背もたれに背中をつけて、そのまま天井を仰いで、
「男?」
がばっと倉木が振り返る。
「そんな、浮ついたものじゃない。そんなんじゃなくて、ある人の夢、その夢を叶えるため、私はこの一年間を捧げるの」
田淵は手を前に出して、一つ一つマニキュアを確かめながら、
「恋愛に夢中になっているヤツって、みんなそんなような事を口にするんだよねー。
ま、ここまで来たら、もう取り返しがつかないからね。あんたが子供の頃からずっと憧れていた映画の主演だって、ずいぶん先まで遠のいた」
視線を下げる倉木。
「とにかく頑張りな。なんだか知らないけど、その誰かの夢を叶えるために。
あ、そうだ。ねえ ちょっと小耳に挟んだんだけど、あんたが転校したクラスって、結構ヤバいらしいじゃない。開校以来、最低の落ちこぼれクラスなんだって? あんたと同じ卒業生のハタちゃん、この間 ドラマの撮影現場で会ったけど、なんかボヤいていたな。校則だって、平気で破っているって」
『あー、あったな、そんなくだらない校則。まったくくだらねえ』
半笑いの九条の横顔が倉木の頭に浮かぶ。
『それじゃ、この先C組に待っているのは地獄だけですね』
倉木は小さなため息をついて、
「そうね。いまのC組は、私らの時から考えれば、相当ヤバいかも。あんなやる気のないクラスは、今まで見たことがない。まさに落ちこぼれのクラス。
でも、あの 鬼才の天海さんが、あれだけC組を気にかけているって事は、あの子たちにはきっと何か光るモノがある」
たばこを取り出して、それを見つめて、チッと舌打ちをする田淵。
「にしてもさ、そのC組の教室には、大人気アイドル、倉木アイスがいるんだろ? いくら変装をしているとは言え、本当に誰一人気が付かないのかねー」
『八木ってさ、なんか見た目からして、ダンスってツラじゃないし、本当にうちのハイレベルな授業について行ける?』
今度は金田の人を馬鹿にしたような顔が頭に浮かぶ。
「クラスのみんなは 私の事を 地味なメガネ女子が転校して来たくらいにしか思っていない。私の大ファンだって、まったく気が付かないんだから」
「大ファン?」
『倉木アイスの出身校に入学すれば、なんか、少しでも彼女に近づける気がして』
くすりと笑って、倉木は顔を上げる。
「こっちの話」
田淵はあっと言って、大きく指を鳴らして、
「おー そーだ そーだ。だったらさあ、今あんたがやっている事、局のプロデューサーに言って、密着ドキュメンタリードラマにしてもらわない? そうだそうだ、その方がこの一年のブランクが無駄にならない」
倉木は目を閉じて首を横に振って、
「ちょっと田淵さーん、私は本気なんだから、変な茶々を入れないでください」
「だって、倉木アイスという大人気アイドルは、いまが旬。この一年、ただただ棒に振るのは勿体なさ過ぎる。なんでもいいから、売れるものは売ってしまいたい。ファンから一円でもお金を絞り取りたい」
倉木はこめかみに指を当てて、
「田淵さんには、絶対にリボルチオーネ高校に来てほしくないわ。いまの言葉、うちの学生たちに絶対聞かせたくない」
「あん?」
しばらくして、倉木らが あちこちに挨拶をしながら楽屋から出て来た。そしてスタジオの長い廊下を歩いていると、その先で誰かが壁に寄り掛かっているのが見えた。
「? どっかで見たような」
顔を突き出して、田淵が目を細める。
赤や黄色といった、蛍光色のアイラインが印象的な、その女性は、近づいて来る二人を確認するや否や、腕を組んで廊下へ立ちふさがる。
「ずいぶんと、世間を騒がせているみたいね、倉木アイス」
ハッとした田淵が、「ゆんゆ」と相手の名前を口にする。
きれいに耳の所でしばった髪をゆさゆさと揺らして、ゆんゆ、
「体調不良とか なんとか言って、実は案外ピンピンしているじゃない? このうそつき」
「?」
まばたきを繰り返して、倉木は相手の顔を眺める。
「休養宣言を出したのなら、おとなしく家で休んでなさいっての。それを、よりによって、あたしのCMにまで手を出しやがって」
田淵はあーと言って、肩をすくめる。
「これはあたしがやっと取った仕事なの。それを平気で横取りして、あんたなに考えているの? どうせ別所さんに色目でも使ったんでしょう」
バラエティーアイドル、ゆんゆ。彼女は現在 お笑い番組で露出度が高く、図々しいキャラとして一部のファンを獲得中、芸人から小馬鹿にされる反面、帰国子女とあって、英語がペラペラというのも最近話題になっている。
「色仕掛けは、あんたのオハコだろ」と田淵、ボリボリと頭を掻きながら、
「仕事一つ取られたくらいでギャーギャーわめくなっての。アイドル産業は実力世界、人気がすべて。悔しかったら、CMを取り返してみろ、バーカ」
それを聞いてゆんゆ、尖った爪を鋭く見せて、
「キーッ、何なのよ あんた。誰もが(あたしの事を)気づかって言わない言葉を こんなにハッキリと言いやがって。今に見ていなさい、絶対にあんたよりテレビに出て、人気者になってやる! あんたがのん気に休養宣言を出している間にね!」
そう言ってゆんゆは ぷんすか怒って大股で立ち去って行く。と、そこへ突然楽屋のドアが開いて、彼女は全身を強く打った。出て来たスタッフから大きく頭を下げられ、いい、いい、なんでもないとまた大股で歩き出す。
「ったく、あんな対抗心むき出しで見苦しいアイドルもめずらしいよ。あんなのがうちの事務所に来なくてホントよかった。
倉木、気にしないでいいからな。ああいうのを炎上商法って言うんだ」
倉木はいつまでもゆんゆの後を見送って、
「今の人、誰?」
バタンと田淵は廊下に倒れる。
真夏の日差しを受け、倉木アイスは、五〇〇ミリリットルのペットボトルを一気に飲み干して、
「瞬間冷却、夏はやっぱり、マイ・リトル・サイダーだね」
砂のついた顔で、とびきりの笑顔。からの、五秒間の沈黙。
「はいカット」
「オッケーでーす」
撮影スタッフが走って来て、倉木をうちわであおぐ。
「はい、お疲れ様ー」
スタジオ内に作られた浜辺のセット、その外から、CMプロデューサー別所浩二がゆっくり歩いて来る。
「さすがだねー倉木ちゃん、今の演技 完璧だったよ。一発オーケーって、なかなかないんだけどね」
「いえいえ、そんな」
フェイスタオルから顔を上げて、謙遜して見せる倉木。
「休養宣言出しているから、もうてっきり具合が悪いんじゃないかと思っていたんだけど、なんともないみたいだね」
清潔感ある口髭に、大きな二重まぶたを見せる別所、数々のモデルと浮き名を流した彼は、ここでも倉木の肩に手を置く。
「すいません、うちの倉木がご心配お掛けしまして」と間に割って入るのは、倉木のマネージャー、田淵ありさ。老獪そうな笑顔を作って彼に近づく。
「今回みたいなCMの撮影は、倉木 大歓迎でございまーす。休養宣言といっても、仕事をセーブするという意味でして、ドラマやツアーなど、ハードな仕事だけお休み頂いてまーす」
四十過ぎの、強烈なウインクから顔を反らして、別所、
「そ、そうでしたか。それじゃ、みんなが心配するほどではなかったようですね」
「そーなんですよー。この子、なんでも大げさで」
ムッとして、マネージャーの横面を見る倉木。
別所はカラッとしたドライな笑顔を見せて、
「でしたら、倉木さんには、マイ・リトル・サイダーの顔になってもらいましょうかね。僕の勘では、このCMは当たりますよ。明日にも芸能ニュースになって、巷を騒がせる事でしょう。なんたって、倉木ちゃんの休養宣言後 一発目の仕事ですからね」とそこで片目をつむって、
「この際、ほかのCMには出演しないで下さいよ? なんたって倉木ちゃんは 今、謎が多くて、話題性があって、とてもレア度が高いですからね」
スタッフの間で笑いが起こる。
「承知いたしましたー。それでしたら、別所さんの次のお仕事にもお供させて頂きます。ほーら倉木、あんたもなんとかいいなさい」
無理やりの笑顔を作って、倉木、
「よ、よろしくお願いします」
都内某所の撮影スタジオ、その廊下を歩いて行くと、『倉木アイス様』と書かれた楽屋のドアが目に付く。
「ん もう、なんでもっと愛想よくできないわけ? あたしがどれだけ苦労して仕事とって来ていると思っているの?」
丸めた台本でぺしぺしテーブルを叩く田淵、
「自分勝手に休養宣言出して、明日から私は女子高生です、じゃないよ まったく。これからも今夜みたいに、最っ低限の仕事はしてもらうからね」
鏡の前に座って、渡された色紙にサインを書きながら、倉木、
「体調不良とか、変なこと言ったの、誰? 私はただ、一年間お休みを頂きますって言っただけなのに。それなのに、訳も分からずみんなから心配されて、変に気を使われて。これって風評被害よ」
「んだと?」と田淵が倉木の背中に立つ。
「売れっ子が何の理由もなく休養宣言出せないっちゅーの。仕事をお断りするんだから、体の一つや二つ、壊したって事にしなければ、世の中通らないって」
倉木はマジックペンのキャップを閉めて、
「一つや二つって。人の体をなんだと思っているの」
どっかりとソファに腰掛けて、大きく足を組んで、田淵、ペラペラと手帳をめくりながら、
「えーと、この調子で今月は、アウトドア雑誌『野宿天国』の表紙の撮影、日の丸化粧品のCM、それからアニメ映画『ガリバー船長とたくみの日記』のえり子役の声優、と。こんな所かな。取材、インタビューはすべて断ったから、ありがたく思え」
小さなため息が聞こえる。
「これが休養宣言を出している人の仕事かしら」
廊下からスタッフたちの談笑が聞こえて来る。
田淵は禁煙パイポをくわえて、遠い目をして、
「ねえ 倉木。あんた、本当にどうしちゃったんだよ。突然 母校に転校するだなんて 突拍子もない事を言い出して。こっちは何バカな事を言ってんだって、相手にしていなかったら、本当に母校に転校しちゃうし。普通じゃないよ そんなの。あんたどれだけ周りに迷惑をかけたと思っているの。事務所や、クライアントだけじゃない。一時は芸能界全体が揺らいだ。億の金が動いたってうちの社長が言っていた。
ねえ どうして? 理由くらい聞かせてよ。どうして倉木アイスは別人に成りすましてまで母校に潜入しなければならなかったの?」
倉木は鏡の中の自分と向き合う。
「誰の差し金? 天海景子?」
「その話は」と倉木、ぎゅっと唇をかんで、
「その話は、もう少し待って。後でちゃんとマネージャーにも話すから」
田淵はドンと背もたれに背中をつけて、そのまま天井を仰いで、
「男?」
がばっと倉木が振り返る。
「そんな、浮ついたものじゃない。そんなんじゃなくて、ある人の夢、その夢を叶えるため、私はこの一年間を捧げるの」
田淵は手を前に出して、一つ一つマニキュアを確かめながら、
「恋愛に夢中になっているヤツって、みんなそんなような事を口にするんだよねー。
ま、ここまで来たら、もう取り返しがつかないからね。あんたが子供の頃からずっと憧れていた映画の主演だって、ずいぶん先まで遠のいた」
視線を下げる倉木。
「とにかく頑張りな。なんだか知らないけど、その誰かの夢を叶えるために。
あ、そうだ。ねえ ちょっと小耳に挟んだんだけど、あんたが転校したクラスって、結構ヤバいらしいじゃない。開校以来、最低の落ちこぼれクラスなんだって? あんたと同じ卒業生のハタちゃん、この間 ドラマの撮影現場で会ったけど、なんかボヤいていたな。校則だって、平気で破っているって」
『あー、あったな、そんなくだらない校則。まったくくだらねえ』
半笑いの九条の横顔が倉木の頭に浮かぶ。
『それじゃ、この先C組に待っているのは地獄だけですね』
倉木は小さなため息をついて、
「そうね。いまのC組は、私らの時から考えれば、相当ヤバいかも。あんなやる気のないクラスは、今まで見たことがない。まさに落ちこぼれのクラス。
でも、あの 鬼才の天海さんが、あれだけC組を気にかけているって事は、あの子たちにはきっと何か光るモノがある」
たばこを取り出して、それを見つめて、チッと舌打ちをする田淵。
「にしてもさ、そのC組の教室には、大人気アイドル、倉木アイスがいるんだろ? いくら変装をしているとは言え、本当に誰一人気が付かないのかねー」
『八木ってさ、なんか見た目からして、ダンスってツラじゃないし、本当にうちのハイレベルな授業について行ける?』
今度は金田の人を馬鹿にしたような顔が頭に浮かぶ。
「クラスのみんなは 私の事を 地味なメガネ女子が転校して来たくらいにしか思っていない。私の大ファンだって、まったく気が付かないんだから」
「大ファン?」
『倉木アイスの出身校に入学すれば、なんか、少しでも彼女に近づける気がして』
くすりと笑って、倉木は顔を上げる。
「こっちの話」
田淵はあっと言って、大きく指を鳴らして、
「おー そーだ そーだ。だったらさあ、今あんたがやっている事、局のプロデューサーに言って、密着ドキュメンタリードラマにしてもらわない? そうだそうだ、その方がこの一年のブランクが無駄にならない」
倉木は目を閉じて首を横に振って、
「ちょっと田淵さーん、私は本気なんだから、変な茶々を入れないでください」
「だって、倉木アイスという大人気アイドルは、いまが旬。この一年、ただただ棒に振るのは勿体なさ過ぎる。なんでもいいから、売れるものは売ってしまいたい。ファンから一円でもお金を絞り取りたい」
倉木はこめかみに指を当てて、
「田淵さんには、絶対にリボルチオーネ高校に来てほしくないわ。いまの言葉、うちの学生たちに絶対聞かせたくない」
「あん?」
しばらくして、倉木らが あちこちに挨拶をしながら楽屋から出て来た。そしてスタジオの長い廊下を歩いていると、その先で誰かが壁に寄り掛かっているのが見えた。
「? どっかで見たような」
顔を突き出して、田淵が目を細める。
赤や黄色といった、蛍光色のアイラインが印象的な、その女性は、近づいて来る二人を確認するや否や、腕を組んで廊下へ立ちふさがる。
「ずいぶんと、世間を騒がせているみたいね、倉木アイス」
ハッとした田淵が、「ゆんゆ」と相手の名前を口にする。
きれいに耳の所でしばった髪をゆさゆさと揺らして、ゆんゆ、
「体調不良とか なんとか言って、実は案外ピンピンしているじゃない? このうそつき」
「?」
まばたきを繰り返して、倉木は相手の顔を眺める。
「休養宣言を出したのなら、おとなしく家で休んでなさいっての。それを、よりによって、あたしのCMにまで手を出しやがって」
田淵はあーと言って、肩をすくめる。
「これはあたしがやっと取った仕事なの。それを平気で横取りして、あんたなに考えているの? どうせ別所さんに色目でも使ったんでしょう」
バラエティーアイドル、ゆんゆ。彼女は現在 お笑い番組で露出度が高く、図々しいキャラとして一部のファンを獲得中、芸人から小馬鹿にされる反面、帰国子女とあって、英語がペラペラというのも最近話題になっている。
「色仕掛けは、あんたのオハコだろ」と田淵、ボリボリと頭を掻きながら、
「仕事一つ取られたくらいでギャーギャーわめくなっての。アイドル産業は実力世界、人気がすべて。悔しかったら、CMを取り返してみろ、バーカ」
それを聞いてゆんゆ、尖った爪を鋭く見せて、
「キーッ、何なのよ あんた。誰もが(あたしの事を)気づかって言わない言葉を こんなにハッキリと言いやがって。今に見ていなさい、絶対にあんたよりテレビに出て、人気者になってやる! あんたがのん気に休養宣言を出している間にね!」
そう言ってゆんゆは ぷんすか怒って大股で立ち去って行く。と、そこへ突然楽屋のドアが開いて、彼女は全身を強く打った。出て来たスタッフから大きく頭を下げられ、いい、いい、なんでもないとまた大股で歩き出す。
「ったく、あんな対抗心むき出しで見苦しいアイドルもめずらしいよ。あんなのがうちの事務所に来なくてホントよかった。
倉木、気にしないでいいからな。ああいうのを炎上商法って言うんだ」
倉木はいつまでもゆんゆの後を見送って、
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バタンと田淵は廊下に倒れる。
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