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たかし君の忘れ物
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子供の頃に 聞いた話で、いつまでも忘れられない話というものがある。
それは私の通っていた小学校で起きた、身の毛もよだつ恐怖体験だ。
私の母校には、たかし君という、当時小学五年生の男の子がいた。
たかし君は学校の教室に教科書を忘れて、それを取りに夕焼け空に向かって走っていた。
明日は算数のテスト、そのテストの勉強には、当然その教科書が必要だった。
最近のたかし君はと言えば、カードゲームに夢中になって、勉強などほったらかしの状態だった。友達の家へ行ってはカードゲームをして、家へ帰ってはカードゲームをして、それを連日くり返した結果、気が付いた時にはテストで0点をとっていた。担任の先生からの連絡を受け、その事を深刻に受け止めた父は、直ちにたかし君を目の前に正座させた。
「おい たかし! お前は勉強もしないで何をやっている! 父さんはお前が勉強をしている姿を見た事がない。勉強もしないでテストで点がとれるわけがない。もしもお前が勉強もしないで次のテストで悪い点を取るような事があれば、お前が最近夢中になっているカードを全て燃やしてやる!」
たかし君は、自分の尻に火が点いたと思った。ヤバいと思った。父は絵に描いたような勇敢な消防士で、規律には厳しく、何事も有言実行の男であった。もしも明日の算数のテストで悪い点を取れば、確実に大切なカードが燃やされてしまう。
そんなわけでたかし君は、算数の教科書を取りに学校の玄関までやって来た。
グラウンドの遊具に長い影が伸びていた。三階建ての校舎にオレンジ色の夕陽がべっとりと当たっていた。正面玄関は、当然の事ながら鍵が掛かっていた。たかし君は、どこでもいいから学校に入ろうと思って、あちこちの戸を確認して回って、先生用の玄関の戸が開いているのを発見した。
しめたと思い、たかし君は先生用の玄関から学校へ入り、バタバタと足を振って靴を脱ぎ、誰もいない学校の廊下を走って行った。
誰もいない、と言っても、教員室には誰かしら先生がいるはずだったが、この時のたかし君は、どうせ教科書を取って帰るだけの事だから、すぐに終わると思い、先生には黙って階段を上って行った。
廊下に顔を出すと、窓からの夕陽によって、床、壁、天井、それらすべてがオレンジ色に染まっていた。急いで教室へ飛び込んで、自分の机の中に手を入れるたかし君、目的の教科書はすぐに見つかった。
「あったあった、バカだなオレ、テスト勉強に教科書を忘れるなんて」
たかし君は、これで明日のテスト勉強が出来ると、ホッと安堵の胸をなでおろした。
と、その時、背中に誰かの視線を感じた。
「?」
後ろをふり返ると、教室の窓からおかっぱ頭の少女が顔を出していた。窓台に頬杖を突いて、ニコニコとたかし君の事を眺めている。
「ビックリしたぁ、だーれ?」
「…………………」
少女は何も答えず、ただほほ笑みを浮かべていた。
「?」
たかし君は、その女の子の顔に見覚えがなかった。クラスの子でもなければ、下級生の子でもなかった。
「ほかの学校の、子かな?」
そう首をひねって、教科書を手に教室から出ようとした所で、たかし君はある事に気が付いた。
「あれ? ここって、三階」
教室の窓から顔を出している少女は、三階という高い位置から、外から教室に向かって顔を出している事になる。
「え」
慌ててたかし君が窓の方をふり返ると、それよりも少し先に、『ゴン』と床に何か重い物が落ちる音がした。
「なになに」
さっきの窓に女の子の姿はない。その代わりに、教室のあちこちを、上半身だけの少女が両ひじを使って這いずり回っていた。
「ひぃぃいいぃぃぃ!」
恐怖におののいて、尻もちをつくたかし君、そこへ床を這う女の子が、「ひひひ」と笑いながら、どんどんたかし君の所へ近づいて来る。
「ひぃぃ!」
なりふり構わずその場から逃げ出すたかし君、転んだり、ぶつかったり、階段から転げ落ちたり、しながら、真っ青な顔をして学校から飛び出して行った。
この話を聞いてからというもの、私は放課後の教室に残れなくなった。
それは私の通っていた小学校で起きた、身の毛もよだつ恐怖体験だ。
私の母校には、たかし君という、当時小学五年生の男の子がいた。
たかし君は学校の教室に教科書を忘れて、それを取りに夕焼け空に向かって走っていた。
明日は算数のテスト、そのテストの勉強には、当然その教科書が必要だった。
最近のたかし君はと言えば、カードゲームに夢中になって、勉強などほったらかしの状態だった。友達の家へ行ってはカードゲームをして、家へ帰ってはカードゲームをして、それを連日くり返した結果、気が付いた時にはテストで0点をとっていた。担任の先生からの連絡を受け、その事を深刻に受け止めた父は、直ちにたかし君を目の前に正座させた。
「おい たかし! お前は勉強もしないで何をやっている! 父さんはお前が勉強をしている姿を見た事がない。勉強もしないでテストで点がとれるわけがない。もしもお前が勉強もしないで次のテストで悪い点を取るような事があれば、お前が最近夢中になっているカードを全て燃やしてやる!」
たかし君は、自分の尻に火が点いたと思った。ヤバいと思った。父は絵に描いたような勇敢な消防士で、規律には厳しく、何事も有言実行の男であった。もしも明日の算数のテストで悪い点を取れば、確実に大切なカードが燃やされてしまう。
そんなわけでたかし君は、算数の教科書を取りに学校の玄関までやって来た。
グラウンドの遊具に長い影が伸びていた。三階建ての校舎にオレンジ色の夕陽がべっとりと当たっていた。正面玄関は、当然の事ながら鍵が掛かっていた。たかし君は、どこでもいいから学校に入ろうと思って、あちこちの戸を確認して回って、先生用の玄関の戸が開いているのを発見した。
しめたと思い、たかし君は先生用の玄関から学校へ入り、バタバタと足を振って靴を脱ぎ、誰もいない学校の廊下を走って行った。
誰もいない、と言っても、教員室には誰かしら先生がいるはずだったが、この時のたかし君は、どうせ教科書を取って帰るだけの事だから、すぐに終わると思い、先生には黙って階段を上って行った。
廊下に顔を出すと、窓からの夕陽によって、床、壁、天井、それらすべてがオレンジ色に染まっていた。急いで教室へ飛び込んで、自分の机の中に手を入れるたかし君、目的の教科書はすぐに見つかった。
「あったあった、バカだなオレ、テスト勉強に教科書を忘れるなんて」
たかし君は、これで明日のテスト勉強が出来ると、ホッと安堵の胸をなでおろした。
と、その時、背中に誰かの視線を感じた。
「?」
後ろをふり返ると、教室の窓からおかっぱ頭の少女が顔を出していた。窓台に頬杖を突いて、ニコニコとたかし君の事を眺めている。
「ビックリしたぁ、だーれ?」
「…………………」
少女は何も答えず、ただほほ笑みを浮かべていた。
「?」
たかし君は、その女の子の顔に見覚えがなかった。クラスの子でもなければ、下級生の子でもなかった。
「ほかの学校の、子かな?」
そう首をひねって、教科書を手に教室から出ようとした所で、たかし君はある事に気が付いた。
「あれ? ここって、三階」
教室の窓から顔を出している少女は、三階という高い位置から、外から教室に向かって顔を出している事になる。
「え」
慌ててたかし君が窓の方をふり返ると、それよりも少し先に、『ゴン』と床に何か重い物が落ちる音がした。
「なになに」
さっきの窓に女の子の姿はない。その代わりに、教室のあちこちを、上半身だけの少女が両ひじを使って這いずり回っていた。
「ひぃぃいいぃぃぃ!」
恐怖におののいて、尻もちをつくたかし君、そこへ床を這う女の子が、「ひひひ」と笑いながら、どんどんたかし君の所へ近づいて来る。
「ひぃぃ!」
なりふり構わずその場から逃げ出すたかし君、転んだり、ぶつかったり、階段から転げ落ちたり、しながら、真っ青な顔をして学校から飛び出して行った。
この話を聞いてからというもの、私は放課後の教室に残れなくなった。
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