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なぜ私が心霊スポットへ行かなくなったのか
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私が東京にいた頃、今よりもっと『ノリ』が良かった。
『ノリ』という言葉一つで、いきなり横浜は山下公園の夜景を見に行ったり、『ノリ』という言葉一つで、富士山を弾丸登山して高山病に罹ったり、とにかくあの頃の私は破天荒だった。
その頃の私の仲間も また、『ノリ』が良かった。夏になれば みんな妙にソワソワして、夜になれば 部屋になんかじっとしていられなくて、用もないのにコンビニの駐車場にたむろして、バカな話で盛り上がっていた。
そんな時には決まって、誰かがこう切り出す。
「今夜は どこの心霊スポットへ行く?」
当時 我々の間では、各地の心霊スポットへ行く事が一つのブームになっていた。車からボロボロの雑誌を持ち出して、心霊スポットの特集のページを開いては、あーだ こーだ言って目的地を決める。
「赤水門は、この間 行ったし、今回は吹上トンネルだな」
吹上トンネルとは、最強心霊スポットと呼び声が高い、青梅市にある 有名なお化けトンネルだ。ホラー映画やオカルト番組のロケ地としても たびたび使用されている。我々はさっそく車を走らせ、夜の青梅街道を西へと進み、新吹上トンネルの手前に到着した。
「なんだ、観光客でいっぱいだ」
仲間の一人が、トンネル近くに駐車された車の数をかぞえた。その訪れる人の多さに、私は心霊スポットの怖さが薄れる思いがした。
旧旧吹上トンネルまでは、普通に歩いて行けた。黒沢口の手前に、昔 居酒屋があって、そこでおばあちゃんとお嫁さんが物取りに殺された事件があった。その廃墟の中を懐中電灯で照らす。
「あまり、怖いって感じはないな。なんでだろう」
道の先から人が歩いて来る。
「こんばんは。どうでした?」
「まあ、普通でしたよ」
登山客が登山道でする会話のようだった。
旧旧吹上トンネル内に入って、懐中電灯で色々な所を照らした。
「水滴、すごいな」
「気をつけろ、下に水が溜まっている」
あっという間に、トンネルの向こう側へ出てしまった。
「なあ、次に来る人たちをおどかさない?」
仲間の一人が悪ふざけを思いついた。我々はそれに乗っかり、真っ暗なトンネル内で息をひそめる。
「来た 来た」
数人がトンネル内に入って来た。ところが、待てども 待てども 奥へ進んで来ない。
「何やってんだろ」
待ちきれなくなった友人が、懐中電灯で自分の顔を照らして、相手をおどかしにかかった。
「こんばんはー」
相手はそこそこのおどろきを見せた後、そのまま談笑となった。
「なんか、大したこと無かったな」
帰りの車の中で、そんな会話が繰り返された。
「なあなあ、三ツ木交差点、寄ろうぜ」
後部座席で、友人の一人が雑誌をめくる。
「なんだそれ」
「昭和四十九年に、二十二歳の女性がその交差点で事故死した。その後から女性の幽霊が出現し、タクシーを止めたり、付近の店舗に出入りするようになった。近くのガソリンスタンドが、幽霊を封印するために地蔵を建立したら、幽霊は消滅したって書いてある。近くにある電話ボックスがやばいらしい」
「電話ボックス? ハハ、いいね。その電話ボックスから、いまコンビニで夜勤しているMに電話してみようぜ」
車は三ツ木交差点の少し手前で停車した。バタバタとみんな歩道へ降りて、近くの電話ボックスまで歩いて行く。茂みからの虫の声がうるさい。夜中なのに、結構 車通りがあって、道路照明も明るくて、おどろおどろしい雰囲気はどこにもなかった。
しかし私は、その電話ボックスを見た途端、ハッと息をのんだ。
「怖くない?」
ほかのみんなは、案外平気そうだった。
「十円、ある? ない? あった。おいY、お前Mに電話しろ」
「やだって」
「大丈夫だって、電話がかかって来たMの方が、絶対 怖いって」
電話ボックスの扉を開けると、中には蜘蛛の巣が張ってあった。この電話ボックスは、しばらくは使われていないようだった。
「やっぱ気味悪いな。電話、かけるよ」
吹上トンネルでは何も感じなかった私が、この電話ボックスには恐怖を感じた。根拠はない。霊感もない、が、この電話ボックスだけは絶対に入りたくないと思った。
「あ、もしもし、Yだけど、いま、心霊スポットから電話している。え? ハハハハ、ごめんごめん、すぐ切るわ」
受話器を置いて、Yは電話ボックスから出て来た。
「マジでM 怖がっていた」
仲間はどっと笑った。
私は、ごくりと唾を飲み込んで、少し離れた所からその様子を見守っていた。
帰りの車の中で、私の携帯電話が光っていた。画面を確認すると、こんな夜中に兄からメールが届いていた。
『家に幽霊が出た』
こんな題名だった。
「え?」と私は思わず声を上げた。急いで本文を読んだ。
『寝ていたら、カミさんが大声を上げて、暴れていた。聞くと、枕元に和服を着た女性の両膝が見えていて、顔を上げると、老婆が子供の事をにらんでいた。必死になって、子供を守ろうとした、とのこと』
私は、みんなにこのメールを見せた。「マジで?」と車内は大いに盛り上がった。
そもそも兄からメールが届くなど、滅多にない事だった。年に二回程度だった。それが心霊スポットに来たこのタイミングで、しかも幽霊が出たという内容だなんて、あまりにタイミングが良かった。
それからすぐに 私は、帯状疱疹という病気に罹った。過労やストレスなどで発症する病気らしい。電話ボックスに入ったYも、帯状疱疹に罹ったと後から聞いた。私は病院に通って、一か月の苦しみを味わった。
さらに私のアパートでは、霊障が起こり始めていた。それはいま思い返してもすさまじい霊障だった。夜、一人で寝ていると、ロフトから女が顔を出していた。顔は分からないが、長い髪がこちらへ向かって垂れていた。外出をしているのに、下の階の住人から足音がうるさいと苦情が入った。部屋の隅から隅まで歩き回る音だったそうだ。金縛りはほぼ毎日。寝ていると、上からたくさんの手で押し付けられて、息が詰まって、窒息しそうになった。
そして一番怖かったのが、謎の強風だった。いつもの通り一人で寝ていると、すさまじい強風の音で目が覚める。横になって寝ていたのだが、私の目の前と、背中のすぐそこで、轟々と強風が吹いていた。例えるなら、線路と線路の狭い間に寝ていて、同時に電車が走って来たような感じだった。他の部屋の住民も寝ていられないだろうと思うくらいの轟音だった。いつもの通り金縛りにもかかっていて、苦しくて、思わず腕をもがいて、動かした右手が、誰かの頭を叩くような感触があった。本当に、髪の毛がある人の頭を叩く感触だった。そして私は意識を失った。
翌朝 私が目を覚ますと、すぐに昨夜の恐怖がよみがえった。改めて室内の様子を見渡した。そこには私が暴れても、何か手が当たるものなど何もなかった。昨夜 私は、いったい何を叩いたのだろう。霊障は、三か月くらい続いて、おさまった。
それ以降 私は、心霊スポットへは行かなくなった。
『ノリ』という言葉一つで、いきなり横浜は山下公園の夜景を見に行ったり、『ノリ』という言葉一つで、富士山を弾丸登山して高山病に罹ったり、とにかくあの頃の私は破天荒だった。
その頃の私の仲間も また、『ノリ』が良かった。夏になれば みんな妙にソワソワして、夜になれば 部屋になんかじっとしていられなくて、用もないのにコンビニの駐車場にたむろして、バカな話で盛り上がっていた。
そんな時には決まって、誰かがこう切り出す。
「今夜は どこの心霊スポットへ行く?」
当時 我々の間では、各地の心霊スポットへ行く事が一つのブームになっていた。車からボロボロの雑誌を持ち出して、心霊スポットの特集のページを開いては、あーだ こーだ言って目的地を決める。
「赤水門は、この間 行ったし、今回は吹上トンネルだな」
吹上トンネルとは、最強心霊スポットと呼び声が高い、青梅市にある 有名なお化けトンネルだ。ホラー映画やオカルト番組のロケ地としても たびたび使用されている。我々はさっそく車を走らせ、夜の青梅街道を西へと進み、新吹上トンネルの手前に到着した。
「なんだ、観光客でいっぱいだ」
仲間の一人が、トンネル近くに駐車された車の数をかぞえた。その訪れる人の多さに、私は心霊スポットの怖さが薄れる思いがした。
旧旧吹上トンネルまでは、普通に歩いて行けた。黒沢口の手前に、昔 居酒屋があって、そこでおばあちゃんとお嫁さんが物取りに殺された事件があった。その廃墟の中を懐中電灯で照らす。
「あまり、怖いって感じはないな。なんでだろう」
道の先から人が歩いて来る。
「こんばんは。どうでした?」
「まあ、普通でしたよ」
登山客が登山道でする会話のようだった。
旧旧吹上トンネル内に入って、懐中電灯で色々な所を照らした。
「水滴、すごいな」
「気をつけろ、下に水が溜まっている」
あっという間に、トンネルの向こう側へ出てしまった。
「なあ、次に来る人たちをおどかさない?」
仲間の一人が悪ふざけを思いついた。我々はそれに乗っかり、真っ暗なトンネル内で息をひそめる。
「来た 来た」
数人がトンネル内に入って来た。ところが、待てども 待てども 奥へ進んで来ない。
「何やってんだろ」
待ちきれなくなった友人が、懐中電灯で自分の顔を照らして、相手をおどかしにかかった。
「こんばんはー」
相手はそこそこのおどろきを見せた後、そのまま談笑となった。
「なんか、大したこと無かったな」
帰りの車の中で、そんな会話が繰り返された。
「なあなあ、三ツ木交差点、寄ろうぜ」
後部座席で、友人の一人が雑誌をめくる。
「なんだそれ」
「昭和四十九年に、二十二歳の女性がその交差点で事故死した。その後から女性の幽霊が出現し、タクシーを止めたり、付近の店舗に出入りするようになった。近くのガソリンスタンドが、幽霊を封印するために地蔵を建立したら、幽霊は消滅したって書いてある。近くにある電話ボックスがやばいらしい」
「電話ボックス? ハハ、いいね。その電話ボックスから、いまコンビニで夜勤しているMに電話してみようぜ」
車は三ツ木交差点の少し手前で停車した。バタバタとみんな歩道へ降りて、近くの電話ボックスまで歩いて行く。茂みからの虫の声がうるさい。夜中なのに、結構 車通りがあって、道路照明も明るくて、おどろおどろしい雰囲気はどこにもなかった。
しかし私は、その電話ボックスを見た途端、ハッと息をのんだ。
「怖くない?」
ほかのみんなは、案外平気そうだった。
「十円、ある? ない? あった。おいY、お前Mに電話しろ」
「やだって」
「大丈夫だって、電話がかかって来たMの方が、絶対 怖いって」
電話ボックスの扉を開けると、中には蜘蛛の巣が張ってあった。この電話ボックスは、しばらくは使われていないようだった。
「やっぱ気味悪いな。電話、かけるよ」
吹上トンネルでは何も感じなかった私が、この電話ボックスには恐怖を感じた。根拠はない。霊感もない、が、この電話ボックスだけは絶対に入りたくないと思った。
「あ、もしもし、Yだけど、いま、心霊スポットから電話している。え? ハハハハ、ごめんごめん、すぐ切るわ」
受話器を置いて、Yは電話ボックスから出て来た。
「マジでM 怖がっていた」
仲間はどっと笑った。
私は、ごくりと唾を飲み込んで、少し離れた所からその様子を見守っていた。
帰りの車の中で、私の携帯電話が光っていた。画面を確認すると、こんな夜中に兄からメールが届いていた。
『家に幽霊が出た』
こんな題名だった。
「え?」と私は思わず声を上げた。急いで本文を読んだ。
『寝ていたら、カミさんが大声を上げて、暴れていた。聞くと、枕元に和服を着た女性の両膝が見えていて、顔を上げると、老婆が子供の事をにらんでいた。必死になって、子供を守ろうとした、とのこと』
私は、みんなにこのメールを見せた。「マジで?」と車内は大いに盛り上がった。
そもそも兄からメールが届くなど、滅多にない事だった。年に二回程度だった。それが心霊スポットに来たこのタイミングで、しかも幽霊が出たという内容だなんて、あまりにタイミングが良かった。
それからすぐに 私は、帯状疱疹という病気に罹った。過労やストレスなどで発症する病気らしい。電話ボックスに入ったYも、帯状疱疹に罹ったと後から聞いた。私は病院に通って、一か月の苦しみを味わった。
さらに私のアパートでは、霊障が起こり始めていた。それはいま思い返してもすさまじい霊障だった。夜、一人で寝ていると、ロフトから女が顔を出していた。顔は分からないが、長い髪がこちらへ向かって垂れていた。外出をしているのに、下の階の住人から足音がうるさいと苦情が入った。部屋の隅から隅まで歩き回る音だったそうだ。金縛りはほぼ毎日。寝ていると、上からたくさんの手で押し付けられて、息が詰まって、窒息しそうになった。
そして一番怖かったのが、謎の強風だった。いつもの通り一人で寝ていると、すさまじい強風の音で目が覚める。横になって寝ていたのだが、私の目の前と、背中のすぐそこで、轟々と強風が吹いていた。例えるなら、線路と線路の狭い間に寝ていて、同時に電車が走って来たような感じだった。他の部屋の住民も寝ていられないだろうと思うくらいの轟音だった。いつもの通り金縛りにもかかっていて、苦しくて、思わず腕をもがいて、動かした右手が、誰かの頭を叩くような感触があった。本当に、髪の毛がある人の頭を叩く感触だった。そして私は意識を失った。
翌朝 私が目を覚ますと、すぐに昨夜の恐怖がよみがえった。改めて室内の様子を見渡した。そこには私が暴れても、何か手が当たるものなど何もなかった。昨夜 私は、いったい何を叩いたのだろう。霊障は、三か月くらい続いて、おさまった。
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