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ライブカメラ

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 ゾッとする話。
 この話は、東京に上京して、照明スタッフを目指して、フロア担当をしていた、D君の話。彼がお盆休みを利用して、実家へ帰省していた時のこと。
 D君は、島の出で、彼の島には、海峡が三つあって、歌川広重も描いた、渦潮が有名だった。
 D君が実家に帰ると、テーブルにたこせんべいが置いてあった。それをかじりながら、D君、二階の自室の電気を点けて、懐かしい自分のベッドに荷物を置いた。海からの涼しい風が網戸から入って来た。居間に戻って、テレビを点けると、父親が一升瓶を持って入って来た。
「おう、来ていたか。今日はもう、(どこも)出ないだろう?」
「今日は何もない」
 母親が、山盛りのしらすを運んで来た。
「十五日までだっけ? 休み」
「十三には帰る」
 そこでD君、天井を見上げて、
「美樹は?」
 妹の事を聞くと、父親は大きく胡坐をかいた。
「毎晩毎晩、どこをほっつき歩いているのか。車なんて買うんじゃなかった」
 D君の妹は、地元の銀行に勤めていた。
 テレビを観ながら、父と子は、酒を酌み交わした。
「仕事の方は、どうだ」
 父親は赤い顔をしていた。
「給料は安い」
「そうか。漁師もそうだが、最初はな」
 D君は、何も変わらない実家の様子に、何だか拍子抜けがした。東京の、どんどん新しくなる生活、そこから考えれば、この島は時間が止まっているようだった。
 脱衣所で服を脱いでいると、洗濯物を抱えた母親が入って来た。
「彼女、できた?」
「できた」
 どんな? と聞きたそうな母親に、それを聞かせないような、ぶっきらぼうな態度を見せて、D君は浴室に入った。
 湯船につかって、明日の事を考えていると、ガラッと戸が開いて、美樹が顔を出した。
「おみやげ」
 妹は韓流アイドルのグッズを兄に頼んでいた。
「後で持っていく」
「……そ」
 半年ぶりに会う兄に対して、妹はお帰りでも何でもなかった。
 翌日、D君は、友人らとシーサイドキャンプ場へと出かけた。高校時代、彼は弓道をやっていて、友人らはみんな元部員だった。夜の海を前に、焚火を囲んで、若者たちは自分の夢を語った。県大会の夜を思い出した。この時ばかりは、D君、島の生活もいいもんだと思った。来年もまたやろう、こう約束してみんなと別れた。
 墓参りをして、花火大会、あっという間に十三日になった。D君は、目いっぱい実家にいて、その日の夜、高速バスに乗って、そのまま大阪で一泊、次の日は憧れの高級腕時計を見る為、ミナミのブランド時計店に足を運ぶ事にした。今にして思えば、早朝に島を出ればいいものを、無駄にホテルに一泊してと、D君、その当時の自分を後ろから叩きたい気持ちになるそうだ。
 高速バスに乗るため、夜のバスセンターへ向かったD君、母親の車から降りて、別れを告げて、窓口できっぷを買う。海岸沿いの道に数台のパトカーが走って行った。事故でもあったのかなと、少し外を見てから、シャッターの閉まったお土産屋を見て回り、そこでセンター内に誰もいない事に気が付く。田舎だなあ、そうしみじみ思って、しばらくは一人で荷物を抱えて座っていたが、間が持たない、少し早いがターミナルの方へ歩いて行った。大阪行のバスの停留所は、海に面していた。なぜかそこだけ、暗かった。他の待合には、明かりがついているのに、その待合は、暗かった。D君は、このとき特に気にもせず、スマホ(携帯電話)をいじりながら、木のベンチに座って、バスの到着時刻を待った。夜の海から、波の音だけが聞こえて来る。そこでD君、ふとある事に気が付いた。それは、自分が座っているベンチに、もう一人誰かが座っている事だ。視界の端に、ぼやっと、黒い人影が見える。電気が消えているのと、スマホの明かりで、暗さに目が慣れていないのとで、はっきりとは分からなかったが、確かに誰かの存在を感じる。じゃあと言って、わざわざスマホから顔を上げて、横を向いて、その人の事を確認するのも、変な気がして、たとえその人を確認しても、ああ人がいるなと、当たり前の事を確認するだけで、なんの意味もない気がした。結局D君、そのままスマホゲームを続けて、バスの到着時刻を待った。隣の人は、自分と同じように、バスを待っているのだ。
 しばらくすると、一台のバスがターミナルに入って来た。見たところ乗客の姿はない。D君は立ち上がって、荷物を持つと、乗車位置へと移動した。この時も、その人影を見なかった。一つには、バスに乗った後に、その人がどんなか見ればいいと思った。D君はバスに乗り込んで、一番後ろの席に座った。車内は青白く光って見えた。座席に座って、そしてまた、ゲームの続きを始める。バスのドアが閉まって、出発した。
 あれ?
 バスの中には、自分しか乗っていない。さっき待合にいた人はどうしたのだろう。窓際の席に移動して、外を見ると、バスは進んでいて、待合のベンチは遠くにあった。
「乗らなかったのか?」
 それから一週間が過ぎた。D君は、仕事が終わって、駅前居酒屋の暖簾をくぐった。店内に顔を出すと、学生時代バイトで一緒だった、友人Yが手を上げた。
「悪いね、急に呼び出しちゃって。こないだ紹介してもらった、そのお礼がしたくて」
 D君はYに仕事場の女性を紹介していた。その後は特に何の進展もないようだったが、Yは心底喜んでいた。
「別にこんな事をしなくても」
 焼き鳥を頼んで、手をふきながら、Y、
「そっか、実家に帰っていたのか。どうも連絡がないと思った」
 D君は、帰省中の話をする中で、例のバスセンターの体験を話した。
「いま思うと、不気味だ。あんな暗い所で、なにやっていたんだろう」
 Yはビールを注文して、それから顔を戻して、
「そりゃ確かに不気味だ。そいつ、何も言わなかったのか?」
「何も。暗い中、じっとしていた。一つも動かなかった」
 串から焼き鳥を外しながら、Y、
「置物があったとか。ほら、よくご当地キャラを置いたりするじゃないか」
「うーん、ないと思うけど。だって、小さいベンチだし、たくさん乗客が来たら、その分座れないよ」
 生ビールが運ばれて来て、とりあえず乾杯となった。
「じゃあさ、それが何日の事で、何時何分だったか、それだけ教えてよ」
「は?」
「バスセンターなんだろ? もしかしたらって、思って」
 D君は、Yの言う意味が分からなかった。それでも、スマホでバスの時間を調べて、その日時を伝えた。
「ところで、うまく行っているの?」
「ううん、ダメ。会話が合わないんだってさ」
 それからすぐ、次の日くらいには、YからEメールが届いた。アパートに帰って来て、コンビニの袋から缶ビールを出して、D君、メールの中身を確認した。
『昨夜の件、少し調べてみた。下記のURLから、動画が見られるようにしてある。パスワードは〇〇〇だ。ただし、動画を見るか見ないかは、君に一任する。見ない方がいいとも思う』
 メールの文面は、これだけ。D君は、このメッセージの意味が分からなかった。電話をかけて、Yに直接聞いてみようかとも思ったが、動画を見れば解決すると思って、とりあえずシャワーを浴びて、上がって、髪の毛を乾かしながら、EメールのURLをノートパソコンへ送った。缶ビールを横に置いて、ノートパソコンから動画サイトへ飛んだ。そこで見た動画というのが、ライブカメラの映像だった。
「あー、そっか、あそこにはライブカメラがあった(設置されていた)んだ。すごい時代だ」
 ライブカメラとは、インターネットを通じて、観光地や交通機関など、リアルタイムの映像を配信する、動画サービスの事だ。有名なのが、渋谷スクランブル交差点や、台風の様子が分かる海岸の映像。そしてこの動画は、あの夜のバスセンターのライブ映像が、録画されたものだった。
「そうか、それであの時、時間を聞いたのか」
 ライブカメラの映像の、左下に、例の待合のベンチが映っていた。
「ライブカメラといっても、高画質なんだな、4Kとある」
 そのライブカメラの映像は、けれどもYによって編集された動画で、そこから少し早送りされた後、D君がスマホを見ながら歩いて来る姿が映っていた。
「俺だ。これは俺の姿だ」
 D君は缶ビールを飲みながら、ライブカメラの映像に釘付けになった。バスセンターから歩いて来たD君の顔は、スマホの明かりで闇に浮かんでいるように見えた。そのまま暗い待合のベンチに座って、そこでYは動画を一時停止した。マウスポインターが画面右側へ移動して、ツールバーを開いて、明るさを調整している。画面が白っぽくなったり、色味が濃くなったり、してから、ちょうどいい明るさになった。待合の部分もズームアップされた。
「お、すご」
 D君は、その映像を見て、動きが止まった。あの夜にD君の隣にいた人影、それがだんだんはっきりと見えてきた。人影は、大人の男で、はじめからベンチに座っていた。それからD君が隣に座ると、上半身を動かして、思いっきりD君の事を見ていた。
「え」
 暗闇の中で人からまじまじ見られる、それだけでも気持ちが悪いのだが、その男の手には、白く光る物をあって、それはどうも、包丁のようにも見えた。
「え?」
 ライブカメラの映像は、そこで終わって、次にテレビのニュースが映し出された。夜のマンションの映像を背景に、男性アナウンサーが次の通り原稿を読み上げた。
「たった今入ったニュースです。〇日の〇時ころ、〇〇県・○○市の八階建てマンションで、女子大生の遺体が発見されました。亡くなったのは、県立大学〇年の〇〇さん二十一歳で、「悲鳴のような声を聞いた」と通報を受け、警察が駆けつけた所、五階にある自室から、○○さんが全身血まみれの状態で倒れているのが発見されました。遺体には刃物による刺し傷が数十か所見られ、玄関から居間まで血痕が残されているとの事です。〇〇署は現在、殺人事件の可能性があるとみて捜査しています」
 このニュースを見て、D君、背筋が凍る思いがした。なぜならば、その殺人のあったマンションというのが、バスセンターと同じ市内で、しかも二つはそれほど離れていなかったからだ。
 もしかして、あの暗闇に座っていた男って……。
 D君はだんだん、恐ろしくなって来た。待合に一人で座っていた男というのが、もしかして女子大生を殺した殺人犯ではなかったか。女子大生を殺した後、そのまま夜の海を走って逃亡、そしてあの暗い待合で、休んでいたのではないか? そこへたまたま、その隣にすわった自分。殺人犯は、息を殺して、包丁を構えて、もしも相手が騒ぎ出したら、口を封じようと、待ち構えていたのではないか?
 D君は背中のドアをふり返った。立って行って、鍵を確認した。もしもあの時、スマホから顔を上げて、暗闇から人の顔を確認していたら。そこに返り血をあびて興奮した男を見ていたら。
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