12 / 16
みつ子の訳【ひよっこの死】
しおりを挟む
以下、みつ子の訳。
罰利生によって、夫を失い、財を窃られし者は、怨む者。
わざわいは、ひとを野壺へ放り、わざわいは、ひとの模糊を乾竹割りに斫る。
両肌ぬいで、世話した親類が、ためらい、近からぬと或る小路の湯屋が、すかさず助けに来る。これこそ、汚泥に輝く玉のごときもので。
濡れぬうちこそ露をもで、怨む者の過ちは、血を吸う虫はすべて逃れようと、火炎の内に引き籠るにあり。
人のため、酒をたすけようと、習いし手も、いつか己のまどろむために、だらだら流し、独りぼっちをこそばゆく、やなぎに受けた周囲の面々、いよいよ、縁遠く。
怨み、怨みと、夜な夜な礫道ゆけば、晴らせし怨みの先から、汲々と怨みが移る。
して見れば、あなたに咒殺させるは、さしあたって十指に余る。
みだりに変死のいずるを、周囲は倦み困じつつ、あやしき厄の渦中のものを、これ定かにする。
地所家屋の売買、周旋を営む親は、かしましき衆の詮索に頬返しを付けかね、ことごとく、わが杞憂の恥、地下の十畳の間に、つつみうつらせ、ひとやにつながせるがごとく、幽閉する。
こうなっては、儚きみずからの身の上を、嘆き、叫び、見苦しく、目は腫れ、日に日に衰えるに、なぜ己のみが罠にかかってか、今度はそれまでも怨み、とぎはりを打つように、世を怨むに至る。
父を怨み、母を怨み、夫を怨み、隣人を怨み、怨み、怨み、あきたらんと、また怨みをも怨むるに、くりかえすに明け暮れ、おろかなる精衛の来りて大海をうめんとするや、と、かえって頑なに己を守らんとする。
薄月夜、半輪の残月を懸ける頃、遥か山の谷まるが如く、掠れ声の冴えに、寝耳に水と怨む者。
『久しく会わぬうちに、哀れな姿になったな』
夢寐よりさめしは、まぶたを擦って、涙ほのあかめた目をば、ただ、平らの天井へそそぐ。
『さしものひよっこも、銕桿の折れるほどに、すっかり怨み疲れたか』
がばと身を起こし、宙をつかみかからんとする。
「なにを申しましょう。ゆりの根をはがすように、ひとつひとつ、全ての怨みを晴らさねば、枯木に花の咲くような心もちはおとずれませぬ」
『そして、七生まで、親を怨もうか』
いよいよ、怨みのきっさきを現わして、胸さける体にありしも、床にぬかづけば、
「お坊さま、お坊さま、お願いでございます。私を罠にかけし大ぼら吹きたちを皆殺しにして下さいまし。それが、お坊さまのおっしゃるとおり、私の父、母でも構いませぬ。誰もが物怪の凴いたるが如く、まあ、たちまち爪牙をあらわして、樹を鳴らし、家を動かし、砂を捲き、つぶてを投げて、見せしめにするのでございます。
ですから、いっこくも早く、この煩わしき者どもを退けて下さいまし」
しばらくの沈黙、その後に、化け坊主の低い声が響く。
『ひよっこよ。きさまは、それで良いのだな?』
「もちろんにございます。そうして頂けなくては、梅の咲き誇れるのを待たずして、親に鴆毒をもられるか、このうえは、肉という肉は落ち、骨という骨は露われ、餓死するばかりにございます」
夜の闇の静なる時に、燈の光のひとり刷毛にはかれるごとく、枕上に浮んで、また、怨むものを見下ろす。
『すまぬの。じつはもう、怨みを晴らすことが叶わぬ』
「どうしてでございますか。これまでだって、さんざ、私奴の願いを聞き入れてくだすったではありませんか。これで了いにございます。どうか、どうか」
やよいのつごもりなれば、京の花ざかり、みな過ぎて行く。
戸外は天を傾け、まっ白にどっと雨滝あって、ほどなく、神鳴も急にすさまじく、たえず稲妻の梭のごとく飛び違う。
「どうしたことでしょう。柱なぞはひちひちと鳴り揺がれ、ものうちたおす犇き、ひきちぎる音、へし折るはここ、かしこに。まさか………そんな。お坊さま、このあわれ極まる私奴を………いやでございますよ。お坊さま、なぜ黙っておられるのでございますか。さては、お心算がございましょうか」
真紅の爪をちらつかせる、黒竜の、どこからとなく出かと思えば、その十丈あまりの邪悪な影を、一文字に、痩せ枯れた女の頭をめがける。
『勘ちがいしてくれるな。きさまにいたっては、せんじつ殺した達磨茶屋の怨みを買ったまでだ。
十遍もの怨みを晴らしたのと等しく、十遍もの怨みをいまに晴らされるのだ』
「いやでございますよ。しししし、死にたくないのでございます。死んでも、死に切れるものではないのでございますよ。お坊さま、ああ、お見のがし下さいまし………なんでも、なんでも、そらこのとおり致しますから」
胸にやきがね、絶痛絶苦のさけびも空しく、みずからくずおれるがごとく、呻き、ついに息も絶え絶えに、怨む者は亡びる。
罰利生によって、夫を失い、財を窃られし者は、怨む者。
わざわいは、ひとを野壺へ放り、わざわいは、ひとの模糊を乾竹割りに斫る。
両肌ぬいで、世話した親類が、ためらい、近からぬと或る小路の湯屋が、すかさず助けに来る。これこそ、汚泥に輝く玉のごときもので。
濡れぬうちこそ露をもで、怨む者の過ちは、血を吸う虫はすべて逃れようと、火炎の内に引き籠るにあり。
人のため、酒をたすけようと、習いし手も、いつか己のまどろむために、だらだら流し、独りぼっちをこそばゆく、やなぎに受けた周囲の面々、いよいよ、縁遠く。
怨み、怨みと、夜な夜な礫道ゆけば、晴らせし怨みの先から、汲々と怨みが移る。
して見れば、あなたに咒殺させるは、さしあたって十指に余る。
みだりに変死のいずるを、周囲は倦み困じつつ、あやしき厄の渦中のものを、これ定かにする。
地所家屋の売買、周旋を営む親は、かしましき衆の詮索に頬返しを付けかね、ことごとく、わが杞憂の恥、地下の十畳の間に、つつみうつらせ、ひとやにつながせるがごとく、幽閉する。
こうなっては、儚きみずからの身の上を、嘆き、叫び、見苦しく、目は腫れ、日に日に衰えるに、なぜ己のみが罠にかかってか、今度はそれまでも怨み、とぎはりを打つように、世を怨むに至る。
父を怨み、母を怨み、夫を怨み、隣人を怨み、怨み、怨み、あきたらんと、また怨みをも怨むるに、くりかえすに明け暮れ、おろかなる精衛の来りて大海をうめんとするや、と、かえって頑なに己を守らんとする。
薄月夜、半輪の残月を懸ける頃、遥か山の谷まるが如く、掠れ声の冴えに、寝耳に水と怨む者。
『久しく会わぬうちに、哀れな姿になったな』
夢寐よりさめしは、まぶたを擦って、涙ほのあかめた目をば、ただ、平らの天井へそそぐ。
『さしものひよっこも、銕桿の折れるほどに、すっかり怨み疲れたか』
がばと身を起こし、宙をつかみかからんとする。
「なにを申しましょう。ゆりの根をはがすように、ひとつひとつ、全ての怨みを晴らさねば、枯木に花の咲くような心もちはおとずれませぬ」
『そして、七生まで、親を怨もうか』
いよいよ、怨みのきっさきを現わして、胸さける体にありしも、床にぬかづけば、
「お坊さま、お坊さま、お願いでございます。私を罠にかけし大ぼら吹きたちを皆殺しにして下さいまし。それが、お坊さまのおっしゃるとおり、私の父、母でも構いませぬ。誰もが物怪の凴いたるが如く、まあ、たちまち爪牙をあらわして、樹を鳴らし、家を動かし、砂を捲き、つぶてを投げて、見せしめにするのでございます。
ですから、いっこくも早く、この煩わしき者どもを退けて下さいまし」
しばらくの沈黙、その後に、化け坊主の低い声が響く。
『ひよっこよ。きさまは、それで良いのだな?』
「もちろんにございます。そうして頂けなくては、梅の咲き誇れるのを待たずして、親に鴆毒をもられるか、このうえは、肉という肉は落ち、骨という骨は露われ、餓死するばかりにございます」
夜の闇の静なる時に、燈の光のひとり刷毛にはかれるごとく、枕上に浮んで、また、怨むものを見下ろす。
『すまぬの。じつはもう、怨みを晴らすことが叶わぬ』
「どうしてでございますか。これまでだって、さんざ、私奴の願いを聞き入れてくだすったではありませんか。これで了いにございます。どうか、どうか」
やよいのつごもりなれば、京の花ざかり、みな過ぎて行く。
戸外は天を傾け、まっ白にどっと雨滝あって、ほどなく、神鳴も急にすさまじく、たえず稲妻の梭のごとく飛び違う。
「どうしたことでしょう。柱なぞはひちひちと鳴り揺がれ、ものうちたおす犇き、ひきちぎる音、へし折るはここ、かしこに。まさか………そんな。お坊さま、このあわれ極まる私奴を………いやでございますよ。お坊さま、なぜ黙っておられるのでございますか。さては、お心算がございましょうか」
真紅の爪をちらつかせる、黒竜の、どこからとなく出かと思えば、その十丈あまりの邪悪な影を、一文字に、痩せ枯れた女の頭をめがける。
『勘ちがいしてくれるな。きさまにいたっては、せんじつ殺した達磨茶屋の怨みを買ったまでだ。
十遍もの怨みを晴らしたのと等しく、十遍もの怨みをいまに晴らされるのだ』
「いやでございますよ。しししし、死にたくないのでございます。死んでも、死に切れるものではないのでございますよ。お坊さま、ああ、お見のがし下さいまし………なんでも、なんでも、そらこのとおり致しますから」
胸にやきがね、絶痛絶苦のさけびも空しく、みずからくずおれるがごとく、呻き、ついに息も絶え絶えに、怨む者は亡びる。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
[百合]短編集
[百合垢]中頭
現代文学
百合の短編集です。他サイトに掲載していたものもあります。健全が多めです。当て馬的男性も出てくるのでご注意ください。
表紙はヨシュケイ様よりお借りいたしました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる