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12. 北条財閥のパーティー

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翌日。北条財閥主催のパーティー当日。


今は梅雨の真っ只中だから、しばらく雨の日が続いていたけれど。今日は、久しぶりの快晴。


綺麗な青空を見ているだけで、少し気持ちが上向きになる気がした。


「咲来さま、こちらへどうぞ」

「よろしくお願いします」


今日は朝早くからヘアメイクさんが家にやって来て、わたしは身なりを整えてもらう。


腰にリボンのついた淡い水色のドレスに身を包み、いつもはストレートの黒髪も今日はゆるく巻いてもらい、ハーフアップに。そして、軽くメイクをしてもらって完成だ。


「うわぁ」


鏡に映る着飾った自分は、いつもの地味な自分とはまるで別人のようで。

まつ毛がくるんとカールした目は、普段よりも大きく見える。


やっぱりプロの人ってすごいな。





支度を終えると車に乗り込み、家族で会場である高級ホテルへとやって来た。


天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、会場は煌びやかな雰囲気が漂っている。


パーティーに参加するのはすごく久しぶりだから、緊張するなぁ。


昨日お父さんに言われて、急遽パーティーへの参加が決まったあと、わたしは急いでナナちゃんとミサキちゃんに連絡した。

わたしが今日一緒に遊びに行けなくなった旨を伝えて謝罪すると、【家族で招待されたパーティーへの参加なら仕方ないよ】って言ってくれたんだ。


ドタキャンも同然なのに、全然責めないなんて。ふたりとも、ほんと優しい。今度、改めて何かお詫びしないと。


ナナちゃんとミサキちゃんはメッセージでわたしに、
【北条財閥のパーティー、楽しんで来てね!】
【パーティーの土産話、待ってるよ♪】
とも言ってくれたから。

本当は今日のパーティーへの参加はあまり乗り気ではなかったけれど、めいっぱい楽しもう。


わたしは緊張をほぐそうと一度深呼吸して、広い会場をぐるっと見渡す。

すると、参加者のなかには見たことのある有名財閥や大企業社長の令嬢が多いことに気づいた。


しかもそのほとんどは、わたしや聖来と同年代くらいの子たちばかりで。

このパーティーで当主の方が、ご子息の婚約者候補を選ぶという話は本当なのだと実感する。


「水瀬さん。ご無沙汰しています」

「これはこれは、長嶺ながみねさん」


両親と一緒にいると、大手不動産会社の社長だというダンディーな男性がお父さんに声をかけてきた。


「そちらのお嬢さん方は、娘さんですか?」

「はい。娘の咲来と聖来です。ほら、お前たちも挨拶しなさい」

「咲来です。父がいつもお世話になっております」

「聖来です。よろしくお願いしまーす」

「いや~。おふたりとも、可愛らしいお嬢さんで。ぜひ、うちの息子のお嫁さんに来て欲しいものですね」


はっはっはと笑う、長嶺社長。


その後も次から次へと、お父さんの仕事関係の人たちが挨拶にやってきて。

わたしと聖来はそのたびに挨拶をし、ペコペコと頭を下げた。


「見て見て。あの方が……」

「きゃーっ、かっこいいー!」


しばらくして会場のステージには、北条財閥の当主とその息子と思われる男の子が立ち、令嬢たちがザワザワし始める。


「キャー! あの方が北条さま!? 今日初めて見るけど、お美しいわーっ!」


わたしの隣で、聖来もキャーキャー言っている。


ステージに立っている北条財閥のご子息は、サラサラの黒髪をセンターパートで分け、グレーのスーツをビシッと着こなしている。


自分と同じ中学生とは思えないくらい大人っぽい雰囲気で、遠目からでも分かるくらい彼はとても綺麗な顔立ちをしている。


そう。彼は紫苑くんと同じくらいか、それにも負けないくらいのイケメンさんだ。


「ねぇ、お母さん。私、北条さまに一目惚れしちゃったわ! これはもう何が何でも気に入られて、絶対婚約者に選ばれたい~っ」

「聖来ならきっと大丈夫よ。だってあなたは、この会場にいる女の子のなかで一番可愛いんだもの」


すごいな……お母さんと聖来、ものすごく熱くなってる。


「咲来」


どこか他人事のように、お母さんと妹を見ていたわたしに、隣にいるお父さんが声をかけてくる。


「お前も聖来みたいに、何が何でも自分が彼に選んでもらうのだと、強い気持ちでいなさい」

「わたしが……あの御曹司の方に選んで頂く?」

「ああ。咲来は……誰よりも心が綺麗で、優しい子だからな。もっと、自分に自信を持ったら良い」


え?


「聖来とふたり、父さんにとってはどちらも自慢の娘だから。将来はなるべく良い家に嫁いで、幸せになって欲しいと思っている」


……うそ。


予想外のお父さんの言葉に、胸がじんと熱くなる。


まさかお父さんが、そんなふうに思ってくれていたなんて。


わたしは、ステージに立つ男の子をじっと見つめる。


ステージの彼は確かにかっこいいし、家のためには私か聖来のどちらかが選ばれたほうが良いということは分かっているけれど。


わたしは、高級そうな赤のペルシャ絨毯が敷かれた床に目をやる。


たくさんの令嬢がいるなかで、そもそもわたしが選んでもらえるなんて保障はどこにもないけれど。


わたしは、北条さまに選んで欲しいとは思わない。


だってわたしは……どれだけお金持ちでかっこいい人よりも、紫苑くんのほうがいいから。


頭が良くて。一度も嫌な顔をせずに、毎日わたしに勉強を教えてくれるような。そんな優しい紫苑くんがいいの。


今ここに紫苑くんはいないのに、そんなことを思ってしまうなんて。


もしかしたらわたしは……紫苑くんのことが、好きなのかもしれない。


目を閉じると頭に浮ぶのは、紫苑くんの笑顔。


紫苑くんを見てると最近やけに胸がドキドキしていたのも、全ては彼を好きだからだというのなら納得がいく。


そっか、そうだったんだ。


わたし、こんなふうに誰かを好きになったのは初めてだよ。


「……それでは、息子のシオンからも皆様に一言、ご挨拶をさせて下さい」


えっ。シオン!?


突然聞こえた『シオン』という名前に、わたしの耳はピクンと反応する。


北条財閥の御曹司の方のお名前も、シオンって言うの!?


って、いやいや。違う違う。


わたしがさっきからずっと紫苑くんのことばかり考えているから、きっと聞き間違えてしまったんだ。


今は大事なパーティーの最中なんだから、ちゃんとしなくちゃ。


わたしは、ブンブンと首を横に振るけれど。


ようやく自分の気持ちを自覚したわたしは、再び紫苑くんのことを考えてしまう。


「えー、皆様こんにちは。本日は、お越し下さり……」


ステージでは、御曹司の方がマイクの前に立って話し始めたけれど。


どこか上の空なわたしの耳に、彼の話が入ってくることはなかった。
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