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5. 初めて
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翌朝。
「やばい、やばいよーっ」
わたしは今、学校の校門をくぐり抜け、教室までの廊下を走っている。
昨夜は、紫苑くんからメッセージの返事が来ないことが気になって、なかなか寝付けなかったから。
朝起きるのが、いつもよりも遅くなってしまった。
そのせいでわたしは今、人生初の遅刻をしてしまうかもしれないピンチなんです。
「……はぁ、はぁ。予鈴の5分前だ。良かった、間に合った……」
猛ダッシュで教室の前に着いたわたしは、肩で息をしながら教室の扉を勢いよく開ける。
──ガラガラ!
わたしが教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にこちらへと集まるのが分かった。
えっ、何?!
教室の黒板の前には、何やら人だかりができていて。
「おっ、来た来た! 水瀬咲来のお出ましだぁ」
クラスの陽キャ男子・森田くんにいきなりそんなことを言われたわたしはワケが分からず、人だかりのできている黒板の前に行くと。
……え。何これ。
教室の黒板にはチョークで、大きなハートの相合傘の絵が書かれていて。縦線の左右には、わたしと紫苑くんの名前がそれぞれ書かれていた。
「おれ、昨日見たんだよ。咲来と滝川が、ふたりで仲良く相合傘して歩いてるところ」
「まじ? ふたりって付き合ってんのかよー!」
男の子たちが、わたしを見てからかう。
「ち、違うの。わたしと紫苑くんは、付き合ってるとかじゃなくて……」
「うわ。咲来のヤツ、滝川のことを『紫苑くん』って呼んだよ」
「ヒュ~ッ! 熱いねぇ」
ダメだ。わたしが否定しようとしても、誰ひとり聞く耳を持ってくれない。
中学生にもなって、まさかこんな子どもみたいなことをする人たちがいるなんて。
わたしは、掌をぎゅっと握りしめる。
──ガラガラ。
すると再び教室の扉が開く音がしたのでそちらに目をやると、中に入ってきたのは紫苑くんだった。
し、紫苑くん……!
「あらあら。噂をすれば、咲来ちゃんのお相手がご登場ね」
今まで静観していた聖来が、黒板の前までつかつかと歩いてきた。
「は? 噂?」
聖来の言葉を聞いて黒板を見た紫苑くんの目が、大きく見開かれる。
「何だよ、これ……」
「ふふ。咲来ちゃんと一緒で、滝川くんも地味だから。ほんと似たもの同士で、ふたりはよくお似合いだわ~」
何がそんなにおかしいのか、聖来と一緒になって派手な他の女の子たちもクスクスと笑う。
ひどい。わたしのことだけならまだしも、紫苑くんのことまでバカにするなんて。
「聖来。今言ったこと、訂正して」
気づいたら、わたしは口が勝手に動いていた。
「……は?」
「わたしのことは、なんと言っても構わないけど。紫苑くんは、わたしなんかと全然違うんだから」
「さっきから何を言ってるの? 咲来ちゃん」
わたしが初めて妹に意見したからだろうか。聖来は、少し驚いている様子。
だけど、紫苑くんのことを悪く言われたのはどうしても許せなくて。わたしは口が止まらなかった。
「紫苑くんは勉強もできて、優しくて。笑顔がすごく素敵で。わたしとはちっとも似つかない。だから、わたしと一緒にしないで。紫苑くんに謝って!」
「……私に謝れって、何様のつもり?」
聖来に射るような眼差しで見つめられ、わたしはハッとする。
しまった。言いすぎた。だけど、聖来のことだからこのあとに続く言葉はきっと……。
「ほんと、ムカつく。咲来ちゃんのくせに、生意気なんだけど」
「……っ」
やっぱり。聖来は、わたしの言ったことなんてちっとも身にしみてなどいない。この子に、謝る気なんて全くないんだ。
これでもわたしは、聖来の姉なのに。なんて無力なのだろう。
それよりもまずは姉として、紫苑くんに謝らないと。
「ごめんなさい、紫苑くん。妹が失礼なことを言って。元はと言えば昨日、わたしが傘を忘れたせいでこんなことに……」
「なんで、咲来が謝るの? 悪いのは全部コイツらだろ?」
今まで見たことがないほど、怒りを顕にした紫苑くんが教壇の前に行き、教卓をバン! と叩いた。
「なあ、お前ら。いい加減にしろよ」
普段は無口な紫苑くんの明らかに怒っていると分かる声色に、教室中の空気が一瞬で凍った。
「あのなぁ。中学生にもなって、みんなでこんなガキっぽいことしてて楽しい? 恥ずかしくないの?」
教室は、水を打ったようにしんと静まり返る。
「……」
そして紫苑くんの問いかけに、誰も何も答えない。
「誰がやったのか知らないけど。こんなことにわざわざ時間かけるくらいなら、その時間を勉強に費やせよ。期末テストも近いんだから。なぁ、そうだよな? 森田」
紫苑くんが、森田くんをギロリと睨む。
「うっ……」
森田くんはまるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。
「そ、そうだよな。滝川の言うとおりだよ。ごめん」
「おれも、悪かったよ、滝川。水瀬さんも……ごめんな」
珍しく声を荒らげた紫苑くんを見て、からかっていた男の子たちが謝罪する。
そして、ひとりの男の子が慌てて黒板の相合傘の絵を、黒板消しで消していく。
「俺のことは、なんて言っても構わない。ただ、咲来のことを傷つけるヤツは、たとえ相手が誰であっても俺は絶対に許さないから」
紫苑くんが一瞬、聖来へと向かって言ったように見えたけれど。
聖来は何食わぬ顔で、ふいっと彼から視線を逸らした。
「あの。紫苑くん、ありがとう」
「ううん。俺は、咲来の友達だから。友達として、当然のことをしただけだよ。あと……咲来、よくやったな」
「え?」
「あの聖来に、よく言ってくれたよ。咲来が俺のこと、あんなふうに言ってくれて嬉しかった」
紫苑くんが、わたしの頭の上にポンッと手のひらをのせてくれる。
「あのときはわたし、どうしようもなく腹が立って。無我夢中で……」
今までは聖来に何か嫌なことを言われても、ほとんど言われるがままだったけど。
今日初めて彼女にハッキリと言い返して、少しだけ胸の辺りがスッキリしたような気がする。
「ううん。わたしこそ、みんなの前で言ってくれて本当にありがとう。それと……ごめんね、紫苑くん」
「えっ、何が?」
「昨日、紫苑くんの家のことを聞いてしまって」
「ああ。もしかして、俺がメッセージの返事をしてなくて気にさせてしまった?」
わたしは素直に頷く。
「ごめん。別に怒ってたからとかじゃなくて。メッセージ見てすぐに寝落ちしてしまって、返せてなかっただけなんだ」
そうだったんだ。良かったあ。
紫苑くんに嫌われていないと分かり、内心ホッとするわたし。
「こら、あなたたち! そんなところに立ってないで、早く席に着きなさい。SHR始めるわよ」
「はーい」
担任の先生が教室にやって来て、わたしをはじめクラスメイトたちは急いで席に着く。
ふと見えた教室の窓の外の青空が、いつもよりも少しキレイに見えた気がした。
◇
SHRが終わり、今は数学の授業中。
「……だから、答えはこうなるの。それじゃあ、みんな。次の応用問題をやってみてちょうだい」
数学の先生に言われて、生徒たちは問題を解き始める。
さすがに応用問題なだけあって、難しいな。
うーんと、わたしは頭を抱え込んでしまう。
あれ。でも、この問題って……。
落ち着いてよく見てみれば、この問題と似たものを少し前に図書室で紫苑くんと一緒にやったことに気づいた。
あのとき、紫苑くんはどう言ってたっけ。
頭の中に、紫苑くんの優しい顔を思い浮かべる。
『いい? 咲来。この問いは一見難しく見えるけど……』
そうだ。これは、こう解けば良いんだ。
ノートの上でしばらく止まっていたシャーペンが、動き始める。
「よし、できた!」
「えっ、できた? それじゃあこの応用問題は、咲来さんに答えてもらおうかしら」
え!?
教卓の近くの席だからか、思わず出てしまった声が先生に聞こえてしまったらしく、わたしは指名されてしまった。
「咲来さん、答えは?」
先生がわたしを見つめるのと同時に、クラスメイトの視線が一斉に自分に集中する。
すると、途端に心臓がバクバクとうるさくなる。
うわ、まただ。この感じ、この間先生に指名されて答えられなかったときと一緒だ。
わたしは思わず、目をギュッと閉じてしまう。
もし自分の答えが間違っていて、また聖来たちにバカにされたらと思うと怖いけど……。
わたしは、制服の上から胸の辺りを手で押さえる。
今答えなかったら、あのときと同じ。
それだけは、やっぱり絶対に嫌だ。
紫苑くんにこれまで何度も教えてもらってきたんだから、きっと大丈夫。自信をもって……。
わたしは深呼吸すると、先生のほうを真っ直ぐ見つめる。
「えっと、y=3です」
「はい、正解です」
やった……!
苦手な数学の授業で指名されて、初めてちゃんと正解できたのが嬉しくて。
わたしは、机の下で小さくガッツポーズしてしまった。
すると、どこからか視線を感じたのでそちらに目をやると、聖来が少し悔しそうな顔でわたしのほうを見ていた。
数学の授業後の休み時間。
「ねぇねぇ、咲来ちゃん。さっきの数学の応用問題、答えられたのすごすぎるよ」
わたしがいつものように席でひとり座っていると、クラスメイトのナナちゃんが声をかけてきた。
ナナちゃんはポニーテールで、目がクリクリしたとっても可愛い女の子。
「そっ、そうかな?」
「ほんとほんと。あたし、あのあと先生の解説聞いててもイマイチ分かんなかったもん」
ナナちゃんの友達で、ショートヘアがトレードマークのミサキちゃんもやって来る。
「ねぇ、咲来ちゃん。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
ナナちゃんに、私は首を傾ける。
「あのね、良かったら……さっきの数学の問題の解き方教えてくれない?」
え!?
「あたしもー! 期末テスト近いから、ちゃんと解けるようになりたいし」
うそ、ミサキちゃんまで……。
「う、うん。もちろん! わたしで良ければ喜んで」
「ほんと!? ありがとー!」
わたしはさっそく、ふたりに数学の問題の解き方を教え始める。
まさか、クラスメイトにこんなふうに声をかけてもらえる日が来るなんて思ってもみなかった。
これも全部、紫苑くんのおかげだよ。
「やばい、やばいよーっ」
わたしは今、学校の校門をくぐり抜け、教室までの廊下を走っている。
昨夜は、紫苑くんからメッセージの返事が来ないことが気になって、なかなか寝付けなかったから。
朝起きるのが、いつもよりも遅くなってしまった。
そのせいでわたしは今、人生初の遅刻をしてしまうかもしれないピンチなんです。
「……はぁ、はぁ。予鈴の5分前だ。良かった、間に合った……」
猛ダッシュで教室の前に着いたわたしは、肩で息をしながら教室の扉を勢いよく開ける。
──ガラガラ!
わたしが教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にこちらへと集まるのが分かった。
えっ、何?!
教室の黒板の前には、何やら人だかりができていて。
「おっ、来た来た! 水瀬咲来のお出ましだぁ」
クラスの陽キャ男子・森田くんにいきなりそんなことを言われたわたしはワケが分からず、人だかりのできている黒板の前に行くと。
……え。何これ。
教室の黒板にはチョークで、大きなハートの相合傘の絵が書かれていて。縦線の左右には、わたしと紫苑くんの名前がそれぞれ書かれていた。
「おれ、昨日見たんだよ。咲来と滝川が、ふたりで仲良く相合傘して歩いてるところ」
「まじ? ふたりって付き合ってんのかよー!」
男の子たちが、わたしを見てからかう。
「ち、違うの。わたしと紫苑くんは、付き合ってるとかじゃなくて……」
「うわ。咲来のヤツ、滝川のことを『紫苑くん』って呼んだよ」
「ヒュ~ッ! 熱いねぇ」
ダメだ。わたしが否定しようとしても、誰ひとり聞く耳を持ってくれない。
中学生にもなって、まさかこんな子どもみたいなことをする人たちがいるなんて。
わたしは、掌をぎゅっと握りしめる。
──ガラガラ。
すると再び教室の扉が開く音がしたのでそちらに目をやると、中に入ってきたのは紫苑くんだった。
し、紫苑くん……!
「あらあら。噂をすれば、咲来ちゃんのお相手がご登場ね」
今まで静観していた聖来が、黒板の前までつかつかと歩いてきた。
「は? 噂?」
聖来の言葉を聞いて黒板を見た紫苑くんの目が、大きく見開かれる。
「何だよ、これ……」
「ふふ。咲来ちゃんと一緒で、滝川くんも地味だから。ほんと似たもの同士で、ふたりはよくお似合いだわ~」
何がそんなにおかしいのか、聖来と一緒になって派手な他の女の子たちもクスクスと笑う。
ひどい。わたしのことだけならまだしも、紫苑くんのことまでバカにするなんて。
「聖来。今言ったこと、訂正して」
気づいたら、わたしは口が勝手に動いていた。
「……は?」
「わたしのことは、なんと言っても構わないけど。紫苑くんは、わたしなんかと全然違うんだから」
「さっきから何を言ってるの? 咲来ちゃん」
わたしが初めて妹に意見したからだろうか。聖来は、少し驚いている様子。
だけど、紫苑くんのことを悪く言われたのはどうしても許せなくて。わたしは口が止まらなかった。
「紫苑くんは勉強もできて、優しくて。笑顔がすごく素敵で。わたしとはちっとも似つかない。だから、わたしと一緒にしないで。紫苑くんに謝って!」
「……私に謝れって、何様のつもり?」
聖来に射るような眼差しで見つめられ、わたしはハッとする。
しまった。言いすぎた。だけど、聖来のことだからこのあとに続く言葉はきっと……。
「ほんと、ムカつく。咲来ちゃんのくせに、生意気なんだけど」
「……っ」
やっぱり。聖来は、わたしの言ったことなんてちっとも身にしみてなどいない。この子に、謝る気なんて全くないんだ。
これでもわたしは、聖来の姉なのに。なんて無力なのだろう。
それよりもまずは姉として、紫苑くんに謝らないと。
「ごめんなさい、紫苑くん。妹が失礼なことを言って。元はと言えば昨日、わたしが傘を忘れたせいでこんなことに……」
「なんで、咲来が謝るの? 悪いのは全部コイツらだろ?」
今まで見たことがないほど、怒りを顕にした紫苑くんが教壇の前に行き、教卓をバン! と叩いた。
「なあ、お前ら。いい加減にしろよ」
普段は無口な紫苑くんの明らかに怒っていると分かる声色に、教室中の空気が一瞬で凍った。
「あのなぁ。中学生にもなって、みんなでこんなガキっぽいことしてて楽しい? 恥ずかしくないの?」
教室は、水を打ったようにしんと静まり返る。
「……」
そして紫苑くんの問いかけに、誰も何も答えない。
「誰がやったのか知らないけど。こんなことにわざわざ時間かけるくらいなら、その時間を勉強に費やせよ。期末テストも近いんだから。なぁ、そうだよな? 森田」
紫苑くんが、森田くんをギロリと睨む。
「うっ……」
森田くんはまるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。
「そ、そうだよな。滝川の言うとおりだよ。ごめん」
「おれも、悪かったよ、滝川。水瀬さんも……ごめんな」
珍しく声を荒らげた紫苑くんを見て、からかっていた男の子たちが謝罪する。
そして、ひとりの男の子が慌てて黒板の相合傘の絵を、黒板消しで消していく。
「俺のことは、なんて言っても構わない。ただ、咲来のことを傷つけるヤツは、たとえ相手が誰であっても俺は絶対に許さないから」
紫苑くんが一瞬、聖来へと向かって言ったように見えたけれど。
聖来は何食わぬ顔で、ふいっと彼から視線を逸らした。
「あの。紫苑くん、ありがとう」
「ううん。俺は、咲来の友達だから。友達として、当然のことをしただけだよ。あと……咲来、よくやったな」
「え?」
「あの聖来に、よく言ってくれたよ。咲来が俺のこと、あんなふうに言ってくれて嬉しかった」
紫苑くんが、わたしの頭の上にポンッと手のひらをのせてくれる。
「あのときはわたし、どうしようもなく腹が立って。無我夢中で……」
今までは聖来に何か嫌なことを言われても、ほとんど言われるがままだったけど。
今日初めて彼女にハッキリと言い返して、少しだけ胸の辺りがスッキリしたような気がする。
「ううん。わたしこそ、みんなの前で言ってくれて本当にありがとう。それと……ごめんね、紫苑くん」
「えっ、何が?」
「昨日、紫苑くんの家のことを聞いてしまって」
「ああ。もしかして、俺がメッセージの返事をしてなくて気にさせてしまった?」
わたしは素直に頷く。
「ごめん。別に怒ってたからとかじゃなくて。メッセージ見てすぐに寝落ちしてしまって、返せてなかっただけなんだ」
そうだったんだ。良かったあ。
紫苑くんに嫌われていないと分かり、内心ホッとするわたし。
「こら、あなたたち! そんなところに立ってないで、早く席に着きなさい。SHR始めるわよ」
「はーい」
担任の先生が教室にやって来て、わたしをはじめクラスメイトたちは急いで席に着く。
ふと見えた教室の窓の外の青空が、いつもよりも少しキレイに見えた気がした。
◇
SHRが終わり、今は数学の授業中。
「……だから、答えはこうなるの。それじゃあ、みんな。次の応用問題をやってみてちょうだい」
数学の先生に言われて、生徒たちは問題を解き始める。
さすがに応用問題なだけあって、難しいな。
うーんと、わたしは頭を抱え込んでしまう。
あれ。でも、この問題って……。
落ち着いてよく見てみれば、この問題と似たものを少し前に図書室で紫苑くんと一緒にやったことに気づいた。
あのとき、紫苑くんはどう言ってたっけ。
頭の中に、紫苑くんの優しい顔を思い浮かべる。
『いい? 咲来。この問いは一見難しく見えるけど……』
そうだ。これは、こう解けば良いんだ。
ノートの上でしばらく止まっていたシャーペンが、動き始める。
「よし、できた!」
「えっ、できた? それじゃあこの応用問題は、咲来さんに答えてもらおうかしら」
え!?
教卓の近くの席だからか、思わず出てしまった声が先生に聞こえてしまったらしく、わたしは指名されてしまった。
「咲来さん、答えは?」
先生がわたしを見つめるのと同時に、クラスメイトの視線が一斉に自分に集中する。
すると、途端に心臓がバクバクとうるさくなる。
うわ、まただ。この感じ、この間先生に指名されて答えられなかったときと一緒だ。
わたしは思わず、目をギュッと閉じてしまう。
もし自分の答えが間違っていて、また聖来たちにバカにされたらと思うと怖いけど……。
わたしは、制服の上から胸の辺りを手で押さえる。
今答えなかったら、あのときと同じ。
それだけは、やっぱり絶対に嫌だ。
紫苑くんにこれまで何度も教えてもらってきたんだから、きっと大丈夫。自信をもって……。
わたしは深呼吸すると、先生のほうを真っ直ぐ見つめる。
「えっと、y=3です」
「はい、正解です」
やった……!
苦手な数学の授業で指名されて、初めてちゃんと正解できたのが嬉しくて。
わたしは、机の下で小さくガッツポーズしてしまった。
すると、どこからか視線を感じたのでそちらに目をやると、聖来が少し悔しそうな顔でわたしのほうを見ていた。
数学の授業後の休み時間。
「ねぇねぇ、咲来ちゃん。さっきの数学の応用問題、答えられたのすごすぎるよ」
わたしがいつものように席でひとり座っていると、クラスメイトのナナちゃんが声をかけてきた。
ナナちゃんはポニーテールで、目がクリクリしたとっても可愛い女の子。
「そっ、そうかな?」
「ほんとほんと。あたし、あのあと先生の解説聞いててもイマイチ分かんなかったもん」
ナナちゃんの友達で、ショートヘアがトレードマークのミサキちゃんもやって来る。
「ねぇ、咲来ちゃん。お願いがあるんだけど」
「お願い?」
ナナちゃんに、私は首を傾ける。
「あのね、良かったら……さっきの数学の問題の解き方教えてくれない?」
え!?
「あたしもー! 期末テスト近いから、ちゃんと解けるようになりたいし」
うそ、ミサキちゃんまで……。
「う、うん。もちろん! わたしで良ければ喜んで」
「ほんと!? ありがとー!」
わたしはさっそく、ふたりに数学の問題の解き方を教え始める。
まさか、クラスメイトにこんなふうに声をかけてもらえる日が来るなんて思ってもみなかった。
これも全部、紫苑くんのおかげだよ。
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