紫苑くんとヒミツの課外授業

藤永ゆいか

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3. 課外授業のはじまり

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翌日の放課後。SHRが終わると、わたしは急いで教室から図書室へと向かう。


昨日、これから一緒に勉強を頑張ろうと話したわたしと滝川くんは、期末テストまで放課後は毎日図書室で勉強することに決まった。


わたしが図書室に着くと、滝川くんはすでに来ていた。


「滝川くん、お待たせ」

「ううん。俺も少し前に来たところだから」


わたしと滝川くんは、図書室の奥にある自習スペースに隣同士で腰を下ろす。


「それじゃあ、さっそく秘密の課外授業始めますか」


滝川くんの『秘密』という言葉に、わたしは少しくすぐったい気持ちになる。


どうせやるなら、放課後にふたりでこっそりと頑張って、みんなを驚かせようということになったんだよね。

だから、“ 秘密の課外授業 ”。


「よろしくお願いします、滝川先生」

「ちょっ、さすがに先生はやめてよ。面白いなぁ、咲来は」


滝川くんが、肩を震わせる。


「それじゃあ滝川くん、お願いします」

「ううん。“ 滝川くん ” じゃなくて……」


滝川くんの艶のある唇が、わたしの耳元に近づく。


「これから咲来には俺のこと、“ 紫苑 ” って呼んで欲しい」

「えっ!?」


まさか初日早々に、いきなりそんな難題を押しつけられるなんて。


「でっ、でも……」

「だって、俺も昨日から咲来って呼んでるし。それに、俺たちもう友達なんだから良いでしょ?」


『友達』

滝川くんの低く甘い声と嬉しい言葉に、胸がドキッと高鳴る。


「ねえ。一回呼んでみてよ」

「うう……」


滝川くんって、声優の人みたいにすごく良い声してるなって前から密かに思っていたけど。

こんな耳元で、囁くように言われたらやばい。


「えっと。それじゃあ……し、紫苑くん……」

消え入りそうな声で、なんとか言ってみた。


「うん、よくできました。えらいね、咲来」

紫苑くんは満足そうに微笑み、まるでご褒美みたいにわたしの頭を撫でてくる。


「これからはいつも紫苑って呼んでくれないと、お仕置きするからね?」


唇の端を、くいっと上げる紫苑くん。


お、お仕置きって……。紫苑くんって、そんなことを言う人だったの?

普段の教室での無口な彼からは、想像がつかなくて。わたしは目をぱちくりさせてしまう。


「それじゃあ、勉強始めようか。まずはどの教科からする?」

「じゃあ、数学で。昨日の授業で先生に指名されて答えられなかった問題を、ちゃんと解けるようになりたくて」

「了解。昨日の復習からね。えっと、問2は……」


夕陽の差し込む図書室の自習スペースは、わたしたち以外誰もいなくて。

紫苑くんとふたりきりだって思うと、ドキドキする。





1時間半後。


「うん。正解! 似たような問題もいくつか解けるようになったし。咲来は、飲み込みが早いね」

「そんな。滝……紫苑くんの教え方が上手だからだよ」

「咲来いま、滝川って言いそうになってたね。あと少しでお仕置きだったのに。ざーんねん」


紫苑くんが楽しそうに笑い、彼のサラサラの黒髪が揺れる。


教室での滝川くんは誰とも交わらず、ほぼ無口だから。こうして彼が笑っているところを見るのは、ほんと新鮮。


「勉強を始めて1時間以上経ったし。そろそろ帰ろうか」


彼に言われて図書室の窓に目をやると、燃えるようなオレンジ色だった空は藍色が混ざりつつあった。


「うん、そうだね」


この日はこれで、お開きとなった。


それから1週間後。放課後の図書室で、今日もわたしは紫苑くんに数学を教えてもらっている。


「咲来、すごい! パーフェクトだよ」


紫苑くんが、彼手作りの数学の小テストに赤ペンで花丸をつけてくれる。


「ほんとこの数日で、ここまで出来るようになるなんて。咲来、天才じゃない?」

「いやいや、天才だなんて。紫苑くん褒めすぎだよ」


だけど、誰かにこんなにも褒めてもらったのは久しぶりだから。嬉しいな。


「でも、ありがとう。紫苑くんに教えてもらったから、出来たんだよ」


紫苑くんは、いつも本当に優しく丁寧に教えてくれて。解説も分かりやすいから。

彼にはすでに、感謝の気持ちでいっぱい。


「あの、紫苑くん。良かったらこれ、受け取ってくれる?」


わたしは、スクールバッグの中からラッピングされた袋を取り出す。


「いつも勉強教えてもらってるお礼に、クッキー焼いて来たんだけど……」


ただの友達なのに、手作りのお菓子なんて重いかな? とも思ったけれど。

わたしにできることって、お菓子作りくらいしか思いつかなかったから。


「え、うそ。それ、俺にくれるの? ありがとう!」


紫苑くんは、笑顔で受け取ってくれた。


「咲来が、俺のためにわざわざ?」

「うん。でも、もし手作りが嫌とかなら、無理に食べてくれなくても……」

「そんなの嫌なわけないじゃない。俺甘いもの好きだから、すげぇ嬉しいよ。ね、食べて良い?」


わたしがこくりと頷くと、紫苑くんはさっそく袋からクッキーをひとつ摘み、口の中へと入れる。


「んー、美味い!」


クッキーを食べる紫苑くんの手が止まらない。


「やばい。これ、美味すぎる」


あっという間に、クッキーを平らげてしまった紫苑くん。まさか、こんなにも喜んでもらえるなんて。


「ねぇ、咲来。また作ってきてよ」

「うん」

「俺、咲来の手作りのお菓子なら毎日でも食べたい」


紫苑くんの笑顔が弾ける。


普段は、大人っぽく見える紫苑くんだけど。

笑顔は、まだあどけなくて。なんだか可愛い。


「あっ、紫苑くん。口の端のところに、クッキーの粉がついてるよ」

「えっ、どこ?」

「もう少し、左……」


わたしの言葉に合わせて紫苑くんが指を動かすも、粉とは違うところに触れてしまう。


「ああ、違う……」

「ねぇ。それじゃあ、咲来がとって?」

「え?!」


わ、わたしが……紫苑くんの唇に触れるの?


わたしが戸惑っていると、紫苑くんが目を閉じる。


メガネのレンズ越しでも分かる。紫苑くんのまつ毛はボリュームがあって、すごく長い。


「さーくーら。ほら、早くして?」

「う……」


紫苑くんに、そんなふうに言われたら……やるしかないじゃない。

わたしはドキドキしながら、少し震える人差し指で紫苑くんの唇にそっと触れた。


「とっ、取れたよ」

「ありがとう」


紫苑くんが、わたしだけに向けてニッコリと微笑んでくれる。


それが、さっきからとてつもなく嬉しくて。紫苑くんのこの素敵な笑顔を、もっと見たいと思ってしまった。


この気持ちは、何なんだろう?
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