サイカイのやりかた

ぎんぴえろ

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一章 神童

6.みんなお金が欲しいの

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「お母さんっ行ってきます!」

「行ってらっしゃい。今日までよく頑張ったわね」

 母親に辞める話をして翌日。彼女が子役としての役割を全うする最後の撮影、最後のカットの声が響いたと同時に彼女の周りを大人たちが取り囲む。皆一様に拍手を送り、花束を差し出してくれる中、彼女はそれを母親に預け、笑って見送ってくれる母親に手を振り駆け足で病院へ向かっていた。

 ーーもうこれで、ずっと遊んでいられる。イチとみんなとずっと一緒に。

 これから彼女は普通の少女になる。有名人でも、神童でも、天才子役でも無くどこにでもいる普通の子供として生活するのだ。これから先が未知数で何が待っているのかワクワクしていた。なんならここに引っ越してもいい、イチやイチの友達と同じ学校に通ってもいい、毎日学校に行って、勉強して、給食を食べて、同じメンバーで遊んで、家に帰ったら大好きな母親に迎え入れられて、明日の予定もまた同じで変化なく、また朝を迎える。そんな楽しい生活をするんだ、と。

 ーーもう私は、ーー







「えぇ~やっぱりちゃんってちゃんなんだ! すごーい!!」

「……っ」


 病院へ向かうその途中だった。いつもと同じ、道に通学路と書かれた曲がり角を曲がろうとした時聞き慣れた声に聞き耳を立てる。

「本当にあの真冬なの? テレビとかよく出てるあの子?」

「ぜったいそーだって! 白い髪だったし、綺麗な顔してるし間違い無いって!」

「すげぇ! 俺ら有名人と知り合いなんだ!!」

 どうやら自分の素性がバレていたらしい。どこでバレたのかは、まぁ分かる。友達と遊んでいた時、毎回イチがそわそわと隣にやって来て「マフユマフユ」と連呼していたのだ。勘づく子供がいてもおかしくはない。いくら帽子で隠しても髪は見えるし顔は隠せないのだから、いずれバレるだろうとはマフユと思っていた。

 だから、構わないとも思った。後からどうせ伝える予定だったこともある。初めは自分のことで騒がれたとしても彼らならきっと自分を受け入れてくれるはずだと、だから問題ないと、

「だからなんだ~ママが言ってたよ。真冬ちゃんと仲良くしなさいとだって」

 ーー……え?

 その考えはものの数秒で否定された。

言われた~そういうことなんだね」

「マフユちゃんはダメだって」

「だからこの前。真冬ちゃんと遊ぶって言ったらお菓子高いの買いなさいって言われたよ」

「じゃあマフユちゃんと遊んだら

「……………………………………………。」

 通り過ぎていく友達(?)。彼女はその場から動くことが出来なかった。彼らの言葉が、彼らの声が、マフユの心の中で何度も何度も繰り返される。

 ーー嫌でも仲良く……? 仲良くしないとダメ……? おこ、づかい……。

 震える体が、動かない。

 彼らから感じる真っ黒な気配。彼女が大人の世界に入ってよく見かけたそれは、人のことを自分の私利私欲の道具としてしか見ていない彼らと似通っているように感じる。

 大人が、自分たちと子供の今後のことだけを考え子供に吹き込んだ残酷な言葉。彼らはそれを純真無垢に受け取り、意図せずその言葉を吐き捨てる。

 その言葉が彼女の心を蝕むことも知らずに。

 ーー私と遊んでくれたのは、お金のため……。

 最初から少し引っかかっていた。彼らは『珍しく』イチに声をかけ、と遊びたいと言っていたと。「マフユマフユ」と何度も声をかけてくるイチをまるで遮るかのように自分に声をかけていたと。その目的は、本当にマフユと遊びたかったわけではなくーー

「……っ」

 僅か9歳の子供にはあまりにも酷な現実である。

 大人の裏の顔を見慣れて、ある程度理解していたはずの彼女が、初めて知ることになる子供の仮面を被る大人たちの思想。

 彼女の才能お金だけしか見ない、醜い下衆どもによってーー


「……………………。」


 鎖が、再び音を立てる。


 ーー

「い、おいって……」

「……。」

「おいってば、聞いてるかマフユ!!」

「あっ」

 目の前で手を振られて、マフユはようやく顔を上げた。思わず体をパイプ椅子から浮かせ、背もたれにトンと体を預ける。

「酷いぞ! 僕が今日どれだけ頑張ったかを話してやってるのに、聞いてくれたっていいじゃん!」

「……ごめんね」

「ふんだっ、やっと遊びに来だと思ったら座って何も言わないし、なんか変だしさ。僕怒っちゃうもんね!」

 顔を上げた先にはベットの上でぷくりと頬を膨らませたイチが腕を組み他所を向いていた。窓から差し込むオレンジ色の光が、彼女の顔を曇らせる。

 心の傷はそう簡単に割り切れるものでもなく。イチに会いたいとここまで来たにも関わらず顔を伏せ、イチの言葉も上手く聞き取れない。心のもやっとした感覚がどうにもならない不安が、彼女の意識を逸らしてしまう。

「今日僕本当に頑張ったんだからね。痛いの我慢したのにマフユは話聞いてくれないし」

「……ごめん」

「あーあ、これで何も良いこと無いって酷いよね、トッポ食べれるとかお小遣いとか欲しかったな~ちらり」

「……おこづかい」

 ピクリと、反応した。イチが察したとは思えない、いつもの談笑の一つとしてセコい彼が考えもなく言ったのだろう。しかし、そのタイミングがあまりにも最悪だった。言葉をそのまま何事もなかったかのように流すことが出来ない。

「イチ」

 俯くマフユは、自然と、救いを求めるかのように、無意識にその手を他所を向くイチヘと伸ばし、

「イチお金、欲しいの?」

 それは懇願に近かったかもしれない。彼だけは違うと、自分が見ていた幸せで自由な世界は表面上だけのものじゃ無いと。盲目の中、短く細い一本の線を探すように、震わせながら彼女は手を伸ばし、

「お金? そりゃ欲しいよ、当たり前じゃん! だから頑張ったんだもん!」

「え……」

 その手が、ピタリと止まった。

「有名なのはけどさ。んだぞ」

 ーー……て。

「でもからさ。黙ってるしかできなくてさ」

 ーーやめ、て……

「文句言っちゃだって言われて、だったけど頑張ったんだよ」

 ーーイチは、イチだけはそうじゃなかったって信じさせて……!

「だからお小遣い多くもらってもバチは当たらないよな、だって!」

「……チも……なんだ」

 もう、言い訳も合理化も出来そうもない。彼が言っているのは彼女に対しての本音、友達だと思っていた彼らと同じ言葉ばかり。

「イチも、みんなと同じなんだ……っ」

 自分で言葉にして、胸がギュッと掴まれたように錯覚する。苦しい、辛い、この場所にもういたくはないと、立ち上がった際に倒れた椅子もそのままに、病室を飛び出した。この現実が、この真実が嘘であってほしいと願いながら、彼女の聡明な頭が現実であることを勝手に立証する。

 この町に来た時と同じ、いやそれ以上の焦燥感と孤独感、彼女にとって元々慣れていたはずの感情が今は苦しく、辛い。

 息を切らしてただがむしゃらに真っ直ぐ走る中で、彼女は今までの楽しかった思い出を、そのフィルムを燃やすかのように頭の中で何度も何度もフラッシュバックさせては頭を振った。



 #####



 それでも救いを求めるのは、子供だからか。

 彼女が闇雲に走っていたと思っていた道は佐世保に滞在する期間寝泊りするホテルであった。ふらふらとした足取りでホテルの受付の横を通り抜けると、エレベーターに乗る。角に体を預け、しばらくして到着した301と書かれたドアを開けて中に入ると、

「あら、おかえり。早いけどどうかしたの?」

「……別に、なんでもないよ」

 卓上の机にパソコンを開き、何やら連絡をとっていた母親と目が合った。いつも通りの母親に安心し、何事もなかったように笑う。体が重い。今にもベットに倒れ込みたい衝動を抑え、手洗いのため洗面台へ向かった。

 蛇口を捻りながらこれからどうしようかと考える。母親には仕事を辞めたいと言って、長崎佐世保に住みたいとも言った。昨日の今日でやっぱやめたいなどと言えば理由を話さないわけにはいかないだろう。

 逆に、自分の想いを隠したまま表面上の友達として佐世保で暮らすことも考えた。演じることは可能だろうが、演技をしてまでその虚構の関係を続ける必要があるのかと考えてしまう。

「……イチのばか……イチの……ばか」

 せめて、せめてと。一番仲良くなれたと思った少年だけでもと思ってしまう。たった1人でいいから、他とは虚構でも構わないから、彼だけでも友人として接してくれていればと。

 思考の中で、彼にも責任があると思ってしまうのは子供だからなのか。

「真冬。手を洗いながらでいいから聞いておいて」

「……ん、なに?」

「事務所から連絡があったわ。大分渋られたけど、真冬を引退させることを了承させたから」

 自分の思い通りにならないことばかり、そう思い始めていた彼女だったが少しだけ安心した。安心して、ふと思う。

 ーーどうして、安心するんだろう……

「真冬、それともう一つあるのだけど」

「なに?」

 元々、仕事を辞めたい理由は『イチや友達と遊ぶ時間を増やすため』だったはずだ。それが無くなってしまっている今の状況下ですら、どうして彼女はしているのか。

『時間を増やすことができる』以外に彼女が辞めたいと思った理由はない。他にやりたいことも無いのだから自分の時間が増えたところで嬉しくなどない。だったら、どうして彼女はーー

映像編集をやるわよ」

「……え?」

 思考は、一時中断された。

 頭の中で考えを巡らせていた彼女は、一瞬なにを言われたのか分からなかった。水を流したまま母親がなにを言っているのかとリビングへと顔を向ける。母親は真冬へと顔を向けることなく、パソコンに視線を固定させたまま、

「知り合いの映像編集者に会わせてもらえるように監督にお願いしておいたから、明日にでも会いに行くわよ」

「……お母、さん。私、仕事、辞めるってーー」

「だからその手続きは終わったじゃない。貴方が学校には行きたいというから、学校に通いながら学べるものを探したの。映像編集ならパソコンで遠距離から指導できるし、放課後にでも学んでいけばいいわ。貴方の言う通り、佐世保で過ごしてもいいし引っ越してもいいけど映像編集これはしっかりと学びなさいね」

 この時母親が彼女の方を向いていれば、彼女の震えて俯く姿に何事かと問いかけてくれていたかもしれない。 言葉にもならないほどの声で「どうして」と動かす彼女に、

「あなたは無限の可能性があるのだから、次の仕事もきっとうまくいくわ」

 お決まりの、母親のよく使う言葉が、突き刺さる。

 気づく。神童であるはずの彼女は、友人の真実だけでなく、母親の真実すら見えていなかったのだと。

 母親は、変わってなどいなかったのだ。

 前と同じ、真冬いつもと同じだ。仕事を辞めるとはつまり次の仕事をするということだと、次終われば次と繰り返してきたものと何ら変わらないと考えている母親のことに、

 気づき、絶望する。

「……あ」

 前々から思っていた。

 公園で遊びたいと、遊園地で遊びたいと、買い物に行きたいと、友達と遊びたいと、彼女がそう願うとどうして『ならばこれをしろ』という条件が課されるのか。

 どうして友達と遊ぶために、私だけ頑張らなければいけないのだろう? どうして私は遊ぶだけで枷が付き、普通を普通で済ませることができないのだろう?

 常々思っていた募っていた鬱憤が彼女の体を動かした。

「……ぁ……あ」

 母親は、無情にも、彼女にこう言うのだ。


 お前はまだ働かなければならないと。


 お前は普通の子供ではいられないと。


 母親に気づかれないように彼女は部屋から出た。

「……………………………………………。」

 連弾のように次々と襲いくる悪夢にマフユの心は壊れた。眠りから覚めていないだけならもう許して、開放してとマフユは耳を押さえ、震える体を壁に沿わせる。

 友人だと思っていた彼らも、

 信頼できるかもと勝手に期待していた少年も、

 ようやく自分を見てくれたと思った母親も、

 本当に見ていたのは、彼女の才能だけだった。

「もう……嫌だ、もう、嫌だよ……!」

 を見てくれている人は、もうここにはいない。


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