凱旋の五重奏 ~最強と呼ばれた少年少女達~

渚石(なぎさいさご)

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第一章 ~伝説の魔剣~

第20話 麒麟

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「おぉ、よく来たなぁ? 約束通り来るとは思ってなかったぞぉ? まあ来なければ私の全権力を使ってお前の家を本物の没落貴族にしてやるところだったがなぁ! ふふっふふふふ……」
「……私は何をすれば良いのですか」
「うんうーん!その従順な態度!それでいいんだよぉ。おい、オルガ」
「はい」
「お前はこの小僧と一緒にあの小娘と青髪のゴリラが来ないか見張っておいてくれ。失敗は許されんからなぁ、頼んだぞ?」
「はい」

 いつの間にか脱いだのか、漆黒の眼帯と羽根飾りの亡くなったフェリスが山の中腹前に着いた時、それは現れた。手足をブクブクと太らせ、至る所に宝石を身につけた豚。そして無機質な、どこにも焦点の合わない目をしている機械のような大男。そう、デナルとオルガだ。

「じゃあ私はあの中心部に行ってくるからなぁ。おい、小僧。変なことをすれば、すぐにオルガがお前の息の根を止める。分かってるなぁ?」
「えぇ。分かってます。何もしませんよ」
「それならいいよぉ」

 鋭い口調と、間延びした声を交互に使い分ける独特なしゃべり方に、多少の狂気を感じながらフェリスは無難な答えを探し出す。

 そうして探し出された応えに満足したデナルは、少しずつ傾斜の厳しくなっている坂をズンズンと登り始めた。その動きはまるで、重量を感じさせないほど軽いものだった。

 デナルが山の奥へと入り、フェリスとオルガの二人だけが取り残された。
 カラスのけたたましい鳴き声と、夕陽によって赤く染められた枯れかけの草木が辺りに蔓延っている。

 そして、カラスがいなくなればとうとう、二人の空間を痛いくらいの静寂が包んだ。
 二人とも並ぶように立ったまま、動こうとしない。いや、フェリスは動けないのだ。それが、オルガの放つ異質感によるものなのか、フェリス自身の緊張によるものなのかはわからないが。

 それをどうにか振り払うように、一度首をブルブルと振り、気を取り直すようにキッとオルガの顔を睨んだ。当然、オルガは何も反応しない。フェリスが睨んでいることに気づいているのかすらも怪しい。

 またも酷く痛々しい静寂が二人の空間を満たす。

 先にその静寂を破ったのはフェリスだった

「……あなたは何者なんですか」

 放たれたのは、フェリスの中にずっと巣喰っていた一つの疑問だった。

「…………」

「やはり何も答えてくれませんか」

 それでもフェリスは、表情も焦点も全く変えずに無言を貫く大男を見つめ続ける。だが、大男が口を開くことはない。

「……あなたは強い。それはもう、凄まじい強さだ。けれど…いや、だからこそ。なぜ…何故あのような人に仕えているのか僕には分からないのです。よろしければ教えてもらえませんか。あなたが……何故あの男に仕えているのか」

 フェリスの勇気を振り絞り、所々で詰まりながらも伝えたかった言葉。声も震えている。
 しかしそれでも大男が表情を変えることはなかった。あくまで機械のように無機質な目を、どこかに向けるでもなく、ただ真っ直ぐに。

 ギリッ!

「どうしてそんな無表情でいられるんですかっ!! 何故……何故っ!! あいつの狙いは恐らくあの魔剣(・・・・)です!! それを知っても知らん顔してられるんですかっ!! あなたほどの強さがあれば容易に止められるはずだ!! それなのに…なのにどうし…うぐっ!?」
「五月蠅い。喋るな」

 勢いよくゴツゴツとした太い手が伸ばされ、首をつかまれる。その凄まじい膂力に、自然とフェリスの体が宙に浮いた。

 いつか見た光景。自分の顎の下から太い幹のような腕が伸び、自分が苦しんでいるあの光景。フェリスは走馬燈のように思い出す。しかし、それが再びやってくることは――

 ―――なかった。

 フェリスは笑っていた。ニィッとどこかの誰かに似ている、犬歯を覗かせた獰猛で不敵な笑みを浮かべていた。

 そしていつの間にか右手に握られていた『迅雷エイントルェ』を一気に突き放つ。

「っ!?」
「ようやくその顔を拝ませてくれましたね」

 無機質だった表情が一転、目を丸くさせ驚いているオルガの姿がそこにあった。まさに、虚を突かれたといった、そんな顔だ。

 しかし、フェリス渾身の奇襲はあえなく失敗に終わった。フェリスの一突きは宙に浮いたままの体勢で放たれたものはあったが、それでも『迅雷』の名に相応しい速さだった。それでも、オルガは避けたのだ。その迅雷を。

「……やっぱり、避けられますよね」

 想定内。宙から生還したフェリスの、余裕いっぱいの態度がそう物語っていた。

「貴様……」
「えぇ、初めましてオルガさん。それが機械ではないあなたの本性ですか?」
「……」

 オルガの頬からツーと赤い液体が垂れ始めた。そう、完全には避けきれなかったということだ。

 届いた。フェリスの一撃が届いたのだ。何も出来ず、ただ打ちのめされ、自分の無力さに泣き叫んだあの時とは違う。クレアとの文字通りの真剣勝負は、フェリスを今までとは比べものにならないほどに育てたということ。

 以前とはまるで違う雰囲気を纏ったフェリスを見て、オルガは初めて剣を構えた。いいや、構えさせられたのだ。
 それが、未知の実力によるものなのか、それとも、単にフェリスを敵と認めただけなのか、それはわからない。

 しかし、構えさせたという事実だけで、この場の空気を支配しているのはフェリスであることは間違いない。

 そんな空気を振り払うように、オルガは頬から滴る血を腕でぬぐった。

「先に聞いておく。お前はオルタナ家の長男、フェリス・オルタナで間違いないんだな」
「覚えていてくれたんですね。えぇ、そうですよ。僕はフェリス・オルタナ。あなたの本名を聞いても?」
「……オルガ・オレイガス」
「オレイガス……すいません、聞いたことのない家名なものだから呆けてしまいました。あなた程強ければ名家の生まれかと思ったんですけど……まぁ、どうでもいいですね」
「…………」

 双方、お互いの間合いを詰めることなく、すり足でジリジリと距離を測る。
 フェリスはいつものレイピア、そして、オルガは立派な大きさの片手剣を構えたまま。

 視線、動作、そして牽制による無数の攻防が繰り広げられる。だが、未だに双方動かない。

 やがて、二人がピタッと動きを止めた。

 一瞬の静寂。

――それを破ったのは、オルガだった。

「ふっ!」

 ただの袈裟斬り。ただしそれは、フェリスに刃を当てていればの話だ。

「ッ!?」

 何か、としか表現できないような何かが飛んできた。フェリスにはそれだけがわかった。逆に言えば、それだけしか分からなかった。

 もとより注意していたこと、そして自前の瞬発力も相まり、なんとかその何かを躱す。

 そしてその後に響き渡るのは――轟音とでも言うべき、木が倒れる音。

 それと共に、フェリスの中の時が止まった。

(今のはいつも師匠が使っているものと同じ風の刃!?)

 額から冷や汗が流れる。

(魔剣技を使ったような素振りはなかった……じゃあただ剣を振っただけであれを生み出したっていうのか!? あり得ない!!)

 カマイタチを魔剣技なしで、つまり魔力を一切使わずにあれだけの威力を生み出したことに驚きを隠せないフェリス。

「大口を叩いておいてこの程度で何を驚いている」

 その様子をみたオルガは剣を下ろし、無骨な声でそう言った。

「なに、想定内さ」

 強気で言い返すフェリス。しかし、恐らくバレている。これがハッタリだということは。

 ふん、と鼻を鳴らし再び剣を構えるオルガ。いつ来るかわからない風の刃の恐怖。そんなものにずっと付き合っていたら精神が保たない。

 そう考えたフェリスは、まさに特訓の成果とも言える行動に出た。

「『迅雷の如く、流水が如く。哮る姿はまさに麒麟―【纏雷エレクトローラス】』」

 フェリスのオリジナル魔剣技―【纏雷エレクトローラス】。自分の武器だけでなく、皮膚や体毛にまで電気を纏い、ありとあらゆるものに対して斥力と引力を生み出すことにより高速で動くことを可能にする魔剣技だ。

 クレアを初めて倒した際にも、最初から最後まで使い続けていた魔剣技である。通常、魔剣技の常時展開など魔力消費が大きくなるため、あまり許される行為ではないのだが、この魔剣技の特徴はそこにある

 消費魔力が極めて小さく、それでいて強力なのだ。何せ、ただただ電気を体表に纏っておくだけなのだから。

「ほう」

 フェリスが動いただけでヒュンッ! と音を立てる大気。文字通り、伝説の幻獣―麒麟のような目にも止まらぬ速さで移動する姿は美麗且つ端麗。その速さ故、フェリスが移動した空間には大きな電流が流れ、スパークを生み出す。

 動くだけで成立する、魔剣技。それがこの【纏雷エレクトローラス】だ。

 速さと、木々が生い茂ったこの空間をも活かし、四方八方に立体的な動きで動き回る幻獣。そんな幻獣からすれば、止まっているだけの的の背後をとることなど、造作もなかった。

 これを防ぐのは至難の業。

(沈めっっ!!!)

 フェリスの刃―――幻獣麒麟の大きく捻れた天を穿つような大角が、オルガを襲った!
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