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第一章 ~伝説の魔剣~
第14話 嵐の前のなんとやら
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「っていわれてもわかんないものはわかんないんだよね…」
父であるフィリートから助言をもらい、自室に戻ったフェリスは頭を抱えていた。それはもう、頭に全体重がかかっているかのように抱えていた。
「大体本当にクレアを見つけることが課題なのかな…僕の捉え間違いなんてことはないのかな」
考えれば考えるほど不安になるフェリス。外はもう随分暗くなり、家を出ての調査はできない。となれば、出来ることは考えることのみだ。幸い明日は一日暇だったので課題に充てる時間は十分にある。
しかしだ。あのクレアが本気でかくれんぼをすれば物理的にフェリスが届かないところまで逃げることも可能だろう。いや―そんなことはしないはずだ。今までクレアからは無理難題と思われる課題を散々課せられてきた。中級魔剣技を一週間で会得しろ、とか、シルバをボコボコにしないと破門、だとか。後者は特にきつかった。精神的に。
そんなことを考えていたフェリスにもとうとう限界が訪れ始めていた。
いや、強敵とも言うべきか。
幼い頃…いいや、大人になってもこの強敵が迫り来る場面はいくつもあるだろう。夜になると奴は毎度毎度顔を出す。深い闇へと誘いに。
そう、奴の名は―
「ね…むい…」
睡魔である。
プツン、と電池が切れたようにベッドに向かって倒れ伏し、自然と目が閉じられる。フェリスはそのまま目覚めることなく朝を迎えるのだった…。
「はい、終わった。」
翌朝。フェリスの絶望的な表情がそこにあった。と言ってもこれは仕方の無いことなのだ。フェリスには必ず十時には寝るという特性があり、昨日もそれに従って身体が勝手に寝てしまっただけだ。
「僕は悪くない。身体が悪い」
師匠譲りの理不尽を言葉にしながら寝癖でボサボサになった髪を手櫛で整える。金色の艶やかな髪が台無しだ。
現在の時刻は朝の7時。シトシス学院は普通10時すぎから授業が始まるので起きるにしては早すぎるのだが…。これは毎朝のフェリスの日課に起因している。眠い目をこすり頬をつねって体を起こし、下の階へと降りていく。
「ご飯……作ろ……」
フェリスの日課、それは家族――と言っても父フィリートとフェリス、それに時々クレアが混ざるだけであるが――のちょっとした朝食を作ることだ。とは言えフェリスはまだ10歳。大したものは作れないし、作れるものは数品。それは今はもういない母親に教わった料理だ。
そして、台所に着くやいなや、棚の中から何かを取り出す。それは、鶏卵。父のフィリートが「フェリス~、また鶏卵貰ったからここに置いとくね~」といって一週間のうちに大量に持ってきた鶏卵だ。
どこから仕入れてくるのかわからないが、恐らく高級なのであろうそれを2~3個ほど割り、容器に入れカチャカチャとかき混ぜる。どこぞの東方諸島には「アワダテキ」なる便利な混ぜる機械が存在するらしいが、そんなことを知らないフェリスはスプーンを使ってかき混ぜる。
ほどよく泡立ち、卵黄と卵白の境界がなくなった鶏卵に砂糖を加え、さらに少々の塩を加える。こうすることでより砂糖の甘みを感じやすくなるのだとフェリスの母が言っていたのだ。
そうして下味のついた鶏卵をこれまたどこから仕入れているのかわからないパンにしみこませていく。フィリート曰く「あぁ、これかい?貰い物だよ」とのことであるが、あまり大量に持ってくるものだからもしや盗んでいるのでは……と疑ったこともある。まぁ盗むほど余裕がないわけではないしむしろ余裕しかないオルタナ家がそんなことをする理由もないのであるが…
パンにしっかりと染みこんだことを確認し、それをフライパンに乗せ焼いていく。ジュージューと肉を焼いているような重量のある音と共に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。クレアならつまみ食いしそうな程良い香りだ。
手際が大事と言わんばかりに、パンを焼いている間に汁物作りにかかった。小さな鍋に二人分ほどの水を入れ、加熱。まずはキノコを乾燥させ粉末にしたもので出汁を取り、次にアスパラガスを1センチ感覚で刻んだものをその中に投入。さらに、乾燥させていたワカメをある程度の大きさに砕き、これまた鍋の中に投入。
「ん~朝から良い匂いだね。おはようフェリス。今日は卵トーストかな?」
卵トースト、とネーミングがストレートすぎる料理にちらっと目をやりフェリスに挨拶したのは父フィリートだ。今日も若々しいお顔をしていらっしゃるのだが、寝癖によって爆発した髪によって「残念な」が接頭につくことは避けられない。残念。
「おはよう、父上。」
そんな父に対し「またか」と微笑むフェリスが挨拶を返す。フィリートの寝癖は最早天然記念物である。
「卵トーストとアスパラガスの吸い物にしようと思って。なにかリクエストでもある? と言っても僕が作れる料理なんてたかがしれてるけど」
「いいや、十分だよフェリス。それにちっとも料理できない僕に比べたらフェリスは出来るほうさ。自信を持って良いよ」
そう言われたフェリスは頬を緩めてはにかんだ。
丁度トーストが良い焼き加減を迎えたため、アスパラガスの吸い物が完成するまで弱火に切り替え、保温に移る。冷めては美味しくない。
アスパラガスも程よく柔らかくなる頃だと見計らい、最後にフェリスがあらかじめちぎっておいたあげを投入。キノコ風味のアスパラガスの吸い物が完成した。
「それじゃ、食べようか」
適量に分け、配膳を終えたフィリートがフェリスに呼びかける。料理のできないフェリーとは配膳や皿洗いを担当しているのだ。子供と親の役割が逆転しているように思えるが仕方ない。何せ、フィリートは料理が作れないのだから。フェリスには正直、料理を覚える気が無いとしか思えないのだが…
その呼びかけに従って手を洗い終わり、椅子に座る。準備されている椅子は四人分。机は立派な材木で出来ているのだがテラテラと光っていることから相当な加工がされているのだろう。つまりはお高いのだ。
フェリスとフィリートは向かい合うように座り「いただきます」の声と共に食べ始めた。
「ん、美味い。日に日に上達してるぞフェリス」
「ありがと、これも母上が遺してくれたレシピ本のおかげだね」
「……そうだね」
自分でつくったものながら美味しそうに食べるフェリスに、懐かしむような微笑みを浮かべるフィリート。
「あ、そうだ。今日また学校に行ってくるよ。やらなきゃいけないことがあって」
「クレアの件かい? それなら学校に行く必要は無いと思うのだが…」
二階に僅かな気配が漂っている…いや、正確には漂うことなく止まっている何者かを思い出すかのようにフェリスにそう告げる。当の本人はまだ夢の中にいるのだろう。
「いや、違うんだ父上。今日はまた他の用事もあって…」
「そうなのかい? ……あんまり根を詰めすぎないようにね。僕もアリアナもそこまで体が強いわけじゃなかったんだからフェリスもその血を継いで丈夫なわけじゃないんだから」
「分かってるよ父上。無理はしないさ」
父の心配もすこぶる理解しているつもりだ。なにせ、フェリスの母でありフィリートの妻であるアリアナ・オルタナは生まれつき煩っていた持病のせいで早くにして亡くなったのだから。
治癒魔法や治癒に関する特殊技能・テクネーが存在するこの世界だが、アリアナの持つ持病は重すぎたのだ。治療するためにならどこへでも行った。それこそ魔道士領までおしかけたことまであった。しかし、痛みや進行を遅らせることは出来ても、治すことはできなかったのだ。
だが、フェリスは知っている。母が亡くなったのはそれだけのせいではないと。
「無理はしないけど…今日は少しだけ遅くなるかもしれないんだ。だから晩ご飯は遅れると思う」
「そうか…………分かった。待っているよ。何時くらいになりそうなんだい?」
「そうだね…八時くらいかな…」
「そりゃまた遅いね、僕でよければ作っておくけど?」
「あ、あぁ~。うん、帰ってきて作るから父上は何も触らないでね?」
「? …わかったよ」
フィリートの作る料理とは「台所にあるものを鍋にぶち込んでおけば料理になるよね?」といった感じのまさに暗黒物質だ。想像しやすいようで想像し難いのがこの鍋の特徴であり、さらに味までもよくわからないのだからタチが悪い。
逸話を残している父フィリートの料理が完成することを見越して、大人しくさせておくことを選んだフェリス。彼の選択はひどく正しい。
過去に一度だけフィリートの(余計な)心遣いからオルタナ家に異様な暗黒物質が出来上がったことがあるのだが、それを食べたフェリスは物の見事に気絶。さらに「ん!? どうしたんだい!? 美味しさのあまり気絶したのかい!?」と薄れ行く意識の中でフィリートが叫んでいたため、本人には味覚が存在しないことも判明した。
後にフェリスが言っていたことであるが、「あれは、遅効性の毒。食べれば三途の川へ一直線」とのことである。
ちなみに余談であるがフィリートに味覚がないことが判明した後、自分の料理も本当は美味しくないのではないかと疑ったフェリスが、クレアに頼んで自分の料理について本音を言ってほしいと頼んだことがある。「え? 普通に美味しいぞ?」との返答を頂き嬉しさのあまり床に湖が出来るほど泣いたことがあるのだが、そのことをオルタナ家で口にすることは最早禁忌である。
その出来事をフィリートに話したクレアの翌日の夕食が消失していたことは言うまでもあるまい。
さらに「わ゛た゛し゛の゛こ゛は゛んぅぅぅぅ゛!!!」という鳴き声混じりの叫び声がオルタナ家に響いたことも想像に易い…………。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。9時までにはついておきたいからね。」
「そうかい。気をつけて行くんだよ? 転んだりしないようにね?」
「大丈夫だよ父上。昔みたいに泣いたりもしないから。じゃあ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そういってご飯を終え秒で家を出て行ったフェリスを見送ったフィリートだったが、心の中では何かを忘れているようでならなかった。
「(なんだ…………? 何を忘れている? 忘れるってことはそんな大事なことではないのかな…………いいや、待て。今日は何かいつもと違って……そうか、クレアがいないのk…………)」
「それだ。」
そういってすぐさま二階へ駆け上るフィリート。その表情からは焦りと呆れが窺(うかが)える。今ではすっかり走ることがなくなったフィリートだが元はフェリスと同じシトシス学院の生徒だったため、身体能力は高い。階段を二段飛ばしで軽やかに上り、足音を消している。そして、二階のフェリスの部屋にたどり着き扉を開けるとそこには――
「おはようございます、フィリートさん」
――そこには、本来であれば艶やかで長い真っ黒な髪を、オルタナ家の二人同様ボサボサに爆発させたクレアの姿があった。
父であるフィリートから助言をもらい、自室に戻ったフェリスは頭を抱えていた。それはもう、頭に全体重がかかっているかのように抱えていた。
「大体本当にクレアを見つけることが課題なのかな…僕の捉え間違いなんてことはないのかな」
考えれば考えるほど不安になるフェリス。外はもう随分暗くなり、家を出ての調査はできない。となれば、出来ることは考えることのみだ。幸い明日は一日暇だったので課題に充てる時間は十分にある。
しかしだ。あのクレアが本気でかくれんぼをすれば物理的にフェリスが届かないところまで逃げることも可能だろう。いや―そんなことはしないはずだ。今までクレアからは無理難題と思われる課題を散々課せられてきた。中級魔剣技を一週間で会得しろ、とか、シルバをボコボコにしないと破門、だとか。後者は特にきつかった。精神的に。
そんなことを考えていたフェリスにもとうとう限界が訪れ始めていた。
いや、強敵とも言うべきか。
幼い頃…いいや、大人になってもこの強敵が迫り来る場面はいくつもあるだろう。夜になると奴は毎度毎度顔を出す。深い闇へと誘いに。
そう、奴の名は―
「ね…むい…」
睡魔である。
プツン、と電池が切れたようにベッドに向かって倒れ伏し、自然と目が閉じられる。フェリスはそのまま目覚めることなく朝を迎えるのだった…。
「はい、終わった。」
翌朝。フェリスの絶望的な表情がそこにあった。と言ってもこれは仕方の無いことなのだ。フェリスには必ず十時には寝るという特性があり、昨日もそれに従って身体が勝手に寝てしまっただけだ。
「僕は悪くない。身体が悪い」
師匠譲りの理不尽を言葉にしながら寝癖でボサボサになった髪を手櫛で整える。金色の艶やかな髪が台無しだ。
現在の時刻は朝の7時。シトシス学院は普通10時すぎから授業が始まるので起きるにしては早すぎるのだが…。これは毎朝のフェリスの日課に起因している。眠い目をこすり頬をつねって体を起こし、下の階へと降りていく。
「ご飯……作ろ……」
フェリスの日課、それは家族――と言っても父フィリートとフェリス、それに時々クレアが混ざるだけであるが――のちょっとした朝食を作ることだ。とは言えフェリスはまだ10歳。大したものは作れないし、作れるものは数品。それは今はもういない母親に教わった料理だ。
そして、台所に着くやいなや、棚の中から何かを取り出す。それは、鶏卵。父のフィリートが「フェリス~、また鶏卵貰ったからここに置いとくね~」といって一週間のうちに大量に持ってきた鶏卵だ。
どこから仕入れてくるのかわからないが、恐らく高級なのであろうそれを2~3個ほど割り、容器に入れカチャカチャとかき混ぜる。どこぞの東方諸島には「アワダテキ」なる便利な混ぜる機械が存在するらしいが、そんなことを知らないフェリスはスプーンを使ってかき混ぜる。
ほどよく泡立ち、卵黄と卵白の境界がなくなった鶏卵に砂糖を加え、さらに少々の塩を加える。こうすることでより砂糖の甘みを感じやすくなるのだとフェリスの母が言っていたのだ。
そうして下味のついた鶏卵をこれまたどこから仕入れているのかわからないパンにしみこませていく。フィリート曰く「あぁ、これかい?貰い物だよ」とのことであるが、あまり大量に持ってくるものだからもしや盗んでいるのでは……と疑ったこともある。まぁ盗むほど余裕がないわけではないしむしろ余裕しかないオルタナ家がそんなことをする理由もないのであるが…
パンにしっかりと染みこんだことを確認し、それをフライパンに乗せ焼いていく。ジュージューと肉を焼いているような重量のある音と共に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。クレアならつまみ食いしそうな程良い香りだ。
手際が大事と言わんばかりに、パンを焼いている間に汁物作りにかかった。小さな鍋に二人分ほどの水を入れ、加熱。まずはキノコを乾燥させ粉末にしたもので出汁を取り、次にアスパラガスを1センチ感覚で刻んだものをその中に投入。さらに、乾燥させていたワカメをある程度の大きさに砕き、これまた鍋の中に投入。
「ん~朝から良い匂いだね。おはようフェリス。今日は卵トーストかな?」
卵トースト、とネーミングがストレートすぎる料理にちらっと目をやりフェリスに挨拶したのは父フィリートだ。今日も若々しいお顔をしていらっしゃるのだが、寝癖によって爆発した髪によって「残念な」が接頭につくことは避けられない。残念。
「おはよう、父上。」
そんな父に対し「またか」と微笑むフェリスが挨拶を返す。フィリートの寝癖は最早天然記念物である。
「卵トーストとアスパラガスの吸い物にしようと思って。なにかリクエストでもある? と言っても僕が作れる料理なんてたかがしれてるけど」
「いいや、十分だよフェリス。それにちっとも料理できない僕に比べたらフェリスは出来るほうさ。自信を持って良いよ」
そう言われたフェリスは頬を緩めてはにかんだ。
丁度トーストが良い焼き加減を迎えたため、アスパラガスの吸い物が完成するまで弱火に切り替え、保温に移る。冷めては美味しくない。
アスパラガスも程よく柔らかくなる頃だと見計らい、最後にフェリスがあらかじめちぎっておいたあげを投入。キノコ風味のアスパラガスの吸い物が完成した。
「それじゃ、食べようか」
適量に分け、配膳を終えたフィリートがフェリスに呼びかける。料理のできないフェリーとは配膳や皿洗いを担当しているのだ。子供と親の役割が逆転しているように思えるが仕方ない。何せ、フィリートは料理が作れないのだから。フェリスには正直、料理を覚える気が無いとしか思えないのだが…
その呼びかけに従って手を洗い終わり、椅子に座る。準備されている椅子は四人分。机は立派な材木で出来ているのだがテラテラと光っていることから相当な加工がされているのだろう。つまりはお高いのだ。
フェリスとフィリートは向かい合うように座り「いただきます」の声と共に食べ始めた。
「ん、美味い。日に日に上達してるぞフェリス」
「ありがと、これも母上が遺してくれたレシピ本のおかげだね」
「……そうだね」
自分でつくったものながら美味しそうに食べるフェリスに、懐かしむような微笑みを浮かべるフィリート。
「あ、そうだ。今日また学校に行ってくるよ。やらなきゃいけないことがあって」
「クレアの件かい? それなら学校に行く必要は無いと思うのだが…」
二階に僅かな気配が漂っている…いや、正確には漂うことなく止まっている何者かを思い出すかのようにフェリスにそう告げる。当の本人はまだ夢の中にいるのだろう。
「いや、違うんだ父上。今日はまた他の用事もあって…」
「そうなのかい? ……あんまり根を詰めすぎないようにね。僕もアリアナもそこまで体が強いわけじゃなかったんだからフェリスもその血を継いで丈夫なわけじゃないんだから」
「分かってるよ父上。無理はしないさ」
父の心配もすこぶる理解しているつもりだ。なにせ、フェリスの母でありフィリートの妻であるアリアナ・オルタナは生まれつき煩っていた持病のせいで早くにして亡くなったのだから。
治癒魔法や治癒に関する特殊技能・テクネーが存在するこの世界だが、アリアナの持つ持病は重すぎたのだ。治療するためにならどこへでも行った。それこそ魔道士領までおしかけたことまであった。しかし、痛みや進行を遅らせることは出来ても、治すことはできなかったのだ。
だが、フェリスは知っている。母が亡くなったのはそれだけのせいではないと。
「無理はしないけど…今日は少しだけ遅くなるかもしれないんだ。だから晩ご飯は遅れると思う」
「そうか…………分かった。待っているよ。何時くらいになりそうなんだい?」
「そうだね…八時くらいかな…」
「そりゃまた遅いね、僕でよければ作っておくけど?」
「あ、あぁ~。うん、帰ってきて作るから父上は何も触らないでね?」
「? …わかったよ」
フィリートの作る料理とは「台所にあるものを鍋にぶち込んでおけば料理になるよね?」といった感じのまさに暗黒物質だ。想像しやすいようで想像し難いのがこの鍋の特徴であり、さらに味までもよくわからないのだからタチが悪い。
逸話を残している父フィリートの料理が完成することを見越して、大人しくさせておくことを選んだフェリス。彼の選択はひどく正しい。
過去に一度だけフィリートの(余計な)心遣いからオルタナ家に異様な暗黒物質が出来上がったことがあるのだが、それを食べたフェリスは物の見事に気絶。さらに「ん!? どうしたんだい!? 美味しさのあまり気絶したのかい!?」と薄れ行く意識の中でフィリートが叫んでいたため、本人には味覚が存在しないことも判明した。
後にフェリスが言っていたことであるが、「あれは、遅効性の毒。食べれば三途の川へ一直線」とのことである。
ちなみに余談であるがフィリートに味覚がないことが判明した後、自分の料理も本当は美味しくないのではないかと疑ったフェリスが、クレアに頼んで自分の料理について本音を言ってほしいと頼んだことがある。「え? 普通に美味しいぞ?」との返答を頂き嬉しさのあまり床に湖が出来るほど泣いたことがあるのだが、そのことをオルタナ家で口にすることは最早禁忌である。
その出来事をフィリートに話したクレアの翌日の夕食が消失していたことは言うまでもあるまい。
さらに「わ゛た゛し゛の゛こ゛は゛んぅぅぅぅ゛!!!」という鳴き声混じりの叫び声がオルタナ家に響いたことも想像に易い…………。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。9時までにはついておきたいからね。」
「そうかい。気をつけて行くんだよ? 転んだりしないようにね?」
「大丈夫だよ父上。昔みたいに泣いたりもしないから。じゃあ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
そういってご飯を終え秒で家を出て行ったフェリスを見送ったフィリートだったが、心の中では何かを忘れているようでならなかった。
「(なんだ…………? 何を忘れている? 忘れるってことはそんな大事なことではないのかな…………いいや、待て。今日は何かいつもと違って……そうか、クレアがいないのk…………)」
「それだ。」
そういってすぐさま二階へ駆け上るフィリート。その表情からは焦りと呆れが窺(うかが)える。今ではすっかり走ることがなくなったフィリートだが元はフェリスと同じシトシス学院の生徒だったため、身体能力は高い。階段を二段飛ばしで軽やかに上り、足音を消している。そして、二階のフェリスの部屋にたどり着き扉を開けるとそこには――
「おはようございます、フィリートさん」
――そこには、本来であれば艶やかで長い真っ黒な髪を、オルタナ家の二人同様ボサボサに爆発させたクレアの姿があった。
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