凱旋の五重奏 ~最強と呼ばれた少年少女達~

渚石(なぎさいさご)

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第一章 ~伝説の魔剣~

第9話 真の始まり、誠の始まり。

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こんな昔話がある。

 この世界にはもとより人族と魔族が存在した。魔族は人族以上に魔力保有量に優れ、使う魔法も古代から伝わる強力な魔法であった。
 弱肉強食の世界。世界の真理はそれに尽きるこの時代。
 必然と言うべきか当然と言うべきか、魔族の人口がある程度増えた頃、魔族は人族領への侵攻を開始した。
 突然の攻撃に人族は為す術なく蹂躙され、人口的な意味でも戦力的な意味でもとてつもなく莫大な被害を被った。
 人族のほとんどがその襲撃を認識した頃には、人口の約1~2割が命を落としていた。細かな数まではっきりしないのは、その当時の戸籍制度が緩かったから、とか、細かく数えていないとか、そういう理由の他に「死体が消失していた」ことがあるというのが原因だ。

 死体が消失する。長年の月日が経てば土に還りそうなることもあるだろう。
 しかし、長年どころか数日だ。数日で消えるなど有り得ない。

 では――何故?

 そう、喰われていたのだ。それも、骨の髄まで残らず全て。

 しばらくするとそこは、ぶちまけられていた血すらも乾き、元々何もなかったかのような大地になった。そこを魔族は「自分たちの縄張りである」と主張し、人族に遅すぎる宣戦布告をした。

 勿論、当時の人族ははらわた煮えくり返ったように、怒りを爆発させた。
 それは、家族、親族、そして種族を奪われた怒り。何も気づけなかった事という自分たちの不甲斐なさへの怒り。そして、心に穴を開けられたかのような悲しみ。

 それら全てが彼らの中でごちゃ混ぜになり、収拾のつかない感情が出来上がっていた。しかし、不幸中の幸いと言うべきか、そんなやるせない感情をぶつける対象がそこにはあった。

 ――――魔族。

 人族の結束はこれ以上無いほどに堅固なものだった。すぐに最高戦力とも言える部隊を編成し、戦える者全員が兵士となり押し寄せる魔族軍に抵抗し始めたのだ。

 軍総大将の名前は「レオス・ガレンド」。後の人導国家ガレンドを設立した男である。
 結果だけ言えば、本当に結果だけを言うならこの戦争は人族の勝利に終わった。途中にはいくつもの犠牲や凄惨な光景が幾度となく広がり、レオス自身が絶望に至った時もあった。それでも、なんとか乗り越え勝利にまでこじつけたのだ。


 ――レオス自身の命と引き替えに。


 だがこの昔話、とても妙なところがある。

 いつから人導士のみが人族になったのか。魔道士はどこにいったのか。そう、魔道士に関しての記述がないのである。
 それぞれの種族は一つの大陸に住んでいた。大陸東側に人導士、大陸中央に魔族、大陸西側に魔道士。魔道士と人導士は直接的に陸続きではあるが、歩くには遠すぎる。それに、魔族領を横切ることになる。よって、海を渡って交流していた。しかし、魔族との戦争が始まると同時に魔道士がぱったりと来なくなったのだ。
 一部では「魔道士が魔族を人導士にけしかけた」とか「魔族は魔道士が変身した姿だったのではないか」などと無粋な推測がされているが、真実はそうではない。
 だがしかし真実はいつもいつも夢よりも突拍子な答えを提示してくる。こんな真実誰が想像できようか。

 ――まさか、「レオス・ガレンド」その人が魔道士だっただなんて。

 レオスは生まれながらにして人導士でもあり、魔道士でもあった。たまたま魔道士領に生まれ、魔道士として生きていたが、彼の本質はそうではなかったのだ。

 もし俺が人導士領で生まれていたら。

 彼は絶対に有り得ない「もし」を幾度となく考えたことがあった。
 裕福な暮らしは出来なかっただろう、とか、自然に囲まれるのもまぁ悪くはないな、とか。

 そのため、一方的に襲われている人導士を遠目で見ていることが我慢できなかったのだろう。襲撃を受けたという人導士からの“信号”を受け、数時間もしないうちに海を渡り始めたのである。

 だが、そこへついたときには既に地獄が広がっていた。怪我人を治療するには人手も薬も魔力も10倍は足りない。それくらいにはひどい有様だったのだ。

 これ以降は昔話の通りである。要約するとレオスが頑張って倒しました。そして人導国家ガレンドを設立しました。偉業です、と。しかしこれでは魔道士からの救援が来なかった理由にはなっていない。なぜ救援が来なかったのか。

 それはレオスの指示によるものだった。

 人導士とは違い「王国」としての政治的集団を持っていた魔道士。当時の国王はレオスであり、そのレオスがいなくなるとなれば当然国王交代となる。

 しかし、不幸なことにレオスには子供がいなかった。

 いいや、正確に言うと「レオスの後を正式に継げるような子供」はいなかった。どういうことなのか。
 そう、レオスには隠し子がいたのだ。
 しかし、その子を国王にするわけにはいかない。当たり前のことであろう。自分が去る予定の我が国にわざわざ炎のタネを撒く必要はないからである。

 そこでレオスのはじき出した答えは、いとこを王に立てることであった。特に悩むでもなくそんな結論に至ったのだ。

 そのいとこの名は「ハウト・アレイド」。アレイド一家の長男であった。

 レオスは旅立つ前、ハウトに伝言を残したという。
「人導士側には手を出すな。魔道国家フィルミナを全力で守れ。」と。

 言いつけは守られ、魔道士王国フィルミナは一切傷つくことなく生き延びた。
 しかし、これらのことは公表されることなく秘匿されてしまったのである。
 何故か?
 それは、レオスに言われたためだ。

「人導士側には手を出すな」と。ひいては、俺の存在を人導士側にばらしてはいけないと。ばらしてしまえば混乱が起きると踏んだのだろう。
 こうして、魔道士王国は魔族vs人導士の戦争に関与することなく切り抜けたのだった。

 今となっては昔の話である。実際に存在した昔話であり、誰にも真相が知られることのない昔話。しかし昔の英雄達が呼び起こす過去の記憶など、今となっては一銭にもならない。
 今起こる問題は、今を生きる者が切り開くしかないのだ。
 我らは幻想の五重奏クインテット。種族は違えど汝らの魂に宿る者共。その力をとくと見せてみるが良い、若き赤獅子よ。




「くぁぁ~……よく寝た……。」

 いつも通りの朝だ。太い幹からのびる枝がわっさわっさと揺れるが、それにつられて揺れる葉は落ちることを知らない。朝日が贈る光をその緑の体躯いっぱいに受け、新鮮な酸素をはき出す姿は、石鹸玉を溢れ出させる人魚のように見える。
 そんな安らぐような新鮮な空気の下で、元王族のレイヴン・シュレイクは目を覚ました。それはもう最高の朝だろう。
 いつも通り、朝起きてからの準備運動を始めるレイヴン。屈伸、アキレス伸ばし、伸脚と続き、正拳突きに腹筋背筋……

「……なにやってるのレイヴン」

「あ、おはようシルバちゃん。」

 ノックもせずにレイヴンの部屋にやってきたのは、昨日ルージュ家へ押しかけ「自分を鍛えてくれ」と願い出てきたシルバ・オキュラスである。レイヴンを起こしに来たのだが、既に起きて筋トレを始めているレイヴンを見て「もしかしてレイヴンにもルージュ家の血が流れているのでは……。」と考えたがそれも強あながち間違っていないのかもしれない。

 というのも廊下の向こうの居間では、フッ!フッ!という声と共に二人のむさ苦しい男達が凄まじい勢いで筋トレをしているからである。詳しい描写は省くが、とても朝から目に入れていい光景ではないとだけ言っておこう……。

「本当に今日からでよかったの?もうちょっと家で話し合いの時間とか要らなかった?」
「えぇ、昨日帰った後にこのことを話したら一瞬にして降りたの。待ってました!と言わんばかりの早さだったわ。」

 そう、今日からシルバはルージュ家の稽古を受けるのだ。担当するのは勿論ガレット。
 最初、シルバは不思議に思った。ガレスの方が強そうなのに何故レイヴンにもガレットが教えているのかと。あまりに気になりすぎたためチラッとレイヴンに聞いてみた結果、レイヴンが哀愁漂う表情で遠くを見ながら「あ~、死にたくないからねぇ……」と答えてきたのでそれ以上は聞いてはいけないと悟ったのだ。

 ついでに、ガレスはレイヴン時と同様、節分の日に行われる豆まきの鬼役を頼まれたときのように張り切っていたが、レイヴンとガレットにジト目ですげなく断られたのは最早言うまでも無いだろう。この流れは恒例行事や伝統芸能の一環である。

「そっか、ならよかった。家に事情を話さず来たときは驚いたよ。シルバちゃんは時々突拍子もない行動に出ることがあるから……」
「それはお互い様でしょ。フェリスもそこそこ困っているに違いないわよ……あなたの行動には……」
「……ははは!多分そうだろうね。フェリス君のあのなんとも言えないような苦笑いは僕たちにとって平和の証だもん、させたくなっちゃうよ!」
「あなたのそういうところ、本当に困ったものよ」

 言葉とは裏腹にそう呟くシルバは少し笑っているように見える。きっと、昨日フェリスと和解したことで、心をずっと縛っていた鎖の内の一つが外れたことによるものだろう。

『あなたを絶対に倒すわ。剣魔舞闘であなたが世界最強の初等生となったその次の日に。だからそれまであなたは負けちゃダメ。絶対に。負けたらその時は……レイヴンに頼んであなたを殺してもらうわ。』

 昨日の学校での第一声がそれだった。それも、いつもと違い誰とも話さず、教室の隅っこで静かに俯き座っていたフェリスに向かっての一言であった。
 フェリスは目を大きく見開きひどく驚愕していたが、シルバのその表情と声音からそれが本音なのだと悟ると、いつもの苦笑でこう答えたのだ。

『あぁ、待っている。そして僕が負けることは絶対にないよ。安心して待っててくれ。』

『あら、どうしてそんなことが言えるのかしら。』

『君は僕を誰だと思っているんだい?オルタナ家一人息子のフェリス・オルタナだよ?……絶対に優勝してみせるさ、それが僕だからね。』

 その後二人は闘志を剥き出しにした獰猛な、しかし相手を思い合った笑顔で握手を交わしたのだった。
 フェリス謝ってないじゃんなんていう無粋なツッコミはこの際割愛させて頂こう。

「じゃあそろそろ外に行こうか、ガレットも待ってるだろうし。」
「そうね、あまり遅くなっても稽古の時間が少なくなってしまうものね。」
「……張り切るのは良いけど明日筋肉痛になることと学校では動けなることは覚悟した方が良い。ガレスさんは論外だけどガレットもそこそこ厳しいから……」

 そう警告した瞬間、シルバの頬からツーと水のようなものが垂れたのはきっと気のせいである。シルバも「平気よ。多分、きっと。」とぼやいたのできっと大丈夫なのだろう。



「よーっし。じゃあ今日からはオキュラスさんも加わって三人での特訓だ。」
「あ、シルバで大丈夫です。敬称も別に。」
「そ、そうか?じゃ、じゃあ……。コホン。今日からはシルバも加わって三人での特訓だ。今までよりも色々な特訓が出来ると思う。……が、まず先にシルバのステータスを見させてほしい。」

 シルバと二人の会話になった瞬間どもりだすガレットだが、しっかりと指南する側のスイッチを入れている。この調子なら大丈夫そうだと頷くレイヴン。
 一方でシルバはステータスを見せてほしいと言われ多少戸惑っている。ステータスはかなりプライバシーな部分まで分かってしまうため、本来早々見せて良いようなものではない。特に、家名がバレることでテクネーや特殊技能がバレることの多い貴族達は尚更である。

「あ~、もしかして困るようなことでもあるか?無理にとは言わないが……」

「いや、大丈夫です。」

 何かに踏ん切りをつけたような、そんな表情でガレットを見上げるシルバ。今から鍛えてもらう人間なのに見せないなんてことは言ってられないというところなのだろうか。
 それを聞いてガレットは安心したような表情を見せる。少し不安だったのだろう。とんでもない拒絶をされたら立ち直れない……と拒絶される未来を夜中に想像し、その自分の想像にダメージを受け不貞寝した過去なんてないのだ。

「ということらしいぜ、親父。頼んだよ。」

 そしてガレスを呼んだ。
 レイヴンは「何でガレスさんを呼ぶ必要があるの?ガレットも【能力開示アニーゴ】程度使えるんじゃないの?」とでも言いたげな顔でガレットを見つめている。確かに、ステータスを見る程度誰でも出来そうなものだが、しかしガレットは……というよりこの場にいる者の中でそれが出来る者はガレスしかいないのだ。
 レイヴンの視線に気づいたガレットが少し困ったように笑った。

「ああ、そういえばレイヴンには言ってなかったな。【能力開示】はな、ある程度大きな集団のトップしか使うことを許されない。何故そんな事が起こるのかよく分かんないが、そういう仕組みになっているんだ。」

 次に「え?そんなことも知らなかったの?」というシルバの視線がレイヴンに刺さった。肝心のレイヴンはへぇ~と音の鳴る不思議なボタンを何回も叩くような、そんな顔をしているためシルバの視線には気づいていないようである。今日もレイヴンは平常運転だ。
 だが次の瞬間、レイヴンが疑問を抱いた。その疑問とはすなわち「ガレスさんが何かのトップ?そんなわけはないはず……あんな筋肉馬鹿……」ということだ。

「おいおいレイヴンお前なにか失礼なこと考えてるだろ。俺は人導国家ガレンド軍兵の師団長だぞ?
 まあ、そもそも【能力開示】は魔剣技ではなくてただの詠唱だから、それこそ魔法みたいなもんだしな。俺らにとって魔法は魔力消費がでかすぎるから使えたもんでもねえ。」

 そう言いながらこちらに向かってくるのは、先程まで汗だらだらで筋トレをしていたガレスである。頭を水にでも流してきたのか、頭髪からキラキラとした雫が垂れ落ちている。
 ガレスは三人のいる場所で止まり、ガレットを意味ありげに一瞥すると、シルバの方へ両手を突き出した。
「え!?ガレスさんそんな凄い人だったの!?」という羨望の眼差しにはわざと気づかないふりをしているようである。精神はいつまでもガk……少年のままなのだ。

「汝の才覚を示し給え【能力開示】」

 いつものように透明な、だが何かが書いてあるプレートがシルバの目の前に出現する。シルバは手慣れたようにそのプレートをガレスへ向けた。そのプレートを覗き込む三人は表情を驚愕の色に染めた。なにしろそこには、レイヴンにも引けを取らないほどのステータスが表示されていたのだから。
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