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第一章 ~伝説の魔剣~
第7話 イロトリドリノキモチ
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~シルバ・オキュラス~
レイヴンが休養室を後にしてすぐ、私は今日起こった色々な事について考えることにした。
フェリスの異常なまでの成長。フェリスの無詠唱魔剣技。そして、最後に聞こえたあの声のこと。
でも結局その謎は解けることはなかった。むしろ深まるばかり。フェリスの成長によって無詠唱魔剣技を使えるようになったのか、それとも無詠唱魔剣技はテクネーか何かの種類でそれを今まで隠していたのか。そもそもあの声は幻聴ではないのか。考えればきりが無い。
そこで私は夕陽の沈みきった夜道を歩いて帰ることにした。いつもならば迎えを呼ぶのだが今は頭を冷やす時間がほしい。そのために歩きたかったからだ。
教室に置きっ放しにしている荷物を取りに行かないといけないと思ったら、休養室のベッドの横に置いてあることに気がついた。恐らくレイヴンが私の寝ている間に持ってきてくれたのだと思う。やっぱりレイヴンは優しい。ナルシストフェリス‥フェルシストとは大違い。
そう心の中で呟きながら休養室を後にし、校舎を出ようと階段を降りていたら、下の階から足音が聞こえた。
誰だろう。こんな時間に学校に残っている生徒なんてそうそういるはずもない。ってことは先生?
そう目処を立て、螺旋状になっている階段の手すりを掴み下の方をのぞき見てみる。目に入ったのは私の担任のクレア先生だ。なにやら気難しく、だがどこか気の抜けた顔でゆっくりと歩いている。いや、気の抜けたように見るのはいつも閉じられている目のせいだろう。
クレア先生は不意に立ち止まり、何かを確認するように周囲のあらゆる方向に顔を向け始めた。しばらくして、それが急に止まり少しずつ私の方に向きだす。恐らく気配から誰かがいるのではないかと探っていたのだろう。
「クレア先生、私です。シルバ・オキュラスです」
別にクレア先生のことは嫌いではないし、むしろわかりやすい授業としっかり仕事をこなすあの姿勢は私の両親に似ていてむしろ好きだ。なので避けたり隠れたりせず、私は階段を降りながらクレア先生に声をかけた。
「あぁ、シルバ・オキュラスか。こんな時間に誰かと思ったよ。一体何をしていたんだ?」
うっ、まぁそう聞かれると思ってはいたけど‥いざそう聞かれるとどう返したら良いものか‥
そんなことを考えた私から出てきた言葉はきっとこの場で考えられるうちの最悪手だっただろう。
「フェリス君と喧嘩してボコボコにされて気を失っていました」
流石の私も相手を間接的に叩きのめすなんて崇高な趣味はお持ちではない。それが権利によるものなら尚更だ。ふっかけられた喧嘩で買った喧嘩でしかも負けている相手だったとしてもだ。だから、クレア先生には「フェリスのせいで」というニュアンスで伝わってしまったのではないか心配だった。
だめ、だんだん腹が立ってきたわ。今すぐにでも報復してやる。
しかし、先生から返ってきた言葉は存外、想像していたものと違っていた。
「そうか、それは腹が立つな。次は逆にボコボコにしてやれ」
その言葉は、私の脳内に一瞬のうちにして電撃を走らせた。
教師がこんなこと言って良いの?という疑問はさておき、私は少し難しく考えすぎていたのかもしれない。
確かにフェリスは強くなった。でも、フェリスが強くなる方法と私が強くなる方法はきっと一致しない。少なくとも完全には。
だから強くなった原因を探ったところで私が強くなれるわけではないし、無詠唱魔剣技なんて大それたことも私には出来ない。
じゃあ相手より強くなるにはどうしたらいいの?
答えは簡単だった。
相手を倒しさえすれば良い。そういうことだって。
クレア先生は、きょとんとした顔の私を待ってくれていた。
きっと、フェリスとの喧嘩のことも知っていたのだ。ずっと、見てくれていた。あまり喋らない、ひとりぼっちだった私を見ていてくれたんだって。何故わかるのかって?それが今分かったの。
「そうだな、君に足りないところがあるとすれば‥‥」
そう、この声だ。あのとき妙に聞き慣れた声だと思ってた。
『君には才能がある。けれど、今のままではまだ弱い。自分に足りないものはきっと自分でも分かっているんだろう?‥‥ヒントはここまでだ。今後の君に期待しているよ。』
妙にすっと入り込んできたあの声の正体‥‥クレア先生。あなただったんですね。
「いえ、先生。大丈夫です。もう分かっちゃいましたから。自分に足りないもの。」
私は笑顔でそういった。いつも無愛想で表情を変えない私。そんな私の笑顔は相当珍しかったのだと思う。いや、初めて見せたのだ。
先生が私の表情をわかっていたのか、それはわからない。何せ、もう日は沈んで私の表情は闇夜の向こう。しかも先生は目が見えない。ここまで条件がそろえば見えていないとは思う。受け取り方によっては突っぱねたようにも聞こえるだろう。
しかし、先生はにっこりと微笑んでこう言った。
「そうか。君の頑張りに期待しているよ。」
「おい、親父待てよ。それ本当なのか?」
「ああ、本当だとも。俺が今まで嘘をついた試しがあるか?我が息子よ。」
「ああ、余裕である。昨日俺が食後にとっておいた焼き菓子を一人で全部食ったそうだな。俺にはネズミが食ってたなんてホラ吹いといて。全てレイヴンが告げ口してくれたぞ」
「ぬぁにぃ!? 男と男の約束だと言って一個分けてやったのに!!」
「あぁ、ちなみに今の話嘘な。レイヴンは告げ口どころかあんたのネズミの話を大いに説得力付けて話していたぞ。」
「‥‥」
「まあネズミというのは本当みたいだな。」
「‥‥そうだろうそうだろう!でっかいネズミだったんだよ!それはもうでかい!」
「そうだろうなぁ!!ネズミってのはあんたのことなんだからなぁ!!!!」
墓穴を10メートルほど掘ったのではないかと思わせるほど馬鹿丸出しの繰り広げている二つの影。日が落ちているため、かろうじてロウソクによる光のみで小さな部屋の扉の前まで到達し、その扉の前にて大きなひそひそ声で会話している。
一方の影は縦が大きく肩幅が広い。ガッチリムッチリというあり得ない効果音が聞こえてきそうなほどだ。
対してもう一方の影は一見細いが、よく見るとほどよい筋肉の隆起が見られ、よく締まった無駄のない筋肉を持っていることがわかる。
そう、ここまで言えば誰かもう分かってしまうだろう。奴らである。
「とまあ、冗談はさておきだ。」
「いや冗談じゃ済まされねえよ。あの焼き菓子俺が作ったんだからな。勝手に食いやがって。」
「なんだ、そういうことか」
「え、どういうことだ?」
「美味かったぞ!!」
「感想がほしいとかそういうこっちゃねえよ!!」
ここ最近きっと一番良いといえるほどの笑顔を息子であるガレットに向けたガレスは、ガレットによって繰り出された手刀を見事脳天に受け、悶絶。
痛みのあまり「くぉぉ‥‥!!!」と喉のどこから出しているのかわからないような声を出し、目を見開いている。かっこいいのにかっこわるい。一瞬にして矛盾を生み出す男。
「ガレットお前なぁ‥‥父親を殴るなんてそんな子に育てた覚えはないぞ!!」
父親であるガレスも言われっぱなし、やられっぱなしではない!親の威厳を見せつけようと反撃を試みる!!
「それならちっとは父親らしいことをしろ!!つまみ食いはするわ料理は作らねえわ洗濯はしないわおまけに仕事ほっぽり出して子供拾うわ。どこが父親らしいってんだ!?」
返ってきたのはド正論パンチ。手刀による外傷の次は精神を殴っていこうという積極的な攻撃だ。流石ガレット。女の子と話すことなく戦いに興じていた人生は伊達ではない。
当の父親はと言えば、先程のド正論パンチがよほど効いたのか、気持ち悪いほどの涙を流している。
あとからガレットが言っていたことだが、蝋燭の光に照らされて体液という体液がテラテラと輝きそれはもう想像を絶する気持ち悪さだったそうだ。
「いやもうそりゃねえ‥‥グスッ‥‥申し訳ないことをしてるとは思ってるんだよぉ‥‥ほんとにぃ‥‥グスッ」
ガレスの顔からボトボトと滴り落ちる大粒の雫から、その悲しさが見て取れる。それがどんな考えからくる悲しみなのかは検討もつかないが……。どちらにしろ自業自得、身から出た錆なので誰も擁護は出来ない。むしろ責められて然るべき。
「と、まあ冗談はさておき」
「そのいちいち真顔になるやつ、毎回やらないとダメ?」
先程まで涙と鼻水にまみれていたはずのガレスがいつの間にかいつも通りのガチムチ系ハンサム顔に戻っていた。
やっと真剣になったのか、と呆れるガレットだったがその口角が少し上がっているところを見ると、こういう父親とのやりとりを案外気に入っているのだろう。
ガレットが目の前のドアについているドアノブを照らそうと、それがあるだろう位置まで右手に持っている蝋燭を動かす。
「‥‥心の準備はいいな?」
「‥‥あぁ、俺を誰だと思ってる。あの師団長ガレスの一人息子だぜ。」
「満点以上の答えだ。お前が息子でよかったと心底思うよ。‥‥じゃあいくぞ。」
暗闇の中でようやく姿を現したドアノブに手をかけるガレス。
なるべく音がしないようそっとノブを回しにかかった。恐る恐る、ゆっくりと。寝ている虎を起こさないように。
ドアノブが完全に回りきり、後はドアを押すだけとなった。覚悟を決めてゆっくりゆっくりドアを押すガレスの額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。
緊張の一瞬。やがて闇夜に一筋の光が入り始めた。部屋の主が灯している光によるものだ。
さらにその二倍近くドアが開き、あと少しで中の様子が分かりそうだ。さらにドアを押していく。
しかし、その瞬間だった―
「‥‥なんで‥。」
部屋の主の声が聞こえた。
中にいる者にばれたのかと、二人の肩がビクッ!!となる。同時に、気配を完全に遮断していたのにバレてしまったという驚愕がドアを押している腕に力を込めさせた。つまり一気にドアが開かれたのだ!!
バタン!!
その勢いでドアの支えとなっていた留め金が外れドアと一緒に地面へと倒れ込む二人。もはや、万事休す。絶体絶命。隠密行動は決定的な失敗に終わった。
やばい!殺される!!二人の思考はそれから離れることなく、ついには頭が真っ白になった。
しかし、部屋の主から放たれた言葉は二人の思っているものとは大きくかけ離れていた。いや、ある意味では正しいのかもしれないが。
「‥‥なにしてるの。完結に答えて。言い訳はいらないよ。」
そこには、魔剣技によって双剣に魔力光を纏わせた弱冠10歳の少年―レイヴンが仁王立ちしていた。
レイヴンが休養室を後にしてすぐ、私は今日起こった色々な事について考えることにした。
フェリスの異常なまでの成長。フェリスの無詠唱魔剣技。そして、最後に聞こえたあの声のこと。
でも結局その謎は解けることはなかった。むしろ深まるばかり。フェリスの成長によって無詠唱魔剣技を使えるようになったのか、それとも無詠唱魔剣技はテクネーか何かの種類でそれを今まで隠していたのか。そもそもあの声は幻聴ではないのか。考えればきりが無い。
そこで私は夕陽の沈みきった夜道を歩いて帰ることにした。いつもならば迎えを呼ぶのだが今は頭を冷やす時間がほしい。そのために歩きたかったからだ。
教室に置きっ放しにしている荷物を取りに行かないといけないと思ったら、休養室のベッドの横に置いてあることに気がついた。恐らくレイヴンが私の寝ている間に持ってきてくれたのだと思う。やっぱりレイヴンは優しい。ナルシストフェリス‥フェルシストとは大違い。
そう心の中で呟きながら休養室を後にし、校舎を出ようと階段を降りていたら、下の階から足音が聞こえた。
誰だろう。こんな時間に学校に残っている生徒なんてそうそういるはずもない。ってことは先生?
そう目処を立て、螺旋状になっている階段の手すりを掴み下の方をのぞき見てみる。目に入ったのは私の担任のクレア先生だ。なにやら気難しく、だがどこか気の抜けた顔でゆっくりと歩いている。いや、気の抜けたように見るのはいつも閉じられている目のせいだろう。
クレア先生は不意に立ち止まり、何かを確認するように周囲のあらゆる方向に顔を向け始めた。しばらくして、それが急に止まり少しずつ私の方に向きだす。恐らく気配から誰かがいるのではないかと探っていたのだろう。
「クレア先生、私です。シルバ・オキュラスです」
別にクレア先生のことは嫌いではないし、むしろわかりやすい授業としっかり仕事をこなすあの姿勢は私の両親に似ていてむしろ好きだ。なので避けたり隠れたりせず、私は階段を降りながらクレア先生に声をかけた。
「あぁ、シルバ・オキュラスか。こんな時間に誰かと思ったよ。一体何をしていたんだ?」
うっ、まぁそう聞かれると思ってはいたけど‥いざそう聞かれるとどう返したら良いものか‥
そんなことを考えた私から出てきた言葉はきっとこの場で考えられるうちの最悪手だっただろう。
「フェリス君と喧嘩してボコボコにされて気を失っていました」
流石の私も相手を間接的に叩きのめすなんて崇高な趣味はお持ちではない。それが権利によるものなら尚更だ。ふっかけられた喧嘩で買った喧嘩でしかも負けている相手だったとしてもだ。だから、クレア先生には「フェリスのせいで」というニュアンスで伝わってしまったのではないか心配だった。
だめ、だんだん腹が立ってきたわ。今すぐにでも報復してやる。
しかし、先生から返ってきた言葉は存外、想像していたものと違っていた。
「そうか、それは腹が立つな。次は逆にボコボコにしてやれ」
その言葉は、私の脳内に一瞬のうちにして電撃を走らせた。
教師がこんなこと言って良いの?という疑問はさておき、私は少し難しく考えすぎていたのかもしれない。
確かにフェリスは強くなった。でも、フェリスが強くなる方法と私が強くなる方法はきっと一致しない。少なくとも完全には。
だから強くなった原因を探ったところで私が強くなれるわけではないし、無詠唱魔剣技なんて大それたことも私には出来ない。
じゃあ相手より強くなるにはどうしたらいいの?
答えは簡単だった。
相手を倒しさえすれば良い。そういうことだって。
クレア先生は、きょとんとした顔の私を待ってくれていた。
きっと、フェリスとの喧嘩のことも知っていたのだ。ずっと、見てくれていた。あまり喋らない、ひとりぼっちだった私を見ていてくれたんだって。何故わかるのかって?それが今分かったの。
「そうだな、君に足りないところがあるとすれば‥‥」
そう、この声だ。あのとき妙に聞き慣れた声だと思ってた。
『君には才能がある。けれど、今のままではまだ弱い。自分に足りないものはきっと自分でも分かっているんだろう?‥‥ヒントはここまでだ。今後の君に期待しているよ。』
妙にすっと入り込んできたあの声の正体‥‥クレア先生。あなただったんですね。
「いえ、先生。大丈夫です。もう分かっちゃいましたから。自分に足りないもの。」
私は笑顔でそういった。いつも無愛想で表情を変えない私。そんな私の笑顔は相当珍しかったのだと思う。いや、初めて見せたのだ。
先生が私の表情をわかっていたのか、それはわからない。何せ、もう日は沈んで私の表情は闇夜の向こう。しかも先生は目が見えない。ここまで条件がそろえば見えていないとは思う。受け取り方によっては突っぱねたようにも聞こえるだろう。
しかし、先生はにっこりと微笑んでこう言った。
「そうか。君の頑張りに期待しているよ。」
「おい、親父待てよ。それ本当なのか?」
「ああ、本当だとも。俺が今まで嘘をついた試しがあるか?我が息子よ。」
「ああ、余裕である。昨日俺が食後にとっておいた焼き菓子を一人で全部食ったそうだな。俺にはネズミが食ってたなんてホラ吹いといて。全てレイヴンが告げ口してくれたぞ」
「ぬぁにぃ!? 男と男の約束だと言って一個分けてやったのに!!」
「あぁ、ちなみに今の話嘘な。レイヴンは告げ口どころかあんたのネズミの話を大いに説得力付けて話していたぞ。」
「‥‥」
「まあネズミというのは本当みたいだな。」
「‥‥そうだろうそうだろう!でっかいネズミだったんだよ!それはもうでかい!」
「そうだろうなぁ!!ネズミってのはあんたのことなんだからなぁ!!!!」
墓穴を10メートルほど掘ったのではないかと思わせるほど馬鹿丸出しの繰り広げている二つの影。日が落ちているため、かろうじてロウソクによる光のみで小さな部屋の扉の前まで到達し、その扉の前にて大きなひそひそ声で会話している。
一方の影は縦が大きく肩幅が広い。ガッチリムッチリというあり得ない効果音が聞こえてきそうなほどだ。
対してもう一方の影は一見細いが、よく見るとほどよい筋肉の隆起が見られ、よく締まった無駄のない筋肉を持っていることがわかる。
そう、ここまで言えば誰かもう分かってしまうだろう。奴らである。
「とまあ、冗談はさておきだ。」
「いや冗談じゃ済まされねえよ。あの焼き菓子俺が作ったんだからな。勝手に食いやがって。」
「なんだ、そういうことか」
「え、どういうことだ?」
「美味かったぞ!!」
「感想がほしいとかそういうこっちゃねえよ!!」
ここ最近きっと一番良いといえるほどの笑顔を息子であるガレットに向けたガレスは、ガレットによって繰り出された手刀を見事脳天に受け、悶絶。
痛みのあまり「くぉぉ‥‥!!!」と喉のどこから出しているのかわからないような声を出し、目を見開いている。かっこいいのにかっこわるい。一瞬にして矛盾を生み出す男。
「ガレットお前なぁ‥‥父親を殴るなんてそんな子に育てた覚えはないぞ!!」
父親であるガレスも言われっぱなし、やられっぱなしではない!親の威厳を見せつけようと反撃を試みる!!
「それならちっとは父親らしいことをしろ!!つまみ食いはするわ料理は作らねえわ洗濯はしないわおまけに仕事ほっぽり出して子供拾うわ。どこが父親らしいってんだ!?」
返ってきたのはド正論パンチ。手刀による外傷の次は精神を殴っていこうという積極的な攻撃だ。流石ガレット。女の子と話すことなく戦いに興じていた人生は伊達ではない。
当の父親はと言えば、先程のド正論パンチがよほど効いたのか、気持ち悪いほどの涙を流している。
あとからガレットが言っていたことだが、蝋燭の光に照らされて体液という体液がテラテラと輝きそれはもう想像を絶する気持ち悪さだったそうだ。
「いやもうそりゃねえ‥‥グスッ‥‥申し訳ないことをしてるとは思ってるんだよぉ‥‥ほんとにぃ‥‥グスッ」
ガレスの顔からボトボトと滴り落ちる大粒の雫から、その悲しさが見て取れる。それがどんな考えからくる悲しみなのかは検討もつかないが……。どちらにしろ自業自得、身から出た錆なので誰も擁護は出来ない。むしろ責められて然るべき。
「と、まあ冗談はさておき」
「そのいちいち真顔になるやつ、毎回やらないとダメ?」
先程まで涙と鼻水にまみれていたはずのガレスがいつの間にかいつも通りのガチムチ系ハンサム顔に戻っていた。
やっと真剣になったのか、と呆れるガレットだったがその口角が少し上がっているところを見ると、こういう父親とのやりとりを案外気に入っているのだろう。
ガレットが目の前のドアについているドアノブを照らそうと、それがあるだろう位置まで右手に持っている蝋燭を動かす。
「‥‥心の準備はいいな?」
「‥‥あぁ、俺を誰だと思ってる。あの師団長ガレスの一人息子だぜ。」
「満点以上の答えだ。お前が息子でよかったと心底思うよ。‥‥じゃあいくぞ。」
暗闇の中でようやく姿を現したドアノブに手をかけるガレス。
なるべく音がしないようそっとノブを回しにかかった。恐る恐る、ゆっくりと。寝ている虎を起こさないように。
ドアノブが完全に回りきり、後はドアを押すだけとなった。覚悟を決めてゆっくりゆっくりドアを押すガレスの額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。
緊張の一瞬。やがて闇夜に一筋の光が入り始めた。部屋の主が灯している光によるものだ。
さらにその二倍近くドアが開き、あと少しで中の様子が分かりそうだ。さらにドアを押していく。
しかし、その瞬間だった―
「‥‥なんで‥。」
部屋の主の声が聞こえた。
中にいる者にばれたのかと、二人の肩がビクッ!!となる。同時に、気配を完全に遮断していたのにバレてしまったという驚愕がドアを押している腕に力を込めさせた。つまり一気にドアが開かれたのだ!!
バタン!!
その勢いでドアの支えとなっていた留め金が外れドアと一緒に地面へと倒れ込む二人。もはや、万事休す。絶体絶命。隠密行動は決定的な失敗に終わった。
やばい!殺される!!二人の思考はそれから離れることなく、ついには頭が真っ白になった。
しかし、部屋の主から放たれた言葉は二人の思っているものとは大きくかけ離れていた。いや、ある意味では正しいのかもしれないが。
「‥‥なにしてるの。完結に答えて。言い訳はいらないよ。」
そこには、魔剣技によって双剣に魔力光を纏わせた弱冠10歳の少年―レイヴンが仁王立ちしていた。
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