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第2部
#52 僕らの過ちを
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ドアノブを閉める音が部屋の中に響く。僕は扉の前で呆然と立ち尽くしていた。
構造は同じはずなのに、使っている人が違うだけで、こうも清潔感のある部屋に見えるものなのだろうか、と僕は感心した。散らばった衣服や、その他諸々を思い出せば、僕の部屋は汚かったような気もする。
「どうぞ、こちらにお座りください」
「あ……うん……」
椅子ではなく、白いシーツが敷かれたベッドの上に誘導された。僕は着替えを脇に置くことはせず、足の上に隠すように乗せた。
「…………」
レイセン君は僕を座らせてもなお、窓の外を見ていた。
「……少し、寒いですね。海が近いから……でしょうか」
確実に聞き取れたはずの青年の声が、頭の中で処理できない。
思考回路が、一つの疑問に囚われているからだ。それを解消するまでは、あらゆる言葉を受け入れられそうになかった。
「……ねえ、なんで僕を部屋に?」
騒ぎ立てていた波の音が、静まった。
背を向けていたはずの青年の顔は、僕を見つめている。
「……すぐに、わかると思います。きっと」
そう言うと、カーテンを閉めたレイセン君は、手袋を外しながら僕に歩み寄った。
そして、ベッドの端に座っている、僕の目の前で足を止める。
寂しそうな顔。何かを求めているような顔で。
青年の真っ白な腕が伸びて、掌が僕の頬を、首筋を、包み込んだ。
「…………」
唇を奪われる。
──ああ、そういうことか、多分。
半信半疑のまま、柔らかい唇の感触を味わった。
初めての事に、戸惑うと思っていた。しかし今、僕は呆気なく受け入れている。
端からレイセン君のことを拒むつもりなどなかった。いつかこんな事をしてみたいと思ったことも、決してないわけではないのだ。
彼はもう他人ではなく、僕にとって特別な存在に成り果てていた。要はレイセン君が好きなのだ。
「ん……」
享受と共に訪れたのは、金髪の女性──乱れたエレナを見た時にも起きた、体中が奮い立つ感覚。
唇が離れる。ふんわりと花の香りがした。香水を付けたようなあざとい匂いではない。青年の動きに合わせて、仄かに香ってくる。
「あっ……」
「……私では、たたないと思いますが……」
「え、な……なに……」
僕は主語になるであろう単語を疑った。けれどそんな思考さえも意味を成さない。
青年は自らの鎧に手を伸ばした。
襟元のホックを外し、胸元の留め具であるリボンを取った。
前が開いて、普段は決して見えない部分を見た僕の背中に、電気が走った。
「いやでしたら、いつでも仰ってください……ね」
青年は、相手を怖がらせないために微笑んだような顔をしていた。
──いやなわけがない。
留めておくつもりだった心の声は、気づけば本当の声になっていた。
彼が僕に尽くそうとする健気な姿に湧き上がる劣情は、自分自身でも計り知れなかった。
レイセン君は安心したように、一段と頬を緩めた。
「……では」
床に膝を下ろした青年の顔は、僕の膝の位置より少し高い所にある。僕からは見下ろすような角度だ。
「なに、するの……?」
平常心を装ったが、絞り出したような震え声が、微かに出ただけだった。
「ご主人様は、何もしなくて結構ですから」
「あ……!?」
おもむろに、丁寧に、足の上に置いた着替えをよけられてしまう。
その事実はどうでもいいのだ。問題は、その後なのだから。
「…………」
恥ずかしさのあまり、一言も発する余裕がなかった。
初めて「それ」をまじまじと見られる。逃れるためには、足の間にいてズボンの膨らみを見ている彼を、どうにかしなければならなかった。
「性的興奮、あるいは生理現象。ですから、仕方ありませんよ」
「え……? うん、と……」
「少し、失礼します」
白く繊細な指が、僕のズボンに伸びる。下着を僅かにずらすと、それまで隠れていた自分自身が露わになった。
「あっ、あの……」
僕は咄嗟に顔と下半身を隠そうとした。けれど、下半身に伸ばした手首を、青年に抑えられてしまう。火が出そうなほど顔が熱い。
「隠さなくてもいいんですよ。どうか私に、お任せください……」
「っ……」
細い手が、僕のそれを根本から掴む。
すると、青年は僕自身の先端を、飴を舐めるような仕草で口に含んだ。口内の温かさと、唾液の粘りけによって、僕の頭は溶けておかしくなりそうだった。
そしてふと、我に返った僕は、ドアの方を振り向いた。大丈夫、ちゃんと扉は閉めたはずだ。
「っああ、レイセ、く……それ……」
意識を引き戻される。複雑な舌の動きに、性器と脳が直接繋がっているような感覚がした。
薄く目を開くと、青年の少しばかり上気した頬と、今まで見たこともないくらいに淫らで、欲しがるように舌を出す顔が映った。また背中に電流が走る。
「……痛く、ないですか」
鈴口にキスを降らせて、口を離したレイセン君が、僕にそう聞いた。
「ああ……うん……だいじょうぶ……」
「それは何よりです……続けますね」
ファルスの裏に口付けをされ、そのまま先端まで這いずるように舌が上っていく。
力の抜けるような声が出た。僕の体は痺れっぱなしだ。
青年の頬がときおり膨らんでは平らになると、今度は彼の喉奥まで性器が入っていくのがありありと想像できる。
「はぁっ……ん、ふ」
抑えられなかった声が、次第に漏れていった。
僕の全身は、レイセン君の舌が触れる度に反応して、少しずつだが敏感になっていった。
けれど、それとはまた別な何かが、押し寄せてきていた。
「まって……レイセン、くん……なんか、出そう……」
息継ぎの合間に上げた声では、青年の動きを止めるには不十分だった。
僕は行き場をなくした片腕を、優しくレイセン君の頭に乗せた。しかし、自分でもうまくコントロールできない。
気づけば、僕は青年の頭を両手で力強く押さえ込んでしまっていた。それは拒むように剥がすものでも、受け入れるために引き寄せるものでもない。
戸惑いを表した僕の腕はそこで止まった。
「あ、ああっ……」
せり上がってくる、得も言われぬ感覚に神経が囚われる。
──レイセン君、何も言わないってことは、僕が何をしても許してくれるの?
「んうっ、出る……ごめん────!」
僕は蹲った。自身の内側から、痙攣を起こしながら放たれる液体、のようなもの。
青年の喉奥に、暴力的で野性的な性欲が放たれる。確かにこれは、中断しろというのが無理な話だ、と心の中で思った。
「はーっ、はー……」
すべてを吐き出し終える。
体中から汗が吹き出る。だけど心地良い。これが、快感と呼ぶものの感覚か。けれどその後すぐに重苦しい倦怠感が襲ってきた。
なんとか前のめりにさせてしまった青年の肩を、両手で起こす。時間が経てば経つほど、いけないことをしてしまったのではないかという罪悪感に苛まれる。
「……ぁ、ごめん。レイセン君、だいじょう──」
その顔を覗いた時、全てがどうでもよくなって、何を言おうとしていたのか忘れた。
濡れた瞳と目が合う。口元から、僕自身が吐き出したものが溢れてきて、それが余計に艶かしく思えた。
「ありがとうございます……私は、貴方の望み通りにできていましたか」
どうして僕は感謝されたのだろう。彼の目は僕を見ている。けれど、その言葉は僕ではない、他の誰かに向けられているようなものだと感じた。
「あ、うん……すごく、よかった……けど」
正解がわからなくて、僕はそう答えた。
「……あの、このまま続きをしませんか」
一度吐き出してからというもの、疲労感や倦怠感が凄まじく、聞かれたことに対して、真っ当な答えを用意できる頭を持ち合わせていなかった。
「つづきって……何の」
「セックスです。ご主人様は、そちらで横になっているだけで構いません。私が動きますから」
レイセン君の話を聞いて、ベッドに横になれるんだと僕は思った。
同時に、微かではあるが、先程のようなものをセックスというのか──とも考えた。もしかしたら、この部屋に来る前に見た男女もセックスをしていたのか。
「ん……とりあえず、寝かせて……」
本来ならば、僕は青年を気遣うべきなんだろうと、薄々気づいていた。しかし、気怠さの方が何よりも勝っている僕には余裕がない。
「はい、もちろんです」
僕は一旦下着を上にずらした。気分はあまり良くなかったけれど。寒かったから。
合わせるように、ズボンも僅かに上へ。
それから引きずるようにベッドの中心へと向かった。動きにくそうにしている僕を、レイセン君が支えてくれる。
彼はなんて優しいのだろう──と思った。どれを取っても、僕と釣り合うはずがないのに。
「ねぇ、レイセン君は……」
「はい」
僕は枕に頭をつける。僕を挟むように両手をついたレイセン君の、容姿端麗な顔が目に映った。
「どうして、僕にここまでしてくれるの?」
「……私のエゴですが……。ご主人様には、こういった事を知る権利があると思ったのです、ですから……」
青年が、寂しそうな顔をしていた。つられるように、僕の両手は彼の肩へと伸びた。
──レイセン君には、彼なりの考えがあるのだろう。ならば、それで十分だ。
僕たちは唇を重ねた。
「わかったよ……。君の好きにして、いい」
「はい。では……準備をしますね」
僕は頷いた。青年は僕の視線から離れていったけれど、十も数えないうちにまた視界の中へと入り込んだ。多分、下に履いていたものを、脱いだのだろう。
そして、レイセン君はおもむろに手を伸ばす。僕の下着に手をかけた。
──そうだよね、そうしないと、始められないもんね。
「あ、自分でやるよ、それくらい……」
「わかりました」
僕は自分からズボンと肌着を脱いでいた。縫い目だらけのこの体は、いつ見ても嫌気が差した。けれど今はその気持ちも薄らいでいる。
「……これで、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
レイセン君は、僕に寝ているだけでいいと言ったにもかかわらず、自分で脱がせたことを申し訳なく思ってそう言ったのだろう。
僕は笑って、その必要はないと伝えた。
すると、青年は小瓶を取り出した。初めて見る形の瓶だった。蓋を開け、中から透明な液体が流れ出るのを、二本の指に絡めた。
「……っ」
粘り気のある流動体がこぼれそうな腕とは反対の手で、僕の足を開いた。恥ずかしかったが、躊躇っていては彼も困るだろうと思い、自分で楽な姿勢になるように、僅かずらした程度で抑えた。
「今からここに、これを挿れますので、痛かったらすぐに言ってくださいね」
レイセン君がここに、と言いながら、僕の入口に指を当てた。
「……つめたい……」
「いずれ気にならなくなると思います、それまではごめんなさい。辛抱です」
僕はシーツを握りしめていた。よく知った相手とは言え、やはり緊張はする。左手の甲で口元を抑えながら、どんな衝撃が来るのだろうと待ち構えた。
「っう、ん……」
入口付近を何度も指の腹で押される。ひやりとした粘液と指圧に反応して、そこが蠢く。
時々、中にめり込んでくるが、奥に入ろうとはせず、外に出ていく。繰り返しされると、なんだか焦らされているような気分になった。
そして次第に、ぞくぞくとした感覚が下から上に昇っていくのを感じた。
一度は下を向いた僕自身が、再び立ち上がるのがわかった。
「…………」
「あっ、それ……なんか変になる……!」
全身が意志とは反して震えだす。未だに出たり入ったりを繰り返している指から伝わる感触に、脳みそが溶けていくような感じがした。
「クク、ご主人様の顔を見ていればわかります。痛くは、ありませんか」
僕は二回くらい首を縦に振った。羞恥心と快感の狭間で、まともにレイセン君を見られなかった。
「ぁあ、くう……」
青年が前のめりになって、僕の胸板についた突起を食んだ。そこからも刺激がこみ上げてきて、考えることを放棄せざるを得なくなる。
僕が勇気を出して顎の下に視線をやると、空いたもう一つの膨らみが摘まれる瞬間だった。思わずおかしな声が出る。
「ひぅ……あ、それ……」
三箇所からひっきりなしに責め立てられて、わざとではないのにいやらしい声ばかりあげてしまう。
それがしばらく続いた。僕が何も考えられなくなって、ただレイセン君を求めるだけになるまで。
「わかります? ご主人様の中、指がすんなりと入っていくようになりました」
「あ……わ、わかんない、けど……たぶん……」
そう言うと、僕の中で指が蠕動する。うめき声のような声を上げながらも、体はしっかりと感じていた。
息は上がり、どちらかというと呼吸の合間に喋っているような状態だ。
「今から挿れてみます。本当に、痛かったらすぐに言ってくださいね」
何度も聞いた言葉だ。きっと痛みを感じないのは、彼のやり方が上手なんだろうな。そう思いながら、首を縦に振る。
レイセン君の石像みたいに美しい裸体が目に映る。局部を見て、胸の中心がざわつくと同時に、息を呑んだ。
例の男女が行っていた奇妙な動きの真相が、これから始まる本物のセックスで違いない。要は、今までのが前戯で、これからが本番というものだろう。
「ふ、う……はいってる……」
僕でさえも遅いと感じる速さで、しかし確実に、中へ入り込んでくるものがある。という感覚がした。
「……大丈夫、ですか……無理はなさらず」
「うん、うん……」
中ほどまで進むと、あとは奥まで流れるように侵入する。一番深いところまで来たのがわかった。しこりのようなものと、レイセン君自身の先端がぶつかる。
「……全部、入りましたよ」
「ほんと、に……?」
中が収縮するタイミングで、それがいると知らせが来る。
溶けてしまたのではないかと思うほどに、解れたアヌスでも輪郭が感じ取れた。内部を想像してぞくぞくする。
──確かに、一つになれたような気がした。
「ええ。ゆっくり、少しずつ動かしてみます……」
吐息混じりの声で、青年は囁いた。
ベッドに両手を置いて、僕の顔色を伺いながら。きっと痛がったらすぐにやめるつもりなのだろうけれど、痛みは全く感じないどころか、気持ちよさのほうが十二分に勝っていた。
青年が腰を引く動きと一緒に、僕も引きずられそうになる。そうなると、今度は押し込まれて奥に性器が当たった。
同じ動作だけど、毎回何かが違う。僕の中が蠢いている様か、あるいは、レイセン君の動く速度か。
「あ、ああ……レイセン、くん……」
呼んだ青年の頬に、汗が滲んでいた。
「……ご主人様」
僕の声に気がつくと、はっとしたような顔の直後にキスをする。
二人の片手を、指が交互になるように絡める──つもりが、うまくいかない。いびつな並びのまま握りしめた。
息継ぎをしながら、合間を縫ってキスして、腰を動かす。
今このときだけは、二人の間に境界線などなくて、解け合っているような感じがした。
「レイセンく……また、また出るっ、う……」
「はい、私も、そろそろ……」
律動は最初より速くなっていると思う。だけど、本当はわからない。
そんな事が気にならないくらい、快楽の波がどっと押し寄せてきた。
「あっ、あう、ああ……!」
僕はレイセン君の首に腕を回して、背中を反った。これが二度目。
そして、僕が全てを出し切ったのを確認した青年は、僕から自身を引き抜く。彼にも快楽の波は来ていた。
目のやり場に困っていたレイセン君に、僕はいいよと言った。青年は頷くと、同じように僕の腹の上へ吐き出した。
二人の、白濁とした液体が重なった。それから、飽きることなく唇を重ねた。
「ごめんなさい、貴方の体を汚してしまって……」
「ううん、いいよ。でも疲れちゃったね……お風呂、行かないと……」
「少し休んだら行きましょうか、一緒に」
乾いた体にタオルを羽織り、僕たちは口付けをした。
構造は同じはずなのに、使っている人が違うだけで、こうも清潔感のある部屋に見えるものなのだろうか、と僕は感心した。散らばった衣服や、その他諸々を思い出せば、僕の部屋は汚かったような気もする。
「どうぞ、こちらにお座りください」
「あ……うん……」
椅子ではなく、白いシーツが敷かれたベッドの上に誘導された。僕は着替えを脇に置くことはせず、足の上に隠すように乗せた。
「…………」
レイセン君は僕を座らせてもなお、窓の外を見ていた。
「……少し、寒いですね。海が近いから……でしょうか」
確実に聞き取れたはずの青年の声が、頭の中で処理できない。
思考回路が、一つの疑問に囚われているからだ。それを解消するまでは、あらゆる言葉を受け入れられそうになかった。
「……ねえ、なんで僕を部屋に?」
騒ぎ立てていた波の音が、静まった。
背を向けていたはずの青年の顔は、僕を見つめている。
「……すぐに、わかると思います。きっと」
そう言うと、カーテンを閉めたレイセン君は、手袋を外しながら僕に歩み寄った。
そして、ベッドの端に座っている、僕の目の前で足を止める。
寂しそうな顔。何かを求めているような顔で。
青年の真っ白な腕が伸びて、掌が僕の頬を、首筋を、包み込んだ。
「…………」
唇を奪われる。
──ああ、そういうことか、多分。
半信半疑のまま、柔らかい唇の感触を味わった。
初めての事に、戸惑うと思っていた。しかし今、僕は呆気なく受け入れている。
端からレイセン君のことを拒むつもりなどなかった。いつかこんな事をしてみたいと思ったことも、決してないわけではないのだ。
彼はもう他人ではなく、僕にとって特別な存在に成り果てていた。要はレイセン君が好きなのだ。
「ん……」
享受と共に訪れたのは、金髪の女性──乱れたエレナを見た時にも起きた、体中が奮い立つ感覚。
唇が離れる。ふんわりと花の香りがした。香水を付けたようなあざとい匂いではない。青年の動きに合わせて、仄かに香ってくる。
「あっ……」
「……私では、たたないと思いますが……」
「え、な……なに……」
僕は主語になるであろう単語を疑った。けれどそんな思考さえも意味を成さない。
青年は自らの鎧に手を伸ばした。
襟元のホックを外し、胸元の留め具であるリボンを取った。
前が開いて、普段は決して見えない部分を見た僕の背中に、電気が走った。
「いやでしたら、いつでも仰ってください……ね」
青年は、相手を怖がらせないために微笑んだような顔をしていた。
──いやなわけがない。
留めておくつもりだった心の声は、気づけば本当の声になっていた。
彼が僕に尽くそうとする健気な姿に湧き上がる劣情は、自分自身でも計り知れなかった。
レイセン君は安心したように、一段と頬を緩めた。
「……では」
床に膝を下ろした青年の顔は、僕の膝の位置より少し高い所にある。僕からは見下ろすような角度だ。
「なに、するの……?」
平常心を装ったが、絞り出したような震え声が、微かに出ただけだった。
「ご主人様は、何もしなくて結構ですから」
「あ……!?」
おもむろに、丁寧に、足の上に置いた着替えをよけられてしまう。
その事実はどうでもいいのだ。問題は、その後なのだから。
「…………」
恥ずかしさのあまり、一言も発する余裕がなかった。
初めて「それ」をまじまじと見られる。逃れるためには、足の間にいてズボンの膨らみを見ている彼を、どうにかしなければならなかった。
「性的興奮、あるいは生理現象。ですから、仕方ありませんよ」
「え……? うん、と……」
「少し、失礼します」
白く繊細な指が、僕のズボンに伸びる。下着を僅かにずらすと、それまで隠れていた自分自身が露わになった。
「あっ、あの……」
僕は咄嗟に顔と下半身を隠そうとした。けれど、下半身に伸ばした手首を、青年に抑えられてしまう。火が出そうなほど顔が熱い。
「隠さなくてもいいんですよ。どうか私に、お任せください……」
「っ……」
細い手が、僕のそれを根本から掴む。
すると、青年は僕自身の先端を、飴を舐めるような仕草で口に含んだ。口内の温かさと、唾液の粘りけによって、僕の頭は溶けておかしくなりそうだった。
そしてふと、我に返った僕は、ドアの方を振り向いた。大丈夫、ちゃんと扉は閉めたはずだ。
「っああ、レイセ、く……それ……」
意識を引き戻される。複雑な舌の動きに、性器と脳が直接繋がっているような感覚がした。
薄く目を開くと、青年の少しばかり上気した頬と、今まで見たこともないくらいに淫らで、欲しがるように舌を出す顔が映った。また背中に電流が走る。
「……痛く、ないですか」
鈴口にキスを降らせて、口を離したレイセン君が、僕にそう聞いた。
「ああ……うん……だいじょうぶ……」
「それは何よりです……続けますね」
ファルスの裏に口付けをされ、そのまま先端まで這いずるように舌が上っていく。
力の抜けるような声が出た。僕の体は痺れっぱなしだ。
青年の頬がときおり膨らんでは平らになると、今度は彼の喉奥まで性器が入っていくのがありありと想像できる。
「はぁっ……ん、ふ」
抑えられなかった声が、次第に漏れていった。
僕の全身は、レイセン君の舌が触れる度に反応して、少しずつだが敏感になっていった。
けれど、それとはまた別な何かが、押し寄せてきていた。
「まって……レイセン、くん……なんか、出そう……」
息継ぎの合間に上げた声では、青年の動きを止めるには不十分だった。
僕は行き場をなくした片腕を、優しくレイセン君の頭に乗せた。しかし、自分でもうまくコントロールできない。
気づけば、僕は青年の頭を両手で力強く押さえ込んでしまっていた。それは拒むように剥がすものでも、受け入れるために引き寄せるものでもない。
戸惑いを表した僕の腕はそこで止まった。
「あ、ああっ……」
せり上がってくる、得も言われぬ感覚に神経が囚われる。
──レイセン君、何も言わないってことは、僕が何をしても許してくれるの?
「んうっ、出る……ごめん────!」
僕は蹲った。自身の内側から、痙攣を起こしながら放たれる液体、のようなもの。
青年の喉奥に、暴力的で野性的な性欲が放たれる。確かにこれは、中断しろというのが無理な話だ、と心の中で思った。
「はーっ、はー……」
すべてを吐き出し終える。
体中から汗が吹き出る。だけど心地良い。これが、快感と呼ぶものの感覚か。けれどその後すぐに重苦しい倦怠感が襲ってきた。
なんとか前のめりにさせてしまった青年の肩を、両手で起こす。時間が経てば経つほど、いけないことをしてしまったのではないかという罪悪感に苛まれる。
「……ぁ、ごめん。レイセン君、だいじょう──」
その顔を覗いた時、全てがどうでもよくなって、何を言おうとしていたのか忘れた。
濡れた瞳と目が合う。口元から、僕自身が吐き出したものが溢れてきて、それが余計に艶かしく思えた。
「ありがとうございます……私は、貴方の望み通りにできていましたか」
どうして僕は感謝されたのだろう。彼の目は僕を見ている。けれど、その言葉は僕ではない、他の誰かに向けられているようなものだと感じた。
「あ、うん……すごく、よかった……けど」
正解がわからなくて、僕はそう答えた。
「……あの、このまま続きをしませんか」
一度吐き出してからというもの、疲労感や倦怠感が凄まじく、聞かれたことに対して、真っ当な答えを用意できる頭を持ち合わせていなかった。
「つづきって……何の」
「セックスです。ご主人様は、そちらで横になっているだけで構いません。私が動きますから」
レイセン君の話を聞いて、ベッドに横になれるんだと僕は思った。
同時に、微かではあるが、先程のようなものをセックスというのか──とも考えた。もしかしたら、この部屋に来る前に見た男女もセックスをしていたのか。
「ん……とりあえず、寝かせて……」
本来ならば、僕は青年を気遣うべきなんだろうと、薄々気づいていた。しかし、気怠さの方が何よりも勝っている僕には余裕がない。
「はい、もちろんです」
僕は一旦下着を上にずらした。気分はあまり良くなかったけれど。寒かったから。
合わせるように、ズボンも僅かに上へ。
それから引きずるようにベッドの中心へと向かった。動きにくそうにしている僕を、レイセン君が支えてくれる。
彼はなんて優しいのだろう──と思った。どれを取っても、僕と釣り合うはずがないのに。
「ねぇ、レイセン君は……」
「はい」
僕は枕に頭をつける。僕を挟むように両手をついたレイセン君の、容姿端麗な顔が目に映った。
「どうして、僕にここまでしてくれるの?」
「……私のエゴですが……。ご主人様には、こういった事を知る権利があると思ったのです、ですから……」
青年が、寂しそうな顔をしていた。つられるように、僕の両手は彼の肩へと伸びた。
──レイセン君には、彼なりの考えがあるのだろう。ならば、それで十分だ。
僕たちは唇を重ねた。
「わかったよ……。君の好きにして、いい」
「はい。では……準備をしますね」
僕は頷いた。青年は僕の視線から離れていったけれど、十も数えないうちにまた視界の中へと入り込んだ。多分、下に履いていたものを、脱いだのだろう。
そして、レイセン君はおもむろに手を伸ばす。僕の下着に手をかけた。
──そうだよね、そうしないと、始められないもんね。
「あ、自分でやるよ、それくらい……」
「わかりました」
僕は自分からズボンと肌着を脱いでいた。縫い目だらけのこの体は、いつ見ても嫌気が差した。けれど今はその気持ちも薄らいでいる。
「……これで、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
レイセン君は、僕に寝ているだけでいいと言ったにもかかわらず、自分で脱がせたことを申し訳なく思ってそう言ったのだろう。
僕は笑って、その必要はないと伝えた。
すると、青年は小瓶を取り出した。初めて見る形の瓶だった。蓋を開け、中から透明な液体が流れ出るのを、二本の指に絡めた。
「……っ」
粘り気のある流動体がこぼれそうな腕とは反対の手で、僕の足を開いた。恥ずかしかったが、躊躇っていては彼も困るだろうと思い、自分で楽な姿勢になるように、僅かずらした程度で抑えた。
「今からここに、これを挿れますので、痛かったらすぐに言ってくださいね」
レイセン君がここに、と言いながら、僕の入口に指を当てた。
「……つめたい……」
「いずれ気にならなくなると思います、それまではごめんなさい。辛抱です」
僕はシーツを握りしめていた。よく知った相手とは言え、やはり緊張はする。左手の甲で口元を抑えながら、どんな衝撃が来るのだろうと待ち構えた。
「っう、ん……」
入口付近を何度も指の腹で押される。ひやりとした粘液と指圧に反応して、そこが蠢く。
時々、中にめり込んでくるが、奥に入ろうとはせず、外に出ていく。繰り返しされると、なんだか焦らされているような気分になった。
そして次第に、ぞくぞくとした感覚が下から上に昇っていくのを感じた。
一度は下を向いた僕自身が、再び立ち上がるのがわかった。
「…………」
「あっ、それ……なんか変になる……!」
全身が意志とは反して震えだす。未だに出たり入ったりを繰り返している指から伝わる感触に、脳みそが溶けていくような感じがした。
「クク、ご主人様の顔を見ていればわかります。痛くは、ありませんか」
僕は二回くらい首を縦に振った。羞恥心と快感の狭間で、まともにレイセン君を見られなかった。
「ぁあ、くう……」
青年が前のめりになって、僕の胸板についた突起を食んだ。そこからも刺激がこみ上げてきて、考えることを放棄せざるを得なくなる。
僕が勇気を出して顎の下に視線をやると、空いたもう一つの膨らみが摘まれる瞬間だった。思わずおかしな声が出る。
「ひぅ……あ、それ……」
三箇所からひっきりなしに責め立てられて、わざとではないのにいやらしい声ばかりあげてしまう。
それがしばらく続いた。僕が何も考えられなくなって、ただレイセン君を求めるだけになるまで。
「わかります? ご主人様の中、指がすんなりと入っていくようになりました」
「あ……わ、わかんない、けど……たぶん……」
そう言うと、僕の中で指が蠕動する。うめき声のような声を上げながらも、体はしっかりと感じていた。
息は上がり、どちらかというと呼吸の合間に喋っているような状態だ。
「今から挿れてみます。本当に、痛かったらすぐに言ってくださいね」
何度も聞いた言葉だ。きっと痛みを感じないのは、彼のやり方が上手なんだろうな。そう思いながら、首を縦に振る。
レイセン君の石像みたいに美しい裸体が目に映る。局部を見て、胸の中心がざわつくと同時に、息を呑んだ。
例の男女が行っていた奇妙な動きの真相が、これから始まる本物のセックスで違いない。要は、今までのが前戯で、これからが本番というものだろう。
「ふ、う……はいってる……」
僕でさえも遅いと感じる速さで、しかし確実に、中へ入り込んでくるものがある。という感覚がした。
「……大丈夫、ですか……無理はなさらず」
「うん、うん……」
中ほどまで進むと、あとは奥まで流れるように侵入する。一番深いところまで来たのがわかった。しこりのようなものと、レイセン君自身の先端がぶつかる。
「……全部、入りましたよ」
「ほんと、に……?」
中が収縮するタイミングで、それがいると知らせが来る。
溶けてしまたのではないかと思うほどに、解れたアヌスでも輪郭が感じ取れた。内部を想像してぞくぞくする。
──確かに、一つになれたような気がした。
「ええ。ゆっくり、少しずつ動かしてみます……」
吐息混じりの声で、青年は囁いた。
ベッドに両手を置いて、僕の顔色を伺いながら。きっと痛がったらすぐにやめるつもりなのだろうけれど、痛みは全く感じないどころか、気持ちよさのほうが十二分に勝っていた。
青年が腰を引く動きと一緒に、僕も引きずられそうになる。そうなると、今度は押し込まれて奥に性器が当たった。
同じ動作だけど、毎回何かが違う。僕の中が蠢いている様か、あるいは、レイセン君の動く速度か。
「あ、ああ……レイセン、くん……」
呼んだ青年の頬に、汗が滲んでいた。
「……ご主人様」
僕の声に気がつくと、はっとしたような顔の直後にキスをする。
二人の片手を、指が交互になるように絡める──つもりが、うまくいかない。いびつな並びのまま握りしめた。
息継ぎをしながら、合間を縫ってキスして、腰を動かす。
今このときだけは、二人の間に境界線などなくて、解け合っているような感じがした。
「レイセンく……また、また出るっ、う……」
「はい、私も、そろそろ……」
律動は最初より速くなっていると思う。だけど、本当はわからない。
そんな事が気にならないくらい、快楽の波がどっと押し寄せてきた。
「あっ、あう、ああ……!」
僕はレイセン君の首に腕を回して、背中を反った。これが二度目。
そして、僕が全てを出し切ったのを確認した青年は、僕から自身を引き抜く。彼にも快楽の波は来ていた。
目のやり場に困っていたレイセン君に、僕はいいよと言った。青年は頷くと、同じように僕の腹の上へ吐き出した。
二人の、白濁とした液体が重なった。それから、飽きることなく唇を重ねた。
「ごめんなさい、貴方の体を汚してしまって……」
「ううん、いいよ。でも疲れちゃったね……お風呂、行かないと……」
「少し休んだら行きましょうか、一緒に」
乾いた体にタオルを羽織り、僕たちは口付けをした。
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サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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