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第9話 俺が乗っていいのかよ?!
しおりを挟む水の中を立ち上がる装甲機人は、灰色の機人よりも、さらに重厚なシルエット。
イオリが乗り込んだ胸部からは、赤く輝く線が血管のように全身に伸びていき、魂が宿ったように眼が光りだす。
青色の巨体は大量の水しぶきを上げ、一気に飛び出した。
「すげぇ……」
光に照らされた機人は、王の名に相応しい神々しさだ。
けど見れたのは僅かな時間だけで、ズシンと着地すると、丘を駆けていき、すぐに姿が消えてしまった。
名残を惜しむ俺とアルフィナを乗せたラグナリィシールドは、聖王機とは進路を逆に進みだした。戦場からどんどん遠ざかっている。
この騎士を模したような装甲機人は、剣と盾を背中に固定。
空いた両手で俺たちを優しく包み込んでくれている。
まるで指一本にも神経が繫がっているかのように、細かく器用に動けるようだ。
そのおかげで隙間がないので風にあおられることもない。
傍らには気分の悪そうなアルフィナがいるけど、それ以上様子に変化はない。
彼女を支える俺としても少しだけホッとする。
それから少しして、機人はゆっくりと停止。
俺たちを丁寧に降ろしてくれた。
アルフィナは祝福を授けるように手をあげて兵士を激励。
それを受け、戦場に戻っていくラグナリィシールド。
連れてこられた場所には、地下避難所に繋がる通路が見える。
でもアルフィナは、その場を動こうとはしない。
「アルフィナ、早く中に入ろう」
俺たちを送ってくれた機人を合わせれば全部で四機はいるはずだ。
その数は報告された敵の数の半分だ。
細かい戦力差は分からない。
だけど、少なくとも俺たちが逃げる時間ぐらいはあるはずだ。
「やはり、増えておる」
「増えてる?」
一体何が?
そんなの聞くまでもない。
敵に決まってる。
アルフィナの表情はどんどん緊張感が増しているように見える。
何故敵の様子が分かるかなんて、想像もつかない。
だからこそ彼女が高貴な存在なのかもしれない。
でも、今は逃げる事が最優先。
すぐ近くでは、さっきの人たちが恐らく命を懸けて戦ってるはずだから。
実感なんて全然ないけど。
「アルフィナ!」
戦場に視線を向けて動かないアルフィナの肩を僅かに揺らして誘導を試みる。
彼女は俺が隣にいたことに、今気づいたかのように驚いた。
すると目を潤ませて、いきなり胸に飛び込んできた。
何してるのです、お嬢さん?
「剣星、イオリを、いや、妾たちを救ってたもれ」
「えっ?」
正直何を言われてるのか分からない。
いきなり救ってっていわれても俺に何ができるってんだ?
ここには機人もないし、俺には上目遣いの破壊力くらいしか分かんねえよ。
「お主の中から、大きな力を感じる」
「い、いや、俺なんてまともに戦闘したことない、ほぼ一般人ですよ?」
戦場では今頃、一対一じゃなくて複数同士で戦っているだろう。
そんな危険な状況で生き延びれるはずがない。
そう思ってるのに、なんで心臓の鼓動がおさまらないんだよ。
またロボに乗れるのかもって期待してるのか、俺は。
アルフィナは俺にすがるように見つめてくる。
ここまで誰かに期待されるなんていつ以来だろう。
鉱山の時もこれほどじゃなかったはずだ。
期待が大きすぎて困惑する。
自分の事をそんなに信じられるほど、俺はお調子者じゃない。
彼女がなんでそう思うのかなんて分からない。
けど、胸が凄く熱くなってくる。
戦闘音が徐々に近づいてきてるのが分かる。
それは俺の思考を遮り、不安を呼び覚ましていく。
続けざまに響くこの音は、戦争映画でよく聞いた銃撃音だ。
ラグナリィシールドにも聖王機にも、銃の装備なんてなかった。
ってことは明らかに敵によるもの。
剣対銃、そんなの圧倒的に不利じゃねーか。
「聞くのじゃ、剣星。この地ならば、あの程度の攻撃、妾たちには通じぬ」
「いや、それよりも早く中に……」
アルフィナは俺の言葉を無視して話を進めようとする。
正直逃げ出したい程怖いけど、体調不良の彼女を放っておけるほど俺は落ちぶれてないつもりだ。
「って、ちょっと待て」
何かが空から降ってくるぞ。
ここ、ピンポイントでここに来るのかよ!
「うおっ!」
「きゃっ!」
俺はアルフィナを庇うように地面に丸まった。
その直後、ものすごい地響きと共に大量の土が飛び散ってきた。
俺たちのすぐ真横に落ちてきたモノ。
それは聖王機だった。
「なんでこいつが……」
恐らく量産型であるラグナリィシールドの方が性能的には低いはず。
一番強いはずのコイツがどうしてこんなことに。
そんな疑問が沸いてくる。
操者としてのイオリの腕が問題なのか。
いや、それより彼女は大丈夫なのか。
機人に傷は見当たらないけど、かなりの距離を飛んできた。
中にいるイオリは無事じゃないかもしれない。
それなのにアルフィナは、かまわずに俺を見つめ続ける。
「聖王機に乗ってくれるだけでいいのじゃ。何も考えず、ただ座ってくれさえすれば。本来であれば、妾がその役目を果たさねばならぬ。じゃが、今の妾が聖王機に乗るわけにはいかぬのじゃ。剣星、後生じゃ、頼む」
俺が黙っていると、横になったままの聖王機のコックピットが開いて、イオリが身を乗り出してきた。
「貴様っ! アルフィナ様に何をしている?!」
そういえば、今の俺はアルフィナを押し倒しているような体勢だ。
元はと言えば、聖王機が飛んできたのが原因だから、そう言われるのは心外だけど。
「ごめん、今――」
地面に腕を立てて起き上がろうとする。
ところが、それを邪魔してくるのが、アルフィナ本人だった。
彼女は俺の首に手を回して、視線をイオリに向ける。
「イオリ、これより妾の代わりに剣星が聖王機に乗り込む。良いな?」
イオリは少し戸惑いを見せたように驚き、唇を噛みしめた。
今のアルフィナからは、はっきりと意志を示す、一本筋の通った強さを感じる。
アルフィナに気圧されたのだろうか。
イオリは迷いを断ち切るように、大きく首を縦に振った。
でも、俺が乗るのは決定事項ですか?
ハイ、ソウデスカ。
「剣星、すまぬ。お主を巻き込んでしまって。でも頼れるのはお主しかいないのじゃ」
アルフィナの言葉に借り物じゃない彼女自身の声を聞いた気がした。
それと同時に彼女の頬を涙が伝っているのが見えた。
「すまぬ」
アルフィナが今、こんなに悲しそうな表情をしているのは、何のせいかだなんて分からない。でも、彼女の気持ちに今応えられるのは俺だけなんだ。
それはきっと、うぬぼれじゃない。
「剣星」
アルフィナは俺の名を呼んだ。
とても弱々しい声。
だけど、それでいて確実に俺の心に触れてきた。
「分かった。俺に任せてくれ」
女の、それもまだ子供の涙にほだされるなんてな。
我ながら単純な奴だと思う。
それにしても、どうしてこうなった?
俺は何の取り柄もない大学生だったはずだ。
突然異世界に迷い込んだと思ったら、機人に捕まって鉱山で働かされた。
せっかくできた仲間とはぐれたと思ったけど、不思議な出会いがあった。
幸い、手足の震えは、いつの間にか治まってる。
恐怖を上回る出来事のおかげだろうか。
イオリに手を引かれてコックピットに乗り込んでいく。
入口も狭いが中も狭い。
やはり、計器のようなものはないし、センサー類も見当たらない。
というか、無線すらない。
左右の手の置き場所に、キラキラ光る球体が備え付けられているのは同じだから、操作方法はきっと同じだよな。
「すぐに出るぞ! 体をしっかり固定させておけよ!」
聖王機は複座型の機人だ。
イオリが前のシートで、俺はその後方少し高い所にあるシートに座る。
本来であればアルフィナが座るシートだろう。
彼女に合わせているので、お尻が窮屈だけど仕方ない。
ベルトを締めて固定すると、何やらスライム状のものがまとわりついてきた。
「おい、これって」
「気にするな。衝撃から身を守ってくれる」
そう言われれば、感触もそんなに悪くない。
硬すぎず、柔らかすぎず、むしろ気持ちいい。
イオリを墜落の衝撃から守ったのも、これかもしれない。
「行くぞ!」
外から見た時と同じように、光の線が全身に伸びて行くのが内側からも、うっすらと見える。でも、さっきよりも断然強く輝いている。
「これなら巻き返せるっ!」
イオリの声が弾んでいる。
よくわからんが任せたぜ!
などと、考えていたのだが、聖王機はひっくり返された亀のようにジタバタするだけで、起き上がる気配が一向にない。仲間を助けに行くんじゃないのかよ。
「イオリ、何やってるんだ?!」
「やっている! いや、これはそうか。やはりそうなるか。剣星、機人を起こすように想像してみろ」
よく分からんが、言われたとおりにイメージする。
すると、聖王機は腕を突っ張って起き上がった。
マジかよ。
「やはり、そうか。剣星、機人の制御はお前のものだ。お前が聖王機で敵を倒すんだ。安心しろ、私がちゃんとフォローしてやる」
無理です。
なんて言えるはずないし、言うつもりもない。
一度吐いた言葉を引っ込めるつもりもねぇ。
「オーケー、任せろ。アイハブ、コントロールッ!」
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