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2巻
2-2
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「ジェイミーさんの許可も、グレイズさんのご同意もいただけましたので、早速事態の収束に入らさせてもらいます」
アルマはそう言うと、階下の事務室へ駆け出していった。
しばらくジェイミーと雑談をした後、階下の受付窓口に下りていく。すると、救出作業に参加した冒険者への一律二万ウェルの支払い決定と、俺たちが倒したゴブリンキングが弱体化していた個体で、ゴブリンウォーリアークラスの強さだったとの報告が、すでにされていた。
Fランクパーティーには討伐は無理だと騒いでいた奴らが、『やっぱりその程度の強さの相手だったんだろう』と言いたげに、こちらを見てくる。
ただ、文句を言っていた冒険者たちの懐が潤ったことで、俺たちや、俺たちの前に脱出し、救援依頼を出したパーティーたちへの露骨なバッシングは鳴りを潜めていた。さすがに金の力は偉大である。
とはいえ、俺らに対する『冒険者の面汚し』との評価は変わらない。だが、仲間たちとの絆は強固なものとなった。暫定的なパーティーだと思われた『追放者』を、ブラックミルズでトップのパーティーに育て上げたい気持ちが、俺の中に芽生えはじめていた。
さて、待たせたな。色々と用事も片付いたことだし、仲間には先に家に帰ってもらった。さあ、神殿長のところへ行って、俺の中にいるお前がどういった存在なのか聞いてもらうことにしよう。
『あたしはきちんと、アクセルリオン神の使徒ハク、と申し上げましたよ』
アクセルリオン神は知っているが、その使徒といえば何人かいたような……
『まあ、あたしが何者かはアクセルリオン神が答えてくれるそうですよ。そんなに気になります? あたしは結構グレイズ殿のことは気に入っているんですけども。落ち着いていますし、優しいですし、ちょっと自分に自信がないのは気になりますけど、イケイケの人よりはマシですしね』
一応、褒め言葉だと受け取っておこう。それに、ハクが頭の中にいるのが嫌だとか、そういうことじゃなくて、自分に何が起きているのか正確に知りたいわけさ。スッキリさせたいんだ。スッキリとな。
俺にも守らないといけない奴らができたし、急に身体を乗っ取られるとかだけは避けたいんだ。
『確かに、頭の中に別人格があったら、そんなふうに思われるのも仕方ないかもしれませんね』
お前のことを疑っているわけじゃないが、そういったこともあるかもしれんからな。用心のためだ。悪く思うな。
『あたしもグレイズ殿とは良好な関係を維持したいので、アクセルリオン神からの説明で理解を得られたらいいなと思っています』
さあ、じゃあ神殿に向かうとしよう。
三人と別れ一人になった俺は、冒険者ギルドの外に出ると、街の郊外にある神殿に行った。
神殿の入り口にいる衛兵に、神殿長への面会を申し込むと、すぐに神殿長の私室へと通された。
「ご無沙汰というほどの時は流れておりませぬな。グレイズ殿、今日は何用ですかな?」
神殿長は執務用の椅子に腰をかけ、机に肘を突いて手を組みながら、俺の来訪の目的を知っているとでも言いたそうに、目を細めてこちらを見ていた。
超越者の腕輪でステータスMAXなってからも、冒険者になってからも、足繁く神殿に通っていなかった俺が、数日のうちに再来訪したこと自体が異常だと思われるのに、神殿長は驚きもしない。
この神殿長、実は俺がハクを脳内に宿していることを知っているのではないかと疑いたくなるほど、落ち着いている。
「実は神殿長にお願いしたいことができましてね。アクセルリオン神と神話をとってもらえますか? 理由は神殿長も分かっていらっしゃると思いますが?」
俺はやたらと冷静な神殿長にカマをかけた。
「ついに彼女が白状しましたか。いや、早かったですなあ。ハハハ、グレイズ殿のことは、アクセルリオン神も気に入っておられますぞ」
神殿長は破顔一笑。隠すこともせずに、俺に問われるがまま、そうバラした。
「やっぱり、知っていましたね。この前のときに教えてくれてもよかったじゃないですか」
「いや申し訳ない。前回、仲間の方と来られたときに、気付いていたのですが、アクセルリオン神から口止めされてしまいましてな。本人が聞いてくるまで、言うてはならんかったのですよ」
「神様が口止め? 一体どういうことです?」
俺は神殿長の言葉を訝しむ。すでにこの世界では、神の力が及ぶ範囲はごく一部に限られており、地上への影響力も限定的になっているはずなのだ。
俺が見聞きした話では、この地を作った神は世界を構築した後、力尽きて天なる国に帰ったとされており、その際、世界の負の感情を集めて生成されるダンジョンの管理を人間に任せたとも言われている。そして、その神は、この世界で唯一の神であり、スキルやジョブを作り出した全能の者でもあるのだ。
「それは直接本人に聞いてくだされ。そこまでは私も聞かされておりませぬからな。今より、降りてこられるようです」
そう宣言した神殿長の身体が眩しく光ったかと思うと、視界が真っ白に染まっていった。
目を開けると白い世界だった。そう、何もかもが白く塗り潰され、先程までいた石造りの神殿長の私室とは明らかに異質な空間に、俺は投げ出されていた。
「ようやく、きちんとお話できますね。グレイズ殿」
声のした方を向くと、真っ白いモフモフした毛並みを持つ犬のような動物が、太い尻尾をパタパタさせて座っていた。
「何者? って、その声はハクか?」
「ええ、その通り。あたしがグレイズ殿の中にいるアクセルリオン神の使徒ハクです」
目の前にいる犬の綺麗な白い毛並みを手で梳く。手入れが行き届いているようで、引っかかりもなく、梳くことができた。その手触りはとてもふわふわしていて気持ちよく、止められなければ延々と梳いていられるほど素晴らしい毛並みをしている。
生まれた村にいたときに飼っていた犬も、ハクのように真っ白い毛並みで、よく俺の顔を舐め回していたのを思い出した。
「あ、あの、グレイズ殿、あたしは狼ですが……」
ハクが、俺の思考を読み取ったようだ。
「あ、すまないな。ハクは狼だったのか。すまん、すまん」
「狼も犬も親戚みたいなものですから、別にいいんですけどね。それよりも、もうじきアクセルリオン神が来られ――」
「あー、私のハクでモフモフしているときに悪いけど、あなたがグレイズ君だね」
ハクの毛並みを撫でていた俺に、背後から誰かが声をかけてきた。声は甲高く、年若い女性のようである。
振り向くと、紫のセミロングの髪で、切れ長の紅眼をした少女が立っていた。いや、少女というより、幼女といった方がピッタリと当てはまるかもしれない容姿であった。
「ア、アクセルリオン神様。こ、これはグレイズ殿が勝手に……」
俺の前でだらしなく身体を横たえていたハクが慌てて起き上がり、幼女の方へ近づくと、その身をすり寄せた。
アクセルリオン神? あなたが? どう見ても一〇歳未満にしか見えないのだが……。神とはこのようなお姿をされておられるのか……
幼女を上から下までじっくりと観察する。だが、見れば見るほど、神というほどのオーラは見事に纏っていない。ただの白いローブを着た幼女そのものだった。
「んんっ! グレイズ殿。アクセルリオン神のお姿をあまりジロジロ見られるのは、お勧めいたしませんよ。今はお力を失ってこのようなお姿になられておりますが、昔はとても素敵な女性だった――むぎぃいい」
「ハク、昔は、ではないわよ。『今』もね」
アクセルリオンが、身体をすり寄せていたハクのほっぺを軽く引っ張る。どうも、彼女の容姿に関しては触れない方が無難なようだ。
ハクの言葉から推察すると、アクセルリオン神が世界創世において力を失ったという神話も、あながち嘘ではないと思われた。
神殿の神像は大人びた女性の姿をしており、アクセルリオン自身が幼女姿を気に入っていないようである。
「ええっと、あなたがこの世界を作ったアクセルリオン神だということは理解した。それと、ハクがあなたの使徒であるということも」
「理解の早い子は好きよ。それでこそ、神器の所有者に相応しい人間だわ」
アクセルリオンは、幼い顔に似合わない妖艶さを覗かせる笑顔を見せた。若い男なら一発でその笑顔に魅了されるであろうが、生憎とおっさんである俺には通じないのだよ。
「神と呼ばれる方に褒めていただき恐れ多いことだが、それよりも俺が来た理由はもちろんご存知ですよね?」
「あら、さすがに褒めた程度では有頂天になってくれないみたいね。普通の子なら、神に選ばれたというだけで舞い上がってしまうものだけど、あなたは賢い人のようね。さて、賢いグレイズ君には質問の答えを教えてあげようかしら……。どうしてあなたにハクが取り憑いているか聞きたいんでしょ?」
アクセルリオン神は俺に、しゃがんで目線を合わせるようにと言いたげな手招きした。俺がしゃがみ込んだら、彼女はいきなり俺の頬に手を当てると、顔を近づけ目を覗き込んできた。
彼女の澄んだ紅眼の奥に映る俺の顔が、いつの間にか魔物のように変化していた。
「そうね。簡単に言えば、お守り代わりと言ったところかしら。あなたが持つ力が暴走しないための制御役として、ハクは憑いているわ。あなたの持つ力は、人の身には過ぎた力でもあるしね。今、見ているのは、力を暴走させた者の末路よ」
吟遊詩人が歌うダンジョン主の物語に出てくるような、邪悪を具現化させたような醜悪な怪物が、俺の目に映し出されている。
「力の暴走を抑える制御役か……。それにあの姿、力を暴走させた者の末路と言っていますが、あれはダンジョン主ではないのですか……」
「そうね。あなたたちの言うダンジョン主は、神の力を暴走させた者の末路。人ならざる者へと変化した、忌むべき異形の生物ということよ。あなたもあの戦いで力の解放の仕方を間違えば、仲間入りしていたかもね」
俺は、彼女の言葉によって、ある場面を思い出していた。
それは、つい先日のゴブリンキング戦だ。あのとき、腕輪を外して解放したパワーは、まだ自分の身体が持つ範囲内の力であった。だが、もし身体の負担を考えずに制限なく力を使えば、人の身ならざる者へ変化する危険があったのだ。
そういった事態を防ぐための制御役として、ハクを俺の意識下に常駐させていたのか。今のところは俺自身で力の調整をできているが、今後どんな状況でも調整できるかと考えると、甚だ怪しいところだ。
それにしても、ダンジョン主が神の力を授かった者の成れの果てだと聞いて、驚きを隠せないでいた。冒険者界隈では、ダンジョン主も魔物の一種と捉えられているからだ。そのダンジョン主が元人間であったと知れ渡れば、この世界は上から下まで大騒ぎになるだろう。
そんな俺の様子を察したアクセルリオン神が、ほっぺを軽くつねってきた。
「今言ったことは内緒ね。世界を創った神様が、世界の負の感情を集めた存在たるダンジョン主を創り出していると知られたら、色々と困ったことになるから。それと、全員が全員、ダンジョン主になるわけじゃないわ。英雄と呼ばれる者になった場合も多いわよ。要は力の使い方次第ってことね」
「なぜ、そのようなことをするのですか? 人に神の力を授けなければ、そんな面倒なことも起きないはずなのに」
俺は湧き上がった疑問を、幼女女神にぶつけていた。
「神様候補探しよ……。今はどこも人手不足で、神様も不足しているのよ。少しでも神を増やせと、上司の神から言われてね。神の力の一部を与え、その力に溺れず善き行いをした者を、没後に神に昇神させているの。あー、これも内緒で頼むわね。普通は候補者には言わないことなんだけど、グレイズ君には特別に教えてあげたわ」
幼女はわるびれもせず、にっこりと笑いながら、俺が死後に神になるかもしれない候補者だとバラしていた。
……ちょっと待て、俺が神になる候補者だって? そんなに敬虔なアクセルリオン神の信徒じゃないぞ。というか、神様って人がなるのか?
動揺が顔に出てしまう。その様子を見ていたハクが、フォローの言葉をくれた。
「あ、でもグレイズ殿は素晴らしく自制的で思慮深いので、神様候補としては最上級の人材だと思いますよ。おかげで、あたしはそろそろお役ごめんになるかと。それに、素晴らしい仲間も見つけられたようですしね」
幼女女神の隣で尻尾を振って伏せていたハクが、俺を見上げている。
「そうね。ハクがグレイズ君の意識下に取り憑くのは、そろそろおしまいにしようかしら。私が作り上げた神の候補者を補佐する『天啓子』の子たちも、三人まで集まったことだし、グレイズ君が万が一暴走しても、彼女たちが命をなげうって暴走を止めてくれるはずだからね」
今の発言は、カーラやファーマ、そしてアウリースが、幼女女神によって意図的に俺のもとに集められたとも受け取れる。
「今の言葉は本当ですか? まさかとは思っていたけど、本当に彼女たちは俺のために集められたのですか?」
「さあ、それはノーコメント。そっちの方が面白くなりそうだしね。でも一つだけ言わせてもらえば、彼女たちはみんないい子だから、信頼してあげてね。きっとグレイズ君の支えになってくれるはずだからさ。あっと、そろそろ時間が来そうね。とりあえず、ハクはグレイズ君の制御役から卒業させるわ。それと、グレイズ君は優秀だから、私から特別にプレゼントをあげるので、楽しみにしていてね」
アクセルリオン神はそれだけ言うと、何もない真っ白な空間に溶け込むように消えていった。そして、俺の意識は急速に離れていった。
ペロペロと顔を舐められる感触と、ペチペチと頬に何かが当たる感触がする。
「わふうう(起きてください。グレイズ殿。起きて! 大変なことになってますからあ!)」
ペロペロとペチペチされる圧力に負け、戻ってきた意識を総動員して薄らと目を開けていく。すると、どうやら神殿に戻ってきたみたいで、俺の顔を舐めたり、叩いたりしていたのは、真っ白い大きな物体のようだ。
「ああ、犬……いや狼か……」
「わふ、わふ、わふう(そうです。ハクです。アクセルリオン神の使徒で、グレイズ殿の制御役として一緒にいたハクなんです!)」
確かに、あの白い空間で会った白い狼のハクであった。
「おや、グレイズ殿は、アクセルリオン神の筆頭使徒である白狼のハク殿を従えられたようですのう。アクセルリオン神は相当に気に入られておるようだ」
視線を少し上げると、神殿長が上から俺を覗き込んでいた。
「アクセルリオン神が俺にプレゼントと言ったのは、ハクのことでしたか。ハクとは気が合うので、俺としてもありがたいところですが。色々と困ったことになりましたね」
「わしも、アクセルリオン神から極力、手を貸してやるようにとのお言葉をいただいておりますので、困ったことがあれば、いつでもできる限りのことはしますぞ」
「わふ、わふ、わふう(っていうか、あたしが身体を持つなんて話は聞いてないですからあ! グレイズ殿、どうしましょう。身体を持つなんて一〇〇〇年振りなんですよ!! ああ、どうしましょう)」
俺は、なんだか慌てている様子で顔をペロペロしてきているハクをどかすと、床から起き上がり、衣服についたホコリを払った。そして、改めて実体を持ったハクを眺める。見惚れるほどの美しい毛並みに、大型犬にも引けをとらない大きな体躯。狼らしい野性味を残していて、わりと俺の好みであった。
「言い伝えによれば、白狼のハク様はアクセルリオン神様の古くからの親友であるとか。そのように大事な人をグレイズ殿に遣わされたとなると、相当な厚遇ですな」
「そうなのですか。生憎と俺は創世神話に疎くて。アクセルリオン神はプレゼントだと言っていましたが……」
「わふ! わふ(グレイズ殿、身体、身体です。どうしよう、久しぶりすぎて本能が抑えられないです)」
ハクが、立ち上がった俺の腰に掴まり、尻尾をブンブンと振って喜んでいるので、少し落ち着くように頭を撫でてやる。
「ハク殿自身も喜んでいるようですし、グレイズ殿もハク殿を気に入っている様子。まずは重畳といったところですなあ。それよりも、神器の製作者であるアクセルリオン神から、何か頼まれ事はありましたか?」
「特に何かをしろとは言われませんでした。ただ、力の使い方を誤るなとだけ釘を刺されたことは覚えております」
誤った使い方をすれば、醜悪なダンジョン主となってしまうのだ。俺の持つ力は、神の祝福というよりやはり呪いなのでは、と思ってしまう。
「そうなのですか。それもアクセルリオン神に何かお考えがあってのことでしょうから、困ったことがありましたら、神殿に気軽に相談に来てください。我々はグレイズ殿の最大の協力者として働かせてもらいますぞ」
「ありがとうございます。ハクもこうして近くにいてくれますし、大丈夫だと思います。どうしても困ったことがあれば、ハクとともに神殿に来てご相談させてもらうことにしますよ。今日は色々とお世話になりました。ハク、お前は俺の家に来るんだろ?」
「わふうう!(行きます! 行きます! お散歩できる!)」
「承知いたしました。いつでもご相談に乗れる態勢は整えておきますのでご遠慮なく。それに、天啓子殿たちの成長も気になりますからのう」
俺は神殿長に挨拶をすると、腰にしがみついてはしゃいでいるハクを連れ、自分の家に帰ることにした。
「わぁああああ!! わんわんだぁああー!! グレイズさん、この子どうしたのー!!」
自宅に戻ると、玄関先でファーマがハクを見るなり抱きついた。そんなファーマの驚いた声につられるように、家の中にいたアウリースとカーラも外に出てきた。
「ファーマ、それ、わんわん違う。きっと、狼だと思う」
「カーラさんの言う通りですね。でも、とっても綺麗な白い毛並みをした立派な狼ですね。あ、あの、グレイズさん、私も触っていいですか?」
ファーマがハクに抱きついて、モフモフな毛並みを堪能しているのを見て、アウリースもやりたそうにしていた。
「わふぅ、わん、わん(ファーマちゃん、あたし自分でお手入れできますからあ! アウリースさんまで尻尾を触りたそうにジッと見ないでください。ダメですからね!)」
ハクの声が聞こえるのは俺だけのようで、現在ハクの身体を玩具にしているファーマには届いていないらしい。
「狼にしては人馴れしている子。人間に飼われていた子か? 頭もよさそうだし」
むう、これは伝えた方がいいのだろうか……。でもそうなると、例の話も伝えないといけないしなあ。とりあえず、今は普通の狼として紹介しておいて、折を見て伝えよう。さすがに俺が神様候補だって言ったら、できはじめた信頼の土台が一気に崩壊しかねないし。
「その子はハクっていうんだ。神殿長が飼っていたらしいんだが、最近歳をとって世話が大変になったとか言ってな。俺が譲り受けたんだ。家で面倒を見ることになったんだけど、いいよね?」
「ええ!? ハクちゃんはうちの子になるのっ!! やったー!! あたしファーマって言うんだ、よろしくねー、ハクちゃん」
「ふぁっ!! 本当ですか! ハクちゃん、私はアウリースっていうの。よろしく。ああ、モフモフの尻尾……素敵。癒されるわあ」
「ふむ、ハク、私はカーラだ。お世話は任せろ」
どうやら三人の賛同は得られたらしい。街には狼を嫌う人が多いのだが、仲間たちは、ハクをとても気に入ってくれたようである。
「わふぅ、わん、わぉ~ん(グレイズ殿、見てないで、みなさんにあたしの取り扱いについて注意してくださいよ。ああ、ファーマちゃん! 耳の後ろは敏感だからそっと……。アウリースさん、尻尾はダメと申したはず。カーラちゃん、顎下はらめぇえぇえー)」
アクセルリオン神の筆頭使徒であるハクも、うちの三人にかかれば、可愛いわんこ扱いであった。
「わふうぅ、わん、わん!(グレイズ殿!? グレイズ殿、早くみなさんに注意してくださいよ。あたしがもうもたないですからあ。早くぅ!!)」
三人からの激しいモフりを受けていたハクは耐え切れなくなったみたいで、逃げ出すように家の中に入っていった。
「わふううう!!(グレイズ殿のバカぁあー!!)」
すまん、ハク。言い出すタイミングを逃しただけなんだ。許してくれ。
俺は、ハクを追いかけようとした三人に注意することにした。
「あー、みんなに言い忘れたが、ハクは色々と敏感だから、優しく触ってくれると助かる」
「はーい!! 優しく触るのー。ハクちゃーん、待ってー」
「承知、優しく撫でるだけにしておく。ハクは顎下を撫でられるのが好きみたい」
「私も、もう少し撫でさせてもらいたいです。狼ってなかなか人に懐かないですし、モフモフですし、温かいですし」
「お、おう。みんなほどほどにしてやってくれよ。あんまり激しいとハクに嫌われるからな」
家に逃げ込んだハクであったが、素早さS+のファーマによって簡単に捕獲され、再び三人からの激しいモフりの生贄になってしまった。
なんにせよ、みんながハクのことを気に入ってくれたようで、なによりだ。今日は色々なことがあったが、みんなとハクが遊んでいるのを見て、心がスッと軽くなっていた。
アルマはそう言うと、階下の事務室へ駆け出していった。
しばらくジェイミーと雑談をした後、階下の受付窓口に下りていく。すると、救出作業に参加した冒険者への一律二万ウェルの支払い決定と、俺たちが倒したゴブリンキングが弱体化していた個体で、ゴブリンウォーリアークラスの強さだったとの報告が、すでにされていた。
Fランクパーティーには討伐は無理だと騒いでいた奴らが、『やっぱりその程度の強さの相手だったんだろう』と言いたげに、こちらを見てくる。
ただ、文句を言っていた冒険者たちの懐が潤ったことで、俺たちや、俺たちの前に脱出し、救援依頼を出したパーティーたちへの露骨なバッシングは鳴りを潜めていた。さすがに金の力は偉大である。
とはいえ、俺らに対する『冒険者の面汚し』との評価は変わらない。だが、仲間たちとの絆は強固なものとなった。暫定的なパーティーだと思われた『追放者』を、ブラックミルズでトップのパーティーに育て上げたい気持ちが、俺の中に芽生えはじめていた。
さて、待たせたな。色々と用事も片付いたことだし、仲間には先に家に帰ってもらった。さあ、神殿長のところへ行って、俺の中にいるお前がどういった存在なのか聞いてもらうことにしよう。
『あたしはきちんと、アクセルリオン神の使徒ハク、と申し上げましたよ』
アクセルリオン神は知っているが、その使徒といえば何人かいたような……
『まあ、あたしが何者かはアクセルリオン神が答えてくれるそうですよ。そんなに気になります? あたしは結構グレイズ殿のことは気に入っているんですけども。落ち着いていますし、優しいですし、ちょっと自分に自信がないのは気になりますけど、イケイケの人よりはマシですしね』
一応、褒め言葉だと受け取っておこう。それに、ハクが頭の中にいるのが嫌だとか、そういうことじゃなくて、自分に何が起きているのか正確に知りたいわけさ。スッキリさせたいんだ。スッキリとな。
俺にも守らないといけない奴らができたし、急に身体を乗っ取られるとかだけは避けたいんだ。
『確かに、頭の中に別人格があったら、そんなふうに思われるのも仕方ないかもしれませんね』
お前のことを疑っているわけじゃないが、そういったこともあるかもしれんからな。用心のためだ。悪く思うな。
『あたしもグレイズ殿とは良好な関係を維持したいので、アクセルリオン神からの説明で理解を得られたらいいなと思っています』
さあ、じゃあ神殿に向かうとしよう。
三人と別れ一人になった俺は、冒険者ギルドの外に出ると、街の郊外にある神殿に行った。
神殿の入り口にいる衛兵に、神殿長への面会を申し込むと、すぐに神殿長の私室へと通された。
「ご無沙汰というほどの時は流れておりませぬな。グレイズ殿、今日は何用ですかな?」
神殿長は執務用の椅子に腰をかけ、机に肘を突いて手を組みながら、俺の来訪の目的を知っているとでも言いたそうに、目を細めてこちらを見ていた。
超越者の腕輪でステータスMAXなってからも、冒険者になってからも、足繁く神殿に通っていなかった俺が、数日のうちに再来訪したこと自体が異常だと思われるのに、神殿長は驚きもしない。
この神殿長、実は俺がハクを脳内に宿していることを知っているのではないかと疑いたくなるほど、落ち着いている。
「実は神殿長にお願いしたいことができましてね。アクセルリオン神と神話をとってもらえますか? 理由は神殿長も分かっていらっしゃると思いますが?」
俺はやたらと冷静な神殿長にカマをかけた。
「ついに彼女が白状しましたか。いや、早かったですなあ。ハハハ、グレイズ殿のことは、アクセルリオン神も気に入っておられますぞ」
神殿長は破顔一笑。隠すこともせずに、俺に問われるがまま、そうバラした。
「やっぱり、知っていましたね。この前のときに教えてくれてもよかったじゃないですか」
「いや申し訳ない。前回、仲間の方と来られたときに、気付いていたのですが、アクセルリオン神から口止めされてしまいましてな。本人が聞いてくるまで、言うてはならんかったのですよ」
「神様が口止め? 一体どういうことです?」
俺は神殿長の言葉を訝しむ。すでにこの世界では、神の力が及ぶ範囲はごく一部に限られており、地上への影響力も限定的になっているはずなのだ。
俺が見聞きした話では、この地を作った神は世界を構築した後、力尽きて天なる国に帰ったとされており、その際、世界の負の感情を集めて生成されるダンジョンの管理を人間に任せたとも言われている。そして、その神は、この世界で唯一の神であり、スキルやジョブを作り出した全能の者でもあるのだ。
「それは直接本人に聞いてくだされ。そこまでは私も聞かされておりませぬからな。今より、降りてこられるようです」
そう宣言した神殿長の身体が眩しく光ったかと思うと、視界が真っ白に染まっていった。
目を開けると白い世界だった。そう、何もかもが白く塗り潰され、先程までいた石造りの神殿長の私室とは明らかに異質な空間に、俺は投げ出されていた。
「ようやく、きちんとお話できますね。グレイズ殿」
声のした方を向くと、真っ白いモフモフした毛並みを持つ犬のような動物が、太い尻尾をパタパタさせて座っていた。
「何者? って、その声はハクか?」
「ええ、その通り。あたしがグレイズ殿の中にいるアクセルリオン神の使徒ハクです」
目の前にいる犬の綺麗な白い毛並みを手で梳く。手入れが行き届いているようで、引っかかりもなく、梳くことができた。その手触りはとてもふわふわしていて気持ちよく、止められなければ延々と梳いていられるほど素晴らしい毛並みをしている。
生まれた村にいたときに飼っていた犬も、ハクのように真っ白い毛並みで、よく俺の顔を舐め回していたのを思い出した。
「あ、あの、グレイズ殿、あたしは狼ですが……」
ハクが、俺の思考を読み取ったようだ。
「あ、すまないな。ハクは狼だったのか。すまん、すまん」
「狼も犬も親戚みたいなものですから、別にいいんですけどね。それよりも、もうじきアクセルリオン神が来られ――」
「あー、私のハクでモフモフしているときに悪いけど、あなたがグレイズ君だね」
ハクの毛並みを撫でていた俺に、背後から誰かが声をかけてきた。声は甲高く、年若い女性のようである。
振り向くと、紫のセミロングの髪で、切れ長の紅眼をした少女が立っていた。いや、少女というより、幼女といった方がピッタリと当てはまるかもしれない容姿であった。
「ア、アクセルリオン神様。こ、これはグレイズ殿が勝手に……」
俺の前でだらしなく身体を横たえていたハクが慌てて起き上がり、幼女の方へ近づくと、その身をすり寄せた。
アクセルリオン神? あなたが? どう見ても一〇歳未満にしか見えないのだが……。神とはこのようなお姿をされておられるのか……
幼女を上から下までじっくりと観察する。だが、見れば見るほど、神というほどのオーラは見事に纏っていない。ただの白いローブを着た幼女そのものだった。
「んんっ! グレイズ殿。アクセルリオン神のお姿をあまりジロジロ見られるのは、お勧めいたしませんよ。今はお力を失ってこのようなお姿になられておりますが、昔はとても素敵な女性だった――むぎぃいい」
「ハク、昔は、ではないわよ。『今』もね」
アクセルリオンが、身体をすり寄せていたハクのほっぺを軽く引っ張る。どうも、彼女の容姿に関しては触れない方が無難なようだ。
ハクの言葉から推察すると、アクセルリオン神が世界創世において力を失ったという神話も、あながち嘘ではないと思われた。
神殿の神像は大人びた女性の姿をしており、アクセルリオン自身が幼女姿を気に入っていないようである。
「ええっと、あなたがこの世界を作ったアクセルリオン神だということは理解した。それと、ハクがあなたの使徒であるということも」
「理解の早い子は好きよ。それでこそ、神器の所有者に相応しい人間だわ」
アクセルリオンは、幼い顔に似合わない妖艶さを覗かせる笑顔を見せた。若い男なら一発でその笑顔に魅了されるであろうが、生憎とおっさんである俺には通じないのだよ。
「神と呼ばれる方に褒めていただき恐れ多いことだが、それよりも俺が来た理由はもちろんご存知ですよね?」
「あら、さすがに褒めた程度では有頂天になってくれないみたいね。普通の子なら、神に選ばれたというだけで舞い上がってしまうものだけど、あなたは賢い人のようね。さて、賢いグレイズ君には質問の答えを教えてあげようかしら……。どうしてあなたにハクが取り憑いているか聞きたいんでしょ?」
アクセルリオン神は俺に、しゃがんで目線を合わせるようにと言いたげな手招きした。俺がしゃがみ込んだら、彼女はいきなり俺の頬に手を当てると、顔を近づけ目を覗き込んできた。
彼女の澄んだ紅眼の奥に映る俺の顔が、いつの間にか魔物のように変化していた。
「そうね。簡単に言えば、お守り代わりと言ったところかしら。あなたが持つ力が暴走しないための制御役として、ハクは憑いているわ。あなたの持つ力は、人の身には過ぎた力でもあるしね。今、見ているのは、力を暴走させた者の末路よ」
吟遊詩人が歌うダンジョン主の物語に出てくるような、邪悪を具現化させたような醜悪な怪物が、俺の目に映し出されている。
「力の暴走を抑える制御役か……。それにあの姿、力を暴走させた者の末路と言っていますが、あれはダンジョン主ではないのですか……」
「そうね。あなたたちの言うダンジョン主は、神の力を暴走させた者の末路。人ならざる者へと変化した、忌むべき異形の生物ということよ。あなたもあの戦いで力の解放の仕方を間違えば、仲間入りしていたかもね」
俺は、彼女の言葉によって、ある場面を思い出していた。
それは、つい先日のゴブリンキング戦だ。あのとき、腕輪を外して解放したパワーは、まだ自分の身体が持つ範囲内の力であった。だが、もし身体の負担を考えずに制限なく力を使えば、人の身ならざる者へ変化する危険があったのだ。
そういった事態を防ぐための制御役として、ハクを俺の意識下に常駐させていたのか。今のところは俺自身で力の調整をできているが、今後どんな状況でも調整できるかと考えると、甚だ怪しいところだ。
それにしても、ダンジョン主が神の力を授かった者の成れの果てだと聞いて、驚きを隠せないでいた。冒険者界隈では、ダンジョン主も魔物の一種と捉えられているからだ。そのダンジョン主が元人間であったと知れ渡れば、この世界は上から下まで大騒ぎになるだろう。
そんな俺の様子を察したアクセルリオン神が、ほっぺを軽くつねってきた。
「今言ったことは内緒ね。世界を創った神様が、世界の負の感情を集めた存在たるダンジョン主を創り出していると知られたら、色々と困ったことになるから。それと、全員が全員、ダンジョン主になるわけじゃないわ。英雄と呼ばれる者になった場合も多いわよ。要は力の使い方次第ってことね」
「なぜ、そのようなことをするのですか? 人に神の力を授けなければ、そんな面倒なことも起きないはずなのに」
俺は湧き上がった疑問を、幼女女神にぶつけていた。
「神様候補探しよ……。今はどこも人手不足で、神様も不足しているのよ。少しでも神を増やせと、上司の神から言われてね。神の力の一部を与え、その力に溺れず善き行いをした者を、没後に神に昇神させているの。あー、これも内緒で頼むわね。普通は候補者には言わないことなんだけど、グレイズ君には特別に教えてあげたわ」
幼女はわるびれもせず、にっこりと笑いながら、俺が死後に神になるかもしれない候補者だとバラしていた。
……ちょっと待て、俺が神になる候補者だって? そんなに敬虔なアクセルリオン神の信徒じゃないぞ。というか、神様って人がなるのか?
動揺が顔に出てしまう。その様子を見ていたハクが、フォローの言葉をくれた。
「あ、でもグレイズ殿は素晴らしく自制的で思慮深いので、神様候補としては最上級の人材だと思いますよ。おかげで、あたしはそろそろお役ごめんになるかと。それに、素晴らしい仲間も見つけられたようですしね」
幼女女神の隣で尻尾を振って伏せていたハクが、俺を見上げている。
「そうね。ハクがグレイズ君の意識下に取り憑くのは、そろそろおしまいにしようかしら。私が作り上げた神の候補者を補佐する『天啓子』の子たちも、三人まで集まったことだし、グレイズ君が万が一暴走しても、彼女たちが命をなげうって暴走を止めてくれるはずだからね」
今の発言は、カーラやファーマ、そしてアウリースが、幼女女神によって意図的に俺のもとに集められたとも受け取れる。
「今の言葉は本当ですか? まさかとは思っていたけど、本当に彼女たちは俺のために集められたのですか?」
「さあ、それはノーコメント。そっちの方が面白くなりそうだしね。でも一つだけ言わせてもらえば、彼女たちはみんないい子だから、信頼してあげてね。きっとグレイズ君の支えになってくれるはずだからさ。あっと、そろそろ時間が来そうね。とりあえず、ハクはグレイズ君の制御役から卒業させるわ。それと、グレイズ君は優秀だから、私から特別にプレゼントをあげるので、楽しみにしていてね」
アクセルリオン神はそれだけ言うと、何もない真っ白な空間に溶け込むように消えていった。そして、俺の意識は急速に離れていった。
ペロペロと顔を舐められる感触と、ペチペチと頬に何かが当たる感触がする。
「わふうう(起きてください。グレイズ殿。起きて! 大変なことになってますからあ!)」
ペロペロとペチペチされる圧力に負け、戻ってきた意識を総動員して薄らと目を開けていく。すると、どうやら神殿に戻ってきたみたいで、俺の顔を舐めたり、叩いたりしていたのは、真っ白い大きな物体のようだ。
「ああ、犬……いや狼か……」
「わふ、わふ、わふう(そうです。ハクです。アクセルリオン神の使徒で、グレイズ殿の制御役として一緒にいたハクなんです!)」
確かに、あの白い空間で会った白い狼のハクであった。
「おや、グレイズ殿は、アクセルリオン神の筆頭使徒である白狼のハク殿を従えられたようですのう。アクセルリオン神は相当に気に入られておるようだ」
視線を少し上げると、神殿長が上から俺を覗き込んでいた。
「アクセルリオン神が俺にプレゼントと言ったのは、ハクのことでしたか。ハクとは気が合うので、俺としてもありがたいところですが。色々と困ったことになりましたね」
「わしも、アクセルリオン神から極力、手を貸してやるようにとのお言葉をいただいておりますので、困ったことがあれば、いつでもできる限りのことはしますぞ」
「わふ、わふ、わふう(っていうか、あたしが身体を持つなんて話は聞いてないですからあ! グレイズ殿、どうしましょう。身体を持つなんて一〇〇〇年振りなんですよ!! ああ、どうしましょう)」
俺は、なんだか慌てている様子で顔をペロペロしてきているハクをどかすと、床から起き上がり、衣服についたホコリを払った。そして、改めて実体を持ったハクを眺める。見惚れるほどの美しい毛並みに、大型犬にも引けをとらない大きな体躯。狼らしい野性味を残していて、わりと俺の好みであった。
「言い伝えによれば、白狼のハク様はアクセルリオン神様の古くからの親友であるとか。そのように大事な人をグレイズ殿に遣わされたとなると、相当な厚遇ですな」
「そうなのですか。生憎と俺は創世神話に疎くて。アクセルリオン神はプレゼントだと言っていましたが……」
「わふ! わふ(グレイズ殿、身体、身体です。どうしよう、久しぶりすぎて本能が抑えられないです)」
ハクが、立ち上がった俺の腰に掴まり、尻尾をブンブンと振って喜んでいるので、少し落ち着くように頭を撫でてやる。
「ハク殿自身も喜んでいるようですし、グレイズ殿もハク殿を気に入っている様子。まずは重畳といったところですなあ。それよりも、神器の製作者であるアクセルリオン神から、何か頼まれ事はありましたか?」
「特に何かをしろとは言われませんでした。ただ、力の使い方を誤るなとだけ釘を刺されたことは覚えております」
誤った使い方をすれば、醜悪なダンジョン主となってしまうのだ。俺の持つ力は、神の祝福というよりやはり呪いなのでは、と思ってしまう。
「そうなのですか。それもアクセルリオン神に何かお考えがあってのことでしょうから、困ったことがありましたら、神殿に気軽に相談に来てください。我々はグレイズ殿の最大の協力者として働かせてもらいますぞ」
「ありがとうございます。ハクもこうして近くにいてくれますし、大丈夫だと思います。どうしても困ったことがあれば、ハクとともに神殿に来てご相談させてもらうことにしますよ。今日は色々とお世話になりました。ハク、お前は俺の家に来るんだろ?」
「わふうう!(行きます! 行きます! お散歩できる!)」
「承知いたしました。いつでもご相談に乗れる態勢は整えておきますのでご遠慮なく。それに、天啓子殿たちの成長も気になりますからのう」
俺は神殿長に挨拶をすると、腰にしがみついてはしゃいでいるハクを連れ、自分の家に帰ることにした。
「わぁああああ!! わんわんだぁああー!! グレイズさん、この子どうしたのー!!」
自宅に戻ると、玄関先でファーマがハクを見るなり抱きついた。そんなファーマの驚いた声につられるように、家の中にいたアウリースとカーラも外に出てきた。
「ファーマ、それ、わんわん違う。きっと、狼だと思う」
「カーラさんの言う通りですね。でも、とっても綺麗な白い毛並みをした立派な狼ですね。あ、あの、グレイズさん、私も触っていいですか?」
ファーマがハクに抱きついて、モフモフな毛並みを堪能しているのを見て、アウリースもやりたそうにしていた。
「わふぅ、わん、わん(ファーマちゃん、あたし自分でお手入れできますからあ! アウリースさんまで尻尾を触りたそうにジッと見ないでください。ダメですからね!)」
ハクの声が聞こえるのは俺だけのようで、現在ハクの身体を玩具にしているファーマには届いていないらしい。
「狼にしては人馴れしている子。人間に飼われていた子か? 頭もよさそうだし」
むう、これは伝えた方がいいのだろうか……。でもそうなると、例の話も伝えないといけないしなあ。とりあえず、今は普通の狼として紹介しておいて、折を見て伝えよう。さすがに俺が神様候補だって言ったら、できはじめた信頼の土台が一気に崩壊しかねないし。
「その子はハクっていうんだ。神殿長が飼っていたらしいんだが、最近歳をとって世話が大変になったとか言ってな。俺が譲り受けたんだ。家で面倒を見ることになったんだけど、いいよね?」
「ええ!? ハクちゃんはうちの子になるのっ!! やったー!! あたしファーマって言うんだ、よろしくねー、ハクちゃん」
「ふぁっ!! 本当ですか! ハクちゃん、私はアウリースっていうの。よろしく。ああ、モフモフの尻尾……素敵。癒されるわあ」
「ふむ、ハク、私はカーラだ。お世話は任せろ」
どうやら三人の賛同は得られたらしい。街には狼を嫌う人が多いのだが、仲間たちは、ハクをとても気に入ってくれたようである。
「わふぅ、わん、わぉ~ん(グレイズ殿、見てないで、みなさんにあたしの取り扱いについて注意してくださいよ。ああ、ファーマちゃん! 耳の後ろは敏感だからそっと……。アウリースさん、尻尾はダメと申したはず。カーラちゃん、顎下はらめぇえぇえー)」
アクセルリオン神の筆頭使徒であるハクも、うちの三人にかかれば、可愛いわんこ扱いであった。
「わふうぅ、わん、わん!(グレイズ殿!? グレイズ殿、早くみなさんに注意してくださいよ。あたしがもうもたないですからあ。早くぅ!!)」
三人からの激しいモフりを受けていたハクは耐え切れなくなったみたいで、逃げ出すように家の中に入っていった。
「わふううう!!(グレイズ殿のバカぁあー!!)」
すまん、ハク。言い出すタイミングを逃しただけなんだ。許してくれ。
俺は、ハクを追いかけようとした三人に注意することにした。
「あー、みんなに言い忘れたが、ハクは色々と敏感だから、優しく触ってくれると助かる」
「はーい!! 優しく触るのー。ハクちゃーん、待ってー」
「承知、優しく撫でるだけにしておく。ハクは顎下を撫でられるのが好きみたい」
「私も、もう少し撫でさせてもらいたいです。狼ってなかなか人に懐かないですし、モフモフですし、温かいですし」
「お、おう。みんなほどほどにしてやってくれよ。あんまり激しいとハクに嫌われるからな」
家に逃げ込んだハクであったが、素早さS+のファーマによって簡単に捕獲され、再び三人からの激しいモフりの生贄になってしまった。
なんにせよ、みんながハクのことを気に入ってくれたようで、なによりだ。今日は色々なことがあったが、みんなとハクが遊んでいるのを見て、心がスッと軽くなっていた。
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