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1巻
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もしかして、俺と同じようにドロップ品の呪いの影響かもしれないと思ったため、彼女に許可を取って装備品を調べさせてもらった。だが、特に呪われた品はなかった。
今のところ、転職不可の駆け出し『武闘家』というのが、ファーマに与えられた状況だ。
おかげでこのままだと、成長できず、他のパーティーに行っても足手まといとして、同じような目に遭う可能性が高い。
「ファーマは冒険者を辞めた方がいいの?」
少しだけ落ち着いたファーマが紫の瞳を潤ませて俺を見上げていた。
「んー。微妙なところだな。成長すれば、『武闘家』は火力を出せるスキルを覚えるからな。それまで我慢して組んでくれるパーティーがいればいいんだが。アルマ、誰かいないか?」
隣で登録名簿をパラパラとめくるアルマに、ファーマを受け入れてくれそうなパーティーを見繕ってもらっている。
「んー。今は駆け出しの子も、攻略優先でパーティーを組みますからねー。成長の遅い子を入れてくれるパーティーはなかなかないかなー」
確かに若いやつらは、ダンジョン攻略法とか言って、駆け出しのまま一気に第一〇階層まで突破することを優先し、冒険者ランクを上げるために納品依頼も割りのいい物を優先的に受けている。そしてそれを効率よくこなすべく、戦闘火力を優先したパーティー編成をするのが主流だと聞いている。それが悪いとは言わん。実際ムエルたちのパーティーもランク上げ至上主義を掲げ、一気にSランクまで駆け上ったからな。
ただ、俺が地上で商人をしていた頃は気の合う子とパーティーを組んで楽しんでいるやつらも多数いたのに、今はちょっとでもミスすると罵声が飛ぶようになった。
ダンジョン内ではチームワークが必要なんだが、若いやつらはそんなのお構いなしに、火力だけ重視してパーティーを組みやがるせいで、たった一つや二つのミスで揉めることになるんだ。
「ファーマは……どうすれば。どうしよう」
不安そうに瞳を潤ませているファーマは、このままだと俺と同じように無職となりかねない。アルマとともにどうしたものかと考えていたら、背後で聞き覚えのあるセリフが聞こえてきた。
「おい、カーラ。お前、きちんと援護しろ」
「無理。お前ら、ポンコツすぎ。支援無駄」
「なんだと!? そうやって、お前が自己中心的に行動するから、依頼に失敗して俺らがランクアップできねぇんだ。俺の指示に従えって!!」
あー、既視感のあるセリフですなあ。この冒険者ギルドでは日に何度もこういった事態が起きているのだろうか。追放流行りすぎだろ。と思ったが、まだ判断するのは早いな。ただの喧嘩かもしれない。そうそうパーティー追放が発生するわけが――
「追放だ、追放。お前とは組んでられねぇ」
発生しました。本日二度目です。ムエルのやつが『巷で流行っているから』を俺の追放の理由にした意味が多少理解できた。日々これくらいの頻度でパーティー追放があるとすれば、表向きの理由としてはあり得ると思ってしまった。
「分かった。こっちこそ、ポンコツと縁が切れて清々」
魔法職っぽい女性が啖呵を切ると、パーティーのメンバーたちが冒険者ギルドを立ち去っていった。嫌だねぇ。この空気。冒険者同士仲良くしようや。
追放された女性は喫茶コーナーに座ると、エールを注文してグビグビと飲みはじめていた。その様子を見ている冒険者たちが、またヒソヒソ話を始めていた。
「あいつ、エルフのカーラだろ? また、トラブったのかよ。あいつ言葉が上手く使えねえし、やることが意味不明だし、自分の都合で動くって噂だろ」
「そうそう。絶対に他人の指示に従わないって有名らしいぞ。あいつも、さっきのファーマと同じく地雷案件だろ。回復支援の使えるジョブとはいえ、自分勝手な回復役なんて怖くてパーティーに入れられねぇよ」
ヒソヒソ喋っていた冒険者たちは、カーラと呼んだ、喫茶コーナーでエールを浴びるように飲むエルフの女性を遠巻きに見ているだけであった。
そんな彼女に向かって近づく人影が見えた――影の主はアルマである。ちょ、アルマさん。何をしているんだい。あ、えーと。もしもし?
「お嬢さん、もしかしてパーティーメンバー募集していませんか?」
アルマが揉み手をしながら、カーラに話しかけていた。
「誰?」
「冒険者ギルド職員のアルマと申します。ちょっとお話を聞いてもらいたいことがありまして、お時間あります?」
酒を飲んでいたカーラに、アルマがニコリと笑みを浮かべると、俺とファーマのいるカウンターを指差した。アルマがやけに積極的だ。普段は冒険者にあまり話しかけないのにな。人のいいアルマのことだから、ファーマの境遇に同情したのだろうか?
アルマによって連れてこられたのは、金髪でストレートロング、碧眼に耳が尖ったエルフの女性だった。森の妖精と言われるエルフ族は、長命種とされ、顔と年齢が合わない種族である。つまり外見は若くとも、年齢は俺よりも数倍上ということもあるのだ。
「今、時間できた。話、聞いてもいい」
追放されたことでカーラもメンバーを探そうとしていたらしく、アルマの話を聞く気になったようだ。ただ、カーラはこちらの言葉に慣れていないのか、片言の言葉を話しているのが少し気になった。
二人のやり取りをぼんやり見ていたら、アルマから『グレイズさん、カウンターに新しいお茶準備して』的な視線が飛んだ気がしたので、ギルドに常備してある給茶ポットのセットを持ってくることにした。
「というわけで、カーラさん。このファーマちゃんとパーティーを組みませんか!」
アルマ、鼻息が荒い。あと、カーラとの顔が近いよ。そこまで前のめりだと、相手も困るだろ?
そんな俺の心のツッコミを無視するように、アルマは顔を近づけたまま、カーラというエルフの女性の手をギュッと握った。
「アルマ。顔近い。あと、ちょっと痛い」
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。このファーマちゃんが可哀想で、ちょっと力が入りすぎました」
「カーラさん、ファーマは頭悪いけど、仲間になってくれる?」
ファーマ必殺のウルウル瞳攻撃に曝されたカーラの喉がゴクリと鳴った。
「ファーマの仲間……。獣人の生態、非常に気になる。尻尾とか耳触っていいか?」
「うんっ! ファーマの仲間になってくれるなら触っていいよー」
再びカーラの喉がゴクリと鳴った。あれ? これって……
「分かった。その条件で仲間になる。けど、私、『精霊術士』。『攻撃魔法』使えない。『回復』『支援』しかできない。それでもいいか?」
カーラは『精霊術士』か。この子も上級職だな。そんな子が、あんな駆け出しっぽい子とつるんでいるのも珍しいが……
確か『精霊術士』は、精霊の力を使い、回復と支援の魔法系統が充実したジョブなはずだ。攻撃魔法は覚えられないが、回復と支援で前衛を援護してくれるのだ。だが、これもベテランの回復術士が転職後に就くのが一般的な上位ジョブである。なので、俺はおそるおそるカーラに転職前の職業を聞いてみることにした。
「話の途中ですまないが、カーラは『精霊術士』の前の職業は、何だったんだ?」
「ん? そんなのはない。私、冒険者になってずっと『精霊術士』」
なんか、聞いたような話だな……。あ、ファーマと同じか。これも流行りか? 転職せずに上級職スタートなんて、普通あり得ないだろ?
「本当にか?」
「私、嘘吐かない。エルフ、嘘はない」
「そうか……」
俺の質問が気になったのか、カーラが訝しげな顔をしてこちらを見ていた。
ファーマやカーラみたいな上級職スタートは結構アリのようだ。冒険者人生も五年以上になるが、俺の知らないことはまだまだあるようだな。人生四〇年でわりと色んなことを知ったつもりでも、世の中は不思議に満ちているらしい。
「これで、あとはグレイズさんを入れておけば、駆け出しでも大丈夫ですね。パーティーメンバーは『商人』『武闘家』『精霊術士』。うーん。なんとかなりますよね。戦えないまでも、グレイズさんは元Sランクパーティー所属のベテランSランク冒険者ですし」
「このおっさん。Sランク冒険者……。なるほど、有能そうな匂いがする」
カーラの訝しげだった眼が、Sランク冒険者と聞いた瞬間に豹変した。一応、ムエルたちのパーティーでSランク冒険者まで昇格しているし、呪われた力によってソロでも中層階くらいまでは普通に歩き回れる自信もあるが……
そんな中、アルマが何やらサラサラと書類に文字を書いていた。よく見ると、その紙はパーティー新設の申請書である。いつの間にか俺は、カーラとファーマの面倒を見ることになっていた。
そんな話聞いていない。謀ったな、アルマ! どう見ても駆け出し二人を、俺に押しつけようという魂胆だろう。
パーティーメンバーだと告げられた二人の眼がこちらを見ている。
やめろ、その棄てられた子犬のような期待に満ちた眼を俺に向けるな。そんな眼で見られたら、見られたら……
「し、仕方ねぇな。ただ、俺に新しいパーティーが見つかるまでの期間限定だぞ。なにせ俺は、非戦闘職の『商人』だからな。先輩冒険者として色々と助言はしてやれるが、ほとんど戦えない。それでもいいのか?」
俺はいつもの癖で、自分の力のことをファーマやカーラたちに伝えずにいた。
二人の境遇には同情するが、彼女らはまだ若いから、ある程度実力が付けばどこかからオファーが来ると思う。どうせ別れることになるので、お互いのことを深く知る必要もないと判断したのだ。一時期だけの暫定パーティーだろうし、別れが辛くなるなら最初からある程度の距離を置いた方がいい。
俺は自分の気持ちを誤魔化すように、そう考える。
「ファーマは、ドジで頭悪くて、役に立たないけどいいですか?」
ファーマが不安そうな顔を俺へ向け、紫色の透き通った綺麗な瞳を潤ませている。せめて、彼女が冒険者として一人前になる手助けくらいはしてあげよう。
「私、有能。任せておけ。グレイズ、後ろで見ていればいい」
カーラもトラブルメーカーとしての素質があるため、やんわりと周りに気配りができるように声かけをしてやるつもりだ。
というわけで、俺の新たなパーティーメンバーは、アルマの策略により、やけに自信満々なカーラと、自信のないファーマという凸凹コンビとなった。
あー、大丈夫だろうか。今度は俺が『カーラもファーマも追放してやる』って叫んでないかな。流行はうつりやすいって言うしなー。あー不安だな。
新たに出発することになったが、その船出には前途多難さが漂っており、さすがの俺も不安が拭い去れないでいた。
「とりあえず、二人ともよろしく頼む」
「グレイズさん、よろしくお願いしますっ!」
「グレイズ、頼む」
三人でがっちりと握手を交わす。追放された者たちが組んだ暫定パーティーであるため、心配も多く、なるべく早く彼女らを一人前の冒険者に育てて、新しいパーティーに送り出そうと俺は心に決めた。
「よかった。よかったねぇ、ファーマちゃん。えぐ、えぐ。困ったら、すぐに私に言ってね。力になるから」
アルマが猫獣人のファーマを抱いて、泣き崩れている。二人って今日会ったばかりだよね? いや、冒険者登録していたから、前から会ったことくらいはあるのか。それにしても、アルマは困っているやつをほっとけないんだな。それが美点であり、欠点でもあるが。
ファーマにしがみついて泣いているアルマが、何かを思い出したようにカウンターへ戻っていく。そして、例のパーティー新設の申請書を手に取ると、ツカツカと俺の方に歩いてきた。
「パーティー名を登録してくださいよ。グレイズさんが最先任の冒険者ランク所持者なんで、リーダーでしょうし」
え? 俺が決めるの? 俺、ネーミングセンスないよ。えー、えーと何がいいかな。どうせ、暫定的なパーティーだし、そんなにキッチリしたのでなくてもいいか。
アルマに詰め寄られた俺は、頭にフッと浮かんだ言葉を口に出していた。
「『追放者』でいいんじゃないか? どうせ、二人が成長するまでか、俺の新たなパーティーが決まるまでの暫定パーティーだし」
パーティー名を披露すると、三人の眼がジッと俺に集中する。
あれ? ダメ? もしかして、ダメですか? いやいや、これも言い得て妙なパーティー名だと思うよ。ほら、三人ともパーティーから追放されているしさ。それに流行っているっていうし、もしかしたら有名になれるかもよ。有名になれば、他のパーティーからの引き合いもあるからさ。
……って思っているが、口に出すとアルマあたりに怒られそうだったので、冷や汗をかきながら返答を待っていた。
「私、それでいい。賛成」
「ファーマは、グレイズさんが決めたのでいいよー」
援護二名確保。残るは本丸アルマのみ。全軍突撃!
「だそうだ。いいよな?」
「ふう、仕方ないですね。その代わり、パーティーリーダーは、グレイズさんが引き受けてくださいよ。カーラさん、ファーマちゃん、本当にいいのね?」
アルマの問いに、二人が頷く。
我、本丸アルマを攻略せり。繰り返す、我、本丸アルマを攻略せり!
パーティー名決定に小さくガッツポーズをする。大体、こういった重要事項の決定は、前のパーティーだとムエルが行っていたからな。俺は決まったことを粛々とこなす側だった。なので、初めて決める側に立ったことで、なんだか責任感が芽生えていた。
とりあえず、この二人が無事に成長して、新たなパーティーに拾ってもらえるように仕込まないとな。こりゃあ、ムエルたちを仕込んだ以上の手間がかかりそうな気がするぞ。
その後パーティー結成の書類を提出すると、二人に明日の朝からダンジョン探索をすることを告げ、立ち去ろうとする。だが、二人に服の裾を掴まれた。
「グ、グレイズさん。ファーマ、仲間外れにされたから泊まるお家ないの。どうしたらいい? 明日までこの冒険者ギルドでグレイズさん待ってればいいかなぁ? お腹すくけど、お金もないし、しょうがないよね」
「ファーマ、私も泊まるとこない。お金もエールで使い果たした。一緒にここで一晩明かす」
「カーラさん! うん、カーラさんと一緒に明日までグレイズさん待っているね」
二人の話を聞いたアルマが、ハンカチを眼に当てて涙を拭っていた。
「ごめん、ごめんね。ファーマちゃん、カーラさん、冒険者ギルドは宿泊禁止なの。本当にごめん。でもほら、大丈夫よ。こう見えてもグレイズさんは持ち家のある冒険者だから、お泊まりさせてもらいなさい。大丈夫、グレイズさんはそこらの野獣とは違って紳士だからね。変なことはされないわ。私が保証するから」
またアルマが勝手に話を進めていた。
ちょ、ちょっと待て。パーティーを組んで面倒を見るとは言ったが、生活全般まで面倒を見るとは一言も言ってないぞ。またも謀ったな、アルマ!
「待て待て。独身の男の家に、年若い女の子をお泊まりさせようとするな。俺が手を出さないとしても、周りが勝手に邪推するだろうが。二人はまだ若いんだ。そういった配慮は必要だと思うぞ」
慌てて二人の受け入れを断ろうとしたが、両袖がクイクイと引かれた。
「グレイズさんのお家でお泊まりしてもいいですか? 冒険者ギルドに泊まれないならファーマは行くところない」
「グレイズの家にお泊まりできないとき、ファーマと野宿して待つ。寒いけど二人ならなんとかしのげる」
二人は眼に不安そうな光を宿し、俺の答えを待っていた。
そんな眼で見られたら、断れねぇぞ。若い娘を寒風吹きすさぶ外に野宿させるとか、俺の方が心配して寝られねぇ。
我ながら見事にアルマの策にはまった気がしないでもないが、これからメンバーとして一緒に探索する二人が翌日凍死していたとか聞くのは目覚めが悪くなる。
「だぁああっ! しょうがない。部屋は空いているから使わせてやるよ。飯もキチンと食わせてやるから、安心して冒険者としての仕事に励むんだ」
袖を引っ張って不安そうな顔をしていた二人が、パッと顔を明るくした。その笑顔を見た瞬間に、心がポッと温かくなる。
実は俺も、一人暮らしが寂しいと感じはじめていたところだ。前のパーティーのときは雑用で忙しく、寝に帰るだけの場所だったが、追放されて以来、ゆっくり時間を過ごすことになり、暇を持て余すと同時に寂しさも感じていたのだ。
同居人として二人が暮らすのもそれはそれで悪くないかもしれない。ただ、期間限定なのは頭の隅に入れて対応しないといけないな……
「よかったぁ。ファーマちゃん、カーラさん、野宿しないですみそうですね」
「アルマのおかげ、助かった」
「アルマさん、ファーマのためにありがとー」
「いえいえ、私のおかげじゃなくて、グレイズさんの度量の広さに感謝してくださいね」
すると、ファーマとカーラが俺の手を握り、頭を下げて礼を言ってくれた。
「――じゃあ、案内するから行くとするか。荷物は全部持っているか?」
「はーい。持っている」
「私も全部ある」
二人とも駆け出しの冒険者らしく、身の回りの物は最小限度にして常に持ち歩いていたようだ。
こうして俺は、ファーマとカーラというパーティーメンバー兼同居人を自宅に迎えることとなった。ちなみにその日の夕食は兎肉のシチューを作ったのだが、少し多めに作ってしまったそれを、二人が見事に完食をしていたのは内緒にしておくことにした。育ち盛りだしね。
『あら、目覚めたら可愛らしい同居人が増えていますね。……この二人も懐かしい匂いが……』
ベッドで朝日を浴びて目覚めつつあった俺の脳内に、例の声が響いた。
さて、ここでおさらいです。
『え!? 急になんです?』
まず、俺は戦闘スキル全く覚えない非戦闘系ジョブである『商人』です。ここまではオッケー?
『は、はい。グレイズ殿は戦闘向きではない「商人」ジョブの方だとお伺いしております』
いいね。いい返事だ。そして、若気の至りで鑑定ミスって呪いを受けて、ステータスMAXになっちまっている。これもいいかい?
『それも、この前お伺いしました。人外の力を得たことで、人から嫌われるのを恐れていらっしゃるそうで。でも、大丈夫だと思うんですが……』
そう言ってくれると助かる。けど、この世界には色んな人間がいるからな。人と違う力を持った人間を排斥したがるやつらは多いんだぜ。
『そうなんですか……あたしはまだこの世界に慣れなくて……。そういう人もいるんですね。勉強になります』
まあそんなこと言っていてもしょうがないから、次いくぞ。んで、ある日、五年間も仲間としてつるんでいたパーティーのリーダーから追放処分を受けた。理由は『流行っている』からだ。ここ大事だからな。
『表向きはそうでしたね。本当は、パーティーの火力を上げるために、魔術士を新たに入れるのを機に、ついでに前々から目ざわりだった非戦闘職のグレイズ殿を首にした、が正解だったはず』
そこまではっきり言うなよ。これでも俺、傷ついているんだぜ。まあいい。おおよそ正解。花丸まではあげられないが、丸くらいはやろう。おっと、話が逸れた。戻すとしよう。
失意の俺は暇を持て余していたところ、同じく追放処分を受けた冒険者二人と新たなパーティーを組むことになった。
ここまでが昨日までの話でオッケー? ちゃんと、ついてきているかい?
『なるほど、だから若い女の子がグレイズ殿の家で寝起きをしておられるのですね。起きたら女の子の気配がして、ビックリしちゃいましたからね。なるほど、なるほど』
そういうことだ。ファーマとカーラっていう駆け出しの冒険者な。俺のパーティーメンバーになるんでお前もよろしく頼むぞ。って、俺にしかお前の声は聞こえないか。
『そうですね。今のところは……。でも、二人ともいい子みたいなんで、大事にしてあげてくださいね。あら、またなんか眠くなってきちゃった。またお休みしますので、起きたらお話聞かせてくださいね』
確かに声の主は再び寝入ったようで、気配が消えた。追放されたときに聞こえるようになった声だが、最近ではかなりはっきりと聞こえるようになっていた。一時は俺の頭がおかしくなったのかと本気で悩んだが、今現在は俺のよき話し相手になってくれている。
「グレイズさーん。朝になったよー!」
階下からファーマの元気な声が聞こえてきた。昨夜たらふく食べた兎肉のシチューで、元気を取り戻したものと思われる。
「今から起きるよ。朝飯は冒険者ギルドで軽食を摘まむから、探索に出る準備をしといてくれと、カーラにも伝えてくれ」
「はーい! カーラさんにも言ってくる」
ファーマにカーラへの伝言を頼むと、俺も久しぶりにダンジョンを探索する準備を始めることにした。
全員が準備を終えて冒険者ギルドに到着したときには、他の冒険者による朝の依頼受注ラッシュが始まっており、ギルド内は冒険者たちで溢れ返っていた。
俺たちは受注ラッシュを避けるため、まずは喫茶スペースで腹ごしらえをする。冒険者ギルド内には喫茶スペースがあり、昨日カーラがエールを飲んでいたが、飲み物だけでなくサンドイッチやパイ、シチューといった軽食も注文できるようになっている。
今のところ、転職不可の駆け出し『武闘家』というのが、ファーマに与えられた状況だ。
おかげでこのままだと、成長できず、他のパーティーに行っても足手まといとして、同じような目に遭う可能性が高い。
「ファーマは冒険者を辞めた方がいいの?」
少しだけ落ち着いたファーマが紫の瞳を潤ませて俺を見上げていた。
「んー。微妙なところだな。成長すれば、『武闘家』は火力を出せるスキルを覚えるからな。それまで我慢して組んでくれるパーティーがいればいいんだが。アルマ、誰かいないか?」
隣で登録名簿をパラパラとめくるアルマに、ファーマを受け入れてくれそうなパーティーを見繕ってもらっている。
「んー。今は駆け出しの子も、攻略優先でパーティーを組みますからねー。成長の遅い子を入れてくれるパーティーはなかなかないかなー」
確かに若いやつらは、ダンジョン攻略法とか言って、駆け出しのまま一気に第一〇階層まで突破することを優先し、冒険者ランクを上げるために納品依頼も割りのいい物を優先的に受けている。そしてそれを効率よくこなすべく、戦闘火力を優先したパーティー編成をするのが主流だと聞いている。それが悪いとは言わん。実際ムエルたちのパーティーもランク上げ至上主義を掲げ、一気にSランクまで駆け上ったからな。
ただ、俺が地上で商人をしていた頃は気の合う子とパーティーを組んで楽しんでいるやつらも多数いたのに、今はちょっとでもミスすると罵声が飛ぶようになった。
ダンジョン内ではチームワークが必要なんだが、若いやつらはそんなのお構いなしに、火力だけ重視してパーティーを組みやがるせいで、たった一つや二つのミスで揉めることになるんだ。
「ファーマは……どうすれば。どうしよう」
不安そうに瞳を潤ませているファーマは、このままだと俺と同じように無職となりかねない。アルマとともにどうしたものかと考えていたら、背後で聞き覚えのあるセリフが聞こえてきた。
「おい、カーラ。お前、きちんと援護しろ」
「無理。お前ら、ポンコツすぎ。支援無駄」
「なんだと!? そうやって、お前が自己中心的に行動するから、依頼に失敗して俺らがランクアップできねぇんだ。俺の指示に従えって!!」
あー、既視感のあるセリフですなあ。この冒険者ギルドでは日に何度もこういった事態が起きているのだろうか。追放流行りすぎだろ。と思ったが、まだ判断するのは早いな。ただの喧嘩かもしれない。そうそうパーティー追放が発生するわけが――
「追放だ、追放。お前とは組んでられねぇ」
発生しました。本日二度目です。ムエルのやつが『巷で流行っているから』を俺の追放の理由にした意味が多少理解できた。日々これくらいの頻度でパーティー追放があるとすれば、表向きの理由としてはあり得ると思ってしまった。
「分かった。こっちこそ、ポンコツと縁が切れて清々」
魔法職っぽい女性が啖呵を切ると、パーティーのメンバーたちが冒険者ギルドを立ち去っていった。嫌だねぇ。この空気。冒険者同士仲良くしようや。
追放された女性は喫茶コーナーに座ると、エールを注文してグビグビと飲みはじめていた。その様子を見ている冒険者たちが、またヒソヒソ話を始めていた。
「あいつ、エルフのカーラだろ? また、トラブったのかよ。あいつ言葉が上手く使えねえし、やることが意味不明だし、自分の都合で動くって噂だろ」
「そうそう。絶対に他人の指示に従わないって有名らしいぞ。あいつも、さっきのファーマと同じく地雷案件だろ。回復支援の使えるジョブとはいえ、自分勝手な回復役なんて怖くてパーティーに入れられねぇよ」
ヒソヒソ喋っていた冒険者たちは、カーラと呼んだ、喫茶コーナーでエールを浴びるように飲むエルフの女性を遠巻きに見ているだけであった。
そんな彼女に向かって近づく人影が見えた――影の主はアルマである。ちょ、アルマさん。何をしているんだい。あ、えーと。もしもし?
「お嬢さん、もしかしてパーティーメンバー募集していませんか?」
アルマが揉み手をしながら、カーラに話しかけていた。
「誰?」
「冒険者ギルド職員のアルマと申します。ちょっとお話を聞いてもらいたいことがありまして、お時間あります?」
酒を飲んでいたカーラに、アルマがニコリと笑みを浮かべると、俺とファーマのいるカウンターを指差した。アルマがやけに積極的だ。普段は冒険者にあまり話しかけないのにな。人のいいアルマのことだから、ファーマの境遇に同情したのだろうか?
アルマによって連れてこられたのは、金髪でストレートロング、碧眼に耳が尖ったエルフの女性だった。森の妖精と言われるエルフ族は、長命種とされ、顔と年齢が合わない種族である。つまり外見は若くとも、年齢は俺よりも数倍上ということもあるのだ。
「今、時間できた。話、聞いてもいい」
追放されたことでカーラもメンバーを探そうとしていたらしく、アルマの話を聞く気になったようだ。ただ、カーラはこちらの言葉に慣れていないのか、片言の言葉を話しているのが少し気になった。
二人のやり取りをぼんやり見ていたら、アルマから『グレイズさん、カウンターに新しいお茶準備して』的な視線が飛んだ気がしたので、ギルドに常備してある給茶ポットのセットを持ってくることにした。
「というわけで、カーラさん。このファーマちゃんとパーティーを組みませんか!」
アルマ、鼻息が荒い。あと、カーラとの顔が近いよ。そこまで前のめりだと、相手も困るだろ?
そんな俺の心のツッコミを無視するように、アルマは顔を近づけたまま、カーラというエルフの女性の手をギュッと握った。
「アルマ。顔近い。あと、ちょっと痛い」
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。このファーマちゃんが可哀想で、ちょっと力が入りすぎました」
「カーラさん、ファーマは頭悪いけど、仲間になってくれる?」
ファーマ必殺のウルウル瞳攻撃に曝されたカーラの喉がゴクリと鳴った。
「ファーマの仲間……。獣人の生態、非常に気になる。尻尾とか耳触っていいか?」
「うんっ! ファーマの仲間になってくれるなら触っていいよー」
再びカーラの喉がゴクリと鳴った。あれ? これって……
「分かった。その条件で仲間になる。けど、私、『精霊術士』。『攻撃魔法』使えない。『回復』『支援』しかできない。それでもいいか?」
カーラは『精霊術士』か。この子も上級職だな。そんな子が、あんな駆け出しっぽい子とつるんでいるのも珍しいが……
確か『精霊術士』は、精霊の力を使い、回復と支援の魔法系統が充実したジョブなはずだ。攻撃魔法は覚えられないが、回復と支援で前衛を援護してくれるのだ。だが、これもベテランの回復術士が転職後に就くのが一般的な上位ジョブである。なので、俺はおそるおそるカーラに転職前の職業を聞いてみることにした。
「話の途中ですまないが、カーラは『精霊術士』の前の職業は、何だったんだ?」
「ん? そんなのはない。私、冒険者になってずっと『精霊術士』」
なんか、聞いたような話だな……。あ、ファーマと同じか。これも流行りか? 転職せずに上級職スタートなんて、普通あり得ないだろ?
「本当にか?」
「私、嘘吐かない。エルフ、嘘はない」
「そうか……」
俺の質問が気になったのか、カーラが訝しげな顔をしてこちらを見ていた。
ファーマやカーラみたいな上級職スタートは結構アリのようだ。冒険者人生も五年以上になるが、俺の知らないことはまだまだあるようだな。人生四〇年でわりと色んなことを知ったつもりでも、世の中は不思議に満ちているらしい。
「これで、あとはグレイズさんを入れておけば、駆け出しでも大丈夫ですね。パーティーメンバーは『商人』『武闘家』『精霊術士』。うーん。なんとかなりますよね。戦えないまでも、グレイズさんは元Sランクパーティー所属のベテランSランク冒険者ですし」
「このおっさん。Sランク冒険者……。なるほど、有能そうな匂いがする」
カーラの訝しげだった眼が、Sランク冒険者と聞いた瞬間に豹変した。一応、ムエルたちのパーティーでSランク冒険者まで昇格しているし、呪われた力によってソロでも中層階くらいまでは普通に歩き回れる自信もあるが……
そんな中、アルマが何やらサラサラと書類に文字を書いていた。よく見ると、その紙はパーティー新設の申請書である。いつの間にか俺は、カーラとファーマの面倒を見ることになっていた。
そんな話聞いていない。謀ったな、アルマ! どう見ても駆け出し二人を、俺に押しつけようという魂胆だろう。
パーティーメンバーだと告げられた二人の眼がこちらを見ている。
やめろ、その棄てられた子犬のような期待に満ちた眼を俺に向けるな。そんな眼で見られたら、見られたら……
「し、仕方ねぇな。ただ、俺に新しいパーティーが見つかるまでの期間限定だぞ。なにせ俺は、非戦闘職の『商人』だからな。先輩冒険者として色々と助言はしてやれるが、ほとんど戦えない。それでもいいのか?」
俺はいつもの癖で、自分の力のことをファーマやカーラたちに伝えずにいた。
二人の境遇には同情するが、彼女らはまだ若いから、ある程度実力が付けばどこかからオファーが来ると思う。どうせ別れることになるので、お互いのことを深く知る必要もないと判断したのだ。一時期だけの暫定パーティーだろうし、別れが辛くなるなら最初からある程度の距離を置いた方がいい。
俺は自分の気持ちを誤魔化すように、そう考える。
「ファーマは、ドジで頭悪くて、役に立たないけどいいですか?」
ファーマが不安そうな顔を俺へ向け、紫色の透き通った綺麗な瞳を潤ませている。せめて、彼女が冒険者として一人前になる手助けくらいはしてあげよう。
「私、有能。任せておけ。グレイズ、後ろで見ていればいい」
カーラもトラブルメーカーとしての素質があるため、やんわりと周りに気配りができるように声かけをしてやるつもりだ。
というわけで、俺の新たなパーティーメンバーは、アルマの策略により、やけに自信満々なカーラと、自信のないファーマという凸凹コンビとなった。
あー、大丈夫だろうか。今度は俺が『カーラもファーマも追放してやる』って叫んでないかな。流行はうつりやすいって言うしなー。あー不安だな。
新たに出発することになったが、その船出には前途多難さが漂っており、さすがの俺も不安が拭い去れないでいた。
「とりあえず、二人ともよろしく頼む」
「グレイズさん、よろしくお願いしますっ!」
「グレイズ、頼む」
三人でがっちりと握手を交わす。追放された者たちが組んだ暫定パーティーであるため、心配も多く、なるべく早く彼女らを一人前の冒険者に育てて、新しいパーティーに送り出そうと俺は心に決めた。
「よかった。よかったねぇ、ファーマちゃん。えぐ、えぐ。困ったら、すぐに私に言ってね。力になるから」
アルマが猫獣人のファーマを抱いて、泣き崩れている。二人って今日会ったばかりだよね? いや、冒険者登録していたから、前から会ったことくらいはあるのか。それにしても、アルマは困っているやつをほっとけないんだな。それが美点であり、欠点でもあるが。
ファーマにしがみついて泣いているアルマが、何かを思い出したようにカウンターへ戻っていく。そして、例のパーティー新設の申請書を手に取ると、ツカツカと俺の方に歩いてきた。
「パーティー名を登録してくださいよ。グレイズさんが最先任の冒険者ランク所持者なんで、リーダーでしょうし」
え? 俺が決めるの? 俺、ネーミングセンスないよ。えー、えーと何がいいかな。どうせ、暫定的なパーティーだし、そんなにキッチリしたのでなくてもいいか。
アルマに詰め寄られた俺は、頭にフッと浮かんだ言葉を口に出していた。
「『追放者』でいいんじゃないか? どうせ、二人が成長するまでか、俺の新たなパーティーが決まるまでの暫定パーティーだし」
パーティー名を披露すると、三人の眼がジッと俺に集中する。
あれ? ダメ? もしかして、ダメですか? いやいや、これも言い得て妙なパーティー名だと思うよ。ほら、三人ともパーティーから追放されているしさ。それに流行っているっていうし、もしかしたら有名になれるかもよ。有名になれば、他のパーティーからの引き合いもあるからさ。
……って思っているが、口に出すとアルマあたりに怒られそうだったので、冷や汗をかきながら返答を待っていた。
「私、それでいい。賛成」
「ファーマは、グレイズさんが決めたのでいいよー」
援護二名確保。残るは本丸アルマのみ。全軍突撃!
「だそうだ。いいよな?」
「ふう、仕方ないですね。その代わり、パーティーリーダーは、グレイズさんが引き受けてくださいよ。カーラさん、ファーマちゃん、本当にいいのね?」
アルマの問いに、二人が頷く。
我、本丸アルマを攻略せり。繰り返す、我、本丸アルマを攻略せり!
パーティー名決定に小さくガッツポーズをする。大体、こういった重要事項の決定は、前のパーティーだとムエルが行っていたからな。俺は決まったことを粛々とこなす側だった。なので、初めて決める側に立ったことで、なんだか責任感が芽生えていた。
とりあえず、この二人が無事に成長して、新たなパーティーに拾ってもらえるように仕込まないとな。こりゃあ、ムエルたちを仕込んだ以上の手間がかかりそうな気がするぞ。
その後パーティー結成の書類を提出すると、二人に明日の朝からダンジョン探索をすることを告げ、立ち去ろうとする。だが、二人に服の裾を掴まれた。
「グ、グレイズさん。ファーマ、仲間外れにされたから泊まるお家ないの。どうしたらいい? 明日までこの冒険者ギルドでグレイズさん待ってればいいかなぁ? お腹すくけど、お金もないし、しょうがないよね」
「ファーマ、私も泊まるとこない。お金もエールで使い果たした。一緒にここで一晩明かす」
「カーラさん! うん、カーラさんと一緒に明日までグレイズさん待っているね」
二人の話を聞いたアルマが、ハンカチを眼に当てて涙を拭っていた。
「ごめん、ごめんね。ファーマちゃん、カーラさん、冒険者ギルドは宿泊禁止なの。本当にごめん。でもほら、大丈夫よ。こう見えてもグレイズさんは持ち家のある冒険者だから、お泊まりさせてもらいなさい。大丈夫、グレイズさんはそこらの野獣とは違って紳士だからね。変なことはされないわ。私が保証するから」
またアルマが勝手に話を進めていた。
ちょ、ちょっと待て。パーティーを組んで面倒を見るとは言ったが、生活全般まで面倒を見るとは一言も言ってないぞ。またも謀ったな、アルマ!
「待て待て。独身の男の家に、年若い女の子をお泊まりさせようとするな。俺が手を出さないとしても、周りが勝手に邪推するだろうが。二人はまだ若いんだ。そういった配慮は必要だと思うぞ」
慌てて二人の受け入れを断ろうとしたが、両袖がクイクイと引かれた。
「グレイズさんのお家でお泊まりしてもいいですか? 冒険者ギルドに泊まれないならファーマは行くところない」
「グレイズの家にお泊まりできないとき、ファーマと野宿して待つ。寒いけど二人ならなんとかしのげる」
二人は眼に不安そうな光を宿し、俺の答えを待っていた。
そんな眼で見られたら、断れねぇぞ。若い娘を寒風吹きすさぶ外に野宿させるとか、俺の方が心配して寝られねぇ。
我ながら見事にアルマの策にはまった気がしないでもないが、これからメンバーとして一緒に探索する二人が翌日凍死していたとか聞くのは目覚めが悪くなる。
「だぁああっ! しょうがない。部屋は空いているから使わせてやるよ。飯もキチンと食わせてやるから、安心して冒険者としての仕事に励むんだ」
袖を引っ張って不安そうな顔をしていた二人が、パッと顔を明るくした。その笑顔を見た瞬間に、心がポッと温かくなる。
実は俺も、一人暮らしが寂しいと感じはじめていたところだ。前のパーティーのときは雑用で忙しく、寝に帰るだけの場所だったが、追放されて以来、ゆっくり時間を過ごすことになり、暇を持て余すと同時に寂しさも感じていたのだ。
同居人として二人が暮らすのもそれはそれで悪くないかもしれない。ただ、期間限定なのは頭の隅に入れて対応しないといけないな……
「よかったぁ。ファーマちゃん、カーラさん、野宿しないですみそうですね」
「アルマのおかげ、助かった」
「アルマさん、ファーマのためにありがとー」
「いえいえ、私のおかげじゃなくて、グレイズさんの度量の広さに感謝してくださいね」
すると、ファーマとカーラが俺の手を握り、頭を下げて礼を言ってくれた。
「――じゃあ、案内するから行くとするか。荷物は全部持っているか?」
「はーい。持っている」
「私も全部ある」
二人とも駆け出しの冒険者らしく、身の回りの物は最小限度にして常に持ち歩いていたようだ。
こうして俺は、ファーマとカーラというパーティーメンバー兼同居人を自宅に迎えることとなった。ちなみにその日の夕食は兎肉のシチューを作ったのだが、少し多めに作ってしまったそれを、二人が見事に完食をしていたのは内緒にしておくことにした。育ち盛りだしね。
『あら、目覚めたら可愛らしい同居人が増えていますね。……この二人も懐かしい匂いが……』
ベッドで朝日を浴びて目覚めつつあった俺の脳内に、例の声が響いた。
さて、ここでおさらいです。
『え!? 急になんです?』
まず、俺は戦闘スキル全く覚えない非戦闘系ジョブである『商人』です。ここまではオッケー?
『は、はい。グレイズ殿は戦闘向きではない「商人」ジョブの方だとお伺いしております』
いいね。いい返事だ。そして、若気の至りで鑑定ミスって呪いを受けて、ステータスMAXになっちまっている。これもいいかい?
『それも、この前お伺いしました。人外の力を得たことで、人から嫌われるのを恐れていらっしゃるそうで。でも、大丈夫だと思うんですが……』
そう言ってくれると助かる。けど、この世界には色んな人間がいるからな。人と違う力を持った人間を排斥したがるやつらは多いんだぜ。
『そうなんですか……あたしはまだこの世界に慣れなくて……。そういう人もいるんですね。勉強になります』
まあそんなこと言っていてもしょうがないから、次いくぞ。んで、ある日、五年間も仲間としてつるんでいたパーティーのリーダーから追放処分を受けた。理由は『流行っている』からだ。ここ大事だからな。
『表向きはそうでしたね。本当は、パーティーの火力を上げるために、魔術士を新たに入れるのを機に、ついでに前々から目ざわりだった非戦闘職のグレイズ殿を首にした、が正解だったはず』
そこまではっきり言うなよ。これでも俺、傷ついているんだぜ。まあいい。おおよそ正解。花丸まではあげられないが、丸くらいはやろう。おっと、話が逸れた。戻すとしよう。
失意の俺は暇を持て余していたところ、同じく追放処分を受けた冒険者二人と新たなパーティーを組むことになった。
ここまでが昨日までの話でオッケー? ちゃんと、ついてきているかい?
『なるほど、だから若い女の子がグレイズ殿の家で寝起きをしておられるのですね。起きたら女の子の気配がして、ビックリしちゃいましたからね。なるほど、なるほど』
そういうことだ。ファーマとカーラっていう駆け出しの冒険者な。俺のパーティーメンバーになるんでお前もよろしく頼むぞ。って、俺にしかお前の声は聞こえないか。
『そうですね。今のところは……。でも、二人ともいい子みたいなんで、大事にしてあげてくださいね。あら、またなんか眠くなってきちゃった。またお休みしますので、起きたらお話聞かせてくださいね』
確かに声の主は再び寝入ったようで、気配が消えた。追放されたときに聞こえるようになった声だが、最近ではかなりはっきりと聞こえるようになっていた。一時は俺の頭がおかしくなったのかと本気で悩んだが、今現在は俺のよき話し相手になってくれている。
「グレイズさーん。朝になったよー!」
階下からファーマの元気な声が聞こえてきた。昨夜たらふく食べた兎肉のシチューで、元気を取り戻したものと思われる。
「今から起きるよ。朝飯は冒険者ギルドで軽食を摘まむから、探索に出る準備をしといてくれと、カーラにも伝えてくれ」
「はーい! カーラさんにも言ってくる」
ファーマにカーラへの伝言を頼むと、俺も久しぶりにダンジョンを探索する準備を始めることにした。
全員が準備を終えて冒険者ギルドに到着したときには、他の冒険者による朝の依頼受注ラッシュが始まっており、ギルド内は冒険者たちで溢れ返っていた。
俺たちは受注ラッシュを避けるため、まずは喫茶スペースで腹ごしらえをする。冒険者ギルド内には喫茶スペースがあり、昨日カーラがエールを飲んでいたが、飲み物だけでなくサンドイッチやパイ、シチューといった軽食も注文できるようになっている。
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