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しおりを挟むプロローグ 追放
俺は、呪いによって人並外れた力を手に入れた。同時に、その力を持ってしまったことに恐怖した。
だから一五歳のあの日に、絶対に『自分』のためには使わない、『誰か困った人』だけに、その力を使うと心に決めたのだ。
そんな決意をした俺も、気が付けばもうじき四〇を迎えるいい歳をしたおっさん。しかも借金返済のために、街での商売人勤めを辞め、手っ取り早く稼げる冒険者になってから、すでに五年の月日が過ぎていた。
「グレイズっ! 回復ポーションを寄越せ!」
俺の所属するパーティー『白狼』のリーダーである戦士のムエルが、エルダードラゴンの爪攻撃をかわしながら、俺にそう要求してきた。俺は即座に、ベルトポーチに差し込んである最高級回復ポーションをムエルに投げ渡す。
「ムエル、慎重に行け。もう三〇階層を越えているんだぞ!」
ここは、ブラックミルズの街近郊にあるダンジョン。俺は三人の仲間とともに探索をしており、その途中でエルダードラゴンと遭遇し戦闘になったのだ。
「問題ない。荷物持ちのお前が口を出すな。ローマンッ! エルダードラゴンの炎を弱めてくれっ!」
エルダードラゴンが大きく息を吸い込みはじめた。このままでは、吸い込んだ空気と肺で生成した熱源を混合した、鉄をも溶かす熱風が辺り一帯に吐き散らかされる。
「すまん、もう魔力切れだ。今回復しているから少し待ってくれ」
回復術士のローマンの魔力は先ほど放った回復魔法で尽きたらしく、エルダードラゴンの炎を防ぐための魔法を発動させられる状態ではないようだ。このままだと、俺たちはエルダードラゴンの炎で大ダメージを受けてしまう。
俺は手にした小石をエルダードラゴンの眼に向けて素早く弾く。弾いた小石がエルダードラゴンの眼を撃ち抜き、エルダードラゴンは炎を吐くのをやめて仰け反っていた。
「ムエル、なんだか知らないけどエルダードラゴンが仰け反ったわ。一気に仕留めよう」
「天がオレらを助けたようだ。ミラ、一斉に斬りかかるぞっ!」
探索者のミラが、仰け反ったエルダードラゴンに飛び込んでいくと、弱点である顎下の鱗を短剣で何度も貫く。それに呼応して、ムエルも渾身の力を込めた大剣をエルダードラゴンの脳天へと振り下ろしていた。エルダードラゴンは二人の攻撃によって断末魔の声を上げると、煙を上げて消え、ドロップ品に変化していた。
「やっぱり火力が足りねぇな……。オレたちならもっと深く潜れるし、ダンジョン主も倒せるはずなんだが」
ムエルの視線が俺に向けられている。冒険者になって五年、駆け出しの若い冒険者だったムエルたちのパーティーに、借金苦でにっちもさっちも行かなくなっていた俺が、荷物持ちとして加入していたのだ。
非戦闘職である商人は、戦闘スキルが使えない。本来ならダンジョンに潜ることすら危ないジョブであり、多くのパーティーに断わられたが、ムエルたちは快く俺の加入を認めてくれた。彼らも駆け出しで、日々の食事にも事欠く悲惨な冒険者生活を送っていたため、戦えない商人である俺の加入ですら歓迎してくれた。
俺は冒険者としての経験はなくとも、商店街の古参の冒険者たちとは付き合いが長い。彼らの培ってきた冒険者の知恵を酒のつまみとして色々と聞いているから、若いムエルたちにその知恵を伝えられればと思い、助言を続けていた。
最初の頃はムエルたちも俺の助言に耳を傾けてくれていたが、冒険者ランクが上がり、稼げるようになると、戦闘で役に立たない俺の言葉など聞く素振りすらなくなった。やがて、Sランクパーティーに昇格した頃には、リーダーのムエルがほとんどのことを決定し、俺は荷物持ち兼雑用係としてパーティーの裏方を務めるようになっていた。
「ムエル、やはり一旦ここで地上に帰った方がいいと思うんだが。そろそろ、物資が乏しくなっていることだし」
エルダードラゴンを倒したムエルとミラがドロップ品を漁っていたが、撤退を提案した俺の言葉を無視するように通路の奥へ歩き出した。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。ブラックミルズダンジョン最高到達階層まで降りたんだぞ。きっと、もうすぐダンジョン主とご対面できるっていうのに、なんでここで帰るんだ。ありえねぇ。進むぞ」
「そうよ。ムエルの言う通りよ。ブラックミルズダンジョン最高の栄誉を得るのは目前なのよ。引き返すなんて選択肢はないわ」
「ムエルもミラも落ち着け。グレイズの言い分も一理あるぞ。どうだ、間を取って休憩を入れよう。私は魔力を回復させたいしな。ここまで来たんだ。慌てる必要もあるまい」
ローマンは魔力が尽きているためにそんな提案をする。俺の言葉には反発したムエルだったが、幼馴染のローマンの言葉には耳を貸したようで、立ち止まると俺にキャンプの設営をジェスチャーで指示した。
その後、キャンプでローマンの魔力を回復させたが、第三一階層の敵は今までの敵とは段違いに強く、さすがのムエルやミラもこれ以上は無理と判断したらしく、地上へ帰還することになった。
この探索がSランクパーティー『白狼』における、俺の最後の探索となるとは、当時は知る由もなかった。
ブラックミルズダンジョン最高到達階層を達成したパーティー。これが、俺の所属していた『白狼』に与えられた称号だ。
冒険者としての最高ランクであるSランク冒険者四人が所属するSランクパーティーであり、一年で最も稼いだパーティーに贈られる『ブラックミルズ年間最多獲得ウェル(賞金)』を二年連続で獲得してもいる。
五年前の結成時には、誰一人想像していなかった栄誉と栄華を得た俺たちは、上手くいっているとは言いがたかったが、俺自身空中分解する寸前まで深い亀裂があるとは思っていなかった。
地上に戻り、ドロップ品の精算と納品依頼達成報告を終えて、ムエルたちが拠点にしている屋敷に戻ってきた俺に対し、待ち受けていたムエルが思いもかけない言葉を言い放った。
「悪いが、グレイズ。お前にはこのパーティーを抜けてもらう。理由は言わなくても分かるよな? お前は頭も切れる男だし。ただ、表向き追放された理由は『巷で追放が流行っているから』で頼むぞ。うちはSランクパーティーという看板があるんでな。下手な理由でメンバーを首にできん」
ムエルは、腕組みして凶悪な笑みを浮かべていた。長年苦楽をともにして、ようやくSランクパーティーとなり、生活も安定した矢先に、この仕打ちである。
「悪いけど、あたしもムエルに賛同しているの。グレイズの装備は『白狼』のパーティー資金で買った物だから、ちゃんと置いていってよね。『商人』で『荷物持ち』のグレイズには必要ない物でしょ。アハハっ!」
ミラも俺のことを嫌っていたようで、大声で笑い声を上げながら、そう指示してくる。確かにミラの言う通り、今の装備は俺の個人資産で買った物ではない。皆で達成した依頼料の中からパーティー資金としてプールしていた金で買った物であった。
「まあ、そう苛めてやるな。私らがここまで来られたのには、グレイズの力もあるんだしな。ただ、私らは新たな段階に入ったという認識で共通している。グレイズには悪いがここらで抜けてもらえると、私らはもっと深く潜れるようになるはずなんだ。すまんな。グレイズ」
ローマンはすまなそうに頭を下げているが、俺をパーティーに残す選択肢はないらしい。
「みんな、俺を不要と言うのか……。五年間一緒に潜ってきた俺を……」
「ああ、悪いがグレイズ。お前はお払い箱だ」
「そうね。もう必要ないわ」
「すまん。グレイズ」
ムエルたちの言葉に呆然となる。普通、五年も一緒に潜った仲間を追放し、しかも装備品まで剥ぎ取って放り出すとか、あり得ないことだと思うんだが。
けど、仲間は誰も止めてくれなかった。
正直、誰か一人くらい『五年もの間、パーティーを組んでいたグレイズを追放するなんてありえない!』って言ってくれる、まともなメンバーがいると思った。だが、蓋を開けてみたら一人もいなかった。誰一人、俺を必要だって言ってくれるやつはいなかったのだ。
探索時の荷物持ちはもちろんのこと、拠点の掃除洗濯、食事の準備、武器の手入れ、出納帳簿の管理、消耗品の補充、依頼の受注納品、装備品を購入するときの値引き交渉まで、ありとあらゆる裏方仕事を完璧にこなした俺であった。
おかげで、駆け出しのFランクパーティーだったムエルのパーティー『白狼』は、この五年でSランクにまで昇格を果たした。戦闘における貢献は、ムエルたちに俺の呪われた力を悟られないよう最小限にとどめていたが、明らかに俺の加入が、今のパーティーを作ったと断言していいと思っている。
事実、メンバーたちは俺のサポートを受けて生活が安定し、探索においても重量物を持ち運ぶ必要がなくなり、最大火力を発揮して今回のような偉業を成し遂げるまでに成長したのだ。
なのに、俺に対してこの仕打ちだ。胸の中に言いようのない寂寥感とともに虚しさが広がっていく。
「そういうことだから、明日からは来なくていい。次のパーティーでも探すのを頑張ってくれ。ただ、戦えない上に四〇近いおっさん商人を拾う変わり者のパーティーなんかいないだろうがな」
「そうね。いっそ冒険者を引退してメリーの鑑定屋でも手伝えば? あそこなら養ってもらえるでしょ。グレイズとならお似合いじゃないの。アハハっ!」
「グレイズ、冒険者は引退して余生を平穏に暮らすのも悪くないと思うぞ。お前もいい歳だしな。身を固めろと周りからも言われているだろう」
苦楽をともにした仲間たちからの皮肉とも慰めともつかない言葉が、俺の心を上滑りしていく。関係がギクシャクしていた自覚は多少あった。それに、さらに下の階層を目指すため前々から狙っていた後方火力の出せる魔術士がおり、そいつをパーティーに入れたいみたいだった。
無理に俺を追放する必要はないと思うのだが、新規メンバーを入れるにあたって気分を一新したいのだろう。俺もみんなに自分の秘密をバラさなかったという後ろめたさがある。だから、なるべくしてなった追放なのかもしれない。
「そうか……。俺は不要か……。世話になったな。今後は皆の活躍を祈ることにさせてもらうよ。今までありがとな」
俺は装備を脱いでテーブルの上に置き、今さっき精算してきた金が入った革袋もテーブルに置くと、自らの能力を隠すために魔法のアイテムだと偽って使っていた背負子だけを背負い、ムエルたちの拠点を後にした。
外はどんよりと曇り空だったが、やがて雨が降り出し、俺の身体を打ちはじめた。やはり俺が呪われた力を持つ者だと、ムエルたちに話すべきだったか……。あいつらも、俺のそういう態度に不信感を募らせていたのかもしれんな。
『誰か困った人』のために使うと決めた力であったが、やはり人外すぎる力を見た者は恐れおののき、俺と関わり合いを避け、やがて姿を消した。なので、力のことを知っている人で街に残っているのは、神殿長ただ一人だ。他の者には、ムエルたちみたいに徹底的に力のことを隠し、陰ながら助力していたのだ。
それほどまでに、俺は自分の人外の力を恐れている。街の連中は俺のことを善人だとか言ってくれる。だがそれは、善い行いをし続けなければ、呪いの力がバレたとき、仲間外れにされるのではという恐怖があるからで、けして根が善良であるためではない。
全身に降り注ぐ雨に打たれるがまま放心していると、脳の奥から囁くような声が聞こえてくる。妙齢の女性のような声であるが、あまりにも小さく、かろうじて微かに聞き取れる程度であった。
『…………だ……だいじょ……大丈夫。………貴方には………真の仲間……い……る』
聞き覚えはないが、声には優しさが感じられ、寒々とした俺の心の奥にポッと温かいものが灯る。本当に、こんな呪われている力を持つ俺に、真の仲間だと言えるやつがいるのか……
『あたしの……声……聞こえる……なら……近いうちに……貴方の前に……現れる気がする』
囁く声の主はまるで俺を励ましてくれるようにも聞こえた。追放されたショックで頭がおかしくなったのかもしれないと一瞬だけ思ったが、頬に当たる雨の冷たさも普通に感じられるため、脳は正常に動いているだろう。
囁く声の言う『真の仲間』という言葉に俺の胸は高鳴り、ムエルたちによって与えられた傷を多少なりとも癒すのには役立ってくれた。
第一章 新パーティー
数日後、すでにムエルたちが勧誘していた若手有望株である、魔人族の女性魔術士に引継ぎをすると、俺は正式に『白狼』を追放されることとなった。
追放理由は『巷で流行っているから』で押し通している。本当の理由を話しても虚しいだけであるし、俺としてもしばらく時間が欲しい事態が発生していたから、余計な騒ぎを起こしたくなかったのだ。
その時間が欲しい事態というのが、例の声の人だった。あの日以来、ずっと声が聞こえるのだ。
『人を魔物みたいに言わないで欲しいですね。この数日でようやくキチンとお話ができるようになったのに。それにしても、グレイズ殿はなんで戦わないんです?』
普通、非戦闘職の商人が戦うか? とある噂では、ダンジョンに潜る小太りの武装商人がいると聞いたこともあるが、俺はれっきとした正統派商人。武器を手に『うぉおおおお、死にさらせやぁあ、このクソ魔物がぁああ!』とかしたら、絶対に俺の力がバレるだろうが。なので、ダンジョンに潜るときは、荷物持ち兼ナビゲーターとして大人しくしていたのさ。ただ、危ない場面だけは手助けさせてもらったがな。
『ふむ、そうなんですか。普通に戦える人なのにねぇ。もったいない』
まあ、追放されちまったから仕方ない。俺の身の振り方も真面目に考えないといけない。
だが、四十路のおっさん商人を雇ってくれるパーティーなんぞあるのか? というか、パーティーに商人が紛れ込んでいたのなんか、うちしか見なかった気がするが……。マズい、これは詰んだかも。
『大丈夫ですよー。きっといい子がやってくると思いますから。きちんと受け止めてあげてくださいね』
声の主は心なしか嬉しそうな声音で喋っていた。いい子とは声の主が言っていた『真の仲間』というやつだろうか。
だが普通は、戦士、探索者、回復術士、魔術士の四人パーティーがダンジョン探索のセオリーだ。たまに戦士四人でポーションがぶ飲みして探索するとかいう、脳筋パーティーもあるが、そういったのは特殊事例なのだよ。
おっと、話が逸れそうだが、つまり商人である俺の冒険者としての需要はほとんどないのだ。
『戦士とかに転職してみたらどうです?』
それができればとっくにしているさ。なんで俺が転職できないか聞きたい?
『聞いてみたいです。あたし、あんまりこの世界のこと知らないんで、教えてもらえます?』
聞きたいか。仕方ない、話して進ぜよう。
事の起こりは、俺が一五歳になって、神殿で成人の儀式であるジョブ鑑定を受けた頃、今から二五年以上前だな。俺にも若い時期があったんだぞ。
当時は地上の店で丁稚奉公していて、その店では、冒険者が持ち込んだドロップ品の鑑定作業を鑑定スキルでしていたのさ。そのときに呪われちまってね。
これでも目利きのグレイズって巷じゃ有名な鑑定眼を持っているんだぜ。おかげで、ムエルのパーティーでもドロップ品の良し悪しがダンジョン内で鑑定できて、高価なドロップ品だけを選んで持ち帰り、莫大な利益に繋がっていたんだがな。
『へえええ。すごいですね。鑑定スキルを使っていっぱいお金稼いでいたのですね。で、なんで呪われたのです?』
ああ、すまん。話が逸れた。そうそう、俺の若かりし頃のドジの話だったな。要は丁稚奉公から商人になって初めての鑑定作業をしていた俺が、鑑定をミスってドロップ品に掛けられていた呪いを浴びたわけ。
『鑑定ミス? グレイズ殿が? で、その呪いどうなったんです?』
そう急くな。その呪いは神殿長様でも解けない特殊なものでな。職業が固定される代わりに、ステータスがMAXになるとかいう意味不明のものだったのさ。
まあ、その後色々とあって普通に地上で商売人をしていたのだけど、五年前に勤めていた店が倒産してな。おまけに借金の返済もあって、金に困っていたときに、さっきのパーティーのやつらに拾ってもらったのさ。
『グレイズ殿が商人だと知っていてメンバーにしたんですか?』
あいつらも駆け出しで、メンバーが三人しかいなかったから、商人である俺を入れざるを得ない状況だったと記憶している。そこまで追い詰められない限り、商人をパーティーに迎え入れようなどとは思わないのさ。そうやって、あいつらのパーティーに入って五年間頑張っていた。
だが、メンバーに言わなかったことがある。俺の呪いの力のことだ。アレの呪いは俺以外だと、この街では神殿長しか知らない。あと、お前くらいだな。
『そんなに気にしなくてもよろしかったのでは?』
その件は俺に勇気がなかっただけさ。駆け出しだったあいつらの探索を助けるため、見えないように手助けをしてはいた。戦闘スキルこそないものの、ステータスMAXそれ自体が、戦闘スキルを超える戦闘力を発揮する。
駆け出しだった彼らに分からぬよう罠を感知したり、バックアタックを仕掛けようとした魔物を指弾で葬ったり、転んだと見せかけて魔物の攻撃からメンバーを助けたりしていた。目立たぬようにそっとな。
『で、グレイズ殿の陰の手助けを知らないメンバーたちに、イラナイ子扱いされて追放されちゃったんですね』
そう言われると何も言い返せないな。確かに俺は、傍から見たら何もしてなかったからな。
『いっそのこと、力のことをバラせばいいじゃないですか。お前らがSランクになれたのは俺のおかげだって』
おいおい、やめてくれよ。仮にもSランクパーティーのメンバーたちが、Sランク冒険者とはいえ非戦闘職のおっさん商人に助けられていたなんて知ったら、卒倒しちゃうだろ。それに俺は、この呪われた力のことを口外する気がないんだ。『誰か困った人』のためには使いたいと思っているけどな。
『グレイズ殿は超が付くほどのお人よしですね。だから、あたしが目覚めなかったのかもしれないけど』
俺がお人よし? 違うさ、俺は臆病者なんだよ。過度な力に怯えて善人を装っているだけさ。
『そうですかねぇ。あたしは、グレイズ殿は根っからの善人だと思いますよ』
四〇のおっさん商人を褒めても何も出てこないぞ。けど、お前にだけはなんでも包み隠さずに喋れてしまうのは不思議だな。姿は見えないが声は聞こえるとかいう厄介な存在だが。
そこで不意に、声の存在が感じ取れなくなった。この数日で分かったことだが、あの声の主はたまに寝ているらしい。声が聞こえなくなったということは、きっと寝入ったに違いない。
俺は暗くなりはじめたブラックミルズの街から自宅に向けて歩き出した。
『商人グレイズ』、Sランクパーティー『白狼』追放。その噂は、瞬く間にブラックミルズの街に広がり、俺の争奪戦が繰り広げられないか微かに期待を抱いたが、手を挙げるパーティーは皆無だった。まあ、妥当な結果か……。眼からしょっぱい水が零れてら。
ふむ、暇だ。日課だった掃除や洗濯、帳簿付け、武具の手入れ、消耗品の購入やドロップ品の売買がなくなったことで、この一ヶ月、暇を持て余している。しょうがないので、今日も今日とて街ブラしつつ、冒険者ギルドにでも顔を出そうと考えていた。
「あら、グレイズさん。まだ、次のパーティー決まらないの?」
街をぶらりと歩いていたら、顔なじみのポーション屋の奥さんが声をかけてきた。
ここは、体力やスタミナ、そして魔力を回復するポーションを始め、身体能力を向上させたり、解毒、麻痺、石化を解くものなど色々と取り揃えている店で、俺はまとめ買いをする常連として顔を覚えられていた。
『グレイズ殿はお知り合いが多いんですね。街を歩いていると誰からも声がかかりますし』
これでも、商店街のみんなには顔が利く方だ。困りごとを色々と解決してきたからな。ポーション屋さんにも、緊急納品とか頼まれて、解決してあげたことも何度かあるぞ。
「ギルドにも登録しているんだが、引き合いはないなあ。困ったもんだ」
「全然、困ってなさそうに見えるわ。グレイズさんの目利きは、十分戦力だと思うんだけどねー。今の冒険者の子たちは、火力至上主義だからね」
ポーション屋の奥さんの言う通り、今の冒険者は火力を至上と考える。稼げる冒険者ランクに上がるにはとにかく火力を上げて、一気に『脱』駆け出しと言われる第一〇階層を突破することが、冒険者の間で推奨されているらしい。なので、俺みたいに戦闘スキルを持たない商人は、はなから相手にされないと知っていた。
「まあ、じっくりと待つさ」
俺はポーション屋の奥さんに肩を竦めてみせると、癖になっている商品の品定めを始めていく。そんな俺の姿を見た奥さんは、パチリと手を叩いて何かを思い出したようだ。
「そうだ。鑑定屋のメリーさんが、暇なら手伝ってくれないかなって言っていたわよ。どうせ、暇でしょ? 手伝ってあげたら?」
メリーは、俺が暇なときによくアルバイトしている店の女店主の名前である。
「メリーがそんなことを言っていたか。分かった。ちょっと顔を出してくるよ」
俺はポーション屋の奥さんに会釈すると、鑑定屋に向かった。
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「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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