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アルガド視点
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メラニアを上手くハメて、婚約翌日に寝取られた悲劇の婚約者という称号を得たわたしは、父親とメラニアの実家に対し、彼女の不貞の事実と行方不明となっている事態を記した書簡を託した使者を出していた。
婚約は家同士で交わした約束事であり、わたしの一存では正式な破棄ができないため、両家の当主に対して街の住人に事実として認知されたことを伝え、交わした約束を放棄してもらうことにしている。
宰相閣下からの口利きで決まったこの婚約が、召喚術士を持っていたメラニアを使って、わたしの暗殺を企てていたことも父親には伝えてあり、ヴィーハイブ家との婚約破棄は確実視されているのだ。
そして、問題のメラニアもグレイズの必死の捜索も虚しく街では発見できず、ダンジョン内を捜索すると冒険者たちを募って潜って、はや三日近くが過ぎていた。
屋敷ではマリアンと祝杯を挙げ、外では婚約者を寝取られた悲劇の婚約者という仮面を被り、粛々と冒険者ギルドで執務をこなしていた。
そんな時、執務室のドアが激しくノックされていた。
「た、大変です!! メラニアさんを捜索しに潜った冒険者たちが!」
ドアが開いたかと思うとアルマが血相を変えて飛び込んできた。
「アルマ! わたしは入室を許可した覚えはないぞっ!」
すでに冒険者ギルドの売り上げを誤魔化す悪事に加担させ、その罪悪感に付け込んだことで、アルマはわたしに逆らわなくなっている。
不躾な入室をしたアルマに机を叩いて大きな音を出し、威圧的な声で叱責していく。
「ひぅ。す、すみません」
怯えた眼でわたしを見るアルマに嗜虐心が刺激されていた。気弱な女を苛めながら愛でるのは大いにわたしの好みを満足させるのであった。
「まぁ、いい。今後は気を付けるようにな。わたしは不調法な女は嫌いだと言っておく。例の件をバラされたくなければ、こちらが満足する気遣いを見せるようにな」
「は、はい。心得ておきます」
暗くどんよりとした顔をしたアルマが入室時に見せた勢いを萎ませていた。
「ですが、緊急事態ですのでご報告をさせてもらいます。グレイズさんと一緒にメラニアさんを探しに潜った駆け出し冒険者と中堅に上がったばかりの冒険者たちが捜索期限とした三日を過ぎても戻らないんです。捜索に参加したのは一〇〇名以上いるんです」
アルマが怯えた表情を浮かべて緊急事態を伝えてきていた。
「ふむ、冒険者が一〇〇名ほど遭難したかもしれぬと申すか。だが、あの女が見つからずに捜索を延長したのかもしれんぞ」
「私もそう思いまして、地上にいたベテラン冒険者に捜索に参加した冒険者たちの捜索を依頼したら、大変なことが発覚したのでご報告に来たのです」
「もったいぶるな。早く言え」
「はい……。捜索したベテラン冒険者たちの証言では、第六階層で深層階でしか現れない金色宝箱と思われるドロップ品が発見され、グレイズさんを始め捜索に参加した冒険者を巻き込んで集団転移が発動したのではないかと思われまして……。ダンジョン内を転移させられたものと思われます」
「金色宝箱とかいう魔物のことは知らぬが、転移というとダンジョン内で強制移動させられたということか?」
「は、はい。その魔物は宝箱に偽装して、箱を開けた冒険者たちを含む、かなりの広い範囲で転移魔法が発動し、どこに飛ばされるか分からないといった事態に陥るのです。上の階層に飛ばされるならまだいいですが、深層階や最悪ダンジョンの壁の中といった話も冒険者の噂として聞かれています」
アルマが飛ばされたと思われる冒険者たちを心配している顔をさせていた。
彼女のもたらした報告に思わず笑みがこぼれそうになってしまう。
あの忌々しいグレイズやメラニアが、ダンジョンで本当に行方不明になったらしい。第六階層で飛ばされたとのことで、上層階であればすでに探索した冒険者たちと合流しているはずなので、選択肢としては第六階層より下。しかも、数日経っても帰還しないところを見ると中層階の深い場所か、深層階、もしくは壁の中ってこともありえるようだ。
グレイズの捜索隊には駆け出しの冒険者や、中堅に上がりたての冒険者が多数参加しており、それらを巻き込んで深い階層に飛ばされていたらと考えた。
あのお人好しのグレイズのことだ、きっと雑魚の冒険者たちを見捨てられずに構って共倒れする可能性もあるな。これは、わたしに運が向いてきたのかもしれんぞ。
わたしの優雅な独身生活を奪い、面倒ごとを持ち込んできたうざったいグレイズがくたばるためになら、雑魚の冒険者が一〇〇名くらい行方不明になるくらいどうってことはない。減ったら、周辺の農村から勝手に補充されるはずだしな。
アルマの報告を受け、わたしはすぐに最善と思われる仕事をすることにした。
「報告は了解した。金色宝箱の低層階出現という非常事態と判断し、これよりダンジョンへの探索行をどのランクの冒険者パーティーであれ、一週間禁止とすることにした」
「探索の一週間禁止ですかっ!! それは冒険者たちの食い扶持を取り上げるようなものです!! 非常事態とはいえ、いささかやりすぎではありませんか!」
手近にあったテーブルを強く叩くと大きな音を出して、彼女を萎縮させていく。気の弱い女は大きな音によって威圧して、従わせるのに限るのだ。
「アルマっ! ギルドマスターの判断に異を唱えるのか! すでに一〇〇名近い冒険者を行方不明にしているのに、金色宝箱の発生理由が分らぬ場所へ更に冒険者を送り込んで行方不明者を量産したら、君が責任を取ってくれるのかね!! 違うだろ!! 責任はギルドマスターであるわたしが負わねばならぬのだ!!! ならば、安全が確保できるまではダンジョンの探索を中止するしかないであろうが!!」
「ひぅ! あ、あの、でも……冒険者一〇〇名ですよ。それも、駆け出しから中堅になり立てのパーティー中心のこれからのブラックミルズを担うパーティーなんですが……。彼らを見捨てるのですか……。そんなのって……。そんなの。それに探索ができなくなったら冒険者のみんなが……」
アルマが再び言い募ってきたが、行方不明になったのが、駆け出しや中堅になり立てというゴミのような奴等である。これが、ベテランの上位冒険者一〇〇名であれば、捜索隊を出す価値はあるが、使い捨ての駆け出しと、多少物になった程度の中堅なり立てのパーティーなど、いくらでも補充が利く存在である。
それに、せっかくグレイズたちが野垂れ死ぬ可能性があるのを助ける必要もない。一週間もダンジョンに潜っていれば持ち込んだ物資も尽きて餓死という可能性も出てくる。
一週間ほど冒険者ギルドの売り上げが出なくなるのは多少痛いが、その金でグレイズやメラニアが消えるなら安いものだと思えた。
ふたたび机を激しく叩き、大きな音をだして威圧をしていく。
「それに行方不明者は駆け出しと、中堅なり立てであろう。そんなゴミみたいな冒険者が一〇〇名、二〇〇名いなくなったところで、どこからか補充してこれば済むだけの話だ。今回の件が上位冒険者たちであれば、捜索隊の検討もしたがな。行方不明者捜索に上位冒険者を投入して彼らが同じように転移させられる危険を避ける意味も含んだ探索禁止令だ」
「ひぅ! ですが、彼ら駆け出しや中堅なり立ての冒険者たちがいなければ、冒険者ギルドは成り立ちません……。せめて、地上にいるベテラン冒険者たちで捜索隊を結成して派遣した方が……。頼みます。お願いですから捜索隊の派遣を」
「アルマ! くどいぞ! その話はもうするな。ギルドマスターとしてのわたしの判断は、捜索隊の結成は不要だ! 貴重な冒険者ギルドの資金や上位冒険者を危険に晒してまで捜索するに値する者たちではない! いいな、これは冒険者ギルドの決定事項だ! 再開の判断は一週間後にわたしが雇った冒険者を派遣してから決める。それまではダンジョンの入り口は衛兵隊によって閉鎖だ」
わたしの捜索隊不要の決定を聞いてアルマが愕然とした顔をしているが、誰がここのボスであるのかを、まずは分からせなければならない。
ブラックミルズの冒険者ギルドのボスは私なのだ。
今一度、アルマに対して、すぐにダンジョン探索禁止令を実施するように促す強い視線を送り込む。
「アルガド様、なにとぞ、ご再考を……。捜索隊だけでもお願いします。グレイズさんが巻き込まれているんです。だから……」
捜索隊の派遣を懇願するアルマの口から、ブラックミルズの闇市を壊滅させた男の名が出ていた。
そういえば、このアルマはあのグレイズに惚れているらしい。そういった女を無理矢理に自分の物にするというのも、それはそれで悪くない気分である。
しかも、あの忌々しいグレイズに惚れているとなれば、あいつのせいで色々と溜め込んだストレスのはけ口になりそうであった。
激しい拒絶を示すため、力の限り執務机を思いっきり叩く。
「くどいぞ!! 冒険者ギルドとしては、捜索隊は出さぬ!! これは二度と覆さぬ!!」
「そんな……」
アルマが泣き崩れるように床に座り込んでいった。
あの男が今回の転移に絡んでいたとすれば、深層階に飛ばされて消えてくれることを願いたい。
わたしの優雅な生活をぶち壊した男に与えられた神罰だと思うと、ざまぁみろと言いたくもなる。
今回の事態を好機と捉え、グレイズの影響力を排除するため、ヴィケットに依頼して冒険者ギルドとは別に闇市で捌く品物を探索させている冒険者たちを送り込んで、ダンジョン内で始末させることにしよう。帰ってこなければ、ダンジョンで転移させられ壁に埋まったと発表すればいい。メラニアもどうせなら一緒に巻き込まれて死んだことにしておくか。
一石二鳥の事態が舞い込んだことで、わたしの理想とするマリアンとの優雅な生活への道が開かれた気がしていた。
「アルマ、すぐにダンジョン禁止令をブラックミルズ冒険者に布告しろ! いいか、今すぐだ!」
泣き崩れていたアルマがゆっくりと立ち上がると、聞き取れないほどかすかな声で返事をしていた。
「……は、はい。承知……しま……した」
アルマは力なくドアを開け、よろよろとした歩きで階下の職員事務室へと向かっていった。
こうして、わたしが布告した『ダンジョン探索禁止令』は即日布告され、ブラックミルズダンジョンの入り口は衛兵隊によって封鎖されることになった。
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