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第二部 第八章 メラニア

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 魔法陣が現れて地面に吸い込まれていくのを見て、今まで暴れていたグレーターデーモンは召喚された魔物だと確信していた。

 問題は誰があのグレーターデーモンを呼び出したかだ。俺でもないし、戦っていた男たちでもないとすれば、消去法でメラニアが呼び出したとしか考えられない。

 あのグレーターデーモンは、召喚魔法によってメラニアに召喚されて地上に現れていたようだ。それにしても、召喚魔法を地上で使えるなんて聞いたことなかったが……。召喚術士なんて上位職で転職する人も限られているレアジョブだぞ。

 ブラックミルズでも俺の知る限り、召喚術士はおばばの旦那さんだけだったような気がする。

 昔、召喚術士が少ない理由をおばばの旦那さんに聞いたところ、他の魔法職と違い、召喚魔法の習得が魔法書によるものではなく、召喚陣を錬成して呼び出した魔物と契約を交わし使役するという形になるからだと聞いた。

 召喚陣の錬成はジョブが召喚術士であれば魔法書が無くても自由に錬成できるらしい。ダンジョンで使用するスキルと同じように魔力を込めれば召喚陣が錬成され、魔物が呼び出される仕組みとなっているそうだ。

 そして、呼び出した魔物と交渉し、魔力を引き換えに使役契約を交わす。ちなみに使役契約と言っても、召喚陣が維持されている間だけの契約で、錬成された陣が消えれば、再度呼び出さなければならないらしい。その場合、また別の個体になるとおばばの旦那さんは言っていた。

 そんな召喚術を抱き起こしているメラニアが行使した可能性があったのだ。

「ん、んんっ。わたくし、どうして……。はっ! グレイズ様! なんでここにいらっしゃるのですか! それに……えっ? えっ? 一体どうなって?」

 気が付いた様子のメラニアが鳶色の瞳を見開いて驚いている。

「へんな男たちに襲われそうになっていたんでな。保護していた」

「わたくしをグレイズ様が保護ですか……」

 まだ少し意識がはっきりとしていない様子のメラニアが、事情を呑み込めていないようで疑問符が浮かんだような顔をしていた。

「そうだ。黒一色の装備を着込んだ冒険者風の男たちがメラニアを襲おうとしていたところに出くわした。いや、ちょっと正確な話じゃなかったな。俺がこの裏通りに消えるメラニアの姿を見てちょっと心配になって探したら、男たちとグレーターデーモンが戦っている場所にメラニアが倒れていたというのが正確な話だ」

 俺も召喚術という突発事態に遭遇してテンパっていたため、頭の中を整理してメラニアに伝えた。

「……あ、思い出しました。わたくし、この路地の奥にある店に用事があってきたんですが、急に男の人たちに囲まれまして、怖くて身の危険を感じたら急に意識が遠のいてしまって……」

「時にメラニアに変なことを聞くけどさ。召喚術って知っている?」

「召喚術? それはなんですか? わたくしは存じ上げませんが」

 メラニアは召喚術の存在をまったく知らないとでも言いたそうに、小首を傾げていた。その反応を見ていると、知っていてとぼけているようには見えなかった。

 きっと、メラニア自身が召喚陣を錬成したことに気づいていないのかもしれない。

 召喚術のことが気になってしまい、マナー違反だとは思ったが、メラニアにジョブについて尋ねてしまった。メラニアがレアなジョブである『召喚術士』であれば、先ほど起こっていた事象に対して全て納得のいく理由がつけられる。

「メラニア、君のジョブは『召喚術士』ってことないよな?」

「『ジョブ』とはなんでしょうか? わたくし、まったく存じ上げませんが」

 小柄なメラニアが更に首を傾げて俺を見返してきた。その様子は召喚術を知らないと言った時と同じで、誤魔化している様子はなく、純粋に何も知らないと言っているように見えた。

 『ジョブ』を知らないだと……。どんな田舎の集落でも成人の儀式を行う際、必ず『ジョブ』は確認されるはずだが……。それを知らないとは……。まさか……。

 俺はアクセルリオン神による成人の儀式を受けない可能性のある人種に一つ思い当たるものがあった。

 それは、領地を持つ世襲貴族の子女層だ。彼らはアクセルリオン神による成人の儀式は受けず、その代理者たる王から承認を受けるため『ジョブ』の存在が唯一ない層でもあるのだ。厳密に言えば、そういった世襲貴族の子女層もアクセルリオン神の神殿でジョブを確認することやステータスを確認することはできる。

 だが、世襲貴族たちは平民と違い『ジョブ』を持たないことが貴族の証であると思っているため成人の儀式を受ける者はいないのだ。

 といった事情を察すると、目の前で抱き抱えている小柄なボロボロのメイド服をきた若い女性は、領地持ちの世襲貴族の娘でありながら、『召喚術』を使える『召喚術士』の素質を持った子であるという推測が成り立つようだ。

 けれど、これは俺がいいように考えた推測であり、もしかしたらまったく外れているかもしれない。

 自分の推測が当たっているかどうしても確認したい衝動にかられ、失礼を重ねてメラニアに質問をぶつけた。

「返事はしなくてもいいけど、こんなボロボロのメイド服着ているけど、もしかしてメラニアはどこかの貴族家の令嬢じゃないか?」

「――!?」

 俺の質問にメラニアが思わず息を飲んでいた。返事は無くともその態度だけで答えが出ていた。

 となれば、うわごとで言っていた『国の安泰』って言葉の方が気になってしまう。メラニアが貴族の令嬢でありながら、アルガドの屋敷でメイド仕事をしている事情も気になってくる。

 本来なら平民が立ち入ってはいけない話なのだろうが、目の前でメラニアに命の危険が及んだことで見て見ぬフリをするのが心苦しくなっていたのだ。

「もしかして、メラニアはアルガド様の婚約者とかって話か?」

「―――!!」

 メラニアが更に驚いた顔で俺を見る。どうやら、当たっているようだ。

 それにしてもだったら、なおさら婚約者であるメラニアをこんな格好でメイド仕事させて、こんな時間に危ない場所に送り出したアルガドの思惑が理解できない。

 貴族の家同士の結婚は本人同士の意向は無視される政略結婚であるが、相手を粗末に扱えば家同士の抗争に発展してしまうからだ。

「だ、大丈夫ですわ。グレイズ様の推察されたとおり、わたくしはアルガド様の婚約者です。ですが、今はクレストン家のしきたりを勉強するためにあえて行儀見習いのメイドとして、アルガド様にお仕えして、日々勉強を重ね、立派な正室として支えられるように努力している最中です。グレイズ様が懸念されるようなことはありませんから大丈夫です。グレイズ様にもご迷惑がかかるので、これ以上は口にされませんように。それと、わたくしが貴族の令嬢であることは内密にお願いいたします」

 貴族の令嬢であることは誤魔化し切れないと悟ったメラニアが、一歩踏み込んだ追求を打ち切るため、俺の唇に自分の人差し指を当てていた。
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