上 下
52 / 232
アルガド視点

1

しおりを挟む
 ※アルガド視点

 父親からブラックミルズの冒険者ギルドのギルドマスター就任を打診されて、一ヶ月。

 ヴィケットの闇市復興計画の策定を待ち、自分自身の赴任する準備をようやく終えたころ、父親の居館に呼び出されていた。

「父上、お呼びによりアルガド参上いたしました」

 最近、少し太ったため、歩くだけで汗が顔から溢れ、手にしたハンカチは謁見室に来るまでに、汗を吸ってベショべショに濡れている。

 クッソ、屋敷に戻ったら、マリアンと風呂に入り、身体を洗ってもらおう。

 最近、お気に入りとなった侍女上がりの側女だが、見た目の綺麗さや肉好きの良さに加え、細かな心配りができる女である。独身生活を謳歌するわたしとしては、都合のいい女であり、脇を飾る見目の良い華でもあった。

 ハンカチでぬぐい取れなかった汗が、服を濡らし、不快な感触をわたしに伝えて来ており、苛立ちから、勿体ぶった父親の仕草が気に障る。

 耄碌爺も早いところ、死ねばいいのに。そうすれば、私がクレストン家を取り仕切ることも容易になるのだがな。

 未だ、家の実権は父親の持ったままであり、こたびのブラックミルズでのギルドマスターの仕事をキッチリとこなせば、父上もわたしに家督を譲って引退してくれるだろうさ。

 そうなれば、後はわたしの自由だ。誰に憚ることもなく、自由に全てを決められてるようになる。遠慮をするのは国王くらいのものだろう。

 そんな妄想に浸りつつ、父親の顔を見ていたら、ジッと厳しい眼で見据えられた。

「アルガド、おぬしに未だに家督を譲らないのは、身を固めようとせぬからだ。お前ももう三五。妻帯して子をなさねば、わしは安心して家督を譲れんだろう。そこのところはどう思っておるのだ」

 父親のデガルドから、耳にタコができるほど言われている結婚の話が出ていた。

 これまで、何度も言われていたが、平民の側女に産ませた私生児も二桁を数え、後継者のストックには困っていないのだが、父親はその子ら全てをクレストン家の子と認めずにいる。

 かといって、他の公爵家の令嬢や、貴族の令嬢は幼少より社交界で付き合ってきたが、鼻っ柱が強い女ばかりで、面白みがない奴が多い。そんな奴らと一緒に暮らすなど一時たりとも御免被りたい。

 女は、平民階層の女に限る。彼女らは貴族の令嬢と違い、煩わしさを感じさせず、わたしを楽しませてくれるのだ。

 わたしはふぅと軽くため息を吐くと、鋭い眼を向ける父親に何度も繰り返した話をまた話すことにした。

「父上、私には、私生児が一〇人以上おります。その中の出来の良い子を後継ぎにする気ですので、御心配には及びませぬぞ」

「そういう話しではない。今回ばかりはお前の好みの話では済まない。なにせ、宰相閣下直々の御指名だからな。よもや、断れるとは思うな」

 父上から出た名に驚きを隠せない。この国で国王に次ぐ権勢を持つ、宰相閣下がわたしをじかに指名して婚約の仲立ちを行っているらしい。

 宰相閣下は年若い国王の代わりに国政を牛耳っており、実質の最高権力者に等しい人物であるのだ。

 そんな人物からの婚約の仲介を断れば、この国で生きていくことは叶わないであろう。

 汗を含んでいた服に、更に嫌な汗が湧き出して染み込み、肌に触れる不快感が急上昇していく。

「はっ!? 宰相閣下直々のお話ですか? このわたしに?」

「ああ、そうだ。クレストン家嫡男アルガドをヴィーハイブ伯爵家の令嬢メラニアと婚約せよと、名指しでご指名だ。ヴィーハイブ家は力の無い貴族家であるが、王家には忠実な家だ。宰相閣下が懸念する、我が家の勢力拡大を防ぐための政略結婚であると察せられる。だが、こちらから断るわけにはいかぬのだ。それくらいは、おぬしの頭でも分かるであろう」

 父親は鋭い眼のまま、国王の思惑をわたしに問うてきた。

 資金も宮廷権力も持たない、三流貴族のヴィーハイブ伯爵家の令嬢をわたしの正室として、次期クレストン家当主の周辺貴族への影響力を低下させるつもりなのだろう。

 まったくもって、いい迷惑だと言いたい。わたしは父上とは違い、権力闘争など全く興味がない。ただ、自由に使える金が増えるようにしたいだけであり、宰相閣下や父上の思惑に巻き込まれるのは御免被りたいのだ。

 ただ、国王に準じる権力者からの斡旋を断れば、色々と面倒が起きると思うので、その令嬢には悪いが、辛く当たってイビリ倒し、向こうから破棄を申し出てもらうように仕向けるとしよう。

「ふぅ。心得えました。わたしも宰相閣下に叛意示す気はありませぬ。ただ、父上より受けたギルドマスターの仕事の件で、これよりブラックミルズへ赴任が待っております。なので、お話は進めてもらって結構ですが、婚約者の新居はブラックミルズに用意させてもらいますよ。それでよろしいでしょうか?」

「ふむ、結婚を毛嫌いしていたおぬしにしては、抵抗なく話を受けおったな」

「宰相陛下から名指しで指名されてまで、我を通すほどの胆力はわたしにはありませんよ」

「そうか。ならばよい。宰相閣下にはわしから話しておく、じきに婚約者のメラニア嬢がブラックミルズの街に訪れるであろう」

「それまでは職務に精励してお待ち申しております。今日の呼び出しはこの話だけでございましょうか?」

 面倒な婚約者がやってくることになったが、この場にいたら、もっと面倒なことをやらされかねないので、早々に退散させてもらいたい。

 すでに服が吸ったわたしの汗で肌に張り付き、与えてくる不快感が限界値を越えそうになっている。

「ああ、それだけだ。ブラックミルズでの仕事も婚約者の件もおぬしの手腕を期待しておるぞ」

「はは、そちらはお任せください。前任者よりはマシな仕事をしてみせますよ。では、出立の準備がありますので、これにて下がらせて頂きます」

 散々嫌がって断っていた婚約話を、わたしが受けたことで上機嫌になった父親に一礼をすると屋敷を後にした。

 
 汗に濡れた衣服から与えられる不快感に耐えつつ、屋敷に帰り着くと、浴場に行き、すぐにマリアンを呼び出す。

「おかえりなさいませ。アルガド様。お父上のお呼び出しはいかようなお話でしたか?」

 マリアンは汗に濡れて重くなった衣服を脱がしつつ、呼び出しの理由を聞いてきた。

「実は、婚約することになった」

「それは、おめでとうございます。ついに正室を持ちになられるのですね。これで、わたくしも側室に上がれますわ」

 わたしが正室を迎えていない、独身ということもあり、マリアンは側仕えのメイドという地位でしかないのだ。

「悪いが、マリアンの期待には応えぬぞ。わたしはこの婚約を破談にするつもりだ。そうすれば、お前を正室にする口実もできる。詳しい話は風呂でしてやる」

「え? ええ、はい。ちょっと、よく意味が分かりませんが、まずはお背中を流させてもらいますわ」

 マリアンがわたしの衣服を脱がし終えると、お互いに全裸となって浴室に入っていく。

「こたび、わたしに婚約を仲介したのは宰相閣下なので、無下に断ることができないのだ。だから、婚約はする。ただし、相手の令嬢をイビリ倒し、向こうから破談を申し出させて、話を壊すつもりだ」

「まぁ、そのようなことをして大丈夫なのですか? お父上はお怒りになりませんか?」

 マリアンはわたしの背中を洗いつつ、心配そうな声音で破談にさせる件を聞いてきた。

「父上のご高齢だ。案外、破談のショックでポックリとか逝きかねないからな。そうなれば、クレストン家はわたしの自由になる。誰にもお前を正室にすることを邪魔させなくできるからな。精々、婚約者殿には父上の心的負担になってもらうつもりだ」

 背中を洗っていたマリアンが、前に周り込み、わたしの手を取る。均整のとれた身体付きをしており、ひんやりとした肌の抱き心地は今まで寝た女性では最高である。

「アルガド様、その話。本当に信じていいんですか?」

「ああ、信じていいぞ。お前はクレストン家当主の正室となるのだ」

「うれしい! ブラックミルズへの赴任にもお供させてもらいます。精いっぱいご奉仕しますので、これからもお願いしますね」

 やはり、女は平民階層に限る。たった、これだけのことで喜び、わたしを楽しませてくれる存在は希少であろう。

 さて、赴任先のブラックミルズではギルドマスターの仕事と、ヴィケットを通じた闇市管理と、婚約者イビリと忙しそうだな。

 これもクレストン家当主へなるための道だと思えば、苦しさも感じずにすむ。

 わたしは、喜ぶマリアンとともに風呂を堪能し、翌日、赴任地であるブラックミルズの街へ向けて旅立った。
しおりを挟む
感想 1,071

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。