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ヴィケット視点

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 ※ヴィケット視点

 ブラックミルズの支店と闇市を任せていたムエルたちが、ヘマをやらかして、冒険者ギルドの手入れを受けたことで、せっかく大きな利益を上げていた支店を畳まざるを得なくなった。

 ミラの奴は、このパークラインの街を裏から仕切っていた組織の長の娘であったので、もっと使える奴かと思っていたが、所詮はただの頭空っぽの女であったようだ。

 あいつらとの繋がりを全て処分して引き揚げてきた支店長によれば、恋人のムエルの暴走を止められず、自分たちを冒険者から追いやったグレイズを襲いに行って返り討ちにあったようだ。

 本当に馬鹿としか言いようがない奴らだ。たとえ鑑定料が無くなっても、闇市さえ握っていれば、十分に利益を上げられたのに、それを手放してせっかく整備した支店すらも閉じなければならなくなり、こちらとしても大損をさせられていた。

 捕まったムエルたちは、冒険者ギルドの聴取を受けた後、領主に引き渡され、未整備ダンジョンの探索奴隷と死ぬまでやることになったそうだ。

 こちらとしても、助けてやる筋合いは無く、むしろ、あいつらのおかげで、この私がフラマー商会の実質オーナーに事情を説明するようにせっつかれて呼び出されるハメになっていた。

 まったく、無能の尻拭いなど、なんで私がしなければならないのかとも思うが、ミラを通じてあいつらにブラックミルズの闇市の仕切りの任命者は私であったので、仕方なく弁明するしかないと思っている。

 そして、闇組織を仕切るフラマー商会の実質的オーナーは、今年で三五歳を迎えるパークラインやブラックミルズを治める領主の息子であるアルガド・クレストンである。

 公爵家であるクレストン家の嫡男であり、自らも子爵の位を持つ、アルガド・クレストンが、近隣の裏社会を仕切るフラマー商会の実質的オーナーなのだ。

 つまり、私はフラマー商会の会頭ではあるが、お飾りであり、雇われの身でしかない。あまり、大きなヘマが続くとこちらの命も危なくなる。

 そんなことを考えながら、私はアルガドの屋敷へ向かう馬車の中で深いため息を何度も吐いていた。


 私の雇い主であるアルガド・クレストンは、ロザーヌ地方を領有するクレストン公爵家の嫡男である。

 公爵家の嫡男であり、クレストン家の時期当主ということもあり、父親が持つ子爵の位を与えられ、パークラインの貴族街に広大な敷地を持つ邸宅を構え、贅沢な独身生活を享受して暮らしているのだ。

 ただ、彼の生活は子爵になったと同時に与えられた領地は狭く、大した利益も出さない領地であるため、彼の生活は私が経営するフラマー商会から上がる利益によって維持されている。

 そのため、ブラックミルズの件は死活問題になっており、今日は珍しく呼び出しを受けて、屋敷にまでやってきていたのだ。

 そして、目の前には、豪奢な椅子に身を委ねたアルガドが。私が送ったブラックミルズでのあらましをまとめた報告書に目を通している。

「ヴィケット。報告書の方は読ませてもらったが、責任はどう取るつもりだ? わたしはお前を信頼していたのだがな。この報告書で失望させられた。ブラックミルズの闇市から上がる利益はフラマー商会の利益の大部分を担っていたはずだが……」

 アイスブルーの瞳から放たれた視線が、私の身体に突き刺さっていく。若い頃はサラサラの金髪を撫でつけて、王都の社交界でも浮名を流した方だが、三五歳となり中年期に入ったことで、豊かだった髪は薄くなり、地肌が見えるようになっている。同じようにスマートだった体型も、フラマー商会から上がる利益で、行った度重なる暴飲暴食によって醜く膨らんでしまっており、残念な姿を晒しているのだ。

 元々、使用人から、フラマー商会の雇われ会頭になったため、アルガドの信任を失えば、この地位はすぐにでも剥奪され、明日の朝にはパークラインの路地裏に死体となって転がっているだろう。

「アルガド様、こたびの失態はすべて私の不徳の致すところです。目下、ブラックミルズへの再度の進出へ向けて、各方面と調整中ですので、なにとぞ、今一度チャンスを頂きたく」

 アルガドからの冷たい視線を浴びながらも一生懸命に挽回するチャンスを貰えるように懇願していく。

 私としてもムエルたちの馬鹿と一緒に破滅するのは、御免被りたいのだ。

「ヴィケット、何か良案でもあるのか? あるなら、申してみよ」

「い、いえ。それは、まだ策定中としか、お答えできませんが……早急に致します」

「ヴィケット。ブラックミルズの闇市から上がっていた月の利益はいくらだった? 申してみよ」

 私に対策案が無いと知ると、アルガドの眉が片方吊り上がっていく。これは、機嫌が悪い時の仕草だと使用人だった時に学んでいた。

「五〇〇〇万ウェルはあったと記憶しております」

「そうだな。最低でも五〇〇〇万ウェルだ。月にな。では、ブラックミルズの闇市がなくなったフラマー商会の月に上がる利益はいくらだ」

「一〇〇〇万ウェルを切ってくるかと……。概算ですが」

「お前は、わたしにたかが一〇〇〇万ウェルぽっちで生活しろというのか? 違うよな!?」

 アルガドがドンドンと強く手で机を叩き始める。どんどんと機嫌が悪くなってきているようだ。視線も険しさを増している。

「は、はい。そのような生活をアルガド様にさせつつもりは微塵もございませぬ」

「分かっていればいい。今までの働きで、こたびの件は不問してやる」

「ありがたき幸せ。アルガド様の度量の広さに感服いたしました」

 米つきバッタようにペコペコと頭を下げていく。命を長らえさせるためならば、頭を下げるくらいはどうってことはない。

「褒めても何も出ぬぞ。と思ったが、一ついい話をしてやろう」

 突如、険しさを増していたアルガドの視線が緩み、皮脂が浮かんでテカった顔に気持ち悪い笑みが浮かぶ。

「実はな。父上より、此度わたしがブラックミルズの冒険者ギルドのギルドマスターに就任するように打診があった。闇市の不祥事で解任されたギルドマスターの後任としてだ。父上としても、出資をしている冒険者ギルドの不祥事で冒険者上がりをトップに据えることに不安を感じたのだろう。なので、息子である私をブラックミルズの冒険者ギルドのギルドマスターに就任させ、組織の引き締めをはかるようにと指示があったのだ」

 冒険者ギルドの仕組みは複雑で、冒険者ギルド自体は大陸各地に色々とあるのだが、ギルド直営であったり、ブラックミルズみたいに領主が運営資金を出してオーナーであるところもある。

 アルガドは、父親である領主から、冒険者ギルドの運営トップであるギルドマスターを務めるように打診されたことを教えてくれていた。

 今回のブラックミルズの騒動は、アルガドが実質オーナーである、うちのフラマー商会が起こした事件であるのに、その騒ぎを起こした実質オーナーが、騒ぎを取り締まる側のトップに就任するなんて、笑い話しか聞こえなかった。

「それは、おめでとうございます。アルガド様のギルドマスター就任に心よりの賛辞を贈らせてもらいまする」

 恭しく頭を下げて、心にもない賛辞を贈ったが、その間に私の頭の中は猛烈に動いていた。

 アルガドが取り締まる側のトップに就任するのであれば、ブラックミルズに闇市を再開させるための障害はかなり軽減されてくると思われる。

 つまり、アルガドが、このギルドマスター就任の話を私に漏らしたということの意味するところを汲み上げていくと、『俺が取り締まる側のトップだから、お前は今までよりも大胆に稼げるよな?』という暗示が含まれているはずだ。

 そして、アルガドの意図することを実行できなければ、私の首は胴体から離れることになるだろう。

「わたしは、お前の賛辞など求めておらぬぞ。わたしが求めるのは……。ヴィケット。分かっているよな?」

 このアルガドは何をしろとは絶対に言わない。忖度をこちらに求めてくる男なのだ。

 心の中を推し量って、忠実に実行する者を取り立てて重用する男だ。それができなかった奴は周囲から遠ざけられるか、物理的に消される。

 私もアルガドの意図を汲み取り、実行してきたことで、雇われとはいえ、フラマー商会の会頭職を拝命しているのも忖度をしてきたためであった。

「心得ております。今度こそ上手く、ブラックミルズの闇を動かして見せます」

「ヴィケット。次はないと思えよ。あと困ったことは、わたしに秘密裡に相談をしてもいいぞ。こたびは、ギルドマスターの業務が落ち着くまでわたしもブラックミルズに常駐するからな」

 ここでのアルガドの言葉を額面通りに受け取ってはいけない。彼の言葉の裏には『ギルドマスターになる、わたしの手を焼かせる案件を持ち込むなよ』と拝さねばならないのだ。

 まことに面倒であるが、言葉の意味を受け取り間違えると、自らの命を縮めかねないのである。

「はは、心に留めておきます。では、早急に再進出計画を策定いたしますので、本日はお暇させてもらいます」

「仕事熱心なのはよい心がけだ。期待させてもらおう」

 私はうやうやしく頭を下げ、屋敷を後にすると、ブラックミルズで再び、闇市を再開させるための方策を部下たちと検討することにした。
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