上 下
34 / 41

第三十四話 合同鍛錬

しおりを挟む

 朝靄の中、日課の鍛錬をする前のジョギングをしようと屋敷の庭に出ると、そこには甲冑姿のエルがすでにいた。


「エル先輩、おはよう。もっと後から来てもよかったんだが」

「ルシェ君の鍛錬に付き合うというのが、敗者の私に課せられた責務ですので、最初からお付き合いします」

「いい心がけだ。さすが元首席機士のエル先輩」


 エルは俺に向かって厳しい視線を向けてくる。


 まだまだ彼女の好感度は低いままだし、睨まれるのはしょうがない


とりあえず、朝の稽古の前に一〇単位キロメートルほど走るが、その格好で大丈夫か?」

「問題ありません。まいりましょう」


 俺はエルの返答に頷くと、そのまま中庭を周回する日課のジョギングを始めた。ジョギングと言ってもゆっくりとしたものではなく、身体に負荷をかけるためペースはかなり早い。目標の半分くらい過ぎたところで、甲冑を付けたまま走っているエルが少し遅れ始めた。


 遅れ始めたエルの方へに振り返り声をかける。


「きついなら甲冑を脱いでも問題ないぞ。俺はエルの前方を常に走るし、朝早いため中庭には誰もいない」

「も、問題ないです! ついて行きますから気にしないで!」


 顔が心なしか赤く染まっているようだが……。やはり自分の大きな胸のことを気にしているのだろうか。


 エルは『神霊機大戦』の女性サポートキャラの中でも、男性プレイヤー人気がトップクラスだった。真面目で頑張り屋の口ベタな女機士だが、身体は大人、心は子供ってギャップが刺さり、関連グッズは爆売れ、専用のサイドストーリーがDLCで発売されるほどだ。


 俺もエルに関しては、嫁END、配下END、バッドEND、純愛ENDと全てを網羅してある。脳筋的な解決法を好むし、子供っぽいところもあるが、それが見た目とのギャップを生むため、魅力的に思えるヒロインだ。


 ゲーム内のエルも可愛かったが、実物のエルの方が何倍も可愛いと思える容姿だった。


 キャラ性能的にもトップクラスの実力者であり、『神霊機大戦』ではどのルートでも常に配下に加えて、自機のサポートチームの前衛を任せてきた人材だ。今回も妹のため、彼女には是が非でも配下入りをしてもらいたいと思っている。


 そのため、好感度が上がりやすい鍛錬に来るよう誘い、彼女のトラウマになっている、男性からの性的な視線を向けないよう、常に気を付けて行動していた。


「そうか。なら、そのまま遅れないようついてこい」

「……はい」


 俺は再び走り出すと、先ほどよりも若干ペースを落とし、エルが遅れないようにしておいた。ジョギングを終えると、肩で息をしているエルへ刃を落とした鉄の剣を差し出す。


「次は素振りに付き合ってくれるか?」

「はぁ、はぁ、はぁ、わ、分かりましたって――こんな重いの!?」


 手渡した剣を持ったエルが、予想外の重さによろめく。そのまま地面に倒れないように抱き留めた。


 今の状況だと、エルは男との接触を嫌がるから、すぐに離れないとな。彼女の男嫌いは根深いトラウマになってるし、わざわざトラウマを味あわせて悦に浸る趣味は俺にはない。


 抱き留めたエルが体勢を整えると、俺は何も言わずに離れて、自分の手にした剣を振り上げ素振りを始める。


「あ、あの――」

「素振りは200回ほどだ。ちゃんと、一太刀ごと全力で敵を斬るつもりでやるんだ」


 重い剣を振り下ろし、空気を切り裂く音をさせると、胸の前でピタリと止める。


 俺は霊機の操縦技術には自信があったが、生身の戦闘術に関してはド素人だった。なので、剣士として優秀な腕を持つ執事のローマンに師事し、剣の指導を仰いでいた。


 まだまだ身体づくりの段階であり、未熟な腕だが、いちおう筋はいいと褒められている。


 師匠のローマンいわく、剣技を極めれば、漫画やアニメみたいに剣で固い岩を断ち切れるようになると言われている。言われた当初は、眉唾だと思ったが、実際にローマンが自らの剣技で岩を断ち切るのを見せてくれた。


 機士王を目指すには、身を守ることも必要になるため、俺もその領域を目指して日々剣の鍛錬にも励んでいる。


「こんな重い剣で、そのきつい素振りの仕方なんて……。誰に教わったんです?」

「執事のローマンだ。俺の剣の師匠でもある。それとこの素振りはきついからやる意味があるんだと」

「腕、壊しませんか?」

「問題なくいつもこなしてるが?」


 呆気にとられるエルを横目に、手にした剣で素振りを続ける。彼女も俺の真似をして、重い剣を振りかぶると空気を切り裂く音だけが、朝日の差し込み始めた庭に響いた。


「はぁ、はぁ、はぁ、きっつい……。腕がパンパンに……」

「休憩するか?」


 甲冑を着込んだままきつい素振りをしていたエルは、額から滝のような汗をかいて、濡れた銀髪が首筋に張り付いていた。


 自分も最初のころはきつくてへばっていたが、最近は筋力も増してきて慣れてきた。けど、初回のエルにはちょっとハードすぎたかもしれない。体力と筋力の成長値はサポートキャラ随一のエルなので、しばらくしたら慣れてくると思うんだが……。


 剣を杖代わりにしたエルが立ち上がると、休憩を拒否するように首を振った。


「いいえ、いけますよ。これくらい、どうということはありませんからっ!」

「無理は――」

「してません! 次は何を!」

「なら、打ち合いの手伝いをしてほしい。実家にいた時は、義父上の従騎士たちが相手をしてくれたが、こっちでは相手がいなくてな。剣はこっちに替えてくれ」


 エルでも使いやすい、軽い鉄の剣を投げ渡す。剣を受け取った彼女の顔が険しくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に転生したリューイは、前世で培った圧倒的な知識を手にしていた。 辺境の小さな領地を相続した彼は、王都の学士たちも驚く画期的な技術を次々と編み出す。 農業を革命し、魔物への対処法を確立し、そして人々の生活を豊かにするため、彼は動く。 だがその一方、強欲な諸侯や闇に潜む魔族が、リューイの繁栄を脅かそうと企む。 彼は仲間たちと協力しながら、領地を守り、さらには国家の危機にも立ち向かうことに。 ところが、次々に襲い来る困難を解決するたびに、リューイはさらに大きな注目を集めてしまう。 望んでいたのは「のんびりしたスローライフ」のはずが、彼の活躍は留まることを知らない。 リューイは果たして、すべての敵意を退けて平穏を手にできるのか。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

辺境に住む元Cランク冒険者である俺の義理の娘達は、剣聖、大魔導師、聖女という特別な称号を持っているのに何歳になっても甘えてくる

マーラッシュ
ファンタジー
俺はユクト29歳元Cランクの冒険者だ。 魔物によって滅ぼされた村から拾い育てた娘達は15歳になり女神様から剣聖、大魔導師、聖女という特別な称号を頂いたが⋯⋯しかしどこを間違えたのか皆父親の俺を溺愛するようになり好きあらばスキンシップを取ってくる。 どうしてこうなった? 朝食時三女トアの場合 「今日もパパの為に愛情を込めてご飯を作ったから⋯⋯ダメダメ自分で食べないで。トアが食べさせてあげるね⋯⋯あ~ん」 浴室にて次女ミリアの場合 「今日もお仕事お疲れ様。 別に娘なんだから一緒にお風呂に入るのおかしくないよね? ボクがパパの背中を流してあげるよ」 就寝時ベットにて長女セレナの場合 「パパ⋯⋯今日一緒に寝てもいい? 嫌だなんて言わないですよね⋯⋯パパと寝るのは娘の特権ですから。これからもよろしくお願いします」 何故こうなってしまったのか!?  これは15歳のユクトが3人の乳幼児を拾い育て、大きくなっても娘達から甘えられ、戸惑いながらも暮らしていく物語です。 ☆第15回ファンタジー小説大賞に参加しています!【投票する】から応援いただけると更新の励みになります。 *他サイトにも掲載しています。

処理中です...