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第三十二話 機士王の娘
しおりを挟む静まり返った操練場内に、誰かの拍手が響き渡る。音の出所を探っていくと、そこにはソラ・ブレイブハートたちがいた。ソラと専属メイドであるアリエスが、身軽な動きで俺たちのところまで上がってくる。
エルとの決闘に勝利したことにより、イベントトリガーが発動し、ソラとの邂逅イベントが始まったようだ。
「君、素晴らしい操縦技術の持ち主だね。首席機士のエル先輩をやっつけちゃうなんてすごいよ」
ぬいぐるみのような小さな熊の精霊を肩に乗せたソラは、俺の手を握ると興味津々な青い瞳をこちらに向けてきた。清楚で大人しそうな見た目とは裏腹に、彼女は人懐っこさを見せてくる。
けど、これは彼女が今の状況を計算したうえの人懐っこさの演出だ。なんで、そんなことをするかと言えば――。圧倒的な力を見せた俺を自分の従機士として引き込もうと思っているからである。
最強の機士であることを他の機士たちに示し、力のある機士を自分の家臣として召し抱えなければ、たとえ現機士王の娘であっても、ルクセン王国の機士王にはなれないのだ。
「この握手は家臣への勧誘ですか? ソラ先輩」
「そう思うの?」
「思います。なにせ、ソラ先輩が家臣にしようと狙ってた首席機士のエル先輩を、俺が倒して横取りしちゃいましたからね。俺ごと家臣にするつもりなのかと思いますよ」
大きく見開いて人懐っこさを出していた青い瞳が、スッと細くなる。同時に握っていた俺の手を放していた。
ソラは計算高く裏表のある性格であるが、精霊王位・光属性の精霊と契約しており、操縦技術も飛び抜けたセンスを持ち、機士学校卒業後は大襲来の混乱の中、多くの妖霊機を倒し、有力機士へと駆け上がっていくことになる実力の持ち主だ。
「へぇ、君はそこらの有力機士の子たちと違って、賢いね。ドワイド家の後継者とは仲良くしろって父上からは言われてたけど――」
「こちらも機士王陛下のご息女とは仲良くせよと義父上から言われておりますが――」
「「気が合いそうにはない」」
どのみち、ライバルキャラになるソラとは最終盤まで好感度が上げられない。けど、ここの時点で知り合いになっておかないと、機士王選挙の勝利後に彼女がハーレム入りするルートが開拓できないのだ。
「君と意見が一致するとは思わなかったよ」
「俺も思いませんでしたよ」
「もしかしてだけどさ。君って機士王を目指してる感じかな?」
「ええ、俺は機士王を目指してますよ。この国で機士を目指すなら、その最高位である機士王を目指さないやつはいないでしょ」
本当は妹の命を救うためだが、そんな話をソラに語ってもしょうがない。俺が機士王を目指しているということだけを簡潔に伝えた方がより確実にフラグを回収できる。
ソラは眼を細めると、口角を上げ、綺麗な顔立ちからは想像できないほどの不気味な笑みを浮かべた。
「そっか……。じゃあ、君は敵だね」
背後から飛び出した専属メイドのアリエスが、太ももから取り出した短剣を俺に向かって投擲してくるのが見えた。短剣が俺の顔に突き立つ直前、目の前に現れたシアの手によって受け止められた。
「ちょっと、危ないでしょ。ルシェが怪我するからやめてもらえる?」
言葉こそ冷静だが、シアの身体から怒気が立ち昇るのが見えた。このままだと、ブチ切れたシアによって引き起こされた義父上の執務室での惨事の二の舞になる。
「シア、俺は大丈夫だ」
「でも、一つ間違ったらルシェが――」
「アリエス、貴方も謝罪しておきなさい。まだ、倒すべき時ではないわ」
「失礼しました。どうやら私が早とちりをしたようで、ルシェ様やシア様にご不快を与えたこと深く謝罪いたします」
ソラの専属メイドであるアリエスは、紫色のセミロングの髪を垂らし、完璧な頭の下げ方で謝罪を行った。彼女もまたソラや俺と同じように機士候補生として、この機士学校に通っている子だ。
高位・闇属性の精霊と契約し、ソラのサポート役として常に傍らで霊機に乗り続け最後まで一緒に付き従うキャラだ。機士王選挙後にソラのハーレム入りルートの鍵を握る人物でもある。
彼女からの信頼を得れなければ、ソラのハーレム入りは達成されず、虹の宝玉作成ルートには行けないのであった。つまり妹の命を救うためには彼女の協力も必要不可欠になってくる。
アリエスに命は狙われたが、今後のことを考えて、ここは水に流すのが最善の選択肢であった。
「アリエスさんの謝罪は受け入れる。とりあえず、さっきのことはなかったことにしてきましょう。校長先生も青い顔をされておりますし」
「そうだね。機士王の娘と、辺境で大兵力を持つ有力機士家の息子が喧嘩してたなんて話が外に出たら、校長の首が飛ぶかも。そうならないよう、父上にはわたしからちゃんと事の経緯を伝えておくよ。じゃあ、またね」
ソラはそれだけ言うと、アリエスを従え操練場から立ち去った。俺はその姿を見送りながら、無事に2つのフラグを回収できたことに安堵していた。
その後、校長から新入生歓迎の試合は中止と宣言され、解散が告げられたが、俺は自分が破損させた機体の片付けを進んで申し出て、日暮れまで作業に没頭することになった。
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