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第三十一話 決闘

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「へぇ、あの子強そうだね」

「ああ、強いと思う。少なくともさっきのやつらよりは格段に強い」

「少しは楽しめそう?」

「ああ、楽しめると思うぞ」


 シアが下したエルの乗るザガルバンドの脅威度判定はオレンジ。こちらと同等ということらしい。


「決闘ということで校長には訓練用の剣の使用を許してもらいました! 油断すれば大怪我しますよ!」


 エルが手にしていた訓練用の剣を一振り投げ渡してくる。ザガルバンドの標準装備とされている剣と同じ長さであった。


「エル先輩こそ、気を付けてくださいね。先輩くらいの腕だと俺も微妙な手加減はできないと思うんで」

「手加減は無用です! 全力で来なさい!」


 受け取った剣を構えると、エルの機体と対峙する。


 さすが首席機士殿だ。目立つ隙は見つけられない。なら、こっちから仕掛けさせてもらう。


 フットペダルを踏み込みながら、スティックアームを繊細に動かし、操作に追従したザガルバンドが、手にしていた剣を振り下ろす。エルの機体はこちらの斬撃を読んでいたかのように軽く受け止めた。


 鍔迫り合いはじりじりとこちらが押し負けていた。


「向こうは、この荒れ地フィールドにおける得意属性の地属性だから、無属性のわたしよりか、精霊反応炉の出力効率は若干良いみたいだね。このままだと押し切られるよ」

「分かってるさ」


 力比べの鍔迫り合いは、こちらの不利になる。だったら――。


 一度、距離を取ってエルの機体から離れると、素早く間合いを詰め直し、何度も剣を振り下ろす。だが、すべて見切られ受け止められてしまった。


 エルの動体視力はサポートキャラ随一だったからな。生半可な斬撃は全部器用に捌かれてしまう。


「そんなぬるい斬撃で私が倒せるとでも?」

「思ってませんよ。本命はこっちです」


 俺は剣を前に突き出し、機体を低く屈み込ませると素早く駆けた。グングンと迫るエルの機体に向かい剣先を一気に突き出す。


「斬撃がダメなら、突きでって思ったんでしょうけど。私を仕留められるほど鋭さはないです!」


 エルの機体が地面に突き立てた剣によって、こちらの突きが阻まれ軌道が逸らされる。


 反応が早い! さすが超絶反射神経の持ち主なだけはある。でも、エルには弱点があるから、そこを攻め立てれば勝てるはずだ。


 さらに低く機体を屈ませ、地を這うような低さで駆け、エルの機体に近づいていく。


「下からばかり狙ってきて! 何を考えて――」


 何度も低い姿勢でエルの機体の足元に入り込み、剣を下から斬り上げる。明らかに上段から振り下ろした時よりも、反応の速度が遅くなった。


「エル先輩、さっきよりも反応が遅れてますよ」

「くっ! 言いたい放題言ってくれるよねっ!」


 エルが突き出した剣が頭部を掠める。塗装の破片が舞って、キラキラと日の光を反射した。


「ルシェ! このままだと、下半身が持たないかも」


 シアからの警告で、激しく動かしたザガルバンドの下半身が、悲鳴を上げるように黄色い点滅を繰り返しているのに気付く。


 やっぱり機体がついてこないか。くぅ、早くザガルバンドから卒業したいぜ。


「これ以上、長引かせるつもりはないよ。次で決めるさ」


 攻撃を避け距離を取ると、再び低い姿勢をとって、エルの機体の真下に入り込む。この場所が超絶反射神経を持つ彼女が、唯一反応が遅れる場所だった。


「くっ! 見えな――」

「悪いけど俺の勝ちだ」


 エルの機体の真下に入り込んだ俺は、剣を下から斬りあげると、下半身と左脚の結合部を断ち切る。左脚の支えを失ったエルの機体は、バランスを崩し、大きな音を立てて地面に尻もちを突いた。観覧台の校長や講師たちから悲鳴のようなため息が漏れた。


「ふぅ、勝ったな」

「みたいだね。でも、なんであの子は下からの攻撃に対して反応が鈍ってたの? 明らかに上からの攻撃より反応が遅かったよね」

「理由が知りたいかい?」

「うんうん、知りたい」

「彼女の大きな胸が、下方からの視界の邪魔をしてるのさ」


 機体と同化していたシアが、突如として俺の目の前に実体化してきた。そして自分のぺたぺたな胸を両手で触っている。


「胸って、この胸のこと?」

「ああ、そうだ。彼女、甲冑を着てるけど、胸が相当大きいっぽいからね。意図的に狙わせてもらった」


 大きな胸が視界を妨げるなんて笑い話みたいなものだが、エルの胸は常人よりも大いに発達している。そのため、男たちからの視線を避ける意味で制服ではなく甲冑姿で過ごしているのだ。


 まぁ、その甲冑の胸部も胸をしまい込むため、相当に大きく膨らんでいるわけだが。


 おかげで下方向の視界が悪いという話が、DLCのサイドストーリーで明かされている。今回は、その弱点を突かせてもらった勝利だった。


「胸があるのも大変だね」

「ああ、そうみたいだ。俺はシアの慎ましいのがちょうどいいと思ってるんだ」


 俺の視線が自分の胸に向いているのを知ったシアが、顔を真っ赤にすると機体の中に消えていった。うちの相棒はやっぱ可愛いな。


 シアが機体の中に戻ると、バランスを崩して尻もちを突いた機体の搭乗口が開き、中からエルが這い出して来るのがモニターに映し出された。即座にコンソールボタンの搭乗口解放ボタンを押して、俺も機体から顔を出す。


「エル先輩、決闘は俺の勝ちでいいですよね?」

「くっ!」

「勝ちですよね?」

「好きにすればいいでしょう。決闘の勝者が、敗者の処遇を決めるのが機士の不文律です」


 上下関係に厳しい体育会系のエルだが、それ以上に実力主義者でもある。自分より強い者と認めた者には絶対的な従順さを示す人物だ。まだ少し反発心はあるものの、決闘に負けたことで俺を自分よりも格上の存在として認めてくれたらしい。


 とりあえず、エルの最初のフラグは回収できたと思われる。彼女はすぐには配下にならないけれど、機士学校時代に絆を高めておくことで後々サポートキャラとして自分の領地に加入してくるキャラクターだ。


 彼女との絆を高める手段としては――ただ一つ。一緒に鍛錬を重ねるだけしかない。


 俺は器用に機体間を移動すると、座り込んでいる甲冑姿のエルの前に立つ。


「じゃあ、明日からエル先輩がここを卒業するまで、毎朝の俺の鍛錬に付き合ってもらいますよ。エル先輩ほどの武器の使い手と鍛錬できれば、生身の俺の腕ももっと上がりますしね。これが勝者となった俺が敗者のエル先輩に下す処遇です。拒否は認めません」

「承知しました。このエル・オージェンタムが、明日よりルシェ君の朝の鍛錬のお相手を務めさせてもらいます。あと、敗者に敬語は不要です」

「そうか……。なら、よろしく頼むぞ、エル先輩」


 エルは抵抗する気配を見せず、居住まいを正し、拝礼をすると俺の出した条件を受け入れた。


 彼女は真正直な性格で、口に出したことは絶対に違えない。きっと明日から律儀に毎朝、俺の屋敷に顔を出してくれるはずだ。
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