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第十九話 未来への布石
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妖霊機との初戦闘を終え、1カ月が経った。妹ルカの病状は落ち着いており、シアと俺と三人でとる騒がしい朝食は変わらず続いている。変わったことと言えば、ナイトウォーカーの部隊を撃破したことで、義父上の家臣たちから自分に向けられる視線が『ドワイド家の正式な後継者候補』に変化したのを感じることくらいだった。
特に領主としての心構えを学べと言われ、各種の教育係が俺に付けられた。今は朝の鍛錬と朝食を終え、都市開発についての講義時間だ。シアは講義に興味がないらしく、部屋の隅で窓の外を見つめてぼんやりとしている。
「ルシェ様、ドワイド家の領有する領土は現状――」
資料を必死に用意してくれた講師の彼には悪いが、『神霊機大戦』で内政パートをやってきた俺にとっては当たり前のことしか書かれていない。資料によるとドワイド家は軍事力偏重の要塞都市型の開発を進めてるらしい。
要塞都市型の開発は、敵の襲撃に対しては強固な防衛力を発揮しながら、霊機生産工場や防衛兵器工場の生産効率化にバフがかかる都市開発だけど、開発を続けると領民の税負担率が高くなって不満が爆上がりするんだよなぁ。領内に鉱山とかあるとそっちから利益出せていろいろと不満を下げる施策に金が回せるんだけど……。
不満を和らげる施策が行えないまま、最悪のタイミングで住民蜂起されてしまうと、内にも外にも敵を抱えかねないが――資料を見るに、ドワイド家は住民不満を和らげる施策には無関心のようだった。
臣下の従機士たちもドワイド家に右に倣えのように、要塞都市型の領地開発に突き進んでいることが資料からも窺い知れた。
ドワイド家の領地は王国外縁部だから、防衛重視、軍事重視は分かるんだけども、このままだと重税に喘ぐ領民が武装蜂起しかねない。
ルシェのサイドストーリーにあった大襲来開戦でブロンギ戦死からの、義母パトラから追放となった背景には、領民たちの武装蜂起が絡んでたはずだ。義母パトラが実子とともに武装蜂起した領民側に付く立場を明言して、当主が亡くなったドワイド家の混乱を拡大させ、その責任を負ってルシェが追放される流れだった気がする。
ルカの静養のために、ドワイド家から追放される流れは切っておきたいところだが――。
「ルシェ様? 話を聞いておられますか?」
「ああ、聞いているさ。いろいろと領内にも問題を抱えていることがよく分かる資料を見せてもらえて助かっているところだ」
「問題……ですか?」
講師の彼は、機士ではないが義父上の政策ブレーンの一人でもある。彼を納得させられる案を示せば、住民の不満低減施策を実施してもらえる可能性はあった。
せめて、要塞都市型の開発は最前線の領地だけにして、内陸部の領地は農業生産都市型や物流管理都市型、商工業都市型に移行して税収の底上げや物資生産の増加をした方がいい。税収増や余剰物資を売却して住民の不満軽減策を実施すれば、住民蜂起も起きにくくなるはずだ。
俺は資料にあったドワイド家の領土を書いた地図を広げ、講師の彼に自らの考えを説明することにした。
「現状のドワイド家は、領土すべてを要塞化しようと邁進しているが、それでは領民たちは重税に喘ぐことになる。実際、都市開発費用の捻出のため、かなりの負担になっているはずだが?」
「え、ええ、まぁ、他家に比べると重税であるという自覚はあります。ですが、この地は妖霊機のうろつく領域に近い最前線の土地。防衛はおろそかにはできません」
「ああ、それは分かっている。自分も妖霊機と戦ったからな。だが、この防衛線をここで構築すれば十分のはず。連中も歩くやつらが多い。渡河にはそれなりに苦戦するはずだ」
地図に書かれた河に沿って防衛線を再構築するよう講師の彼に示した。
「その案も考えましたが、浸透される可能性が高いのです」
「河に沿って敷けば、防衛線がかなり縮小され、警戒部隊の運用数は格段に増やせるはず。浸透した敵は警戒部隊に対処させればいい。で、ここからが本題だ」
講師の言葉を待たず、地図に示された内陸部の領地を指差す。
「この辺りは防衛を意識する必要はないはず。ここまで敵に侵攻されればドワイド家は終わりだからな。むしろ、援軍でくる王国軍の移動を迅速に助けられるよう物流や道路網の整備した都市や、農業生産に特化した都市、商工業の集積地の都市などを配した方がいい」
「内陸部の領地とはいえ、防衛を放棄ですと!? あり得ません!」
「そうか? 最前線にドワイド家の八割の戦力が結集しているんだ。そこで負けたら、残る2割が詰めるこの街での最終決戦しか選べない。内陸側にある要塞まで下がる意味はあるのか?」
「再起を期す拠点として……」
「無理だな。この街で負け、内陸部まで攻められたら、ドワイド家は影も形も残っていない」
ブロンギが大襲来開戦で戦死するパターンは、最前線で大敗、敗残の兵を集めて、本領で最終決戦してそこでも破れて滅亡というのは何度も再現されていた。内陸部の要塞都市で再起を図ったパターンは一度たりとも観測されていない。
ドワイド家滅亡後の内陸部の領地は、機士王直轄領になるか、実子を後継者に据えた義母パトラの領地になるかの二択だった気がする。できればそれは避けたいので、なんとか政策転換に納得して欲しいところだ。
「ルシェ様と言えど、言葉がすぎますぞ!」
「妖霊機たちも馬鹿ではないのだ。我が家のどこを落とせばいいかくらいは理解している。無意味な要塞化はドワイド家の屋台骨が揺らぐ行為だと思うが。違うのか?」
後継者候補として認められつつあるとはいえ、機士ですらない俺の言葉を講師の彼がどれくらい真面目に受け止めてくれるかは賭けだった。
「……」
「違うのなら、違うと言ってくれ。今後の参考にさせてもらう」
「ルシェ様のご意見は、私も考えました。ですが、機士たちが納得しません」
まぁ、たしかに内陸部にある領地の従機士たちは、税収や物流といった後方支援はできるようになるが、戦力の整備ができず戦闘での戦果を挙げられないことにもなる。機士は敵を倒してこそ、機士って感じだしな。不満を言う者が多くなるのもうなづける。
「で、あれば、ここら辺りの最前線に近い直轄領を内陸部の機士たちの領地と交換したらいい。ドワイド家としては軍事費の負担が減るし、内陸部を直轄領にすれば先ほどの問題は解決だろう」
「ブロンギ様が何と申されるか……」
「義父上には、『内なる敵』を作らないための施策と言えば理解してもらえるだろう。守るべき領民に背かれては機士である意味も失せてしまうのだ」
「ルシェ様……そこまで考えておられたのですか」
講師の彼は、俺の言葉の意味を理解してくれたようだ。ブロンギも機士としての意識が高い人物。『守るべき領民』という言葉を使えば施策の意味も気付いてくれると思いたい。
「ただ、先ほどの案は、未だ機士ですらなく、成人もしていない自分が言うには憚られることだ。義父上からの信任が篤い君から提言として伝えてもらうのが一番よい結果を招くと思うが――どうだろうか?」
「私からですか!?」
「ああ、君からの意見であれば義父上はきっと取り上げてくれるはずだ。もちろん、こちらも君の意見に対し、採用するよう口添えはさせてもらう」
ドワイド家の家臣団でも花形は、妖霊機と最前線で戦う機士たちになることが多い。講師になってくれた彼のような政策進言や統治、開発部門の者の評価は一段低く見られる。そのため、当主との間に風通しが少し悪い部分もあった。
今回の件で彼の進言が採用してもらえれば、内陸部の領地の機士たちからは感謝され、ドワイド家には税収増と物資生産増による余剰資金の発生とそれを原資にした領民の不満軽減策を実施したという実績が得られる。
そうなれば、少しは機士の意見偏重の家臣団にも変化が訪れると思われた。
「ルシェの言うことは間違ってないから、さっさとブロンギに進言したら? それが貴方の手柄になるようにするよって言ってくれてるんだし」
興味がないのかと思ってたけど、シアも聞いてたのか。あまりに直接的な言い方すぎて、もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいんだけどな。まぁ、いいか。
シアの言葉に突き動かされたのか、講師は俺の手を握ると頭を下げた。
「承知しました。すぐにブロンギ様にこの件を進言させてもらいます! その際はお口添えのほどよろしくおねがいします!」
「ああ、任せてくれ」
講師は資料を脇に抱えると、急いで部屋から駆け出して行った。
特に領主としての心構えを学べと言われ、各種の教育係が俺に付けられた。今は朝の鍛錬と朝食を終え、都市開発についての講義時間だ。シアは講義に興味がないらしく、部屋の隅で窓の外を見つめてぼんやりとしている。
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資料を必死に用意してくれた講師の彼には悪いが、『神霊機大戦』で内政パートをやってきた俺にとっては当たり前のことしか書かれていない。資料によるとドワイド家は軍事力偏重の要塞都市型の開発を進めてるらしい。
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臣下の従機士たちもドワイド家に右に倣えのように、要塞都市型の領地開発に突き進んでいることが資料からも窺い知れた。
ドワイド家の領地は王国外縁部だから、防衛重視、軍事重視は分かるんだけども、このままだと重税に喘ぐ領民が武装蜂起しかねない。
ルシェのサイドストーリーにあった大襲来開戦でブロンギ戦死からの、義母パトラから追放となった背景には、領民たちの武装蜂起が絡んでたはずだ。義母パトラが実子とともに武装蜂起した領民側に付く立場を明言して、当主が亡くなったドワイド家の混乱を拡大させ、その責任を負ってルシェが追放される流れだった気がする。
ルカの静養のために、ドワイド家から追放される流れは切っておきたいところだが――。
「ルシェ様? 話を聞いておられますか?」
「ああ、聞いているさ。いろいろと領内にも問題を抱えていることがよく分かる資料を見せてもらえて助かっているところだ」
「問題……ですか?」
講師の彼は、機士ではないが義父上の政策ブレーンの一人でもある。彼を納得させられる案を示せば、住民の不満低減施策を実施してもらえる可能性はあった。
せめて、要塞都市型の開発は最前線の領地だけにして、内陸部の領地は農業生産都市型や物流管理都市型、商工業都市型に移行して税収の底上げや物資生産の増加をした方がいい。税収増や余剰物資を売却して住民の不満軽減策を実施すれば、住民蜂起も起きにくくなるはずだ。
俺は資料にあったドワイド家の領土を書いた地図を広げ、講師の彼に自らの考えを説明することにした。
「現状のドワイド家は、領土すべてを要塞化しようと邁進しているが、それでは領民たちは重税に喘ぐことになる。実際、都市開発費用の捻出のため、かなりの負担になっているはずだが?」
「え、ええ、まぁ、他家に比べると重税であるという自覚はあります。ですが、この地は妖霊機のうろつく領域に近い最前線の土地。防衛はおろそかにはできません」
「ああ、それは分かっている。自分も妖霊機と戦ったからな。だが、この防衛線をここで構築すれば十分のはず。連中も歩くやつらが多い。渡河にはそれなりに苦戦するはずだ」
地図に書かれた河に沿って防衛線を再構築するよう講師の彼に示した。
「その案も考えましたが、浸透される可能性が高いのです」
「河に沿って敷けば、防衛線がかなり縮小され、警戒部隊の運用数は格段に増やせるはず。浸透した敵は警戒部隊に対処させればいい。で、ここからが本題だ」
講師の言葉を待たず、地図に示された内陸部の領地を指差す。
「この辺りは防衛を意識する必要はないはず。ここまで敵に侵攻されればドワイド家は終わりだからな。むしろ、援軍でくる王国軍の移動を迅速に助けられるよう物流や道路網の整備した都市や、農業生産に特化した都市、商工業の集積地の都市などを配した方がいい」
「内陸部の領地とはいえ、防衛を放棄ですと!? あり得ません!」
「そうか? 最前線にドワイド家の八割の戦力が結集しているんだ。そこで負けたら、残る2割が詰めるこの街での最終決戦しか選べない。内陸側にある要塞まで下がる意味はあるのか?」
「再起を期す拠点として……」
「無理だな。この街で負け、内陸部まで攻められたら、ドワイド家は影も形も残っていない」
ブロンギが大襲来開戦で戦死するパターンは、最前線で大敗、敗残の兵を集めて、本領で最終決戦してそこでも破れて滅亡というのは何度も再現されていた。内陸部の要塞都市で再起を図ったパターンは一度たりとも観測されていない。
ドワイド家滅亡後の内陸部の領地は、機士王直轄領になるか、実子を後継者に据えた義母パトラの領地になるかの二択だった気がする。できればそれは避けたいので、なんとか政策転換に納得して欲しいところだ。
「ルシェ様と言えど、言葉がすぎますぞ!」
「妖霊機たちも馬鹿ではないのだ。我が家のどこを落とせばいいかくらいは理解している。無意味な要塞化はドワイド家の屋台骨が揺らぐ行為だと思うが。違うのか?」
後継者候補として認められつつあるとはいえ、機士ですらない俺の言葉を講師の彼がどれくらい真面目に受け止めてくれるかは賭けだった。
「……」
「違うのなら、違うと言ってくれ。今後の参考にさせてもらう」
「ルシェ様のご意見は、私も考えました。ですが、機士たちが納得しません」
まぁ、たしかに内陸部にある領地の従機士たちは、税収や物流といった後方支援はできるようになるが、戦力の整備ができず戦闘での戦果を挙げられないことにもなる。機士は敵を倒してこそ、機士って感じだしな。不満を言う者が多くなるのもうなづける。
「で、あれば、ここら辺りの最前線に近い直轄領を内陸部の機士たちの領地と交換したらいい。ドワイド家としては軍事費の負担が減るし、内陸部を直轄領にすれば先ほどの問題は解決だろう」
「ブロンギ様が何と申されるか……」
「義父上には、『内なる敵』を作らないための施策と言えば理解してもらえるだろう。守るべき領民に背かれては機士である意味も失せてしまうのだ」
「ルシェ様……そこまで考えておられたのですか」
講師の彼は、俺の言葉の意味を理解してくれたようだ。ブロンギも機士としての意識が高い人物。『守るべき領民』という言葉を使えば施策の意味も気付いてくれると思いたい。
「ただ、先ほどの案は、未だ機士ですらなく、成人もしていない自分が言うには憚られることだ。義父上からの信任が篤い君から提言として伝えてもらうのが一番よい結果を招くと思うが――どうだろうか?」
「私からですか!?」
「ああ、君からの意見であれば義父上はきっと取り上げてくれるはずだ。もちろん、こちらも君の意見に対し、採用するよう口添えはさせてもらう」
ドワイド家の家臣団でも花形は、妖霊機と最前線で戦う機士たちになることが多い。講師になってくれた彼のような政策進言や統治、開発部門の者の評価は一段低く見られる。そのため、当主との間に風通しが少し悪い部分もあった。
今回の件で彼の進言が採用してもらえれば、内陸部の領地の機士たちからは感謝され、ドワイド家には税収増と物資生産増による余剰資金の発生とそれを原資にした領民の不満軽減策を実施したという実績が得られる。
そうなれば、少しは機士の意見偏重の家臣団にも変化が訪れると思われた。
「ルシェの言うことは間違ってないから、さっさとブロンギに進言したら? それが貴方の手柄になるようにするよって言ってくれてるんだし」
興味がないのかと思ってたけど、シアも聞いてたのか。あまりに直接的な言い方すぎて、もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいんだけどな。まぁ、いいか。
シアの言葉に突き動かされたのか、講師は俺の手を握ると頭を下げた。
「承知しました。すぐにブロンギ様にこの件を進言させてもらいます! その際はお口添えのほどよろしくおねがいします!」
「ああ、任せてくれ」
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