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第十話 俺が主人公ルート?

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「坊ちゃま! 坊ちゃま! 用意はできましたか! もう儀式の時間ですぞ!」

「ローマン慌てるな。まだ、その時ではない。俺は最後の組だ。この調子だと、まだまだかかるだろうさ」


 今、俺がいるのは義父上の屋敷から遠く離れた王都にある精霊大神殿の儀式の間だ。年齢は皆同じだが、身分は様々で平民の子もいれば、俺と同じく従者を連れた機族の者もいた。この精霊大神殿に集っている者は、王国各地の神殿で一般人以上の高い精霊力があると判定された者たちであり、機士候補性になり得る素質を持った者たちだった。


 俺も地元の神殿での判定は一般人以上とされ、義父にルカのことを頼み、執事のローマンとともに『対話の儀』をするため王都に出てきていた。


『神霊機大戦』のオープニングシーンとされている『対話の儀』は、何千回もやったことだ。ルシェとして参加するのは初めてだが、おおよその流れはすでに理解している。精霊大神殿の中央に鎮座する巨大な精霊石に触れ、自らの声に反応した精霊に名を与え契約に成功すると、属性の応じた色に変化した精霊石が生成されるのだ。その精霊石に封じられた精霊が低位、中位、高位、精霊王位とランク分けされる。


 低位精霊石であっても、汎用精霊石とは比べ物にならない高エネルギーを持ち、霊機に搭載されている精霊融合反応炉エレメント・フュージョンリアクターから取り出せる出力が格段に向上するし、封じられた精霊が対話型AIのようにいろいろと煩雑な動作処理を手伝ってくれ、戦闘能力を飛躍的に向上してくれる。


 低位でもそれなので、中位や高位の精霊石を生成した者は、機士としての活躍を確約されたも同然の扱いになるのだ。そして、さらにレアな精霊王位の精霊石を生成できれば、次世代の機士王候補として見られるようになる。


 まぁ、でも『神霊機大戦』のルシェは、精霊王位の精霊石を生成した者だったが、操縦に致命的な弱点を抱えてたネタキャラだったわけだが――。


 そんなネタキャラだったルシェも、この世界では俺が操縦の弱点を克服しているので、精霊王位の機士として活躍はできるはずだ。


 そんなことを考えながら『対話の儀』を見ていると、精霊石を生成できた者たちが喜ぶ声と、できなかった者の落胆の声が様々聞こえてきた。


 今のところ低位精霊石の生成者だけか……。臨席している機士王様から、今年は不作だなって言われてそうだ。


 中央に鎮座した巨大な精霊石の奥に作られた玉座には片肘を突いて、『対話の儀』を見つめる黒髪の黒目の壮年の男性がいた。


 彼がルクセン王国の全ての機士を束ねる存在となる機士王リゲル・ブレイブハートだ。妖霊機ファントム討伐数2万体を超え、生ける伝説として語られている最強の機士。


 作中では、主人公リンデルを毛嫌いし、ルートによっては邪魔する存在として敵対することもあるキャラのはずだ。


 たしか、ハーレムEND狙いだと一番激しく敵対するはずだったよな。機士王が主人公に敵対した理由が、どのルートでも明かされないままだったから色々と憶測が飛び交ったけども。


 憶測で一番笑ったのは二人のキャラデザが黒目、黒髪で同じだという理由だけで認知してない実子なのではというやつだ。これは公式が速攻で否定したのであり得ない。公式が否定しなかった憶測で一番の支持を得たのが、孤児から成り上がった機士の主人公が、大襲来で自分以上に活躍するのが妬ましかったという実に人間臭い理由だ。


 長く時間を投じてプレイした俺としても、そんな感じの話が一番腑に落ちる。機士王は王国最強の機士であることを求められるしな。機士としての力の衰えを見せれば、周囲の有力機士たちから引退を勧められる。この世界の機族社会は残酷なほどに実力至上主義だった。


 機士王のことを考えていると、巨大な精霊石から、さきほどよりも大きなどよめきが起きた。


 聞こえてきた話からすると、平民の子から中位精霊石が生成されたらしい。精霊石を生成できたのであれば、機士学校に入学できる資格を得る。そして、無事に卒業できれば晴れて機士として叙任され、機族入りを果たせるかもしれない道が開かれたことになる。生成した者は大いに喜んでいるんだろう。


「坊ちゃま! そろそろ……」

「まだ、慌てる時では――。あるな! もうあとは俺だけか!?」

「そうでございます! 『対話の儀』を行っていないのは坊ちゃまだけとなりました!」


 ローマンの言葉に周囲を見まわすと、儀式を終えた者たちの視線が俺に集中していた。


 嘘だろ!? 後は俺だけってなると、リンデルがいないのかっ!? このままだとハーレムENDをサポートする俺の計画が実施できないんだが!? それは困る。困った。困りすぎる! 大事な妹ルカの命が掛かってるんだぞ! ふざけんなっ!


 このままでは紗奈と同じように、病気で妹ルカを失うかもしれないと感じた俺は、係官からの呼び出しの声も無視して、周囲に視線を巡らせ、黒目黒髪のリンデルを必死に探し続けた。


 いない! いない! いない! いない! リンデルがいない! どういうことだ! ここは『神霊機大戦』の世界じゃないのかよっ!


「おい、お前! たかが『対話の儀』にビビってるのかよっ! お前が儀式を終わらせないと、オレ様が帰れないだろうが!」


 醜く太った機族の子が、俺の襟首を掴んできた。


 こ、こいつ! たしかルシェと一緒にこの『対話の儀』で、リンデルに制圧された出オチモブ機族!? このシーン、既視感がありまくるんだが!?


「おい! 何とか言えよ! ビビッて声も出ないのかよっ!」


 俺が知ってるのと、全く同じセリフだ……。けど、言うやつが違う。そのセリフは俺じゃなくリンデルに言え。言うやつを間違ってる! 間違ってるぞ!


「お前は間違っているぞ」


 自分の口から出たセリフに驚く。


 このセリフはルシェである俺が言うべきセリフではない。このセリフは主人公リンデルがモブ機族に向かって言い放つセリフだ! どうなっている!? 俺が知ってるオープニングシーンであれば、モブ機族が放つ次のセリフは『お前、オレを誰か知らないのか』だ。


 だが、リンデルはいない。いるのはルシェに転生した俺だけだ。


「お前、オレを誰か知らないのか?」


 モブ機族が掴み上げた服の襟首が締まる。


 知っている。知ってるぞ。お前は低位精霊石こそ生成できたものの、機士学校のきつさに耐えられず一番最初に逃げ出す半端な機族のモブ太郎君だ。正式名称はたしか――。


「知っている。デル・ニダだ。有力機士の息子の機族だろ。低位とはいえ機士の資格は得られそうでよかったな。どんな低位であれ、機士になれば領地も継げる」


 自分の口から出たセリフに二度驚く。


 か、完全にリンデルのセリフを俺が喋っている……。本当にどうなっているんだ!? 俺がなんでリンデルのオープニングシーンを再現してるんだ?


 襟首を掴んでいたデル・ニダの顔が真っ赤に染まる。俺の言葉に侮辱されたと思ったのだろう。


「お前は……今言ったことを取り消せ!」


 リンデルの言葉で有力機士の息子だったデル・ニダと俺がブチ切れるシーンも完全再現してるじゃねえか!? いや、俺がいないから完全再現でもないが!? お、俺はルシェであってリンデルじゃないんだ!


 襟首を放し、握り拳を固めたデル・ニダが怒りの形相で殴りかかってきた。日頃の鍛錬の成果が出てしまい、殴りかかってきたデル・ニダの拳を軽くかわすと、腕を取って足を払い、地面に押し付けて制圧した。


「イデデェっ! やめろ! 腕が折れちまう! やめろって! やめてください! お願いしま――おねがいしますぅう!」

「そこまでだ。ルシェ・ドワイド。それ以上すれば私闘とみなす」


 制止の声を発したのは、機士王リゲル・ブレイブハートだった。即座にデル・ニダの腕を放し、玉座のリゲル・ブレイブハートに頭を下げる。


「申し訳ありません。身を守るためであったとはいえ過剰であったことは認めます」

「謝罪はいらぬ。それよりも、早く儀式を終わらせろ。皆がお前のために待たされておるのだ」

「はっ! ただちに儀式を済ませます!」


 完全に主人公リンデルのオープニングシーンを再現した流れだ……。そして、主人公たるリンデルの姿はない。そのリンデルの代わりを俺が勤めてしまったようだ。


 混乱する思考の中ではあったが、これ以上機士王の不興を買えば、機士としての道も断たれかねないため、深呼吸で心を落ち着かせると巨大な精霊石が鎮座する場所に向かった。
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