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第四話 霊機
しおりを挟むルカの部屋から戻ったら、義父から呼び出された。今はパイロットスーツである霊装着に着替え、屋敷に併設されている霊機の操練場にいた。
俺の目の前には黒い霊装着を着込んだいかつい風貌をした壮年の男が立っている。男は俺の義理の父親で大規模な領地を預かる有力機士ブロンギ・ドワイドだ。
実父は、ドワイド家に従機士として仕え、妖霊機討伐の際に戦死していた。母も妹ルカの出産で亡くなっていたため、幼児だった俺たちは実母の実兄であったブロンギのもとで養育されているのだ。
きちんと養育してくれており、情に厚く面倒見もよいため、悪い男ではないのだが、異様に短気なのと、とても迷信深い男だと溶け合ったルシェの記憶が教えてくれている。
「もうじき『対話の儀』も近いというのに、ルカの部屋で遊んでいたようだな。あれには近づくなと申し伝えていたおいたはずだが?」
「体調に問題はありません」
「そういう問題ではない。あれは精霊に見放された迷い子だ。近づきすぎれば穢れを招き、精霊の声が聞こえなくなるのだ。お前は機士とならねばならん男。これ以上、あれの部屋に行くな! いいな!」
「義父上のお言葉でも、それを聞くのは無理です。俺は行きますよ。穢れなど迷信です」
「ルシェ! 言うことを聞かぬか!」
先天性の精霊力欠乏症は遺伝病みたいなもんで、感染症ではない。どれだけ近くにいようが、精霊力が消えてなくなるなんてことは起きないのだ。とはいえ、それを義父に話してもこの世界の人である以上、理解はしてもらえないだろう。
とりあえず説明は無駄であったとしても、怒り狂った義父を放置するのも危険。なので、ここに呼ばれた理由を思い出してもらうことにした。
「義父上、それよりも本日の訓練をいたしましょう。機士となるためには、日々の鍛錬が大事だと常日頃申されていたはずです」
「よかろう! 今日はいつもよりも厳しくするからな! 訓練に音を上げたら、あれの所へ行くのは一週間禁ずることにする!」
そこまで顔を真っ赤にして怒らなくてもいいと思うんだが……。そんな短気だから、有力機士だったのに、大襲来開戦初期によく速攻で戦死するんだよ。
まぁ、でも義父殿には機士学校卒業まで生きててもらわないといけない。だから、今の時点で親子関係を悪化させすぎるのもマズい。
迷信の部分はしょうがないとして、機士としての実力に対し、文句を言われないようにしておく必要はあるか。
「俺が訓練に音を上げたら義父上の指示に従います」
「その言葉、忘れるな! 従霊機に乗れ!」
「承知しました」
怒りを隠さないブロンギが指差した先にある格納庫には、汎用霊機と言われる従霊機が駐機体勢を取っていた。俺はブロンギに一礼して格納庫に向かうと、訓練機に指定されている従霊機の足元へ駆け寄る。
従霊機ザガルバンド。全高8メートル、全幅3メートル、総重量15トンクラスの汎用霊機。固有名を与え契約した精霊を封じた精霊石を搭載する機士用の霊機とは違い、無名の精霊を封じた汎用精霊石を用いて起動するため従霊機と呼ばれている機体だ。
手足の付いた人型霊機ではあるものの、精霊融合反応炉の小型化できず背中がぼこりと飛び出した形で、旧式量産機感は否めない。
ただ、このザガルバンド型は国内で一番生産されている従霊機でもあるため、機士学校の訓練用機体としても採用されているのだ。
旧式のザガルバンド型とはいえ……ガチもんの霊機とご対面できるとはな……。転生してよかったぜ!
駐機体制と呼ばれる片膝立ちをした実物の霊機に触れていると、身体が震える。その震えがルシェのトラウマからか、俺の興奮からかは判断がつかなかった。
従霊機は、主に機士になれなかった者が、操縦者として搭乗し、都市防衛や警戒斥候任務、魔物討伐といった任務に就くことが多い。ドワイド家でも数百機の従霊機が運用されていて、目の前の機体は俺の練習機として使わせてもらっているやつだった。
ゲームで何度も乗り込みを行ったが、実物はでけぇ……。確かくるぶしの辺に搭乗口解放のスイッチが搭載されてるはず。
記憶を頼りに、くるぶしの辺りを探すと、目的のスイッチが存在していた。
あった、あった。これを押せば――。
くるぶしに隠されていたスイッチを押すと、駐機体勢で片膝立ちをしている機体の胸部が開き、操縦席乗り込み用のワイヤーが降りてきた。そのワイヤーに片足を掛けると、自動で巻き上げが開始されていく。
ゲームと同じ搭乗手順でよかった! これなら、起動手順も同じはずだ! いける! いけるぞ!
ワイヤーの巻き上げが終わると、俺の目の前には霊機操縦者の座る機士席があった。すぐさま、操縦席に座り込みコクピット内を確認していく。
ほとんど死角なく周囲が透過して見える全周囲モニターと、スティックアーム&フットペダル式の操縦席。ショートカットコマンド用のコンソールパネル。VRコクピットで触ってた物が、完全再現されてるなんて……。これなら、違和感なくやれる! 大丈夫だ! 落ち着け! 何度もやってきただろう!
ゲームで何度も行ってきた起動準備手順を始めていく。
機体状況確認。異常なし。魔石燃料の残量確認。問題なし。予備動力炉起動準備。準備よし。予備動力炉起動。起動を確認。
精霊融合反応炉部へ精霊エネルギー注入開始。精霊エネルギー弁開放よし。
精霊融合反応炉、点火準備。準備よし。
これで問題なく精霊融合反応炉に火が入るはずだ。
俺は機士席に備え付けられた小型モニターに浮かんだ点火ボタンを、声とともに押す。
「点火!」
一瞬の間があったが、初爆の音が聞こえ、霊機に搭載された魔石で動く予備動力炉が低い音を立てて動き始め、貯まったエネルギーが精霊融合反応炉を動かした。
小型モニターに表示されてるパラメータ値は問題なし。機関良好。
機士席のコンソールパネルのボタンを押すと、開いたままの搭乗口が閉じられて、そのまま周囲を映し出している全周囲モニターと一体化した。
搭乗口閉鎖完了、視界良好。次は立ち上がりだ。
搭乗口が閉鎖されると、息苦しさを感じ、視界が歪み、スティックアームを持つ手が震え始めた。
これはルシェのトラウマの影響か……。大丈夫だ! 俺とお前なら上手く操縦できるさ。落ち着いてくれ。
深呼吸をすると、機士席のコンソールパネルにある駐機体勢の解除ボタンを押し、足元のフットペダルを軽く踏み込む。駐機体勢を解除した機体は、片膝立ちをやめ、ゆっくりと機士席から見える風景が変わっていった。
大丈夫だ。大丈夫。上手く動かせている。
機士席のスティックを操作し、腕や指が思い通りに動くかを確認していく。動かして試しているうちに、緊張が解け落ち着いてきた。
トラウマの影響もなくなってきて操作にも問題はなさそうだ。操作感覚のブレもない。VRコクピットでプレイしてるのと変わらなさすぎて、現実感が薄いのが難点ってところか。
機体の操作チェックを終えると、自分用に慣れ親しんだ設定に切り替えていく。
汎用精霊石の操作補助機能解除、完全手動操作に切り替えっと。ただでさえ出力容量の低い旧式の従霊機だし、体幹バランスを取る操作補助機能で大事なエネルギーを消費させるのは無駄、無駄。余剰出力は、機動性に全振りっと。
よし! これでザガルバンド型の世界最速機体は確定だな。普通ならピーキーすぎて扱えないけど、俺なら使いこなせるはずだ。
格納庫で準備を終え、義父のブロンギが部下とともに待っている操練場の中央へ移動した。
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