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第23話 秘密実験

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「中でゆいな社長がお待ちです」


 案内役として俺を連れてきたひよっこの秘書をしている渚が、扉を開け中に進むよう促した。


「三郎様、ご足労頂きありがとうございます。そちらへお座りください」


 ひよっこに呼び出され、来社した俺が通されたのは、ダンジョンスターズ社の会議室だった。


 会議室には身なりのいい壮年の男性が多数座っており、巨大モニターにはいろんな人の顔が映し出されている。


 困った案件というので来てみたが、状況的に見ると、俺の想定していたよりも困ったことかもしれんな。


「仰々しいな? そんなに重大な話か?」


「ええ、とても困った案件です。三郎様のお力を借りなければどうにもできない案件でして……」


 うっすらと目の下に隈が出ているが、ひよっこは寝てないのだろうか。


 業務が滞っているし、ダンジョンの探索再開時期も未定ってされてるのは、俺への案件と関連してるのか。


「聞かせてもらおうか。そのうえで協力するかどうかは決めさせてもらうと事前に話していたはずだ」


 頷いたひよっこが、巨大モニターを操作する。


 大勢の人の顔を映し出していた画面が、図表を描いた物に変化した。


「こちらは、三郎様が東京ダンジョンに入った日のダンジョン内に満ちてたであろう魔素濃度の推定値をグラフにしたものです」


 映し出されたモニターには、俺が初めてハイシンのためダンジョンに入った日と、葵の魔法修行のためハイシンしながら入った二度目の日付が入っているな。


 どっちも右肩上がりで数値が上昇してるように見える。


「右肩上がりしてるな? つまり何が言いたいんだ? 結論から先に言え」


「あ、はい。結論から先に言わせてもらうと、三郎様の存在が第一階層内の魔素濃度を急上昇させ、深層階にいたエンシェントドラゴンを引き寄せたり、脅威を感じた何者かがクリスタルゴーレムを転移させたのではと考えております」


「偶然ではないのか?」


「三郎様がダンジョンに入られた日の第一階層の最大魔素濃度は、通常の2000倍という異常値を示しております。それが、二度とも観測されておりました」


 ひよっこが嘘を言ってるようには見えないな。


「信じられないかもしれませんが……。ダンジョンスターズ社が、東京ダンジョン内で観測していた各種データーを各国のダンジョン研究機関に送ったところ、先ほどの推論が出されました。異常値が叩き出された日と別の日との違いは『三郎様がダンジョン内にいたか、いなかった』だけしかないのです」


 つまり俺の存在が、強力な魔物を浅い階層に引き寄せたということか。


 なるほど! だから強力な魔物であるスライムがあんな低階層を這いずっていたのか! それなら、合点がいく!


「間違いないか?」


「そこが確定できないため、困っております。ですが、三郎様に協力してもらえれば、わたくしたちが出した推論が正しいのか、結論が出せるのです」


「俺がダンジョンに入って、階層に合わない魔物が現れたら、ひよっこたちの考えが正しいという証明になるということか」


「はい、そう思っております。ですから、こうしてご協力してもらえるようご足労頂きました」


「だとしたら、俺はダンジョンに入ればいいのか?」


「ええ、もちろん。わたくしも一緒にダンジョンに入ります。サポートくらいはできるはず」


「プラーナ式戦闘術と精霊の力を借りる魔法は使えるようになったか?」


 ひよっこは黙って頷いた。


 じゃあ、暇潰しとひよっこの鍛錬を兼ねて、ダンジョンをぶらりとしてくるか。


 できれば、ハイシンしたいところだが。


 撮影どろーんは、葵が学校に持って行ってしまったな。


 ひよっこのやつを使わせてもらえるか確認しとくか。


「よし! その仕事をやる代わりに、撮影どろーんの貸与をしてくれ。どうせならハイシンをさせて欲しい」


 会議室が一気にざわつく。


 ハイシンはしたらマズいってことか? 報酬としてすーぱーちゃっとが欲しいだけだが。


「ハイシンがダメなら、代わりの報酬の提示してくれ」


 室内のざわつきが一段と大きくなった。


 室内には『5桁万円か?』とか『いや、7桁万円くらい請求してるんだろう。あのサブローだぞ』とか『予算がそこまで下りるわけない。ただでさえ復興財源確保に躍起の日本政府は出さないし、その他の国家も同じ状況だ』といった声が漏れ聞こえる。


「三郎様、配信について非公開にしたいのです。この件が公になれば、三郎様の立場が確実に悪くなります。かといって、代替えの報酬については、我が社を含め、あまりに巨額なものを用意できません。つきましては、こちらをまず納めさせてもらうとして。後日、正式な報酬を決めさせてもらうということにしてもらえませんでしょうか?」


 ざわついている室内を手で制し、席から立ちあがったひよっこが、秘書の渚に視線を送る。


 すると、俺の前にチョコバーの入った箱と、チーズケーキバーと書かれた箱がそれぞれ3ダースほど置かれた。


 チーズケーキバーか。こちらはまだ未体験だったな。


 葵がチーズを嫌いだって話で、買わせてもらえなかったやつだ。


 ふむ、チョコバーこそ至高ではあるものの、その味には興味がある。


 まぁ、悪くはない条件か。


「いいだろう。ひよっこからの依頼を受けさせてもらう。すぐに潜るぞ。準備を急げ」


「承知しました。お聞きになりましたでしょうか? 三郎様の承認を取りましたので、これより確認作業の準備に取り掛かってください。各研究機関とのデーター共有はリアルタイムで行います。関係者の皆様、サポートのほどよろしくお願いします」


 ひよっこの指示で会議室にいた壮年の男たちは、急いで室内から飛び出していく。


「お待たせしました。録画記録用に撮影ドローンは随行させます」


「今回は俺が魔物を引き寄せるかの実験を手伝ってやるだけだ。引き寄せた魔物は、お前が処理してみろ。どれだけやれるようになったか近くで見てやる」


 ひよっこの目が社長から戦士の目に変わる。


 その瞳は。忙しい社長業の合間にも、精霊と対話を重ね、自らの武技を鍛えていたと言いたげに輝いていた。


「承知しました。三郎様ご教示のおかげにより、以前のわたくしよりかは、戦士たる器に、少しだけ近づけたと思っております」


「期待してもいいってことだな」


「はい、期待してください」


 返答に迷いは見られなかったな。


 精霊といい対話を重ねたのだろう。


 ひよっこの肩に乗っていたフロストフェアリーが、俺に微笑みかけながら話しかけてきた。


「ゆいなはすごいんだからねー! サブローもいつか超えるわよ!」


「ほぅ、俺を超えるか」


「アリー姉さん。そんな大それたこと無理です! では、準備があるので先に行きます!」


 俺に話しかけてきたフロストフェアリーを手で摑まえると、ひよっこは会議室の外へ駆け出していった。


 ひよっこはフロストフェアリーと強いきずなを結んだか。


 生命の精霊ガイアも気に入っていたし、案外俺を超えるかもしれんな。


 誰も居なくなった会議室から最後に出ると、ひよっこたちのあとを追ってダンジョンの入口へ急ぐことにした。
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