答案用紙とレジャーシートと

岐阜 電波ちゃん

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EP.7 軽率なキス

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「春尾さん!」

「ひっ!?」

私は予備校の食事室でいきなり私の名前を呼び私の肩を叩く存在に驚かされていた。
[横山先生(にキスを)ヤリ逃げ(された)事件]から何事もないまま、早2週間がすぎていた。

本当に何も無かった。
驚くくらい何も無かった。
これは割とマジな話で何も無かった。


横山先生とは。


そう。横山先生ではなく、今、私は順調に氷川くんとの距離を縮めていた。

「ひ、氷川くんか……びっくりした……。」
「ごめんごめん。なんかぼーっとしてたからつい。」
「なにそれっ!ふふふ。」

私は氷川くんの励ましのおかげで、あの日の遥も横山先生も脳の片隅で処理することに成功していた。

遥は私の中ではもうチンパンジーの様な扱いになってるし、横山先生に至っては本当に何考えてるか分からないから宇宙人枠みたいな所に行くまでになっていた。

「あれ?今日、あのショートカットの子は??」
「あやちゃん?」
「あやちゃんって言うんだ。」
「うん。晴野あや!幼馴染みなんだ。」
「どうりで仲がいいわけね。隣り良い?」
「あ、うん。どうぞ。」

私が承諾すると氷川くんは静かに椅子を引き着席した。

「で、その晴野さんは今日どうしたの?」
「そ!れ!が!さぁ、あやちゃん今日デート行っちゃったの!彼氏さんと!ありえないよね?!」
「え……あ……そうだね……この時期だし……。」

私はその氷川くんの言葉にすぐ反論した。

「あーたぶん、あやちゃんは頭いいから受験なんてそんなにヒリついてないと思う……。違うんだよ!!問題は……問題は……」
「問題は……?」


「"あやちゃんの隣り歴"は私の方が全然先輩なのに横からなんか持ってかれて超絶悔しいの!!」

「……え?」

私は、私が一通り吐き出したあとの氷川くんの表情を見て

『これはやってしまった』

と、悟った。

うわぁドン引かれたよ。

そうだよねそうだよね。

気持ち悪いよね。

やっちゃったよぉ……あやちゃん助けて……


「あっ……ていうのはまあ……軽い冗談というか……ジョークというか……ははは……」

私が必死に取り繕った愛想笑いを浮かべていると、氷川くんはこう言った。

「じゃあ僕達もデートしよっか」





ん?





んん?





今なんて?




容姿端麗頭脳明晰あらゆる女性の理想を描いたような男・氷川悠(17?)(18?)が何と……?



「え……?」

「だから、僕達もデートしない?」

「ちょちょちょちょ……」

混乱している私を置いていき、氷川くんはこう続けた。

「僕もこれ結構好きなんだよね。」
そう言って彼が指さしたのは私の携帯のロック画面だった。

そこに映されているのは、"ロクうさ"というキャラクターだった。

ロクうさとは、可愛いうさぎがバンドを組んで演奏する時だけ作画がアメリカンなロックになるギャップの激しいほのぼのとしたキャラクターである。
私がこれにハマったのは中三のときでもうかれこれ3年の付き合いになる。

「ロクうさ好きなの?!?!」

「うん。かわいいよね。」

「うんうん!超可愛い!!」
と、私はあまりの偶然に気分が高揚しはしゃいでいると、氷川くんは困った顔で私を制した。

「ここ、予備校だから、もうちょっと静かに。ね?」

「あ……すみません……。」
私は一気に我に返り、そして恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めながら静かに下を向いた。

「それで、今、池袋でロクうさコラボカフェやってるんだよ。」

「あ!そういえば……。」

「うんうん。だから、一緒に行こ?」

「っっっはい!」

「だから、静かに。」

「ごめんなさい……。」

私は気分が高まるとすぐ周りが見えなくなってしまうところがあり、それをいつも遥やあやちゃんに注意されていた。
予備校で、しかも氷川くんの前でこんな醜態晒して、この上ない恥ずかしさを感じていた。

そして私達は夜食を終え、このあと授業だった氷川くんと食事室の前でお別れをした。

「じゃあ……授業頑張ってね!」
「うん。ありがとう。じゃあ、日曜日。」

彼はそういい手を振る私とは反対方向へ振り返りエレベーターに乗って行った。


よし!私も気合い入れて自習すっ
「春尾。」


……背後から聞こえたこの声は……


「よ、横山先生……」

「何びびってんだよ。こっち向けよ。」

「いやあの、ここ予備校なんでそういうの困」
「そういう発言が1番困るわ!!!」

ヤり逃げ事件から2週間ぶりに声をかけてきた横山先生はいつもの様にキレッキレだった。

そしていつもの様に何を考えているかがわからなかった。

「あーそういえば食事室と講師室ってお隣でしたね。あはは……」

「……」

「……」

「……」

「じゃ、じゃあ私はこれで……。」

私が自習室へ行こうと足を動かすと、横山先生はまるで私を誘導するかのように私を見つめながら講師室へ入っていった。

ええええええ……なにこれ……私呼ばれてるのかな?誘導されてるのかな?いや分かんないよ!!言ってくれないと!!てか私が行かなきゃ行けない義務ないよね??あやちゃんには釘刺されてるし自己防衛……投資……海外移住……日本脱出だよね……違う違う違う違う……Twitterの見すぎだぞ春尾みず希!!

よし決めた。

先生は既婚者だし、こんな関係いつまでも続けていいはずがないし、私は行かないからな。ぜーたいぜーーーーたい行かないからな!!





「なんですか…はぁ………先生…はぁ…」
「え、なんでお前そんな息切らしてんの?」
「……はぁ……自己防衛です……」
「相変わらずわけわかんないな。お前。」
「先生ほどじゃないです。」
「……たくましくなったな。」

なんでだーー!!なんでだ春尾みず希ーー!!さっきの決意はどこいったーーー!!!ワンパンで終わったぞーー!!!

「で、本当に用はなんですか?」

「……お前、氷川と出かけんの?」

「え?……あ……はい。まぁ。」

「お前らそんなに仲良かったっけ?」

「そ、それほどには……」

「ふーん」

「え?それだけですか?」

「うん。」

「え?マジですか?」

「マジです。」



えっこんなことってある?受験生をわざわざ講師室に呼び出して、それでこれって……お前本当に先生か?

「あーもう!これで受験落ちたら先生のせいですからね!」

私はくだらないことに時間を使われたことや、先々週のヤり逃げ事件のこともあり無性にイライラし、それを抑えることが出来ていなかった。

そして私が力任せに扉を開けた瞬間、先生はこう言った。

「責任ぐらい取ってやるよ。」

「え……」

「え?」

ここで先生は気づく。かなりやばい失態を犯してしまったことに。

私が扉を開けるとそこには同じく横山先生信者の荒木さんがたっていたのだ。

そしてその荒木さんに「責任を取る」というなんとも怪しすぎる所を聞かれてしまったわけだ。

「荒木……」

私と先生が呆然としていると、荒木さんは扉を閉め、長いつややかな髪を揺らし先生の元へ歩いていった。

「横山先生と春尾さんってそういうご関係なんですか?」

「ちょっ荒木さん!これはちがっ」

「ごめんなさい春尾さん。今は先生に聞いてるの。」

私は荒木さんのしっかりとした言葉に押され、黙ることしか出来なかった。

そして他の人が入ってこないように念の為全体重で扉を塞いだ。

「横山先生?無言は肯定ということでいいんですか?」

「何が目的だ?」

「そんな怖い顔しないでくださいよ!横山先生!春尾さんも、きつい言い方しちゃってごめんなさい!」

荒木さんはくるっと振り向き私に頭を下げた。

「いえ……。大丈夫です……」

私がそう返事をすると、荒木さんは先生へ向き直り先生の肩に右手を置いた。

「私、先生が既婚者だったから、最初から諦めてたんですけど、でも春尾さんとそういうこと・・・・・・になってるのなら私にも勝機はありますよね?」

「え……」

「……」

「私何もしないで後悔するのだけは嫌なので、私もこれからは遠慮なく行かせてもらっていいですか?いいよね?春尾さん?」

「それは……」

私はそれ以上何も言えなかった。
さっきあやちゃんとの約束を思い出したばっかりなのに、氷川くんとデートの約束したのに、それでも、私は荒木さんのその問いに答えることは出来なかった。


『別にこんなのいらない』


ってちゃんと遥の時みたいに言わなきゃいけないのに……!!!


しばらく沈黙が続いていたが、いきなり先生は立ち上がると、自分の肩に置かれていた荒木さんの腕をつかみそのまま体ごと壁においやった。

「みず希とは大した関係なんかじゃねぇよ。」

そういい、敬一さんは私の目の前で荒木さんにキスをしたのだった。





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