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閑話 伯爵令嬢は大変です?!
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エリノア・アストロッテには一人の兄と三人の妹がいる。兄とは三つほどしか離れていないが、妹達とは十近く離れている。
そのせいだろうか。長兄のディアゴとエリノアは仲が良かったが、頻繁にくだらない喧嘩をしていた。
例えば「クッションを独り占めするな」とか「リボンをリボン結びで結ぶな」だとか。
それは年を重ねて妹ができても変わらずに続いていた、二人にとってのじゃれ合いのようなものだった。
けれどその喧嘩は、最近になってパタリと止まった。
ディアゴが全く口出ししてこないのだ。エリノアが口を出しても曖昧に濁して喧嘩に発展しない。最初こそ鬱陶しくないと喜んでいたエリノアだったが、次第に訝しむようになった。
そして、知ってしまったのだ。兄が何故、エリノアによそよそしくなったのかを。
あの時の衝撃をなんと表したらいいのかは分からない。兄が学園で噂の美少女に膝をつき、手を取っているのを見たあの瞬間。エリノアを襲ったのは兄への失望と、裏切られたショックと。そして兄の気持ちを理解し、共感できてしまう自分だった。
「エリノア姉さま!」
妹に名を呼ばれ、エリノアは振り返った。しゃがみ込み、抱っこをせがってきた妹を抱き寄せ、頭を撫でる。
「どうかしたの、アンナ」
「あのね、さっきベリンダ姉さまがね、ディアゴ兄さまが元気ないーって言ってたの。ディアゴ兄さま、お病気なの?」
エリノアは「そうみたい。ちょっと風邪を引いたんだって」と言い、もう一度アンナの頭を撫でる。
ぽかんとしていたアンナは、エリノアを見て悲しそうな顔をした。
「エリノア姉さまも、お病気なの?」
「ううん、そんなことないよ」
アンナがエリノアの頭を撫でる。
エリノアはなんだか優しい少女を見れなくなって、腕の中へと閉じ込めた。
アストロッテ家は、代々優秀な武人を輩出してきた伯爵家だ。どの代も子宝に恵まれていて、生まれてきた子供はことごとく見目麗しく優秀だった。
誠実な貴族として有名な伯爵家は引く手数多で、嫁ぎ先はどこも有力な家ばかり。アストロッテ家の力は年々強化されていく一方だった。
しかし、それは今代で途絶えてしまった。
エリノアの両親の間には、なかなか子供ができなかったのだ。
責任感の強い両親は強いプレッシャーを感じていたのだろう。母は床に臥せ、父はあからさまに痩せこけた。
けれど両親は漸く生まれたディアゴとエリノアにそれを押し付けることはしなかった。自由で誠実であれと育ててくれたのだ。
ディアゴとエリノアは家族にも使用人にも温かく守られていたが、それでも外野の声は二人に届いてしまう。
跡取りがディアゴ以外いない。ディアゴが死ねばどうなるんだ。女も一人しかいないだなんて、過去の優秀さは見る影もない。
そんな心無い言葉は二人の子供に重く圧し掛かってしまった。
だから分かるのだ。ディアゴは長子で唯一の嫡子。エリノアとて息苦しかったのだ、兄がどんな思いでいたのか何となく想像がつく。
――きっと、兄は耐えられなくなっていたのだろう。外からの悪意ある目線と家族からの優しさに板挟みになってしまったのだ。
先日の公爵令嬢との対談で見た、兄の蒼白した顔がどうしても忘れられない。
エリノアは悲しかった。
今も兄は自分のしたことに心から反省し、悔やんでいる。そして家族に嘘を吐く心苦しさに耐えようとしている。
そうなる前に、エリノアに言ってっ欲しかった。頼りない妹かもしれないが、それでも頼って欲しかったし、頼られない自分が情けなくて仕方がない。
「エリノア姉さま……?」
エリノアは、腕の中で聞こえるくぐもった声にハッとした。
腕に力を入れてしまったかもしれない。慌てて妹を開放する。
「ごめんね、痛かった?」
「ううん。エリノア姉さまこそ、痛くないの?」
「え……?」
アンナは腕を伸ばしてエリノアの頬を撫でた。
「泣いてるから、やっぱりお病気?」
ぽかんとしていたエリノアは、乱暴に涙を拭ってあんなに笑顔を向ける。
「ありがとう。そうだなぁ……ちょっと、辛いかも」
「じゃあ、アンナが看病してあげるね!」
エリノアはふふっと笑った。立ち上がって、アンナの手を取る。
「じゃあ、お願いしようかな!」
エリノアがそう言うと、アンナは「まかせて!」と元気に笑った。
そのせいだろうか。長兄のディアゴとエリノアは仲が良かったが、頻繁にくだらない喧嘩をしていた。
例えば「クッションを独り占めするな」とか「リボンをリボン結びで結ぶな」だとか。
それは年を重ねて妹ができても変わらずに続いていた、二人にとってのじゃれ合いのようなものだった。
けれどその喧嘩は、最近になってパタリと止まった。
ディアゴが全く口出ししてこないのだ。エリノアが口を出しても曖昧に濁して喧嘩に発展しない。最初こそ鬱陶しくないと喜んでいたエリノアだったが、次第に訝しむようになった。
そして、知ってしまったのだ。兄が何故、エリノアによそよそしくなったのかを。
あの時の衝撃をなんと表したらいいのかは分からない。兄が学園で噂の美少女に膝をつき、手を取っているのを見たあの瞬間。エリノアを襲ったのは兄への失望と、裏切られたショックと。そして兄の気持ちを理解し、共感できてしまう自分だった。
「エリノア姉さま!」
妹に名を呼ばれ、エリノアは振り返った。しゃがみ込み、抱っこをせがってきた妹を抱き寄せ、頭を撫でる。
「どうかしたの、アンナ」
「あのね、さっきベリンダ姉さまがね、ディアゴ兄さまが元気ないーって言ってたの。ディアゴ兄さま、お病気なの?」
エリノアは「そうみたい。ちょっと風邪を引いたんだって」と言い、もう一度アンナの頭を撫でる。
ぽかんとしていたアンナは、エリノアを見て悲しそうな顔をした。
「エリノア姉さまも、お病気なの?」
「ううん、そんなことないよ」
アンナがエリノアの頭を撫でる。
エリノアはなんだか優しい少女を見れなくなって、腕の中へと閉じ込めた。
アストロッテ家は、代々優秀な武人を輩出してきた伯爵家だ。どの代も子宝に恵まれていて、生まれてきた子供はことごとく見目麗しく優秀だった。
誠実な貴族として有名な伯爵家は引く手数多で、嫁ぎ先はどこも有力な家ばかり。アストロッテ家の力は年々強化されていく一方だった。
しかし、それは今代で途絶えてしまった。
エリノアの両親の間には、なかなか子供ができなかったのだ。
責任感の強い両親は強いプレッシャーを感じていたのだろう。母は床に臥せ、父はあからさまに痩せこけた。
けれど両親は漸く生まれたディアゴとエリノアにそれを押し付けることはしなかった。自由で誠実であれと育ててくれたのだ。
ディアゴとエリノアは家族にも使用人にも温かく守られていたが、それでも外野の声は二人に届いてしまう。
跡取りがディアゴ以外いない。ディアゴが死ねばどうなるんだ。女も一人しかいないだなんて、過去の優秀さは見る影もない。
そんな心無い言葉は二人の子供に重く圧し掛かってしまった。
だから分かるのだ。ディアゴは長子で唯一の嫡子。エリノアとて息苦しかったのだ、兄がどんな思いでいたのか何となく想像がつく。
――きっと、兄は耐えられなくなっていたのだろう。外からの悪意ある目線と家族からの優しさに板挟みになってしまったのだ。
先日の公爵令嬢との対談で見た、兄の蒼白した顔がどうしても忘れられない。
エリノアは悲しかった。
今も兄は自分のしたことに心から反省し、悔やんでいる。そして家族に嘘を吐く心苦しさに耐えようとしている。
そうなる前に、エリノアに言ってっ欲しかった。頼りない妹かもしれないが、それでも頼って欲しかったし、頼られない自分が情けなくて仕方がない。
「エリノア姉さま……?」
エリノアは、腕の中で聞こえるくぐもった声にハッとした。
腕に力を入れてしまったかもしれない。慌てて妹を開放する。
「ごめんね、痛かった?」
「ううん。エリノア姉さまこそ、痛くないの?」
「え……?」
アンナは腕を伸ばしてエリノアの頬を撫でた。
「泣いてるから、やっぱりお病気?」
ぽかんとしていたエリノアは、乱暴に涙を拭ってあんなに笑顔を向ける。
「ありがとう。そうだなぁ……ちょっと、辛いかも」
「じゃあ、アンナが看病してあげるね!」
エリノアはふふっと笑った。立ち上がって、アンナの手を取る。
「じゃあ、お願いしようかな!」
エリノアがそう言うと、アンナは「まかせて!」と元気に笑った。
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