翠色の旅日記

別降 雨

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庶民的な町

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「世の中は実に矛盾なことだらけだ。そう思わない?」


ネギと玉子と塩胡椒だけの実にシンプルなチャーハンを飲み込んだ

『相方』が何の脈絡もなくそう言った。

『俺』は目の前の中華そばが冷めるのも伸びるのも嫌なので

「は?」

とだけ返した。


素っ気ないと思うかもしれないが、こいつと『俺』の間に社交辞令はない。
する理由もなければ必要もない。
したところでお互いに得るものも失うものも何もないからだ。

現に『相方』は『俺』のただの一文字の音をも相槌と捉えているのか

「いやさ、別行動の時にふらっと本屋に立ち寄ったんだけど・・・」

と続きを話し始めている。要するにただ語りたいだけなのだコイツは。


だから『俺』は気にせず目の前の中華そばを見つめたまま
ひたすら啜り、具を楽しみ、スープを飲む作業に勤しむ。
たまたま立ち寄ったこの店だが大当たりだ。

鶏ガラのあっさり醤油ベースに細麺。
具はチャーシュー1枚と青菜とメンマと鳴門。
「盛り」だの「映え」だのが横行しているこのご時世に
ここまで飾り気のない懐かしい中華そばにお目にかかれるなど
最早奇跡と言えるだろう。

今の若者はキーホルダーやらマグネットやらに加工されて売られている
食品サンプルでしか見たことがないのではないか?というくらい見本らしい見本だ。

しかも値段は税込みでもワンコイン。
頭にタオルを巻いて鍋を振るう店主の本気が窺える。


「たまたま目についた女性誌があってね。
 そこには【男を顔で選ぶ女になるな!】って見出しがあったんだよ。
 なのに表紙は今若い女性に大人気のイケメンアイドルがセクシーな表情でドーンと構えてた」

なるほど、確かにそれは矛盾している。
商品ではなく喧嘩を売りたいのか?と編集部に一度問いてみたい。


「健康食品を大量摂取したら病気になった!とか」

流石にそれは自業自得だろう。
健康食品はあくまで健康を補助する食品であって魔法の薬ではない。
いや待て、魔法の薬こそ大量摂取したらと考えると後が怖いな。
幸か不幸か1粒もお目にかかったことはないけれど。


「【ネットの口コミは信じるな】とネットに書いてある」

そういう世の中だからな。
駅の掲示板や雑誌の読者投稿ページなんかに書くわけにもいくまい。
目につかなければ意味がないのだから。

お、この店のメンマは甘口だ。実に好ましい。


「想定外を想定して行動しなければならない」

本当にそれが出来たら週刊少年漫画の主人公になれるレベルだな。
『俺』は月間派だが。


「清純派AV女優」

それは需要があるからいいだろ別に。
経済回してくれてるんだありがたいじゃないか。
『俺』もそんな嫌いじゃない・・・というのは見栄だすまない、結構好きだ。


「風邪くらいで休むなと説教した相手が数日後、風邪で休む」

そんなあなたに贈る言葉は「くたばっちまえ、アーメン」
と、こんなにも旨いラーメン屋で思うのは店主夫婦に無礼だったな。反省せねば。


「動物は野生で暮らすべきといってる人がペットを飼っている」

せめて飼われてるペットだけは五体満足で幸せに暮らしていることだけは願いたい。
飼い主の幸せはどうであれ。


「『自分に自信がない』という人のキメキメの自撮りアカウント
 もしくは『私ってデブだぁ』という人の痩せてる全身写真アカウント」

前者はそれで自信持ちたいんじゃないのか?
手段はどうあれきっかけ作りは大事なことだ。
それで少しでも自分が好きになれたのならば他者がツッコむことではない。

後者は・・・まあ、うん。知り合いにはなりたくない・・・とだけいっておく。
まあ、『俺』にとっては異次元世界に生息する異形な魔物も同然だ。
流行の異世界転生でもしない限り、そういったタイプの人間と出会うことはまずないだろう。
万が一に会えたとしても躊躇なく『逃げる』を選択する。
そんな魔物相手に木の棒と鍋の蓋で挑めるほどのチート主人公はなれないし

なりたくもない。

俺はもしRPGっぽい世界に行ったら
魔法薬やアイテムを勇者一行に買わせる商人になると決めている。

・・・話が逸れたな。



「でも一番変だなぁって思うのはー」

いや待て、まだあるのか。麺と具食い切ったぞ。
お前もお前であんだけ喋っておきながら何でチャーハンあと2口しかないんだよ。
ぐだぐだ喋るってことは腹いっぱいになったのかとちょっと期待していたのに・・・。

「【自分探しの旅】!変だよねー?自分はここにいるのに、ここにしかいないのに
 どこに何を探しに行くの?」

「っ・・・ぷはぁー・・・・・・はぁー・・・・・・」

あー食った食った。久しぶりにスープ全部飲み干した・・・。

「ご馳走様でした」

ほんのり煮干しの余韻がまた心地よい・・・。

「けど、それに関しては俺らが言える立場か?」

「確かに。っていうか、やっと口開いてくれたね!無視されたかと思った!」

「口は何度も開けてたわ」

「そうだけどそうじゃない!」

「何が悪い。食事中ぞ?」

「あーはいはい!わかったよ!食べながら喋って悪うございました!もうっ!」

『相方』もどこか満足そうに頬を綻ばせて「ご馳走様」と手を合わせた。
・・・米粒一つ残っていない。こうなるとかなり卑しさ故の悔しさが込み上げてくる。
クソッ、次来た時は絶対にチャーハンと餃子のセット頼んでやる。


お互いの会計を済ませて

「美味しかったでーす!」

と声をかけると

「へい、毎度ー!」

「ありがとねー!」

と、餃子を焼いていたご主人と
俺たちが座っていた場所の丼や皿を片付けていた奥さんが笑顔で見送ってくれた。

嗚呼、名残惜しい…こんなにも良い店は久しぶりだ。毎日通いたい。
そんな気持ちを押し殺し、ガラガラガラ・・・と引き戸を開けて暖簾をくぐり店を出る。

単品のチャーシューや味玉、メンマの盛り合わせをつまみに
酒盛りが始まっている店内とは打って変わって外の世界は夜の静寂に包まれている。

ちらちらと飲み屋の赤提灯やネオンの光は見えるがうるさいという程ではない。
ひんやりとした夜風が気持ちよく顔に当たる。
これは飲んで真っ赤に火照ったおっちゃんたちを癒すには最高であろうな。


「さて、今夜の宿はどうするかねぇ…?」

「役所の横のホテルでいいんじゃないか?
 観光シーズンじゃないから部屋は結構空いてるって言ってたし」

「じゃあそこ行こっか。シングル2部屋くらいいけるっしょ」

「禁煙室な」

「わかってるって」


いきなりでしかも今更で何だが、俺たちは旅をしている。

なのでここは俺たちの住んでいる町というわけではない。
いつも通り、たまたま立ち寄っただけ。
明日には必要なものを買い込んだ後、また出発するつもりだ。


「お腹いっぱいだから眠いねぇー」

ふわぁーとでかい欠伸をする隣の男は『俺』の連れだ。

何と読んだらいいかわからないから『相方』という言葉を使わせてもらっている。


名前は知らん。どこ出身なのかも知らん。
唯一ちゃんと知っているのはコイツの旅の理由くらいだ。

『相方』も『相方』で『俺』の名前も出身も旅の理由も知らん。

というかそれは『俺』も知らん。

自分のことながら名前も親の顔も心当たりがない。
世間で言うところの記憶喪失…なのかもしれないがそれも何故だかしっくりこない。
旅も気づいたらしていた。
言うなれば『俺』は『俺』を知っている人を探す為に旅をしているのかもしれない。
・・・と、少し恰好つけてはみたものの・・・こじつけ感半端ないな。
やはり無理矢理つけるものではないな、理由という物は。
現段階ではこれといって己の状況に不便等はないし。


とまあ、最初はそれぞれ一人で気ままに旅をしていたんだが
たまたま立ち寄ったとある街の蕎麦屋が混んでいて
おくら納豆とろろ蕎麦を食べていた俺のテーブルに
コロッケ蕎麦のお盆を両手に相席してきたのが『相方』だった。

恐らく七味をかけようとしたのだろうが手に取ったのはその横の小さな筒。

「あ、それ…」

「え?」

遅かった。

斜めに傾けてパッパッと振られたことで全て汁に浸かった爪楊枝…

「「あ・・・」」

そりゃ声もハモる。

だが、それがきっかけで何となく会話を交わし、お互いが旅人であることを知る。
そして何やかんやで共に旅をするようになった。それだけだ。
どうせ俺は当てのない旅をしていたし
一人より二人の方が何かあった時に便利という『相方』の意見には賛成だったしな。


「明日は何買うー?」

「んー、レトルトパックと缶詰とフリーズドライだな。
 取り敢えず豆スープと焼き鳥はマスト」

「あ、役所の人がおススメしてくれたお土産だっけね。
 俺はー・・・ジャーキーと、貝紐と、スナック菓子と
 あと糖分補給にドライフルーツもほしいな!」

「・・・まあ、日持ちするからいいんじゃないか」

ラインナップはおやつだけどな。まあ生もの買われるよりは何倍もいい。

更に水も買い足さないといけないな。
お互いの背負っているリュックがパンパンになるくらい食品やら日用品やら用意せねば。
幸い、この町はそういうものを揃えている店が充実している。品定めが楽しみだ。

ただ、役所の人からの

「夕方が一番安くなる時間帯ではあるのですが
 主婦の皆様の戦場になるので出来ることなら午前中がいいと思います」

というアドバイスは絶対に忘れてはいけない。

お買い得商品を狙う主婦の方々に軽い気持ちで挑むなど愚の骨頂。
そもそも俺たちのような飄々とした旅人と
家計という命綱を握っている主婦の方々では明らかに気迫が違う。
同等の覚悟そしてテクニックを駆使しで挑める程でない限り
いとも簡単に握り潰されてしまうだろう。

だから俺たちは・・・

「10時開店らしいから遅くても8時には起きろよ」

「え?何で?近いから9時起きでも普通に間に合うよ?」

「それならそれで構わんが、ホテルの朝食は8時半までだそうだぞ」

「なるほど、7時半に起きるわ」

「おう」

主婦より己の睡魔と戦うことに決めた。

その為にも今日は早めに眠るとしよう。




さて、明日はどこに行こうか・・・いや、どこに辿り着くのか。


この町の様に、また美味い店がある場所であることを望みたい。





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