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シトラスの時間

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ここは可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)。
私たちの住処のような、職場のような、まあそんな場所だ。

そして私はこの店を見守る熊のぬいぐるみだ。テディベアとも呼ばれている。

誰が私を作ったのか、いつから私はここにいるのか
全く覚えていないがそれは別にいい。名前は恐らくない。
名づけられた記憶がないからだ。

しかし少し前から店の奴らから【グレッド】と呼ばれるようになった。
グレーの毛とレッドのリボンだからというらしい。実に安直だ。

とはいえ名前がないのも不便なので
とりあえず「グレッド」と呼ばれたら「何だ?」くらいは答えてやっている。
断じて気に入っているわけではない。断じて。
・・・コホン、まあ私の話はここまでにしようか。




「ふわーぁぁぁぁ・・・あー・・・暇だ」



お?今日はちゃんと暇だと認めるんだな。
いいことだ。寝ぼけ顔はいただけないがな。

私のすぐ隣で大欠伸をしている赤いシャツに黒エプロンのコイツは
この店の店長だ。・・・一応な。

寝癖そのままの赤茶色の髪をものぐさに掻きながら
眠そうな青い目で店のドアが開かないかなとぼんやり眺めてる。
それがこの男のお決まり行動。
他の仕事をやれなんていってた時期が私にもあった。今はただ懐かしい。



カランカラン・・・コロンコロン・・・



「!」

おやおや、この可笑しな店の扉が軽快に歌い出したではないか。

「これはこれは、いらっしゃい!」

さてさて、本日のお客様はどんな味をご所望だろうね?
私は此の場で見物させてもらうとするよ。


「見た目の割りに寂れた店だな・・・まあいい」

そういって壁際の席に茶色の封筒をテーブルに投げて
足を組んで座る30代くらいの男。
スーツのジャケットを椅子に掛け鬱陶しそうにネクタイを緩めている。

「おい、この店は客が来たのにお冷すら出ないのか!?」

「おっと失礼、ただいまお持ちします」

お前ではないがな。
と思ったら案の定、双子姉妹がいつも通り
水とおしぼりをひょこひょこと運んで来た。

それを視界に入れた店主は席を立ってドリンク作り。
厨房にもオーダーしている。
メニューがないこの店、イライラしたスーツのお客には
一体何を提供するつもりやら。

「いらっしゃいませー」

「どうぞー」

「なっ!?子供が働いているのか?他に店員はいないのか?」

どうなっているんだこの店はとお客も困惑。
それはそうか。今までもそうだったしな。

双子もそういったリアクションには慣れたもので

「「ごゆっくりー」」

と声を揃えて店の外へ出て行く。
他の客もいないので日課の庭掃除にでも行ったかな。

「こちら当店のサービスでーす。ささ、どぞー」

配膳係の双子が外に出てしまったので珍しく店主が盆を運んでいた。
たまにこういうこともある。
店主的には飲み物作ったら定位置に戻りたいようだがな。

お客もお客で

「サービスということは金は取らないんだな」

といっているから「メニューがないだと!?」というクレームも今日はない。

甘く酸っぱい香りと焦げ目がある麦の香りが混ざる小さな籠に入ったそれ。
隙間から見える黄色とオレンジ色はこの間、厨房で仕込んでいたものか。

今回は店主チョイスのティーセット。
ハンドルがリング型で外側はロイヤルブルーに金のラインという
どことなく変わった見た目。
その横にはいつもの角砂糖ではなく小さな瓶に入った緑色が鎮座している。

が、変わった見た目はカップだけだ。その実態は

「ふぅん・・・地味なもんだな・・・」

そう、地味だ。
前回の蓬餅同様、「素朴」といえば聞こえがいいが
今のこのお客の苛立ち具合から見ると
こちらにそんなつもりはなくても

「手抜きじゃないだろうな?」

店主、少し検討はついているが一応確認しておく。
今日のメニューは何だ?

「本日は自家製マーマレードサンドでござーい!
 オレンジ、柚子、グレープフルーツの三種類を
 自家製のパンで挟んでおりまーす!」

果肉の甘さとピールの苦味のバランスをお楽しみ下さーい!と
妙におどけた感じでいった。

・・・おどけているのはいつもだろうって?その通りなんだが
私のようなぬいぐるみにそこまで求めず、軽く流してくれたまえよ。

「パンもマーマレードも自家製・・・ふむ、一応手は込んでいるようだな」

上から目線の言葉が少し癪だが、店主はニコニコと笑ったまま

「恐れ入ります」

と返し

「あ、そうそう!」

と次の言葉を零す。

「お飲み物は当店特製ブレンドティーです。
 サンドが甘いのでそのまま飲むのも良し
 隣にありますライムのマーマレードを溶かして飲むも良し
 ミルクを入れるも良しご自由にお楽しみ下さいませませ!」

店主の紹介にお客はふぅんと顎に手を当てて思案顔。
何をそんなに考え込んでいるんだと思ったら
腹の底から大きな大きな溜息を吐き出し

「拘りがあるのはわかった。
 だが、いかんせん華々しさに欠ける・・・
 もう少し工夫を凝らしたというか・・・
 一目見て、おお!と思う斬新さが欲しいところだ」

といってのける。
パンの焼き具合がどうの、紅茶の香りがこうの
マーマレードのとろみがどうたら、食器のセンスがこうたら・・・
見ただけでよくもまあ指摘出来るものだ。
・・・厨房から作った張本人が不愉快だとばかりに
テーブルを睨み付けてるとも知らずに。

店主も「ええ、そうですね」「なるほど」と
相槌を打っているが絶対に適当だ。

それに気を良くしてんだか何なんだかわからないが

「それにこれも・・・」

と未だに四の五のいい続けている。紅茶が冷めるぞ?猫舌か?

「あと一ついえるのは・・・もごぉ!!」

「おお?」

痺れを切らした厨房担当、気づいたらお客の目の前に立ち
その偉そうに開いた大口にマーマレードサンドを突っ込んだ。
わざとらしく驚いているが
店主は近づいているのを知っていながら止めなかったな。

「肝心の味は・・・如何なものか?」

ああそうそう、今目の前に立っている厨房担当は実弦じゃないぞ。
アイツは和菓子担当。
この店にはもう一人、洋菓子の担当がいるんだ。
こうして表に出ることは稀だがな。

「批評は味わってからしても遅くはないはずだ」

食べてもいないのにああだこうだいわれれば
作り手としては面白くないだろう。
とはいえ、強引に食べさせるのはアリなのか?と思ってしまうが。

「普段大人しい分、時々大胆なことするよねー次弥(つぎや)は」

「お前にはいわれたくない」

客を前にしているのに不機嫌そうに腕組みをしている
青のラインが入ったコックコートに
水色の腰エプロンがトレードマークの
店主と瓜二つの顔をしているこの男。
店主もいったが名前は次弥。この店の副店長で店主の弟だ。

小さな双子姉妹は前回紹介したから知っているだろうが
実はこっちも双子なのだ。

対照的ながらも仲良しでいつもくっ付いている姉妹とは逆で
この兄弟は顔はそっくりだが性格はまるで反対だ。
飄々とした笑顔と目つきの鋭い仏頂面という表情からもわかる。

「じゃあ・・・俺は戻る」

「あんれぇ?感想聞かないの?」

「必要ない」

「さいですか」

そんな短い会話を交わしながら
兄はお決まりのレジ横へ、弟は厨房へと戻っていった。

・・・ここまでお客ほったらかしだがいいのか?
店主、何があっても私は知らないぞ。

「へーきへーき!ほら、あれ!」

確信を持った店主がお客を指差すのでそちらを向いたら
さっきのふんぞり返った態度はどこへやら。

小声で

「ほぉ・・・ふむ」

とか漏らしながらパンを頬張っている。
何だ、ごちゃごちゃ文句つけている割には受け入れているんじゃないか。

「次弥も食べたお客の反応で手ごたえを掴んだんだろうねー」

ふむ、なるほど。だから感想は必要ないといって持ち場に戻ったのか。

さっきもいったがこの兄弟が似ているのは容姿の造りだけ。
喋り方や態度、表情なんかは全然違う。
が、決して不仲というわけではないんだなこれが。

兄の方は笑顔を絶やさず人懐っこいが、だからこそ腹の底が見えない。
逆に弟は口数が少なくクールだとよくいわれる。
だが、意外と思っていることが表情や声色に出るのだ。
じっと見ていると兄よりも弟の方が断然わかりやすい。

あと、顔つきはそっくりといったが
それでも双子姉妹のように微妙な違いもある。
兄が赤茶色の髪に青い瞳
弟が黒に近い暗いこげ茶色の髪に緑色の瞳なのだ。

本人たち曰く、子供の頃からそうで
染めたりカラコンを入れたりしたことはないそうだ。

「いやー、まさか俺がやろうとしたことを
 先に次弥にやられるとは思わなかったなー」

・・・そうそう、たまにこうして
言葉なく通じ合っているようなところも目撃するな。
双子故の何かとでもいうのだろうか。不思議な共鳴だ。

私には見えないだけで
頭か背中にアンテナのようなものでもついているのだろうか?
うーん、それだとぬいぐるみの私より玩具っぽくて
少し複雑ではあるが・・・。

「で、お客さーん!」

お?おお、思わず考えこんでしまった。
だが、余計な時間だったか。
私に人体のメカニズムなどわかるわけがないしな。
何せ私は人でなく愛くるしいただのテディベアだ。

「味の方も採点が必要ですかな?」

次はこの味を、その次はお隣をと
オレンジ色、黄色、赤色の三種類を味わっているお客。
合間合間で瓶を開け緑色の何かも紅茶に入れて
スプーンでかき混ぜて啜っている。

「ふぅー・・・」

さっきの溜息とは違う安堵の息だ。
いいたい放題だったさっきよりはまあいい顔だろう。
案の定、少しの沈黙の末にお客がいった一言は

「・・・味は・・・その・・・上々だ」

少し皮肉めいた褒め言葉で
店主の笑みが若干にんまりに変わった気がした。

「それはそれはありがとうございます」

「いや、それは違うな。上々どころか、正直驚いた・・・
 パンは齧っただけで小麦の風味がふわっと広がるし
 特に中のマーマレードが素晴らしい。
 色だけでなく凡て味が違うんだ。その意外性に驚いたよ」

おやおや、少し前と違って褒める褒める。
ここまで華麗な掌返しは早々見られるものではないな。
視界の端にいる青色のパティシエはまだ少し不服そうではあるが。

「オレンジは甘く、グレープフルーツは
 食べやすく甘みと苦味のバランスに注意!
 柚子はあえて苦味を残しつつあの香り高さを楽しめる大人の味に・・・
 という感じで当店自慢の職人が創意工夫を凝らした代物ですから!」

まるで自分が作ったように説明するな店主。
確かに新作開発にはお前も携わっているが
その台詞は次弥本人にいわせるべきではないのか?

「・・・俺にあんな長々と喋れと?」

うむ、その一言で理解した。

手先が器用なのにそういう面では不器用な弟よりは
あの兄の方が向いているな確かに。

「それで、お客さん・・・お悩みはわかりましたか?」

はい、今日もいただきましたー!
・・・なんて冗談はさておき、紅茶を飲んでいたお客は

「悩み・・・?」

と不思議そうな顔でこちらを見る。

「はい、当店は【悩めし人】の為の店ですから!」

こっからは前回同様の説明だ。
繰り返すことも面倒なので私からは語らん。
悩みがこの店に引き寄せた、これだけで充分なはずだ。

うん?雑過ぎやしないかだって?
さっきもいったが、私は店のマスコット的存在ではあるが従業員ではない。
生憎、懇切丁寧という概念はないのでな。悪く思わないでほしい。

「悩みか」

お客はそういうと、来店時に放り投げた茶色の封筒に目を向けると
徐にそれに手を伸ばして封を切り、中に手を突っ込んだ。

「・・・これ」

「はい?」

取り出したのは何やら紙の束のようだ。

それも結構な枚数でパンパンだった封筒は今はペラペラの状態で
テーブル横に寝そべっている。

「読んでみてくれないか?」

少し沈んだ声で、その紙を受け取ってもらおうと手を伸ばすお客に
店主は歩み寄り

「では、失礼して」

とそれを抱えてこちらに戻ってきた。
バサバサという音が五月蝿い。
・・・インクの匂い、万年筆か?ということは手書きのものか。

「ほうほう、なるほど」

読んでいる間、珍しく静かだった店主。
お客はその間もマーマレードサンドを齧り紅茶を飲み
ぼんやりと店に飾っているものや窓の外を眺めていた。

私には何が書いてあったか見えなかったが、店主はにっこりと笑って

「壮大な物語ですね」

といって、用紙を返した。
物語だったのか・・・じゃあこのお客は作家か何かか?

店主は移動したついでにと作業場に立ち
今度はティーポットを持って戻ってきた。
紅茶のおかわりを注ぐ為だ。

コポポポと音を立ててカップがまたブラウンに染まる。

「か、感想は・・・どうだ?正直にいってくれ・・・」

「うーん、そうですねぇ。一言でいうと
 とてもとても斬新・・・ですかね?」

読んだのは店主だけだから
お客が帰った後にどんな物語だったのかを皆で聞いたんだが

『地球そっくりな惑星の王子が地球に迫りくるインベーダーと戦う為地球へ。
 だが実はインベーダーはとある惑星の魔女に魔法をかけられ
 化け物の姿にされたまたとある星の住人たちだった。
 王子は彼らを元に戻すために地球のとある占い師の元へ。

 しかし、その占い師は王子の星の人間たちによって数年前に処刑されていた。
 インベーダーにされた人々は怒り狂って地球を攻撃し始める。
 地球人とインベーダーにされた人々に激しく憎まれながら
 王子は一人孤独に戦い続けるのであった・・・』

・・・・・・という内容だったらしい。

いっておくが、私は何の捏造も着色もしていない。ありのままだ。

店主からそのままいわれたことを伝えている。
他の従業員たちの

「はぁ?」

という五色の声が綺麗にハモっていたよ。

その後の反応も・・・

「そもそも何故、地球を守る為に別の惑星の王子が戦わないといけない?」

「あと魔女の魔法っていうけど、何で魔女は魔法をかけたの?
 で、魔女は何処の魔女?占い師のとこ辿り着いたと思ったら処刑されたとか
 怒りの矛先が主人公に向くって設定になっているけど・・・」

「「それらの説明が全くなくない(か)?」」

店主の説明不足かと思いきや、とてもいい笑顔で

「俺も何度も疑問を抱いた」

といっていたから
本当に本文にそれらの説明がなかったんだろう。

ただ、ポンポンと展開だけが進む
読者置いてけぼりパターンというやつか?
読書に無縁なぬいぐるみである私も
流石にどうだろうと思ってしまうぞそれは。

子供ゆえの感性的にはどうだろうと双子姉妹にも尋ねたが

「「よくわかんなかった!!」」

と実に素直な返答だった。

「設定は面白いが、中身が空っぽだな・・・」

「待って次弥、俺そこまではいってないけど・・・」

「顔に出てる」

「マジかぁ」

・・・今思えば、客が帰った後でよかったな。

暴動が起こっていたやもしれん。
これは陰口というものになるのだろうか?
だとしたら反省しないといけないかもな。


「斬新。そうか・・・そうか・・・」

紅茶に目を落とすお客は今度は憂いを帯びた顔つきになっていた。
毎回毎回思うんだが、何故この店を訪れる悩めし人は
こうコロコロ顔が変わるんだ?

「それがお悩みなんですね。アタラシ先生」

「何故私の名を・・・まさか、私の!」

「さっきの原稿の最後にサインがありましたので」

「え?あ、ああ、そうか。なるほど・・・うん、そうだよな」

名前を知っていることに一瞬嬉しそうな顔をしたな。
ファンか何かだと思ったようだが店主の返しでまた意気消沈。
ふぅん、どうやら今までの流れからして

「知られているわけが・・・ないよな・・・」

名の知られぬ悩めし作家、これが今回のお客のようだ。

「実はここに来る前・・・編集部と打ち合わせだったんだ・・・
 いや、打ち合わせとは名ばかりの売り込み・・・かな。
 でも結果はいつも同じだった冒頭の数行だけ読んで
 「イマイチだね」と返される・・・
 いや、あれは読んでもいない・・・サッと目を通しただけだ。
 内容も入ってこない、目で追っただけの・・・」

少し冷めた紅茶を酒のようにグイッと飲み干す。

店主はまた紅茶を注ぎながら

「こちらのお替りはどうします?」

と籠を見る。お客は俯いたまま

「そっちもくれ」

と小さく低い声で答えて続きを喋る。

「最優秀新人賞を取った時は「先生!」とかいって
 ちやほやしてきたくせに暫くしたらこの手のひら返しだ!
 私の後に出てきた新人たちばかり気を配って
 私の作品には見向きもしない!」

・・・お客もさっき掌返しをしたと思うんだが?

インパクトがないといっていたマーマーレードサンドを含んだ途端に。

「まぁまぁグレちゃん。それはもういいじゃない」

誰がグレちゃんだ。馴れ馴れしい。

・・・まあ、店主がいいなら私がいう義理はないな。

ちなみに、お客が悩みを吐露している間に店主は

「追加持ってきて」

と口だけ動かして知らせ、厨房からこちらを見ていた次弥が
やれやれという顔で右手をあげて了承していた。

「しかも【アンタの作品はベタな展開が多いからもっと斬新な設定がほしい】
 というから頭を捻って搾り出した設定を作ってみれば
 【読者にわかりやすいものを】。かといってわかりやすさを考慮すれば
 【ありがち】と・・・どいつもこいつもいいたい放題!」

あ、お客のことを無視しているわけではないぞ?
あくまでお客の悩みを聞きながらやっていることだ。
あの店主はお客の悩みを蔑ろにするような奴じゃないからな。

「それだけじゃない!私が最優秀新人賞を取った時に
 お情けで入選に入った奴が今や作品を出す度に
 ドラマや映画になる超売れっ子作家になっている!
 何故だ!?アイツより凄い賞を取ったのは私だ!なのに何故アイツの方が
 作家として優れているという評価になっているんだ!?」

お客の声が張り上げられた時、グシャッ!という
何かが潰れる音も一緒に聞こえた。
籠が邪魔で見えなかったが
お客の左手が原稿を鷲掴みにしているのがチラッと見えた。
あーあ、封筒に入れて大事に持ち運んでいた原稿だろうに
あんなにしていいのか?

・・・ん?いや、待てよ・・・?

「テレビや雑誌で注目されるアイツを・・・
 編集部で楽しそうにしている新人たちを・・・
 かつては先生と呼んだこの私を
 今や負け犬という目で見る担当者を・・・
 今までどんな思いで見てきたことか!!
 どれだけ惨めな思いを抱いたことか!!」

そもそも大事にしていたっけ?
来店した時、このお客・・・

「何で私がこんな思いをしなければならない!?
 何故誰も私の作品を・・・私の世界を理解してくれない!?
 アイツらより私の話の方が優れているのに!
 評価されるべきは・・・私のはずなのに!!」

テーブルに原稿、放り投げていたよな?

担当に突っぱねられてイライラしていたのかもしれないが
作家としてあるまじき行為のはずだ・・・

「いや、違うな・・・
 私の世界を理解できない世の中が低脳なんじゃないか?
 そうだ、この斬新な設定の面白さがわからないのは
 読み手の想像力や理解力が乏しいというだけじゃないか・・・
 ハハ、そうだ・・・そうじゃないか・・・!」

ああ、なんだそうか。このお客は・・・

「自分たちが凡人だからって、私の物語を受け入れない世の中がおかしいんだ!」

本来、苦いはずの世界で甘さを知り・・・
甘い世界で苦さを知ってしまったんだ。

「なぁ、君もそう思うだろう?有名な文豪たちだって
 変わり者扱いされた人ばかりだ・・・
 だから、きっと、私もいつか認められ・・・」

「ねぇねぇ!!」

「へ?」

気づいたらお客のテーブルの前に掃除から戻ってきた双子が立っていた。
今、声をかけたのは妹の乙季だ。
姉の梓雪は羨ましそうに籠に微妙に残った
マーマレードサンドを凝視している。

お腹空いたのか?・・・と、それはさておき!

「な、何だい?お嬢ちゃん・・・」

「んっとね、んっとねぇ・・・お兄さんはお話を書く人なんでしょー?」

「あ、ああ・・・」

「それって、誰の為に書いたお話なの?」

「・・・!!」

乙季の真っ直ぐ飛んでくる質問に
お客は目を見開き、二の句が継げなくなった。
荒んだ大人に無垢な子供の言葉は
これでもかというほどズドンとくるらしいからな・・・。

さてさて、これからどう転がるのかな?

「誰の・・・為」

「うん」

「そんなこと、最後に考えたのは・・・何時だっただろう・・・
 もう何年も考えたことが・・・なかったかもしれないな・・・」

ヒステリーっぽくなっていたお客も
乙季の一言で何かに気づいたのか再び神妙な顔に戻った。
本人たちは何も考えていないのかもしれないが
この双子姉妹の言動には毎度毎度少し驚かされる。

「お嬢ちゃん・・・」

「なーに?」

「お嬢ちゃんは、どうして私にそんな質問をしたんだい?」

今度はお客が乙季に質問をした。乙季は

「えっとねー」

と少し考えた顔になりながら

「お兄ちゃんも次君もね、【食べてくれる人】の為にお菓子作ってるの!
 お客さんのもあたしたちのおやつも全部!
 だから凄くおいしいの。壱君も【お悩みの人】の為にね
 このお店作ったっていってたの!だからね!」

「あたしたちの周りの大人はみーんな、誰かの為に何かを作るから
 お兄さんは誰の為に物語を作っているのか気になったんだよねー?」

梓雪が横からちょっかいを出すようにいうと

「もぉ、お姉ちゃんいわないでよー」

と頬をぷくーっと膨らます。 

実弦はどう考えてもまだ未成年(こども)だろうが
二人にとっては大人並みに大きな存在なのかもしれないな。
というわけでアイツが大人?というツッコミはあえていれないでおこう。
何と気が利くテディベアであろうか私は。こんな熊他にいないぞ。

あ、いい忘れていた。乙季が壱君と呼んだのは店主だ。
名前が壱夜(いちや)なのでな。
私もいつも店主と呼んでいたからついはしょってしまった。失礼。

「大人は・・・誰かの為に・・・何かを作る・・・」

「僭越ながら、これを機に考え直してみてはいかがかと・・・」

さっき合図しておいたマーマレードサンドのお替りを運んで来た
次弥もそう呟く・・・すぐに厨房に帰ったけどな。
所謂、いい逃げというやつだ。

だが、お客は気にすることなく
むしろそうなのかもしれないという顔で
焼きたてのそれを再び口に運んだ。

狐色の焼き目がついたパンがサクッといい音をさせて
隙間からじんわりとマーマレードが滲んでいく。
ここからでも実にいい香りだ。

「私は、誰の為に・・・私の物語は、私以外の・・・誰に・・・」

もしかしたら、今までの自分は
ただの自己満足だったんじゃないかと考え出すお客は
また一口、マーマレードサンドを頬張りながらぶつぶつと何かいっている。

オレンジの甘さも柚子の芳香も、グレープフルーツの甘苦さも
紅茶に使ったライムの苦さと爽やかさも・・・
どれも【マーマレード】なのに凡て違う味。

けれど、どれもとっても安らぐ味がお客の思考に寄り添っていく。

そして・・・

「そうだ・・・!そうだったんだ・・・!」

どうやら何かに気づいたようだ。

って、こらこら梓雪、羨ましそうに見るんじゃない。
涎も拭きなさい。次弥、二人にも作ってやれないか?
可哀相に思えるほどがっつりと見ているぞ?

「・・・おい二人とも、おやつが欲しければ来るんだ」

よし、双子姉妹は厨房二人に任せ
私と店主はお客の動向を見守るとしようか。
まあ見守るとは名ばかりで
どうなっても私は手も口も出さないけどな。

「そうだ、私はそもそも子供たちが楽しめるような
 夢いっぱいの話を書くつもりで作家になったんだ・・・
 だけど、周囲の作家の斬新な話が評価されて
 自分も負けないものを作らないとと焦って・・・
 それで・・・ああ、そうか」

そろそろかな・・・?

「思い出した・・・私は、ずっと探してたんだ・・・「私らしい作品」を。
 子供たちに喜んでほしいという願いがこもった「私の為の」作品を・・・」

それからはもう早いもんで
あんなに他人を責めていたのを忘れたかのように

「よし!これからはそうするぞ!子供たちに夢を与えるような
 とても甘くてほっこりとして、でも少し苦しいことがあって
 でもそれを乗り越えて再び甘い世界になるような物語を!書いてみせる!」

と、何だか意気揚々と原点回帰した作家。ついさっきあれだけ
「この素晴らしさを理解しない人間が愚かなんだ」とか
声張り上げていたとは思えんな。

こういう人間の変わりようはテディベアである私にはよくわからん。
乙季の一言が凄かったのか、ただ単にお客がそういう人間なのか・・・どう思う?

なんて私が考えている間に
お替りしたマーマレードサンドと紅茶をぺろりと平らげ
最初のイライラした顔はどこへやら
ニッコニコと少年のような顔で満足げ。

支払いもさっきの感じだとごねるかと思いきや

「それで儲けになるのか?」

といいながら案外、あっさりポケットから出して店主に渡した。

払ったものは【新人賞を取った時に記念品として貰った非売品万年筆】らしい。
店主は意気揚々と帰っていくお客を見送りながら

「私物にしたいな」

とその万年筆を結構気に入っていた。



その数日後・・・

「こんにちは。頼んでいたものは・・・」

「あ、はいいらっしゃい!用意してますよ!どうぞ!」

お、久しぶりの来客だな。これはいい機会だ。

以前はしょった『悩めし人以外のお客』がちょうどやって来たから
折角だし説明しようとするか。

「はい、いつものね」

「やったー!!僕、これ楽しみだったんだー!!」

今回来店したのはお父さん、お母さん、息子の三人家族。
全員、茶色のふわふわの毛や大きな気持ち良さそうな尻尾がそっくりだ。

お母さんは爪が長すぎて店主が渡した袋を持てないから
お父さんが代わりに持っている。息子は愛用の壷を抱えて

「早く食べようよ!」

とはしゃいでいるのが久しぶりの光景だ。

・・・え?一体何が来ているのかって?
『悩めし人』以外の来客、それは

「これからの季節は家族で大忙しだねー、鎌鼬の旦那!」


【異界の者】だ。


私たちのオリジナルの呼び方だがな。
今回の来客はここ数年常連と化している鎌鼬ファミリー。

他にも人間の世界では『妖怪』だの『モンスター』だの何だの
色々いわれている者たちがこの店を訪れる。
ちなみにこちらの支払いは悩めし人と違って色々だ。

食材をくれたり、不思議な小物を渡されたり
薬やお香なんかもあったな。とにかく様々だ。
食材は菓子になるし他のは生活用品になるから助かっている。

「・・・うーん、焼きたてのいい匂いだなぁ」

「色も綺麗ねー、いくつか種類があるようだけど何かしら?」

「青の包みがプレーン、赤がメープルアーモンド、黄色が抹茶、緑がチョコ」

鎌鼬母の質問に製作者である次弥が答えると鎌鼬ジュニアが

「僕チョコ味好き!」

とはしゃぐ。この家族は次弥作の焼き菓子の虜になってから
毎年冬になると必ず店にやって来るのだ。
しかし、冬はやることが多いからと店内では食べない。
必ず、風の便りで予約を入れて持ち帰って食べている。
それもまた一興だと私も思う。

「おお、そうだそうだ。あんたらにもお届けもんだぜぃ?」

と鎌鼬父が一冊の本を店主に手渡す。
文庫本よりは結構大きく、でも中身は薄い。
表紙の色鉛筆絵からしてどうやら絵本のようだ。

「なになに?運び屋的なことも始めたの?」

と店主が問うと鎌鼬父は照れくさそうに

「冬の間は働き時だからな、バイトだよバイト」と答えた。

その間、表紙の柔らかく温かみのある絵に惹かれたのか
双子姉妹がキラキラした目で店主の右手にある本を見つめている。

それに気づいた店主は

「俺よりお似合いの子たちがいたね」

と笑って本を渡すと双子は

「わーい!」

空いているテーブルに座ってページを開く。
更に少し興味ありそうな鎌鼬ジュニアがそこに近寄り

「まーぜーてー」

というと、双子は声を揃えて

「「いーいーよ!」」

と答え二人と一匹?で本を覗き込んでいる。

タイトルは『森の中の小さなサンドイッチ屋』。

サンドイッチ屋の店主がジャムサンドをはじめ
様々なサンドイッチでお客さんを幸せにするという物語だった。
・・・少し既視感を覚えるのは何故だろう?

「これ、このお店に似てるね!
 この黄色いリボンをつけたリスの女の子は梓雪ちゃんに
 ピンクのワンピース着た白兎ちゃんは乙季ちゃんみたいだ!」

鎌鼬ジュニアがそういうと双子はふふっと笑って

「じゃあじゃあ、こっちの青いエプロンの狼は次君だ!」

「赤いスカーフの狐さんは壱兄かなー?」

「「緑の眼鏡の猫さんはお兄ちゃん!!」」

と本に登場する動物たちを指差している。

ところで、熊はいないのか?熊は。
灰色のシックな毛並みと赤いリボンがよく似合う
愛くるしいテディベアはいないのか?
登場人物が動物では立つ瀬ないじゃないか。

「グレッド?グレッドはいないよー」

「女の子のお人形ならいるけどねー」

女の子だと!?じゃあ何か!?人間を動物に替えたから
熊のぬいぐるみは人形に替えようということなのか!?
・・・何だろうか、少し解せぬ。

「おっと、長々と居座っちまって悪いね!支払いは・・・と」

「いいよ、この本運んできた運送費が支払い代わりってことで」

「え!?いいのかぃ?」

「今回だけ特別な!」

店主が笑うと、喜んで帰って行く鎌鼬の家族。
既にジュニアが一個食べているのが見えた。
ありゃ間違いなくお母さんに怒られるな。

「壱兄!グレッドー!」

「ん?どうした?梓雪」

店主が尋ねると

「見て見てー!」

と笑い乙季が本をこちらに見せる。
ページは一番最初の後書きと作者の顔写真があった。
イラスト担当の女性と、文章担当のこの間のお客の笑った顔が。

「おお、どれどれー?」

後書きを読む店主。どんな内容だ?と聞くと
あれから小説家ではなく絵本作家に転身し
それを機に絵を勉強していた彼女と結婚。

妻が絵を描き、自分が物語を書くという夫婦二人三脚で
子供たちが楽しめる物語を生み出そうと頑張っていると書かれているそうだ。

「それにしても・・・うち、何時からサンドイッチ屋になったっけ?」

店主のすっとぼけた言葉に厨房二人は呆れ、双子姉妹は

「「わっかんなぁーい!!」

とケタケタ笑っている。





それからすぐいつものおやつの時間になり
出来立てほかほかのアーモンドとオレンジのケーキが
テーブルのど真ん中を陣取った。

切り分けていく毎にオレンジの爽やかな香りが私の元にも届く。

「生地がしっとりしてる。
 牛乳じゃなくてオレンジジュース使うって面白いね!」

実弦がケーキをまじまじと見つめながらなるほどとケーキを観察し
マーマレードとまだ大量に残った生オレンジを消費しないといけないから
それらをたっぷり入れたと次弥が返答した。

アーモンドもさっき焼いたマドレーヌのが残ったから入れたのか。

「要するに残り物お片づけケーキ?」

「文句があるなら食わんでいい」

「え!?違うって!文句なんて一切いってない!
 頼むから俺の分もとっといてー!ねぇー!」

ハーブティーを淹れていてテーブルに着けない店主が
そう喚いているのもお構いなし。

おやつの時間は今日ものほほんとした空気の中、まろやかに流れていった。


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